第二章2 『盗人の親玉』

そして肉食獣達が一斉にタツヤ達に飛びかかってくる。大トカゲや熊、狼など、その種類は様々だ。


「雑魚が何匹かかってこようが、俺様の相手にはならないっすよ!」


ーーしかし彼らは一瞬でバラバラに切り裂かれる。


それは両腕をフィロアの刃へと変形させたケントの攻撃によるものだ。

ケントの固有能力『伸縮自在』は自分の全身を好きな形に変形できる能力だ。さらに、身体からフィロアの刃まで生やすことが出来る為、その応用の幅は非常に広い。


「獣風情ではわたくし達に触れることもできません。」


「シールドを張らない相手にはやっぱ銃が効くな。」


それからシノンが投げナイフで、タツヤが生成したアサルトライフルで肉食獣達を処理していく。しかしそんな三人の攻撃を避ける動物が1種類。


「こいつが噂の風狼か。動きが速くて確かに厄介だな。」


風狼の見た目はもちろん狼とそっくりである。だがその四本の足からは、白く細長い布のようなものが生えているのだ。それは天女の羽衣についている領巾と呼ばれる部位に似ている。


ーーそして彼らが厄介なのは、その俊敏さだけでは無い。


「風が強くて、その場に立ってるだけで精一杯っすよー!」


風狼達は風を纏いながら、タツヤ達に突っ込んでくるのだ。彼らが横を掠める度に暴風が吹き荒れる。だからタツヤ達は体勢を崩さないように注力しなければならず、防戦一方となってしまう。


「風を操る狼か。なら拙者が役に立てるだろう。」


そんな時、タツヤにとって聞き馴染みのある声が聞こえた。それは既にこの世にはいない仲間の声。

彼に会うためにタツヤは瞳の色を緋色へと変えて、霊視の能力を覚醒させる。


「ソルク!久しぶり。」


「久しいなタツヤ。早速だが拙者の能力を使え。」


「分かった。」


タツヤの目の前に現れたのは赤髪の細身の男、ソルクだ。生前は音速を超える速度で動き回っていたソルクだが、それを補助していたのが彼の固有能力である。


『風避け』の能力は空気抵抗を無くし、風の影響を無効化する。つまり、この風狼戦において一番効果を発揮する能力なのだ。


「ただのワンコロになったお前らに負ける道理はねぇ!」


暴風を無視できるようになったタツヤは腰に差していた刀を抜いて、2匹の風狼を斬り捨てる。


「流石兄貴っす!」


「下僕の宝具、便利なものね。」


「あたしも風無効化のローブを持ってきてたらなぁ。」


タツヤの変化に三人がそれぞれ反応を示す。しかしタツヤだけが風を無効化出来たとしても多勢に無勢。湯水のように次から次へと風狼達が湧いてくる。


「やっぱり数が多すぎるな。」


「あたしの爆弾で一網打尽に出来るかもだけど、風狼達の動きをまとめて拘束する方法が無いんだよね...。」


手に持った怪しいトゲトゲの爆弾を見ながら、悔しそうに呟くソフィア。だがタツヤはその爆弾に勝機を見出した。つまり、動きさえ止めてしまえば良いということなのだから。


「動きさえ止めたらいいんだな?ソフィア、ちょっとその袋を貸せ!」


「え!?」


ソフィアから匂い袋を奪い取ったタツヤは、そのまま森の中へと走り出す。そしてシノン達と一定の距離を離した後に、その袋を刀で切り裂いたのだ。


袋の中から匂いの元となっていたものが溢れ出し、強烈な香りを周囲に放つ。すると、風狼達が目の色を変えて、一斉にタツヤの元に飛びかかってきたのだ。その攻撃をタツヤは全体シールドで何とか防ぐ。


「今だ、シノン!」


「全く、本当に下僕は自ら囮になりたがるドMさんですね。」


ーーそして突如、一箇所に集まっていた風狼達の動きが止まる。


それはシノンの固有能力『見えない鎖』によるものだ。

こうして準備は整った。あとはソフィアに爆弾を投げてもらうだけである。


「ソフィア、その爆弾を早く投げろ!」


「えぇ!?凄い威力だよこれ?」


「いいから早く!!」


「もうどうなっても知らないからね!」


タツヤに急かされて、半ば投げ遣りになったソフィアはそのまま爆弾をポイッと投げた。


ーーそしてとてつもない爆発が木々を、風狼を、全てを吹き飛ばしたのだ。


「兄貴!!そんな、兄貴が木っ端微塵に...」


がっくりとその場で崩れ落ちるケント。しかしそんな彼の後ろで声が聞こえた。


「木っ端微塵になってたまるか!」


「まあアタシがいなきゃ、そうなってたけどね。」


ケントの後ろにいたのはタツヤ。そしてタツヤだけに見えているマリーであった。タツヤは爆発の直前に、マリーの能力『バネ足場』によって離脱していたのだ。


「兄貴~良かった~。」


「まあ何かしら策がある予感はしていましたが。」


「危うくあたしが殺人犯になる所だったじゃない。」


タツヤのピンピンした様子を見て、三人は安堵の息を漏らす。そんな彼らを見て、タツヤは少し無茶な作戦を実行した自分を戒めた。


「まあ無事勝てたってことで...ってどうした?みんな。」


すると突如、タツヤを見る三人の顔が青ざめたのだ。やはり少しどころではなく、だいぶさっきの作戦が無茶なものだったのではないかとタツヤが考えていた時、ケントが口を開いた。タツヤの後ろを差す彼の指は震えている。


「あ、兄貴。後ろっす!」

「下僕、避けなさい!」


「え?」


しかしタツヤが振り向いた時には既に遅かった。彼の後ろにいたのは普通の風狼の5倍ほどはある大きな狼。風狼と同じく足、そして肩からも領巾のような細長い布が生えていて、神々しいその姿はまさに風神のようであった。


恐らくは風狼の群れの長であろう。そしてその狼は、今まさに強靭な爪でタツヤの頭を切り裂こうとしていたのだ。


ガードが間に合わずに死を悟ったタツヤ。しかしその刹那、


ーー謎の攻撃によって風狼の長の頭と心臓が貫かれる。


「大丈夫?あなた達。」


「あ、ああ。ありがとう。あんたは?」


そこにいたのはブロンドの髪を腰まで伸ばした女性。その切れ長の目はクールな印象を抱かせる。

そしてタツヤの質問を受けて、その女性は不敵な笑みを浮かべた。


「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました。私は美食傭兵団団長のハルカよ!」


「えっと...それじゃあ他の団員は?」


「多分後から来るわ!美味しそうな匂いがしたから真っ先に飛んできたの!」


ハルカは目をカッと見開いて高らかに宣言する。彼女に対するさっきまでのクールな印象が、少しずつ薄れていくような気がした。


「それでこの匂いの正体はどこに!?」


「あっこれ匂い袋だから食べ物じゃないんだよ。」


「そんな...。」


衝撃の事実を知ってがっくりと項垂れるハルカ。そんな彼女の肩をソフィアがトントンと叩く。


「あのー良かったらその匂いの元になった料理、非常食で持ってきてたんだけどいる?料理といっても錬金術で作ったものなんだけど。」


「いる!いただきます!モグモグ...幸せ~。錬金術で作った料理なんて初めて食べたわ。結構いけるわね。」


「えへへ。そんなに喜んでくれるならあたしも作ったかいがあったかな。」


ハルカの賞賛にソフィアは頬を掻いて照れる。それからペロッとソフィアの料理をたいらげたハルカが、死体となった風狼達を指差した。


「そういえばこれ、私達が持っていってもいい?ちょうど風狼の肉を探してたところなの。」


みんなに目配せをした後、了承を得たタツヤが代表として口を開く。


「俺達は別に使わないからいいよ。命を助けてくれた恩もあるし。」


「本当に!?いやー何から何まで悪いわね!今日はご馳走よー!」


鼻歌を歌いながら風浪達の死骸を集めているハルカ。そんな彼女をタツヤ達は奇異の目で見つめる。


「ところで風狼って美味いんすかね?」


「うーん、どうだろう。あたしは食べたくないかな。」


「下僕、試しにそこの死体を生で食ってみなさい。」


「絶対不味いだろ!嫌だよ!」


それからハルカと別れを告げて、タツヤ達はウォスタ村へと向かったのであった。


△▼△▼△▼△


「なんと風狼達を一網打尽に。流石は夜桜傭兵団の皆さんです。せっかくですから、今日はこの村の宿に泊まっていってください。」


村長に感謝された後、日も暮れて来た為、タツヤ達はそのご厚意に甘える形となった。


ーーこうして問題は解決したように見えたのだが、朝になって事件は起きる。


「おらのメレーがまた数匹いなくなっちまっただ!」


朝食をとっていたタツヤ達の元に訪れたのは麦わら帽子を被ったおじさん。そんな彼の発言を聞いてタツヤは首を傾げる。


「風狼はみんな倒したはずなんだけどな。」


「とりあえずわたくし達もその牧場へ行ってみましょう。」


つまり家畜失踪事件の犯人は風狼ではなかったということになる。朝食を済ませたタツヤ達はそのメレーが失踪したとされる牧場に足を運んだ。


「というわけで今回で3度目だべ。何度柵を強化しても意味無かっただ。」


「最近は野生動物も少なくなってきてるらしいです。村の狩人の皆さんも困っていまして。」


「野生動物が減少してる?」


牧場主の奥さんの発言にタツヤは眉を上げる。あれだけの肉食獣がいたのに、これでも減少していた方だったのだ。その事実を知って、タツヤはゾッとしてしまう。


「お父さん、今日もお肉食べられないの?お腹空いたよー。」


「ごめんなぁ、今は我慢してくれ。」


そこへ牧場主の娘らしき人物がひょこっと顔を出す。不満を口にする娘を、牧場主は申し訳なさそうに抱きしめたのであった。


「拙者は飢えた者の苦しむ姿を知っている。頼むタツヤ、この村を救って欲しい。」


そんな彼らを見て、言葉を発したのが亡霊ソルクだ。彼の村は謎の現象によって死の大地と化し、飢えに酷く悩まされたと聞く。この状況を見て、色々と思うところがあるのだろう。


「あぁ、任せとけ。」


もちろんタツヤだってこの状況を無視するほど薄情では無い。ソルクの願いを胸に、タツヤは拳を強く握りしめたのであった。


△▼△▼△▼△


「まぁ現場を押さえるのが1番早いよな。」


「それに関しては下僕と同じ考えだわ。...少し癪に障るけれど。」


時間は真夜中。失踪事件が起きた牧場に身を潜めて、タツヤ達は犯人を待ち構えていたのだ。

そしてタツヤの予想通り、事件は起きる。


「今日のメレーはどれにしようかなー。こいつにしよ!」


「メェェェ!?」


タツヤ達の目の前で、堂々とメレーを捕獲した犯人。もちろんそのまま帰すわけが無い。


「出たな盗人め!捕まえろ!」


「お覚悟を。」


「ひゃい!?」


シノンの見えない鎖によって雁字搦めになったのは黒髪の少女。しかし彼女はなんと、その拘束をスルりと抜けたのだ。


「に、逃っげろーい!」


「チッ、固有能力ですか。厄介ですね。」


「とにかく追うぞ!」


それから謎の少女は能力によって難なく柵を通り抜ける。だがタツヤ達はそんな彼女の真似は出来ない。


「邪魔ならぶっ壊すだけっす!」


そこでケントは頑丈な柵を切り裂いたのだ。他人の所有物を容赦なく破壊する彼に、三人はジト目を向ける。


「終わったら謝れよ、ケント。」


「えぇー!?兄貴も一緒に謝ってくださいよー。」


そしてタツヤ達は謎の少女の後を追って森へと向かった。


「団長、ごめんなさい!見つかっちゃいました!すぐに追っ手がここへやってきます。」


「大丈夫よ、ノノカ。私が追い払ってあげるから。」


部下の報告を聞いてゆっくりと立ち上がったのはブロンドの髪を腰まで伸ばした女性。それからやってきた追っ手の正体に気づいて、彼女はその目を見開いた。


「あなた達は昨日の!」


「仲間がいるとは思ってたけど、まさかお前だったのかよハルカ!」


ーー盗人の親玉はなんと、タツヤの命の恩人であるハルカだったのだ。

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