第6話 格闘
「早まるな!」と躊躇していたゴイっちが、自ら部屋に飛び込み、犯人に嘴で襲いかかった。
「グワッ」
犯人から床に叩きつけられて動かなくなったゴイっち。
「ゴイっち!ゴイっち!」
私は脳内にリンクした状態で名前を呼んだが、返事がない。
意識を取り戻すかもしれないと願いながら呼び続けているうちに、リンクの手応えがなくなった。
「ゴイっちー!!」
□青年コグレの回想
こんな僕も、東京では小学校まで優秀な成績を収めてよく褒められたものだ。テレビでドラマや歌番組を見るのが好きだったので、クラスでも話題に困ることはなく、友だちもいた。
中学生になると、悪友たちとプロレスごっこにハマって休み時間にふざけあっていた。ある日、手加減せずに関節技をかけて脱臼させてしまい問題になった。あのときの「ミチッ」という感触は忘れられない。
その頃から「ヤバいやつ」という目で見られるようになる。「ちょいワル」ならぬ「コグレ」とニックネームをつけられた。
高校は公立校に進んだが、授業に付いていけず、休みがちになって友だちも離れていった。たまに出席しても誰とも目を合わさなかったので、きっと空気のような存在だったのではないか。
学校をサボっては漫画を読んだり、アニメを観たり、ゲームで遊ぶ毎日が続いた。それでも不登校とまではならなかったため、何とか卒業にこぎつけ、親が大学まで行っておいた方がよいとしつこいので受験した。
父親は大手薬品会社に勤め、母親は公務員なので中流の生活を送れる家庭に育った。2年浪人してようやく九州の田舎町にある大学に進学したものの、講義は眠くなるばかりで面白くない。やはり誰とも目を合わさず無駄に時間を過していたので、友だちもできない。ひとり暮らしのアパートでゲーム三昧という、高校時代と似たような暮らしが続いた。
親の仕送りとバイト代で生活には困らなかったが、親も呆れ果てたたのだろう、留年してからは仕送りを減らされてしまう。この間は無断欠勤を続けたためバイトをクビになった。2回目の留年が決まり、今はぶらぶらしているが、26歳になってさすがに焦りを感じだした。
暇を持て余して散歩していたところ、下校中の小学生の女の子に出会った。子どもの頃から妹がほしいと憧れていたこともあって、「こんにちは。学校ってどう行けばいいの?」と話しかけたら急いで駆けていった。小学校がどんなところか見てみたいと思ったのは本心だ。まあ、こんなご時世だから知らない男の人に声を掛けられたら無視して逃げるのが正解だろう。それでも懲りずに何人かの女の子に声を掛けたが、全く同じ反応だった。
翌日、車に乗って市内をドライブしていると、手頃な公園を見つけたので散歩することにした。すると、公園でも小学生ぐらいの女の子が遊んでいたから、駄目元で話しかけた。母親とおぼしき女性も一緒だったので、その分、相手をしてくれるだろう踏んだのだが、よっぽど怪しく見えたのか血相を変えて帰ってしまった。
ふと気づいたら、小学生高学年か中学生になったばかりと思われる、ちょっと大きめな女の子がじっと見ているではないか。ピンクのスニーカーに同系色のミニスカート、トレーナーいう出で立ちで美少女モデルのような容姿をしていた。
「見てたの?」
その女の子に話しかけて、近づこうとしたら、汚らわしいものを見るような目で言葉を吐かれた。
「来ないで、キモい」
僕の中で何かがプチンと切れる音がした瞬間、彼女を捕まえると頸動脈を圧迫して失神させた。スリーパーホールドはプロレスごっこで得意な技の一つだったから、力加減は分る。
周りには人がいなかったので、介抱するふりをして駐車場まで連れて行き車に乗せた。
家賃が激安なので廃墟寸前のアパートに住んでいるが、他に住人はおらず、女の子を連れ込んでも見つかる心配はなかった。
「これって誘拐だよな」
部屋で二人きりになると罪悪感がわいてきたものの興味の方が勝った。女の子の手を縛って口にガムテープを貼って騒げないようにした。
彼女は目が覚めると状況を察したようで、怯えた目つきをして「うーうー」と唸るが声にならない。
ショックを与えすぎないように、優しく話しかけながら少しずつ近づくと、スネに貼っているバンドエイドが目に入った。
なぜか無性に傷跡を見たくなり、「絆創膏を貼ってるんだね・・・ちょっとはがしてみようかな」と手を伸ばしたその時だった。
「バサバサバサ」
そよ風が入るように開けていた窓から大きな鳥が飛び込んできたのだ。
びっくりしてたじろいでいると、嘴で目を突こうしたので、力任せに叩きつけた。
「なんだコイツ!とんだ邪魔が入っちゃったな…」
鳥が動かなくなったことを確認して、嘴が当たったおでこを手で押さえながらしゃがみ込んだ。
バンドエイドを剥がすタイミングを逸して、脱がした女の子のスニーカーを持ったまま一息ついていたら…
「ピンポン」
チャイムが鳴った。
□思わぬ来客
ドキッとした。こんな“幽霊”アパートに誰も近づくはずがないからだ。
気配を殺してそっとドアに近づき、ドアスコープから外の様子を確認すると高校生と思われる年頃の女の子が立っているではないか。
「え?」
僕はさらに驚いた。あの「銀河系イチの透明感」と話題になったアイドルに似ていたからだ。
今では女優として活躍しているが、アイドル時代の輝きは変わらない。最近も、SNSで以前所属していたアイドルグループのライブ映像が出回って話題になった。
まだファンが「神ショット」を投稿して人気に火が付く前の映像だ。センターに立つどころか、他のメンバーに隠れる程度の立ち位置だったが、振り付けのキレが素晴らしく、楽曲に合わせて絶妙な表情を見せていたため「この頃からめちゃすごいじゃん」と噂になった。
その「銀河系イチ」本人ではないかと勘違いしそうなほどよく似ているJKが、自分の部屋の前にいるのだ。こんな千載一遇のチャンスをスルーする手はない。
やはり不安よりも興味が勝って、「何かご用ですか?」と応じたところ、「あの、妹を探しているんですが、小6ぐらいの女の子を見ませんでしたか?」と返ってきた。
まさか、あの女の子の姉だというのか。しかも姉妹揃ってめちゃカワイイじゃんか。
ドアロックを解除して、隙間から顔を覗かせた瞬間だった。
「ガチャ!」
すごい力でドアを開けられた。
「動かないで!」
銀河系イチのアイドルに似たJKの後ろには制服姿の婦警が二人立っていた。
コスプレ大会か…なんて暢気なことを考えている場合ではない。このままでは誘拐犯になってしまう。
とにかく何とかして逃げなければ、新聞の朝刊に「小6女子を誘拐。犯人逮捕される」などと報じられては溜まらない。
咄嗟に女の子を盾にするしかないと考えて踵を返そうとしたが、婦警から腕を掴まれた。
□格闘
僕は振り向きざまに、掴まれている腕に反動をつけて裏拳を放った。
「おっと」
婦警は余裕でかわすと、ファイティングポーズをとった。
「公務執行妨害になるわよ。っていっても遅いか」
婦警は余裕で微笑んだ。
右足を肩幅ほど下げて、両手は軽く拳を握る程度で顔をガード。全体に力を抜いた構えはキックボクシングと見た。
僕だって前田日明をリスペクトして打撃はそうとう練習したからな。キックが得意な婦人警官ならば相手にとって不足はない。
遠慮なく、太ももの付け根を狙ってローキックをお見舞いした。
男の重い蹴りが入れば、もう立っていられないはずだ。
と思う間もなく、婦警の方が速く動いた。一歩間合いを詰めながらカウンターで鎖骨に肘打ちを入れてきたのだ。
「ウゲッ」
衝撃でふらついたところに、パンプスを履いた足が真っ直ぐ伸びてきて顎にヒット。
くそっ、めちゃ強いじゃん。こうなったらストロングスタイルで封じ込めるしかないな。
僕はひるまずに体制を立て直すと、渾身の力でタックルした。
カウンターで膝蹴りまで入れられたが、こちらは体重と体力があるだけに勢いで相手をとらえた。このまま担ぎ上げて倒せばダメージは大きい。
婦警もそうはさせまいと、膝蹴りを連打してくるが、こっちも必死に耐えた。
「大丈夫?」
声を掛けたのは、もう一人の婦警だろう。
僕は瞬時に頭を回転させた。
今戦っているベリーショートの婦警はそうとう手強い。このままでは勝ち目はないかもしれない。
もう一人の婦警はヘアスタイルはミディアムボブくらいで、どちらかといえば控えめな雰囲気だ。
標的を変えた方が、逃げ道を作るきっかけになるのではないか。そう判断した。
「ギブアップ。強いですねお姉さん」
タックルを解いて、両手を挙げた。
「観念しなさい」
僕は婦警が一瞬気を抜いたところを見逃さず、近寄ってきたミディアムボブの婦警の背後に素早く回り込んだ。
「油断大敵だよ、お姉さん」
スリーパーホールドをかけながら後ずさりして、そのまま外に逃げようという寸法だ。
ところが、次の瞬間、体が宙に浮いている感じがした。
「バキッ!」
畳の下にある床板が軋む音がするほど勢いよく叩きつけられた。
「さすが、合気道日本一ね」
ベリーショートの婦警が感心しても、ミディアムボブは平然としていた。
僕が手錠をかけられている間、部屋の奥から姉妹の声が聞えていた。
「シャーベット!大丈夫?」
「お姉ちゃん…鳥が、鳥が助けてくれたの」
「そうだ!ゴイっち?ゴイっちは?」
「あれ、どこいったんだろう」
「ゴイっちーーーー?」
どうやらあの鳥はゴイっちというらしい。
僕は婦警に連行されたので、そこまでしか聞けなかったが、ゴイっちは息を吹き返したのか?
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