第二章3 『ステラ』
「ハルカ団長、今こそ考えてきた『あれ』をお披露目する時では?」
「そ、そうね。」
ハルカの周りには四人の少女がいた。そしてその内の一人がハルカにヒソヒソと内緒話をしている。
その後、目をキラリと光らせたハルカ達はビシッとポーズを決めた。
「珍味を求めて三千里。」
「たとえ嵐が吹こうとも。」
「たとえ世界が滅んでも。」
「食の探求は終わらない。」
「われらは美食傭兵団!この世の全てを喰らい尽くすものよ!」
四人の少女が順番にセリフを言っていき、最後にハルカが締めくくった形だ。束の間の沈黙。それから口を開いたのはケントである。
「マジカッコイイっす!」
彼だけが拍手をしながら歓声を上げたのだ。しかしその他の三人は、白けた目でハルカ達を見つめている。
「いや知ってるから。」
「ここ最近、馬鹿にしか会ってない気がします。」
「あたしもそういうの考えてた時期あったなー。」
それから頬を少し染めてコホンと咳払いをしたハルカが、タツヤ達を指差す。
「残念だけど私達の邪魔をするつもりなら、こっちも抵抗させてもらうわよ。」
「俺達にもやらなきゃいけないことがある。いくら命の恩人でも容赦はしないぞ。」
「ハルカ団長...。」
臨戦態勢をとるタツヤ達を見て、少女達は不安げな目でハルカを見る。そんな彼女達を見るハルカの眼差しは、まるで娘を想う母親のようであった。
「あなた達は戦闘要員じゃないでしょ。こういうのは私に任せておきなさいって。」
怯える団員を背にしてハルカが前に出る。流石にたった一人で四人を相手にするのは厳しいと思うのだが、彼女の表情は自信に満ち溢れていた。
そしてその理由はすぐに明らかとなる。
「聞いて恐れ慄きなさい。私は百花繚乱の元メンバーよ!」
胸を張って高らかと宣言してみせるハルカ。その事実にタツヤ達は少し驚いた表情を見せたが、それだけで尻尾を巻いて逃げるほど臆病では無い。
「え?ちょっと聞いてた?私は百花繚乱の元メンバーで...。」
それでも戦意を失わないタツヤ達を見て、ハルカは焦りの表情を浮かべたのだ 。本当に感情が表に出やすい人である。恐らく今のはハッタリだろう。彼女には強者特有の覇気が微塵も感じられないのだから。
「そんなの俺様には何も関係ないっすよ!」
ケントが右腕をフィロアの刃に変形させて、ハルカへと伸ばす。特に武装をしている様子が無い彼女は、その攻撃を避けると思われたが、相変わらずの仁王立ちでその場に立ち尽くしたままだ。理解不能な彼女の行動。
ーーそして次の瞬間、ケントの姿が元に戻る。
「あれ?俺様の能力が...ひでぶ!」
無防備にハルカの前へと躍り出たケントは、彼女のしなやかな足によって蹴り飛ばされたのだ。そのまま思いっきり木に激突したケントは目を丸くする。
「ケント!」
「大丈夫っす、兄貴。ちょっとミスったみたいで。」
「あら、ほんとなら消し炭になってたところよ。私に感謝する事ね。」
ハルカの声音は感情豊かな彼女のものとは思えないほど、冷徹だった。
それからシノンも自身の身体の異常に気づく。
「わたくしの鎖も使えない...。」
「つまりこれはハルカの仕業ってことか。」
タツヤの推察にハルカは隠すことなく頷いた。それだけでなく、彼女はなんと自分の能力を赤裸々に語り出したのだ。
「私の固有能力『能力喰い』は全ての固有能力を封じる力よ。敵味方関係なく発動するから、共闘には向かない能力だけれど。」
「なんすかその能力!?そんなのずるいっすよ!」
「そうよ。所詮この世は弱肉強食。どんな能力が与えられたって、強者だけが全てを奪い去っていくの。...それだけは太古から何も変わってない。」
圧倒的優勢でありながら、ハルカの表情は何故か暗い。それに彼女の言葉には静かな怒りが込められているような気がしたのだ。その怒りの矛先はタツヤには分からなかったが。
「だけど固有能力を封じるとしても俺には関係ないはず。」
タツヤの能力は宝具によるものだ。霊視の能力を発動したタツヤは、しかし亡霊マリーによって衝撃の事実を告げられる。
「タツヤ、アタシ達の能力も使えないみたい。」
「マジかよ!?なんでだ?」
「それは...分からないけど。」
まさかハルカは亡霊の固有能力すら封じてしまうとでもいうのか。恐るべき能力を前にして青ざめるタツヤ達。そんな彼らにハルカは憐憫の眼差しを向けた。
「だから諦めなさい。あなた達に私は倒せないわ。」
しかしタツヤ達もここで引き下がる訳にはいかないのだ。村の人々の困った顔、そして亡霊ソルクの辛そうな表情がタツヤの頭をよぎる。
「諦めるなんて選択肢は無いよ。俺達は全力で足掻くだけだ。」
「そうっすよね兄貴!久しぶりに、こいつを使う時が来たっすかー。」
ケントが手に生成したのは双剣だ。能力を封じられたとしても戦う方法などいくらでもある。それからシノンは投げナイフで、タツヤは刀でハルカに攻撃を仕掛けていく。三人による同時攻撃。それをたった一人で捌くのは至難の業だ。しかし、
「はぁ。諦めの悪い子達ね。ーー宝具『イージス』。」
大きなため息をついた後に、ハルカは宝具を解放する。彼女の周りに突然現れたのは7枚の大きな盾だ。白銀に金の装飾が施されたその盾は、ハルカの周囲に浮かびながら、タツヤ達の攻撃を自動で防ぐ。
「厄介な宝具だけど、防ぐだけならそこまで脅威じゃないわね。」
「防ぐだけで十分よ。あとは私がやるから。」
「シノン!」
ーーそして謎の赤い光線がシノンの両足を貫いた。
正確には光線ではなく、フィロアによって構成されたエネルギーの塊である。『ステラ』と呼ばれるその弾は、銃が台頭する前に流行った過去の産物だ。
それからハルカは再び周囲にステラを生成する。生成からの射出攻撃が一連の流れなのだ。
「まだステラを使ってる人なんていたんっすか?そんな古臭い攻撃、俺様には効かないっすよ!」
そして次に狙われたのはケントだ。彼は一斉に射出されたステラを、華麗な身のこなしで避ける。
ーーしかし次の瞬間、ステラが軌道を変えて曲がったのだ。
「なんでステラが廃れたのか知ってる?それは扱うのが難しすぎたからよ。けれどそれ以外では銃に勝るポテンシャルがあるわ。」
「追尾性能は驚いたっすけど、念の為にシールドを張っていた俺様に抜かりは無いっす!」
「ーーそれも予測済み。」
全体シールドを展開したケント。しかしハルカはそれを見越して、ステラを一点に集中させたのだ。彼のシールドを貫通させて、その両足を容赦なく貫く。
「全体シールドは便利だけど、その分耐久性も脆くなるのよ。強者ほどあまり使いたがらない。」
「防げると思ったんすよー!後から説明されるのクソムカつくっす!」
ケントは足を封じられ、その場で悔しそうにジタバタしている。そしてハルカはその切れ長の目をタツヤへと向けた。
「次はあなたね。少しは降伏する気になったかしら。」
「ソフィア、ちょっと援護を頼めるか?あれをよろしく。」
「...分かったわ。」
仲間が二人やられても諦めないタツヤは、意を決したようにハルカへと向かっていく。それと同時にソフィアも黒い物体をハルカへと投げつけたのだ。その物体は爆発して黒い煙を辺りに撒き散らす。
「射手に対して視界を防ぐのは常套手段だもの。対策ぐらいあるに決まってるじゃない。」
するとハルカの周囲の7枚の盾が高速回転して煙幕を吹き飛ばしたのだ。しかし目の前にいるはずだったタツヤの姿は消えている。
「...上ね。」
ハルカの予想通り、タツヤは彼女の真上にいた。そして腕を上げたハルカの合図と共に、ステラが一斉にタツヤへと放たれたのだ。不可避、そして全体シールドではガード不可能な彼女の一撃。だがタツヤは既に彼女の目的を看破している。
「狙いは足!!」
「ーー!流石に学習してるみたいね。」
両足だけにタツヤはシールドを集中させたのである。この状況なら頭か心臓の急所を守るのが妥当であろう。しかしタツヤはハルカに賭けたのだ。彼女がタツヤ達を殺すつもりではなく、無力化を念頭に置いているということに。
そうして一点集中で足に放たれたステラによる一撃を、タツヤはシールドでギリギリ防ぎ切る。
「けれどこの宝具は1人では決して突破出来ないわよ。」
「ならわたくし達の腕も貫いておくべきでしたね。」
「足が使えなくたって兄貴をお助けすることくらいはできるっす。」
タツヤに向かって展開される7枚の盾。しかし前からシノンの投げナイフが、後ろからケントの投擲した双剣がハルカに襲い掛かる。
そしてわざと分散させて投げられた投擲武器は、自動防御させる盾の枚数を増やしてしまうのだ。結果としてタツヤの前には2枚の盾が立ちはだかることになった。
「届けぇぇ!」
「手だけで盾を突破しようとしたのはあなたで二人目よ...。」
全てのフィロアを身体強化へと使い、怪力によってタツヤは2枚の盾を無理やりどかしたのだ。ようやくハルカにその刃が届くと思われたが、彼女本来のシールドによって呆気なく弾かれてしまう。
だがまだ時間はある。ステラを生成される前にシールドを削りきって...
ーーその時、タツヤの両足に激痛が走った。
「なんで!?ステラはさっきの攻撃で使い切ったはず。」
「置き弾よ。万が一を考えて木の裏に隠してたの。」
それから彼女の盾によってタツヤは弾き飛ばされる。まさかステラを隠しているとは思わなかった。ハルカには油断も隙もない。
「あなたは直接戦うタイプじゃないわね。痛い思いをしたくなかったら妙な真似はしない事よ。」
「うっ。」
ハルカに冷たい目で睨みつけられたソフィアは怖気付く。他の三人は足を封じられ、倒れたままだ。自己治療をするのにも時間がかかるだろう。
こうしてハルカに圧倒的な実力差を見せつけられ、敗北したタツヤ達。ここまで強いと、もう認めざるを得ない。彼女は本当に百花繚乱の元メンバーなのだろう。
「俺達を殺さずに生かしたのには何か理由があるのか?」
「私、食事以外では生物を殺さない主義なの。過去にそれを破ったのは一度だけ。本当は傷つけるつもりも無かったのよ?あなた達に諦めてもらうために仕方なくした事なんだから。」
バツの悪そうな顔をするハルカを見て、タツヤは単純な事実に気づく。
ーー彼女は優しすぎるのだ。
さっきの焦っていた表情は自分の身を案じてのものではない。恐らく敵であるタツヤ達の心配をしていたのであろう。それくらいハルカは圧倒的な力を持っていて、そのうえで聖人のような思考を兼ね備えている。
酷く不器用な彼女の在り方は、それでも美しいものだと思う。
「悪い、色々とあんたのことを誤解してたみたいだ。だけど俺達にも譲れない依頼があったんだ。」
「なるほどね。私達もある依頼をこなしている最中だったのよ?あっ、噂をすればその依頼主のご登場ね。」
「全く、敵に対しても恩情をかけるとは。そんな事では厳しい自然界で生きていけませんぞ。ハルカ殿。」
ーー森の中から現れたのは立派な髭を生やした老人であった。
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