第7話 神様の目論み

【前回のあらすじ】

 朱雀坂七津姫すざくざかなつきが脳にリンクしたゴイサギのゴイっちは、なつきの妹・氷菓子シャーベットを誘拐した男のアパートを突き止めた。

 男が氷菓子に近づいて触れようとしたため、自らの意思で開いていた窓から飛び込み襲いかかったゴイっち。しかし、男から力任せに床に叩きつけられて負傷してしまう。

 なつきはゴイっちの目を通して血飛沫が飛ぶのを見たため、ゴイっちに必死に呼びかけたが反応はなかった。やがて、なつきと婦警がアパートに到着して男を誘拐容疑で身柄確保したときには、なぜかゴイっちの姿は見当たらなかった。


 □ゴイっちと神様


「ゴイチよ、ゴイサギのゴイチよ」


「誰?僕を呼ぶのは」


 ゴイっちは薄暗がりの中で名前を呼ばれて意識を取り戻した。木々のさざめきと清々しい空気を感じていると、どこからか声が聞えた。


「私は菅原道真すがわらのみちざねじゃ」


「菅原さん?なんで菅原さんが僕のことを知ってるの?それにゴイチじゃなくてゴイっちだし」


 ゴイっちの返事に呆れた菅原道真は、咳払いをしてから言い聞かせた。


「お、ほん。そなたは知らぬかもしれないが、人間たちからは“学問の神様”と言われておる。菅原さんではしっくりこないから、道真公と呼ぶがよい」


 ゴイっちはなつきの脳にリンクして人間界の知識をある程度把握しているだけに、道真公が“神様”として敬われる存在であることは見当がついた。


「で、その道真公が僕に何か用?」


「おっ、お前なぁ! (いかんいかん、落ち着くのじゃ)」


 道真公はゴイっちの態度に呆れて思わず言葉遣いが荒くなる自分を抑えた。


「そなたが負傷して生死の境を彷徨っているところを見つけて、息を吹き返すように安全なこの地に連れてきたのじゃ」


「そうだった!なつきの妹を誘拐した男に飛びかかったところから覚えていない。死にかけていたところを救ってくれたんだね。ありがとう」


 ゴイっちは成り行きを知って感謝したが、そもそも神様がよく分っていないから言葉遣いは相変わらずだ。


「で、なんで道真公が僕を助けてくれたの?」


 □神様の確執と腐れ縁


「ゴイチよ。そなたの先祖がゴイサギと呼ばれるようになった由縁を知っておるか」


「あ、お父さんから聞かされたことがあるよ。人間が何で我々をゴイサギと呼ぶのか。昔話と関係があるんだよね」


「昔話というのは語弊があるが、まあよい。千百年以上も前のことじゃ、第60代・醍醐だいご天皇によって“五位”を贈られたことからゴイサギと呼ばれるようになったと語り継がれておる」


「“五位”なんだ。なぜ一位じゃないんだろう」


 道真公はゴイっちの疑問をスルーして続けた。


「何でも、醍醐天皇が京の都にある寺院・神泉苑しんせんえんを訪れた際、さぎを見かけて舎人とねり(召使)に捕まえるよう命じたという」


「怖っ、天皇といえど油断ならねえな」


 ゴイっちはそもそも人間を警戒して生きているだけに、顔をしかめた(ような気持ちになった)。


「舎人が鷺に近づいたところ逃げようとしたが、『帝の御意なるぞ』と言われたためひれ伏した。それを知った醍醐天皇は感心して“五位”の位を贈ったそうな。その逸話から“五位鷺”と名づけらたのじゃ」


「今までの僕からすれば、人間にひれ伏すとか考えられない。でも、なつきと知り合ってからちょっとその気持ちが分るかようになったかも。道真公もいいひとっぽいし、全ての人間をけぎらいするのは間違っているのかもしれないね」


 ゴイサギと呼ばれるようになった逸話を全否定するわけでもなく、人間に対して心を開きつつあるゴイっち。道真公はその変化を感じ取って素直に嬉しかった。


「でも、何で醍醐天皇じゃなくて、道真公が僕を助けてくれたんだろう?」


「うっ・・・」


 ゴイっちの素朴な疑問にさすがの道真公も言葉を詰まらせた。


「やはり、話さねばならんか」


 道真公が述懐したところによると、かつて道真公は朝廷の最高機関である太政官を統率する右大臣として活躍した。しかし、醍醐天皇はそのまつりごとの進め方に不満を持ち、大宰府の長官である大宰帥だざいのそちの権官、大宰員外帥として大宰府へ左遷したうえに、その子どもまで罰したという。道真公が亡くなった後、政変に関わった者たちは非業の死を遂げ、天変地異が起きたため「道真の怨霊の仕業」と噂された。


「忌々しい。思い出すと怒りがわいてくるわい」


 道真公は千年以上も前の出来事を話しながら苦い顔をしたが、すぐに口元をゆるめた。


「だが、今となっては太宰府天満宮をはじめ、全国各地に天満宮が建てられて“菅原道真”を祀っておる。醍醐天皇も思いも寄らなかったことじゃろう。どこでどうなるかわからないものじゃ」


「うーん、だからといって道真公がボクを助けてくれた理由はやっぱり分らないなぁ」


「まあ、急かすな」


 道真公は首をかしげるゴイっちをなだめて続けた。


「醍醐天皇から左遷されなければ、わたしは“学問の神様”と呼ばれることもなかったかもしれない。醍醐天皇が憎いことは変わらないが、醍醐天皇と縁のある“五位鷺”のことがずっと気になってのう」


 はっきりとは口にしなかったが、道真公は醍醐天皇に対する憎しみとともに、不思議な縁を感じるようになったのだろう。遠くを見るような目をして千年の時を振り返った。


「久留米にもいくつか天満宮がある。そこで“五位鷺”のただならぬ事態を察知して、手を差し伸べたというわけじゃ」


「へー、そうなんだ。神様にも複雑な理由がありそうだね。とにかく助けてくれてありがとう」


 ゴイっちは、道真公の話を聞いてなんとなく納得したようだ。


 すると道真公は改めて、言い聞かせるように切り出した。


「さて、ゴイチ。そなたを助けたのにはもう一つの大きな理由がある」


 □神様の目論み


 ゴイっちは今まで経験したことがないような高揚感に包まれた。頭の中にキレイなピンク色が広がって、奥深いところがムズムズしてこそばゆい。


「え、何してるの?」


 異変を感じたゴイっちに、道真公が説明した。声による会話ではなく、脳内での交信によるものだ。


「そなたはなつきとかいう女子高生と脳内でリンクすることができるじゃろう。これから伝えることは誰にも知られてはならない。そこで、なつきがリンクできない脳室をこしらえて、わたしとはそこで交信するのじゃ」


 道真公は特別な脳室を通して、ゴイっちに何かを教えていた。


 ゴイっちはしばらくそれを聞いていたが、やがて様子が変わった。


「グワッ!グワッ!」


「バサバサバサッ」


 興奮したように鳴いて、羽をばたつかせたのだ。


「そんなのダメだよ!絶対に許せない!」


「ゴイチよ。これを阻止するにはそなたの力が必要なのじゃ」


 道真公はゴイっちを落ち着かせるように語りかけた。


「いやいやいや。無理だって!それこそ道真公がやればいいじゃん」


 ゴイっちは訴えたが、道真公に一蹴されてしまう。


「よいか、わたしは“学問の神様”として有名なのだ。下手に動くと人間たちが混乱するのが目に見えておる」


 道真公はゴイっちにそう説得すると、段取りが早い。


「ゴイチよ。まずはここで怪我を治すことじゃ。そして、なつきの脳にリンクして迎えに来てもらうがよい」


 ゴイっちは完全に納得してはいなかったが、なつきに迎えに来てもらうという案を聞いて少しホッとした。

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