第二章13 『とっておきの連携技』

獣耳を生やした銀髪の少女とリュカが睨み合っている中、その間に割って入ったのはタツヤだ。


「えっと俺の名前はタツヤ。リュカ達の護衛をしている傭兵なんだが、なんで襲撃してきたのかを聞いてもいいか?」


さっきの話が本当なら、獣人の女性達はオルニスの国軍らしい。正体不明の黒騎士とは違い、話し合いの余地があるとタツヤは考えたのだ。

すると一旦銃の構えを解いて、銀髪の少女が自己紹介をしてきた。


「なんかそこの2人が世界滅亡を企てたらしいよ~。わたしが特殊部隊ウルフの隊長、ラスティ。ほらみんなも。」


「え!?あ、あの、ターニャと申します。」


「あたしはカリンだ。」


「...リーナス。」


ラスティに促され、他の隊員達も自身の名前を明かす。どうやら彼女達も対話をする意思があるらしい。タツヤは安堵しながら、説得するための言葉を考える。しかしラスティは、手に持ったショットガンを再びフェルナの方へと向けた。


「自己紹介も済んだし、とりあえずフェンリルだけでも殺していいかな。仲良く話してたら世界が滅亡しました~なんて笑えないじゃん?」


「フェンリルって誰?私の名前はフェルナ。世界を滅ぼすなんて怖いことするわけない。」


「そうですよ!フェルナちゃんはとっても優しい子なんです。」


銃口を向けられたフェルナは全く怯まずに、真っ向からラスティの発言を否定してみせる。続けてミリアもフェルナを擁護した形だ。もちろんタツヤも彼女が世界を滅ぼすなんて1ミリも思っていない。


「フェルナは目を輝かせながら、将来の夢を語るただの女の子だよ。たとえ本当に世界を滅亡させる力があったとしても、それを行使するとは思えない。」


「もしその子が暴走したらどうするのさ。」


「ーーその時は俺が止める。」


それがタツヤの答えだ。黒騎士の発言、そして国軍まで動いたということは本当にフェルナには世界を滅ぼす力があるのかもしれない。だが力を持っているだけで、彼女の未来が奪われてしまうのはおかしいと思うのだ。だからタツヤはリュカ達の疑いが晴れるまで、説得し続けるつもりである。

タツヤの返答を聞いたラスティは大きなため息をつく。


「なるほどね。だけどわたし達は危険を未然に防ぐのが仕事でね~。さてと時間稼ぎも終わったことだし、もう撃っちゃって~。」


「狙撃手だと!?」


ーー外から研究室の壁を貫通して撃ち込まれたのはライフル弾だ。


おそらくフィロアによって弾の貫通力や威力を増大させているのだろう。対物ライフルでもここまでの威力は出ない。

さらに狙撃手は壁で中が見えていないはずなのに、ライフル弾は正確にフェルナを狙って撃ち込まれたのだ。


さすがのセレイネも今の狙撃を予測して、フェルナをワープさせることは出来なかったようである。だが獣のような勘で彼女を守った存在が1人いた。それはリュカだ。フェルナを押し飛ばして、身代わりになったリュカの下半身は全て吹き飛んでしまう。


「リュカ!!」


「大丈夫だよフェルナ。ーー今日は満月だからね。」


しかし致命傷を負っているにも関わらず、リュカは落ち着いた様子である。ライフル弾が空けた壁の穴から月光がリュカの身体に降り注ぐ。すると彼の全身から真っ赤な毛が生えて、顔が狼のように変化したのだ。


「リュカが狼人間に!?」


「驚かせてしまってすまない。だけどその話はまた後で。フェルナ、私の身体に掴まって。」


狼人間になっても言葉は話せるらしい。リュカの指示に従って、フェルナが彼の背中にしがみつく。

そして第二の狙撃がやってきた。威力を鑑みると、もはや砲撃といってもいい程だ。その一撃をリュカは驚異的な身体能力で回避してみせる。


「狼人間リュカの覚醒。狙撃が逆効果だなんて、今日はトラブル続きだなぁ~。もう直接叩くしかないか。」


「させるかよ!」


「傭兵の足止めは任せたよ。ーー結構強そうだから殺す気でやってね~。」


ラスティはリュカ達に向かって突っ込んでいく。もちろんタツヤ達は阻止しようと動いたのだが、他の隊員によって邪魔されてしまった。だがリュカとラスティは互角に渡り合っているようだ。


「隊長の元には行かせねぇ。代わりにあたし達が相手してやるよ。」


赤髪の女性、カリンがライトマシンガンを生成して戦闘態勢をとる。続けてターニャとリーナスも銃を生成したようだ。生成銃を覚える人は少ないのだが、柔軟な対応が出来るこの技術は特殊部隊と相性が良いのかもしれない。


「いいえ。あなた達では相手にすらならないわ。」


そしてカリンに対して返答したのは薄紫髪の美少女だ。彼女の冷たく美しい声には他者の心を震わせる力がある。セレイネはいつの間にかターニャの背後に立っていたのだ。


「あれ?なんだかビリビリして意識が遠くなってきました...。」


そして次の瞬間、黒髪の少女ターニャはその場に倒れてしまう。おそらく、セレイネによる電撃魔法だろう。だが彼女の魔法には詠唱や予備動作が全くない。例えるならそれは、武器を振らずに相手を斬り伏せるようなものだ。理不尽な初見殺しの技はこの国最強の特殊部隊にすら通じてしまう。

一瞬で仲間がやられてしまい、カリン達は青ざめた顔でセレイネを見る。


「化物かよこいつ。」


「だから言ったじゃないですか。ーー僕と協力するべきだって。」


すると爽やかな青年の声が所長室の入口から聞こえてきた。その声を聞いた瞬間、セレイネがタツヤの隣へとワープする。


「あれ?もしかして僕の技が見えてます?たまたまかなぁ。」


首を傾げて部屋に入ってきたのは整えられた白髪を首元まで伸ばした青年。深緑色のオーバーコートを羽織っており、紫色の瞳が妖しく輝いている。


「...たまたまよ。あなたとは初めて会ったもの。」


少し震えた声に違和感を感じて、タツヤは隣にいるセレイネの様子を伺う。そして初めて見る彼女の表情に目を疑った。


ーーセレイネは怯えているのだ。


顔には出さないように努めているが、その瞳には恐怖の色が滲んでいた。まるで何度やっても勝てない相手と対峙しているかのような絶望的な目。

そしてその目の先にいる男が口を開いた。


「ーーまあこの力から逃れられる者など存在しませんが。」


「ーー!」


次の瞬間、セレイネが謎の力によって床にへばりつく。急いでタツヤが救助しようとするが、まるで接着剤でくっついているかのように彼女は動かなかったのだ。強引に引っ張ると逆に彼女を傷つけてしまうだろう。


「セレイネ!?クソッ動かねぇ。何をしたんだお前!」


おそらく白髪の男による仕業だろう。タツヤは生成したアサルトライフルを男に向かって撃つが、カリン達によって防がれてしまう。


「助けてくれるんですか?」


「アイザック、あんたの事は気に入らねぇが任務のためだ。」


「リーナスはこの人嫌い。でも必要なら助ける。」


男の名前はアイザックというらしい。協力関係にあるカリン達からも嫌われているようだが、セレイネという脅威を封じ込める力が彼にはある。


「少し不味い状況ですね。タツヤ、どうします?」


「時間が惜しい。とっておきのあれで行こう。」


「...またセレイネに怒られますよ?」


「その時はミリアも一緒だな!」


そしてミリアとタツヤの短い作戦会議は終わった。霊視の力を覚醒させたタツヤは自身の後ろに黄緑色のバネを生成する。それから加速してカリン達に突っ込んでいったのだ。


「ドローン展開。」


「フルバースト。」


それに応じてリーナスは自身の周りを浮遊する自律型ロボットを八機作動させる。四機のドローンには小型のレーザー銃がついており、光線がタツヤへと一斉に発射されたのだ。その攻撃については特に問題無かったのだが、カリンの方は予想外であった。


「フルバースト」と告げた彼女のライトマシンガンは発射速度が急激に増加したのだ。オーバーヒートしても銃身を変えられる生成銃ならではの戦い方である。そしてミニガンを上回る速度で発射された無数の弾丸によって、タツヤの手足は吹き飛ばされてしまったのだ。


「正面突破とは舐められたもんだな。急所を集中シールドで守ったようだが、手足を封じられちゃ何も出来ねぇよ、雑魚が。」


手足を失ったタツヤはもはや赤子同然である。もう彼に出来ることなど何も無い。

呆れた表情でカリン達が四肢の欠損したタツヤの隣を抜け、ミリアの方へと向かっていく。彼女達はタツヤに対して完全に興味を失ったようである。


「こっちに来ないでください!」


焦るような表情でミリアが無数の氷柱をカリン達へと放つ。だがセレイネとは違い、予備動作のある魔法など、シールドで防げばいいだけなのだ。カリン達は前面にシールドを展開した。


ーーそんな時、カリンのすぐ背後に立っていたのはタツヤだ。


「お前、いつの間に!?」


「よぉ。雑魚にやられる気分はどうだ?」


タツヤは手に持った刀の背面でカリンの後頭部を思いっきり叩く。そのままカリンは気絶してしまったようだ。

悪い笑みを浮かべたタツヤのすぐ側には、渋い顔をしている小太りの男が立っている。彼は亡霊トッドだ。


「僕の能力、戦闘には向かないんだけど。わざと負傷して強引に使うなんてタツヤは無茶苦茶だよぉ。」


「ありがとなトッド。まぁ無茶なのはいつものことだろ。」


「そうだけどさぁ...。」


トッドの固有能力『薄い影』は自身の気配を消す力だ。しかし対象に注意を向けられている時は発動しないといった条件がある。その為にタツヤはカリン達にとって、取るに足らない相手を演じる必要があったのだ。

青髪の女性、リーナスは苦虫を噛み潰したような顔をする。


「治療魔法の使い手だったとは誤算。しかも凄腕...アホそうなのに。」


「治療魔法をしたのは俺じゃなくてミリアな。」


「アホそうだって言われてますよ、タツヤ。」


「うるせぇな!」


そしてタツヤの四肢を完全に治療したのは、クスクスと笑っているミリアだ。彼女は妖精を扱う契約者だが、本来は戦闘より治療の方が得意なヒーラーである。普通は治療魔法でも身体を治すのには多少の時間がかかるのだが、ミリアの治療速度は大陸一と言ってもいい。大抵の傷は一瞬で治せるため、彼女は前線に立てるヒーラーというわけだ。

凄腕の治療術士と気配遮断能力を駆使した初見殺し。それが二人のとっておきの連携技なのだ。


するとアイザックが笑顔でリーナスに向かって声をかける。


「二対一になっちゃったね。手伝おうか?」


「リーナス一人で十分。」


「...僕ってそんなに嫌われる要素あったかな?それじゃあ頑張って。」


もう先程の連携技は使えないが、タツヤ達が有利なことに変わりは無い。

タツヤはバネ足場を踏んでリーナスに近づいた。しかし斬撃はフィロア刀『月光』を装備した二機のドローンによって防がれる。そしてミリアの氷魔法もドローンの展開した防壁によって相殺されてしまったのだ。八機のドローンを展開するリーナスは、二人を相手にしても隙がない。


「火力は無いけど思ったより厄介だな。ハルカの宝具を思い出すぜ。」


「タツヤ、わたしが彼女を気絶させます。なので周りの機械を封じ込めてくれませんか?」


「頑張ってみるけどよ、ミリアの方は大丈夫なのか?」


「大丈夫ですよ。今のわたしは無敵ですから。ーー信じてください。」


ミリアが相手を気絶させるにはおそらくあの方法しかない。そしてそれはあまりにも危険である。しかしミリアは笑顔で「信じて」とタツヤに言ったのだ。それならば彼女を信じるのが同じ団員の務めだろう。


「分かった。それじゃあ行くぞ!」


合図をしたあとタツヤはリーナスに向かって突っ込んでいく。八機あるとはいえ、近距離防御が出来る兵装を持っているのは四機だけだ。そして二機を足止めするくらいならタツヤにも出来る。


「つまり『月光』持ちの二機をなんとかすれば解決だ。」


タツヤと鍔迫り合いをする二機のドローン。その二機の間にタツヤが生成したのは手榴弾だ。

残念ながら心を持たぬ機械がシールドを展開することは出来ない。そして防壁を持った二機はリーナスの護衛を優先してしまう。だから爆発を直接受けるしかなかった『月光』持ちの二機は機能を停止してしまったのだ。ついでにレーザー銃持ちの四機も巻き添えを食らったのは運が良かった。


「これで準備は整った。」


「え?なにこれ。」


そして満を持してタツヤはバネ足場をリーナスの背後に生成する。前方へ加速させられたリーナスは真っ直ぐにミリアの元へと飛んでいったのだ。


「やっぱりな。そのドローンは素早い移動には対応できない。」


慌てて主の元へ駆け寄ろうとする二機の防壁ドローン。しかしタツヤは強引にその二機を掴んで離さない。


「ミリア!」


「流石ですタツヤ。あとはわたしに任せてください。」


リーナスは手に持ったサブマシンガンでミリアを撃つが、全体シールドによって防がれてしまう。そしてミリアがリーナスに触れた時、


ーー青髪の獣人はニヤリと笑った。


彼女の胸の谷間から出てきたのは一機のドローンだ。その機体にはレーザー銃が搭載されている。だが他の四機のレーザー銃とは少し違った形状をしているように見えた。

そしてドローンがレーザー銃をミリアの頭部に向けて発射した。普通の光線なら容易く全体シールドで防ぐことができるだろう。


ーーだがその光線はミリアのシールドを貫通して、彼女の頭を撃ち抜いたのだ。


「超短射程高威力の特製レーザー銃。頭を破壊されたら得意の治療魔法も詠唱出来ないよね。」


「ミリア!!」


タツヤの悲痛の叫びが室内に響き渡った。

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