第二章5 『世界一の動物園』

あれから2週間が経ち、タツヤは新たな任務を受けていた。場所はオネイロス大陸西部の国、オルニス。その国には動物や空想種を使役して戦う『契約者』と呼ばれる人々が多く住んでいる。


「ここが世界一の動物園リスディか。それにしても広すぎるだろこれ。」


そしてオルニスが誇る世界一の動物園にタツヤ達は用があった。主要都市一つ分に匹敵するほど広いその動物園に、タツヤはうんざりとした表情を見せる。あまりの広さに、思わず地図を破ってしまいたくなる程だ。


「白うさぎ!ふわふわで小さくて可愛い~。」


そんなタツヤの気持ちなど露知らず、隣で歓声を上げているのは薄紫の髪を腰まで伸ばした美少女、セレイネだ。その美貌は常軌を逸しており、世界中の画家を集めたとしても、彼女の美しさを再現するのは不可能であろう。


さらに今日のセレイネの服装は白いニットのワンピース姿だ。おしゃれ好きな彼女はこの1年間、様々な格好をタツヤに見せてくれたが、そのどれもが驚くほど似合っていた。そして今回もワンピースが彼女の魅力を存分に引き立たせているのだ。冬なのに肩や太ももを露出させているのは少し気になるが。


「うふふ。そうですね、可愛らしいです。」


そしてタツヤの隣にはもう1人美少女がいた。金色のロングヘアーで、横髪が少し跳ねているのが特徴的な女性だ。名前はミリア。夜桜傭兵団の一員である。透き通った青い瞳、その上品な仕草や佇まいからは、清楚な女性といったイメージを抱かせる。


そんな美少女二人に挟まれているタツヤは正に両手に花といった状態なのだが、一輪だけ毒花が混じっている。


「そういえばうさぎってお尻を撫でるだけで想像妊娠するらしいですよ。...えっちですね。」


「どこがだよ!」


頬を赤くしながらどうでもいい情報をタツヤ達に説明するミリア。なんと彼女は清楚の皮を被った変態美人なのである。もちろん団員の変態執事テセロスとは仲が良い。


夜桜傭兵団は3人1組で任務を遂行するのが決まりとなっているので、今回のメンバーはタツヤ、セレイネ、ミリアの3人だ。依頼主が今は少し忙しいらしいので、用が済むまでタツヤ達はこうして暇を潰しているのであった。


「ここはお触り可能らしいぞ。時間もあるし、モフってきたらどうだ?」


目を輝かせているセレイネを見て、タツヤは提案する。しかし彼女は少し眉を下げて首を横に振ってみせた。


「見てるだけで十分よ。」


「まあそんなこと言うなって。」


「え?ちょっと!」


そんな彼女の白い手を掴んで、タツヤは半ば強引に柵の中へ入っていく。

気丈に振る舞ってはいるが、セレイネが元気の無い事にタツヤは気づいていたのである。だから彼女が少しでも元気を取り戻してくれたらと思っての行動だったのだが、それは裏目に出てしまった。


「あれ?他の人には普通に近寄っていくのに...。」


「魔女は動物に好かれないのよ。」


白うさぎ達は何故かセレイネを避けていく。その光景に首を傾げていたタツヤに、セレイネは苦笑しながら説明した。好かれないどころか嫌われているとすら感じてしまう白うさぎ達の行動にタツヤは怒りを覚えるが、動物に怒っても仕方が無いので諦めるしかない。


「常に発情期のうさぎ達がわたしを取り囲んでますよ!?一体ナニをするつもりなんですか!!」


「...何もしねぇよ。」


そしてセレイネを避けた白うさぎ達は、後から入ってきたミリアに一斉に駆け寄っていく。動物から好かれやすい彼女はセレイネと対照的である。

それから何故か警戒心を顕にしているミリアを、タツヤは呆れた様子で見ていたのであった。


△▼△▼△▼△


世界一の動物園リスディが飼育しているのは、うさぎのような安全な動物だけでは無い。肉食獣から空想種まで管理出来ているのはその技術力の高さにある。工学都市国家オプティス、そして魔術学園都市エスティの両方と仲の良いオルニス国は科学と魔術の融合した技術が特色なのだ。


そしてタツヤ達は危険な空想種エリアを見学していた。気性の荒い竜種でさえ、特殊な素材で出来た部屋の前には無力だ。もっとも、機械によって常に快適な温度が維持されており、美味しい餌も勝手に出てくるので、脱走を考える個体は少ないらしいのだが。


のんびりと部屋の中であくびをしているアイスワイバーンを見ていると、隣にいる金髪女性の方が危険なのではないかと思えてくる。


「アイスワイバーンの交尾ってどうやるんですかね?空気すら凍らせてしまうので、卵生だと色々と大変に思うのですが。」


常時頭の中がピンク色なミリアは、この動物園に来てから留まるところを知らない。動物、空想種の知識が豊富な彼女はタツヤ達に説明をしてくれるのだ。別にそれは構わないのだが、


「ヤマアラシの尿には媚薬成分が含まれてるらしいですよ。...えっちですね。」

「ライオンは寝食も忘れて1日に50戦以上も交わり続けることがあるらしいですよ。...えっちですね。」

「実はバジリスクの毒って溶かす対象を選ぶことが出来るんです。つまり服だけを溶かすなんてことも理論上可能なはず。...えっちですね。」


全ての説明を何故か変な方向に繋げてしまうミリア。それをずっと聞いていると、こちらの頭までおかしくなってきてしまう。そしてタツヤとセレイネは同時に限界を迎える。


「「普通に説明しろ!」」


二人から注意を受けてもミリアは全く動じる様子がない。だが時計を確認した彼女は何かを思い出したようだ。


「もう少し説明をしたかったのですが仕方ないです。用事があるのでわたしは一旦離れますね。それでは。」


ミリアはそう言い残してどこかへ行ってしまった。本当に嵐のような女性である。取り残された二人はお互いに顔を見合わせた。


「2人っきりになっちゃったね。これってつまり...」


「つまり?」


「動物園デートよ!!」


「からかうな。」


妖艶に微笑むセレイネの頭をタツヤは手で軽くチョップする。別にタツヤとセレイネは恋人関係などではない。こうした彼女のからかいは日常茶飯事なので慣れたものである。


ちなみにセレイネとの添い寝だが、本当にフィロアの回復目的でやっているらしい。その証拠にこの1年間、激戦の後にしか彼女はタツヤの部屋に来なかったのだ。...別に悲しくなんかない。多分。


「それでどこか行きたい所とかある?」


「あるな。実は契約者に少し興味があって...」


そしてタツヤ達がやってきたのは契約者の適正を知ることが出来るという噂の施設だ。新たな力に対する情報は率先して集めるべきというのがタツヤの持論である。

それからタツヤは施設のスタッフに銀色の腕輪を装着させられた。


「これは?」


「対象と契約を結ぶ為の腕輪です。これによって契約者は動物達と心を通わせるんですよ。」


「そういえばミリアも同じものをつけてたな。」


タツヤはミリアも同じく銀色の腕輪をつけていた事を思い出す。彼女は空想種の『妖精』を使役している珍しい契約者だ。気難しい妖精と心を通わせられる人間は極わずかだと聞く。

そして謎の機械によって全身をスキャンされたタツヤは、その結果をスタッフから告げられる。


「動物だとオオカミなどのイヌ科と相性が良いですね。空想種は...おぉ!竜種ですか。これはそこそこ珍しいですよ。」


「竜種なら戦闘にも役立ちそうだな。」


「今すぐ契約する対象を探しに行きますか?竜種だと値段もだいぶかかってしまいますが。」


「いや今は任務中だし、お金もそんなに持ってきてないからいいや。また今度にします。」


まさか竜種と縁があるとは思わなかった。任務が終わったら、じっくり考えるのもありだろう。

 興奮気味のスタッフをなだめたタツヤは、それからセレイネの方を向く。そしてつけていた銀色の腕輪を外して、セレイネの腕に装着したのだ。

タツヤの行動を見て、彼女は少し不満そうな表情を浮かべた。


「私は別にいいわよ。意味ないし。」


「せっかく来たんだしやってみようぜ。」


「今日のタツヤはちょっと強引だと思うな。」


タツヤに促されるままに機械の前へとやってきたセレイネは、全身をスキャンされる。その結果を見て、スタッフ達は驚きの声を上げた。


「どの種族とも適正が無い!?こんなの初めて見ました。」


「だから意味無いって言ったでしょ。」


「ご、ごめん。」


まるで既に結果を知っていたかのようなセレイネの態度。しかしやってみない事には分からないというのがタツヤの信条だ。なので適正検査を勧めたことに後悔はない。それを踏まえてこれからの事を考えれば良いのだから。


それから施設を出た二人は様々な動物を見た。陸に、海に、空にこんなにも生物がいるなんてタツヤは思いもしなかったのだ。世界はとてつもなく広い。

 そして日も暮れてきた頃、タツヤはその事実を更に思い知ることになる。


「あれ?ふれあい広場にこんな動物いたっけ。」


談笑していたタツヤ達の前にやってきたのは、黄金の毛並みをした短足の生き物。40センチほどの小さなその生物には小さな翼としっぽが生えている。見た目は竜種を小さくしたような感じだが、それにしては威厳が無い。やけに丸いその姿はまるでぬいぐるみのようである。


「まあ可愛けりゃなんでもいいか。モフらせてくれ~。...ってガン無視かよ!」


嫌な笑顔で近寄ってくるタツヤを歯牙にもかけず、そのミニドラゴンはトコトコと歩いていく。同じようにしてセレイネの前も通り過ぎるかに思われたが次の瞬間、その生物は驚きの行動に出た。


ーーなんとセレイネの足に擦り寄ったのである。


「え!?私?あ、あったかい...。」


その行動に一番驚いたのはもちろんセレイネだ。それから彼女は恐る恐る白い手をミニドラゴンへと近づけた。優しく撫でられたドラゴンは気持ちよさそうに唸り声を上げ、コテンとひっくり返ってお腹を見せる。


「な。その行動はズルくない?」


文句を言いながらも満面の笑みでミニドラゴンのお腹を撫でるセレイネ。彼女の幸せそうな表情を見ると同時に、タツヤはホッと胸を撫で下ろす。やはり彼女にも心を許してくれる動物はいるのだ。世の中、捨てたものでは無い。


「おや、ヴァリちゃんに懐かれるなんて面白いね君。」


するとセレイネに声がかけられる。それは薄黄色の長い髪を後ろで一つ括った男性。中性的な顔立ちをした彼の目には光が無いように思える。作業着を着ているので、この動物園の飼育員であるとは思うのだが。


「この子ヴァリちゃんって名前なんですね。あなたはこの子の飼育員さんなんですか?」


「飼育かと言われると少し違う気もするんだけど、まあ概ねそのような認識で間違いないよ。」


「それにしても変わった生き物ですね。とても自然界では生きていけなさそうなフォルム...」


セレイネはミニドラゴンの脇に手を入れて持ち上げる。彼女は、短い足でジタバタしているヴァリちゃんをジト目で見ながら、厳しい感想を口にした。


「辛辣な意見だね。だけど擬態する生物もいることを忘れちゃいけないよ。ーー見た目だけで判断すると痛い目に遭うのも自然界なのさ。」


怪しい笑みを浮かべたその男はセレイネの意見に反論してみせる。そんな二人の間に割って入ったのはタツヤだ。タツヤは怪訝な目で男を見つめている。


「お話中の所悪いけど、ちょっといいか?俺はそこの彼女の連れだ。あんたはこの動物園の飼育員ってことでいいのか?」


「...そうだね。そう思ってくれたらいい。ボクの名前はアルフだ。」


「よろしくアルフ。いきなり突っかかってしまって悪かったな。ちょっと怪しく見えたんで、聞いただけだ。」


「よく言われるから気にしないでいいよ。」


笑っているアルフの姿を見て、タツヤの警戒が少し緩む。彼から妙な雰囲気を感じ取ったので警戒していたのだが、ただの飼育員ならタツヤの気のせいであろう。


それからアルフはセレイネに質問を投げかけた。彼の肩にはセレイネの手から抜け出したミニドラゴンが乗っている。


「もしかして君、ヴァリちゃんの声とか聞こえたりする?」


「ーー?この子喋るの?」


「いやなんでもない。今のは忘れてくれ。それじゃあボクはこれで。」


キョトンとした顔をしているセレイネを見て、アルフは興味を失ったようだ。そのまま颯爽とどこかへ立ち去ってしまった。


「不思議な人だったな。というかやっぱりいたじゃねぇか。セレイネに懐く動物。」


「私もちょっと驚いてる。もしかしてあれ、機械とかじゃないかな。」


「夢が無さすぎる!」


酷く悲しい予想をしているセレイネにタツヤはツッコミを入れる。もっと彼女には明るい希望を持って欲しいものだ。


その後、雑談していた二人の元にやってきたのはミリアである。


「二人ともお待たせしました。それでは依頼主の元へ向かいましょう。」


こうしてタツヤ達はリスディ動物園の中央にある研究所へと向かった。

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