第24話 久留米の乱

 玉のごとき、小春日和を、授かりし

(詠み人:松本たかし)


 そんな歌がぴったりな昼下がりのこと…。


 私はのどかな川辺で所在なげに水面を眺めてた。


 たまには家族から離れて物思いにふけりたいときだってある。


 お兄ちゃんは乙女心をわかってなくて、いつまでも子ども扱いするから困っちゃう。


 いつだってドキドキ、キュンキュンしたいお年頃なのよ。


「あーあ、素敵な王子様が空から舞い降りてこないかなぁ~」


 ふとつぶやいてみたら、どこからか声がして本当にドキッとしちゃった。


「やあっ、ホシコちゃんじゃないか」


「えっ!あっ、お久しぶりです」


 声の主はアオサギのアオジュンだった。


 私たちゴイサギはアオサギやダイサギ、チュウサギ、コサギらと同じ林に暮らすことが多いの。だからご近所さんて感じかな。


 アオサギはゴイサギより一回り大きくて首が長く、青みが映える灰色の羽と頭の黒いアクセントが印象的なのよね。


 そのなかでもアオジュンは、凜とした力強さがあってワルの魅力を漂わせる人気者なのよ。


 ゴイサギ女子たちからも「カッコイイ」、「優雅で美しい」って騒がれてるわ。


 かくいう私も密かに憧れてんだよね。


「最近、ゴイっちと会わないけど元気してる?」


 やばい、お兄ちゃんからゴイサギ大明神のことはべらべら話すなって釘を刺されてるんだ。口を滑らさないよう気をつけなきゃ。


「ええ、相変わらずですよ~。川辺の茂みでぼーっとしてます」


「なんか噂を聞いたんだけど、人間の女と仲良くしてるんだって?」


 なにそれ!そんな噂がたってるの?あれだ。ゴイサギ大明神によく来る、なつきとかいうJKのことに違いないわ。


「そ、そんなことないと思いますよ」


 私は咄嗟にとぼけた。


「ホシコちゃんも羽の艶が出てきてお年頃なのになぁ。兄貴にもしっかりしてもらわなきゃあ。妹として気がかりじゃない」


 たとえアオジュンでも、お兄ちゃんのことをそんな風に言われるとカチンとくる。


「違うんですっ、その人間の女ってゴイサギ大明神によく来るだけで、仲良しとかじゃないんですっ」


「ほう。やっぱり、ゴイっちはゴイサギ大明神となんか関係があるんだ」


「え、あ、いえ、言っちゃった」


「ゴイっちがなんでそんことに首をつっこんでるんだろう。教えてくれないかなぁ」


 アオジュンが真っ直ぐに見つめて言うので、私の頭は思考停止に陥った。もう歯止めがきかない。


 お兄ちゃんは神様から、一部の人間が悪巧みで裏山の一角を開発しようとしていることを知らされた。しかもそれを阻止するよう命じられてゴイサギ大明神を守っているのだ。


 ところが、悪い人間たちが山の地主・草野のおじいさんを騙して土地を奪おうとしている。それでお兄ちゃんも最近は忙しくて飛び回っているようだ。


 私はそんなことをべらべらと話しちゃった。後でお兄ちゃんに怒られちゃう。


「ホシコちゃんありがとう。ゴイっちには俺がちゃんといきさつを話しとくから心配いらないよ。じゃあっ」


 アオジュンは用が済んだとばかりに飛び立っていったわ。私が怒られないように気遣ってくれたのは嬉しいけれど、うまいこと言いくるめられたみたいでちょっと複雑かも…。


□密談


 森の漏れ日を浴びながらまどろんでいるとそよ風を感じた。もうすっかり秋だ。


「あーあ、空から天女みたいなゴイサギが降ってこないかなぁ~」


 そんなことを妄想していたら本当に何かが空から近づいてくる…。


「おーーーい」


 かすかに呼んでいるのがわかってドキドキしてきた。


 だんだん大きくなる影を目をこらして見ているとサギのようでもある。


「バサバサバサ」


 羽音とともにゴイサギ大明神の屋根に降りてきた。


「よお、ゴイっち。探したぞ」


「なんだ、アオサギのアオジュンかよ」


「久々に会って“かよ”はねえだろう」


「だな、悪かった。謝るよ。で、なんで探してたの」


 アオジュンとは家族ぐるみで交流がある。小さな頃から遊んだ仲だけに、ついなれなれしい態度になってしまう。


「水くさいじゃないか。ホシコちゃんに聞いたよ。ゴイサギ大明神のこと」


 ボクはアオジュンの言葉に耳を疑った。


「ホシコめ…あれほどしゃべるなっていったのに…」


「おっと、ホシコちゃんを怒らないでやってくれ。しつこく聞いたのは俺なんだから」


「なに!ホシコにしつこく迫ったって?」


「違うって。ゴイっちが人間の女と仲良くしているという噂について聞いただけさ。それにホシコちゃんだって心配してるんだよ」


「まあいいさ。ゴイサギ大明神のことは、いつか森の仲間たちにちゃんと話そうと思ってたからね」


「でも、ゴイっちのおじいさんは人間に撃たれたんだろう。憎んで当然なのに何で仲良くするんだ」


「うーん…」


 ボクはアオジュンに核心を突かれて素直に話そうと決めた。


「父さんに聞いたんだけど、おじいちゃんがよく言ってたんだって。


『人間も悪者ばかりじゃないぞ。とりわけ子どもが可愛いのはゴイサギと変わらん。儂も人間の女の子を相手に、近づいたらちょっと逃げたりして遊んだものじゃ』


 そんなおじいちゃんの話したことを反芻していると、人間に対する憎しみも薄らいできたんだ」


「それで、あの人間の女と…」


 アオジュンはどうしもなつきとの関係が気になるらしい。


「なつきはボクの命を救ってくれたから特別さ。それにおじいちゃんが遊んだっていう女の子となぜかオーバーラップするんだよね」


「そうなんだ…。でもゴイサギ大明神は山を開発しようと企む人間たちを阻止するのが狙いだろう」


「ああ。やっぱり悪い人間はいるからね…」

「で、どうする気だこれから」


 ボクが言おうとしたらアオジュンが待ちきれずに被せてきた。


「目にもの見せてやるさ」

「やっちまうか」


 ひそひそ話のつもりがつい力が入ったようだ。


「すまんが聞かせてもらったぞ」


 後ろの木々から声がしたと思ったら、羽音を立ててこちらに来た。


 カラスのクロカゲだ。


「俺たちカラス族を忘れちゃ困るぜ。人間とは生ゴミを巡って因縁があるからな。あるときはゴルフボールを投げられたので、仕返しにフンを落としてやったら駆除に乗り出してきたこともある」


「だったらおいらたちイノシシ一家も黙ってないぜ」


 下の方から鼻息荒く訴えてきたのはイノシシのキバモンジではないか。


「ウキー。これ以上森を荒らされちゃ、いよいよエサが足りなくなる。町に出たらすぐ捕まえようとするくせに、人間はまったく勝手なモンさ」


 木の枝にしがみつきながらニホンザルのウキペイがぼやいた。


「おいおい、呼びかける前に密談の中身が筒抜けのようだね」


 ボクはアオジュンと顔を見合わせて苦笑した。


「お兄ちゃーーーん」


 今度はホシコが慌てた様子でバタバタ飛んできた。


「お兄ちゃん!あ、アオジュンもいたんだ」


「どうしたホシコ。お前が必死に飛ぶなんて珍しいな」


 のんびり屋の妹が息を切らしながらやって来たのでからかった。


「それどころじゃないって。草野のおじいさんが追突させられたあの女の車と、もう一台の大きな車がこっちの方に向かってるの。なんか嫌な予感がするわ」


「マジか!」

「思ったより早かったな」


 ホシコの報告を聞いてボクはアオジュンとうなずき合った。


「皆!すぐに仲間を集めて!でも合図するまでは隠れてるんだ」


「おう」

「わかった」

「ガッテンだ」


 こうして森の動物たちは準備に入った。


□反乱


 私が草野五郎さんから緊急事態を知らされてゴイサギ大明神に着いたとき、すでに堂園朝日一派が作業を始めていた。


 しかし、屈強な作業員たちも森の中から現れた野生の動物たちには肝をつぶしたようだ。作業をほったらかして退散した。


 ゴイっちは「なつき、これからは森の動物たちが大人しくしていないと思う」と忠告したが、堂園一派を懲らしめるだけじゃなかったようだ。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 コープのお店でパートをしている母がLINEで動画を送ってきた。


「カラスの大群が町に襲来してもう映画みたい。お店の周りもフンをいっぱい落とされて客足に影響しそうだわ」


 カラスが電線にずらりととまっているところや、群れをなして飛んでいるところはときどき見るが、送られてきた動画はそんなレベルじゃない。


 まさにヒッチコック監督の映画『鳥』のような恐怖を感じる迫力だ。


 そしてそれはまだ序章だった。


 遊びから帰ってきた小6の妹は慌てて階段を駆け上がると私の部屋に飛び込んできた。


「お姉ちゃん!猿!猿が出たの!動物園以外であんなに猿を見たのは初めてかも」


 友だちと公園で遊んでいたら、どこからかニホンザルが10匹ほどやってきてジャングルジムを占拠したという。


 周りに居た小さな子どもたちと母親が最初は珍しそうに見ていたが、キバを剥いて威嚇するので怖がって帰ったそうだ。


 父は父で仕事を終えて帰って来るなり「国道でイノシシと並走したぞ」と自慢げに動画を見せてきた。


 なんと、渋滞のため徐行する車両の横を5~6頭のイノシシが走っているではないか。クラクションの音が響いてパニックになりかけていた。


「私もなのよ!カラスが大群で襲ってきてさぁ」


 父に負けじと母が動画を見せつけた。母によると、カラスから帽子をとられたり、頭を突かれる被害まであったそうだ。


「ねえねえ、ニュースでもやってるよ!」


 妹が嬉しそうに声を上げた。


『何がおきたのでしょう?本日の午後だけで市内の数カ所で野生動物の群れが目撃されました。高良山周辺の学生街ではサギの大群が屋根にとまり一時騒然となったようです。当時現場にいた人たちの声をお届けします』


 女性のニュースキャスターが早口でまくし立てると、街頭インタビューの映像が流れた。


「あれアオサギだよね。カッコいいけど、数十羽もいたからちょっと怖かったです」

「怪鳥か恐竜みたいな声で鳴くので、襲われるんじゃないかとドキドキしました」

「フンをボタボタ落とすから道ばたが汚れちゃって、商店街の皆さんとか掃除するのが大変なんじゃないですか」


 私はゴイサギの目撃情報がないのでホッとしたが、ゴイっちたちは何もしていないのかな…。


 ニュースキャスターはこう締めくくった。


『野生動物たちによる“久留米の乱”いったい何が原因なのか。これからも続くのか。いずれにしろ市民の皆さんは十分気をつけてください』

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