第二章4 『進化を望むもの』

「私の名はチャーリー。今は美食傭兵団の皆様と共に行動をしています。」


白色の七三分けヘアーの老人。整えられた立派な髭を生やし、深緑色のコートを羽織っている。上品な佇まいから滲み出る穏やかな雰囲気は、先程の好戦的な発言と合っていない。だから彼のことを少し不気味に感じてしまう。


「最近ウォスタ村の家畜が野生動物に襲われてるらしいじゃない?それで私達はチャーリーと協力して、その問題を解決してる最中ってわけ。」


「は?何言ってんだよ。メレーを盗んでるのはハルカ達の方じゃないか。」


ハルカは自分達の目的を嬉々として話しているが、タツヤには全く理解できなかった。その言い分では、まるでハルカ達が善意でこのような悪行をしているかのようである。


「それは仕方なくやったことなの。ほら後ろに借りてきたメレー達がいるでしょ?これで野生動物を誘き寄せるのよ。もちろん終わったらちゃんと返すつもりでいるわ。」


たしかにハルカの後ろには、柵に囲まれた数体のメレーがいた。しかしハルカのやっている事は、ただ村の人々の不安を増長させるだけなのだ。


「誰がこんな作戦を考えたんだ...。」


「私達は頭を使うのが苦手なのよ。作戦を考えたのはもちろんチャーリーよ。ね?これが一番効率が良いんでしょ?」


「ええ。そうですとも。」


ハルカの信頼の眼差しを受けて、チャーリーは自信満々に頷く。だがタツヤ達としては、怒りを通り越して呆れるほどの考えである。


「本当に馬鹿な人達ね。村の様子を見ても同じことが言えるのかしら。」

「あんたらのせいで、村の子供達は肉を食べられなくて泣いてるんすよ!?」

「善意による悪行とか1番怖いやつじゃない。」


そんなシノン達の非難の声を受けて、ハルカは次第に顔色が青ざめていく。


「私達のせいで子供達が泣いてる!?...嘘でしょ?嘘よね?」


どうやらハルカは本当に悪気は無かったらしい。たしかにタツヤも少し違和感を抱いていたのだ。彼女の性格なら、人に迷惑をかけることなんて良しとしないはずである。つまり彼女達を誑かした犯人がいるという事だ。


「ハルカは騙されてたんだよ。そこの爺さんに!」


タツヤは彼女の目を覚まそうと、必死に訴えかける。するとチャーリーの鋭い眼光がタツヤに向けられたのだ。


ーーその刹那、銃弾がタツヤへと放たれる。


それはチャーリーが懐から取り出した大口径のハンドガンによるものだ。しかし銃弾はタツヤの前に立ち塞がった1枚の大きな盾に防がれた。


ハルカの宝具『イージス』は他人も守護する事が出来るのだと知り、タツヤは感心する。命を狙われたのにも関わらず、呑気なものだと自分でも思うが。


「ちょっと、どういうつもり?」


「つい感情的になってしまい、手が出てしまったようで。全く、歳をとるといかんですな。」


ハルカの冷たい声にも動じず、ヘラヘラとしているチャーリー。だが、誰の目から見ても今の攻撃には明らかな殺意があった。何故なら、懐から銃を取り出して発砲するまでの動作が一瞬だったからである。


「それで、村の人達が困ってるって本当なの?あなた、嘘はつかないのよね?」


「逆にどうして全く迷惑がかからないと思ったのか、理解に苦しみますが。」


「...私達を騙してたの!?」


「騙すも何も、私が聞かれたのは野生動物を誘き寄せる方法だけです。ーーそこに村の人々も幸せにするといった条件など無かった。」


絶句するハルカ達。しかしチャーリーの言い分も理にかなっている。彼だけを責めるわけにはいかないだろう。


こうして事件の全貌が少しずつ見えてきたのだが、タツヤには不可解なことがあった。


「でもこの作戦って肉食動物だけを誘き寄せるものだよな?それだけで村の人達が肉を食べられなくなるのは、おかしい気がするんだが。」


狩人が狙うのは獰猛で不味い肉食獣ではなく、草食動物の方である。つまりこの作戦だけで、村人が肉に困るのは変なのだ。

するとハルカが何かに気づいたようにチャーリーの方を見る。


「そういえばチャーリーはよく何処かへ行ってたわよね。...何してたの?」


「野生動物を殺していましたね。」


そしてあっさりと犯人は見つかった。チャーリーが草食動物まで残らず殺して回っていたのである。そのせいで野生動物は急激に減少したのだ。もちろんタツヤは怒りの目でチャーリーを見る。


「なんで殺すんだよ!」


「なぜ殺すのかって?答えは単純ですよ。ーーそれは肉が美味いからだ。」


しかしチャーリーは愉悦の笑みでタツヤに反論してみせる。そんな二人に割って入ったのはハルカだ。


「肉が美味しいのは同感だけど、村の人々が困るくらい野生動物が減少するのはおかしいわよ。この広大な森にいるほとんどの動物を、あなた一人が食べ切れるわけ無いじゃない。」


それからハルカは黄緑の瞳に明確な敵意を宿しながら、言葉を続ける。


「チャーリー、あなた森中の動物達を殺戮してるわね。」


「...やはり嘘をつけないという制約は厄介ですね。そうです、私が殺戮したのですよ。」


不敵な笑みを浮かべるチャーリーは、先程までの紳士な老人とは別人に見える。


「どうして!」


「生物というのは追い込まれた時にこそ、その価値が試される。つまり私は更なる進化を見たかったのです。」


意味不明な理由を口にするチャーリー。そして彼は首を傾げてハルカを見る。


「逆にどうしてそんなに怒るのですか?ハルカ殿も言っていたではありませんか。この世は弱肉強食だと。その通りです。弱者は淘汰され、強者だけが生き残る。それが進化に繋がるのだから。」


「たしかにこの世界は弱肉強食よ。だけど私はそれでも弱き者を大切にしていきたい。ーーだから強くなったの。」


世界に対する理解が同じでも、ハルカとチャーリーではその後の考え方がまるで違う。つまりこれ以上二人が分かり合えることは無い。それを悟ったチャーリーは酷く落胆した様子である。


「ハルカ殿とは仲良くなれる気がしていたのですが、残念です。それでは私はこれで。」


「あら、逃がすと思うわけ?」


ハルカに別れを告げたチャーリーは、なんと背中から大きな茶色い翼を生やしたのだ。だからハルカは自身の固有能力を発動させる。しかし、


「解除されない!?どうして。」


「私のこれは固有能力では無いのですよ。ーー世界は常に変化し続けている。」


チャーリーは謎の能力によってそのまま上空へと飛び立ってしまう。余裕そうな彼の表情。


ーーそこに出現したのは千を超える数のステラだ。


「おや、食事以外では生物を殺さない主義では?」


「だってあなた、これくらいじゃ死なないでしょ?」


「...ご冗談を。」


冷や汗をかくチャーリーに向かって、ハルカは妖艶な笑みを浮かべる。そして一斉にステラは放たれたのだ。


「ほらやっぱり死んでないじゃない。翼くらいは吹き飛ばしたかしら。」


あまりの光景に言葉を失うタツヤ達。それからくるりと振り返ってこちらを向いたハルカは、慌てふためく。その姿に先程までの威厳は微塵も感じられなかった。


「えっと痛かったわよね。ごめんね!すぐ治してあげるから。コロネ、お願い!」


「了解なのです!」


ハルカの呼びかけに応じて青髪の女の子が、シノンの足に治療魔法をかけていく。治療魔法の使い手も珍しいが、それよりもタツヤは先程のハルカのとんでもない攻撃の方が気になっていたのだ。

そして恐る恐るタツヤはハルカに質問をする。


「あの、ハルカさん?もしかして俺達と戦った時、だいぶ手加減してました?」


「当たり前じゃない。本気で撃っちゃったら、塵すら残らないわよ?」


あっけらかんと答えるハルカの様子を見て、タツヤは心底思った。


ーー彼女が優しい心の持ち主で本当に良かったと。


△▼△▼△▼△


青髪の少女、コロネの治療魔法を受けながら、タツヤ達はハルカに自己紹介をする。


「あなた達、夜桜傭兵団の一員なの?つまりあのアトスの部下ってこと!?」


「まあそうなるっすね。」


ハルカは百花繚乱の元メンバーなのだから、当然我らが団長のアトスとも面識があるのだろう。すると彼女は身体を震わせながら、心配そうな目でタツヤ達を見る。


「あの残忍酷薄、冷酷無惨なアトスの元でよく働けるわね。大丈夫?無理してない?よかったら私の傭兵団に来てもいいのよ?」


「元同僚から凄い言われようね。アトス団長。」

「言うほどヤバい人では無い...はずだよな?」


ハルカからとんでもない評価を受けているアトスの顔を、タツヤは思い浮かべていた。意外とああ見えて、仲間思いな一面がある人物なのだ。


『うっしっし、世の中金だ。おまえら、死ぬ気で稼いでこい!』


しかし嫌な笑顔で送り出すアトス団長の姿を思い出して、タツヤは彼の評価を改めようとしていた。


それからタツヤはやけに真剣な顔つきでハルカの方を見る。彼女が百花繚乱の元メンバーであるなら、伝えておくべき事があるのだ。


「何か私に話でもあるって顔ね。タツヤ。」


「あるよ。実は、俺はアトス団長の前はリュウ団長の傭兵団にいたんだ。」


「あぁ、鉄血傭兵団とかいうヤバそうな名前の集団ね。懐かしいわねリュウも。今何してるのかしら。」


遠い過去を思い出すような彼女の目。そんな彼女に真実を伝える役目がタツヤにはある。


「...リュウ団長は死んだんだ。」


「へー死んだの...って、なんですって!?」


白目で驚くハルカは、口から魂が抜けそうな程の声を上げる。それから正気を取り戻した彼女は、いやいやと首を横に振る。


「あの脳筋ゴリラ、何があっても猪突猛進、殺すより封印した方が楽だと言われていたリュウが死んだですって?」


「本当だ。そして遺言も預かってる。最後まで俺様に勝てなくて残念だったな、と。」


「ーー!そう、本当に死んだのね、あいつ...。」


しゅんとした顔で下を向くハルカ。亡霊リュウと彼女を再会させてあげたいが、残念ながら今のタツヤにはその力が無い。タツヤ自身でさえ、この宝具でリュウと対話できたことがないのだから。


そうしてリュウ団長の事を考えていると、ある疑問がタツヤの頭に浮かんできた。


「そういえばハルカもリュウ団長に勝ったことが無いのか?俺もリュウ団長と戦ったことがあるんだけど、ハルカの方が強く見えたな。」


「それ、絶対手加減されてるわよタツヤ。リュウはステラを何十発撃ち込んでもビクともしないし、宝具の盾も手だけで突破してくるしで、とにかく無茶苦茶な男だったわよ。」


「手だけで宝具を突破した1人目ってリュウ団長の事かよ!」


呆れたような目でリュウの事を思い出しているハルカ。タツヤはリュウ団長に手加減されていた事には気づいていたが、ハルカを凌ぐ実力者だったことを思えば、これは相当手を抜かれていたのかもしれない。


「でもタツヤがリュウの部下だった事を聞いて納得したわ。あの脳筋ゴリラに戦い方まで似たんじゃない?」


「なんか嬉しいような、悲しいような...」


「ーー褒めてるのよ。あーあ、あいつの事考えてたらムカついてきちゃったわ。ちょっと風にあたってくるわね。」


そしてハルカはこちらに振り返ることなく、そのまま森の中へと歩いていく。そんな彼女の頬が濡れていた事に、この場にいる誰も気づくことは無かった。


△▼△▼△▼△


「本当にごめんなさい!困らせるつもりは無かったの。」


攫ったメレーを持ち主へと返して、ハルカ達は村の人々に土下座をしている。


「まあおらのメレーもみんな戻ってきたし、あんたらが悪いやつにも見えねぇべ。」


タツヤの弁明もあってか、村人達は彼女達を快く許してくれた。それからタツヤは霊視の力を発動させる。そこには喜ぶ子供達を見て、微笑んでいる赤髪の男、亡霊ソルクの姿があった。


「タツヤ、礼を言う。」


「いいって、元々放っておけない問題だったし。こっちこそいつもありがとな。これからもよろしく!」


「あぁ。よろしく頼む。」


こうして村の事件は解決した。タツヤ達はお礼にメレーの肉を貰い、美食傭兵団は村に残って農作業や家畜の世話を手伝う事にしたらしい。


「なのになんでソフィアの工房までハルカがついてくるんだよ。」


「これ見届けたら村に戻るから!ね?いいでしょ?」


「まあ、あたしは別に良いけど。」


場所は王都郊外にあるソフィアの工房。村に団員を残して無理やり同行してきたハルカは、どうやらメレーの肉を使った錬金術が気になるようである。


「まずはメレーの肉を入れて...。」


「次にランドーマの麻痺爪。」


ソフィアは錬金釜に素材を次々と入れていく。その度に不思議な光が釜から溢れ出すのだ。


無から生み出す生成術と違って、錬金術は素材を組み合わせて新しいものを作る。生成術で生み出した物は維持するのに多大なフィロアを消費するが、錬金術にはその必要が無い。さらに効果も錬金術で生成した物の方が強力になる事が多いのだ


しかし錬金術は才能が9割と言われるほど厳しい世界なのである。そしてその理由はソフィアの調合を見ているとよく分かる。


「うーん、これと、あれも入れちゃえ!量もこれくらいでいっか。」


「いやテキトーすぎるだろ!」


「ちょっと、集中してるから静かにしてくれない?」


全てを勘に頼って調合しているソフィア。本人曰く、ちゃんと考えているらしいが、タツヤにはテキトーにやっているようにしか見えない。恐らく、タツヤには錬金術の才能がないのであろう。


そして黄金の光が錬金釜から溢れ出し、ソフィアの手に黄色いお肉が出現する。


「完成!良い出来ね。」


「うぉぉ!美味そうっす!」

「ちょっと齧ってみてもいい?」


目を輝かせているケントとハルカ。しかしソフィアは慌ててその肉を後ろに隠した。


「ダメ!これ強力な罠肉よ?少し齧っただけでもあの世行きだから。」


「ちぇーっ。」

「味見できると思ったのにー。」


食べられないと知って、二人は残念そうに口を尖らせている。そんな彼らをジト目で見ながら、タツヤはある質問をソフィアへと投げかける。


「それ、何に使うんだ?」


「あたしも知らないわ。けれど依頼主ならタツヤもよく知ってる人よ。これ、セレイネからの頼みなの。」


「セレイネ?」


予想外の人物が話題に上がり、タツヤは首を傾げた。しかしその目的はおおよその見当がつく。おそらく彼女は世界を救う準備をしているのだろう。そしてタツヤもそんな彼女の力になりたいのだ。だから、


「ハルカ、ちょっと話があるんだけど。」


「どうしたの?タツヤ。」


「実は...」


ーー世界滅亡へのカウントダウンは既に始まっている。

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