第8話 パワースポットへ
妹の部屋から出てきた君枝が、わたしの部屋に戻ってきた。
「パンちゃんの笑顔が見られて安心したわ。あの感じなら大丈夫そうね」
パンちゃんとは、わたし・
君枝は、シャーベットが見知らぬ男に連れ去られた事件を知り、心配して様子を見に来てくれたのである。
私と同じ「ラモ高」こと羅門洲高校に通うクラスメイトの
成績優秀でスポーツ万能、そのうえ容姿端麗とあって、クラスではリスペクトする意味で「たちばなの君(きみ)」と囁かれている。ただ、本人は直接そう呼ばれたことがないから知らないだろう。
私は子どもの頃から遊んでいる間柄なので平気で「きみえ」と呼んでいるが、クラスでは近寄りがたい雰囲気があるらしい。男子は緊張から声をかけることさえできず、女子にとっては憧れの存在で「高嶺の花」というところだろう。
そんな君枝が私の部屋に戻ってドアを閉めると真顔で聞いてきた。
「パンちゃんが『鳥が助けてくれたの』って話していだんだけど。どういうことなの?」
私はよい機会とばかりに、ゴイサギのゴイっちと脳でリンクすることによって意思疎通できることを話した。
君枝は、私が高校の中庭の池に飛び込んで鯉を咥えた際に、一緒にいて目の当たりにした数少ない一人だ。
保健室の「アマゾネス」こと
ゴイっちのことを話して信じてくれそうなのは君枝しかいない。そう思って打ち明けたのである。
「そういうことだったのね。ようやく腑に落ちたわ」
君枝は期待通り冷静に受け止めてくれたが、さらに深刻な表情で続けた。
「このことは、まだ誰にも話さんどきっ。よかねっ」
面白いことや真剣な話しに没頭したときはもろに方言が出る。たちばなの君のカワイイ一面である。
「ゴイサギと交信できるなんて言ったら、おばさんやおじさんはきっと心配すると思うの。パンちゃんでさえ信じないかもしれない」
私は、標準語に戻った君枝に念を押されて、ゆっくりうなずいた。
「その通りだと思う。でも、肝心なゴイっちは男のアパートから姿を消して、全く音沙汰がないのよ」
「そうなんだ…何か気になるわね。変化があったらすぐ教えてね」
君枝は部屋を出ていきながらつぶやいた。
□夢に出てきたゴイっち。
その夜のことだ。
「なつき…なつき…」
「え?ゴイっちなの?」
「そう、ボクだよ。ゴイっちだよ」
ゴイっちが夢に出てきた。
いや、夢とは言い切れない。眠っているわたしの脳にリンクしてきた可能性もある。
「大丈夫なの?シャーベットを助けようとして男に叩きつけられたじゃん。血も出ていたみたいだし、心配したんだから!」
「うん。本当は死にそうだったんだけど、神様が安全な場所に連れて行ってくれたんだ」
私はゴイっちから神様に助けられたと聞いても驚かなかった。そもそもゴイサギと脳内でリンクして交信するのだから、きっと神様だっているのだろうぐらいな感覚だ。
「今は傷を癒やしているんだけど、まだ飛ぶことができない。それで、なつきに会いに来てほしいんだよ」
「うん、わかった。で、どこに行けばいいの」
「神様がいうには…」
神様が最後まで面倒見てくれないのか?という不敬な気持ちも頭をかすめたが、それよりもゴイっちが頼ってくれたようで嬉しかった。
ゴイっちによると、
「お腹が空いたよ~。何か食べ物を持ってきて」
甘えた声でねだるぐらいだから、傷はずいぶん癒えているようだ。
「食べ物って、やっぱり魚とかがいいの?」
「本当は野生のハヤとかフナとかザリガニがいいけど、難しかったらドジョウや金魚でもいいや」
「金魚か・・・」
私は学校で池に飛び込んだときに咥えた鯉の感触を思い出してしまった。
そんな場合ではない、ゴイっちの体調が気になり聞いてみた。
「今は何か食べているの?」
「うん。昆虫とかが近寄ってきたら捕まえて食べてる」
「虫とかも食べられるんだ?」
「まぁ、好みはそれぞれだけど何だって食べちゃう。ゴイサギ仲間には、カルガモの雛を丸呑みするやつもいるからね」
「うっ・・・」
私はそれを聞いて、学食でタンドリーチキンをほぼ丸呑みした異常行動の真相が何となくわかった。
そうやってゴイっちと脳内で交信するうちに、リアルな感覚から夢ではないと確信できた。
「明日は土曜日だからちょうどよかったわ。でも、高良大社の奥まで一人で行くのは心細いから信頼できる友だと一緒に行くけどいいかなぁ」
「ああ。なつきがそういうんだったら、ボクも信用するよ」
「じゃあ、待っててね」
「うん、楽しみにしているよ」
ゴイっちとの交信が終わると、安心感からかよく眠れた。
□即席チーム結成
朝起きると、東の空が明るくなる頃を待って、君枝に電話した。
「どうしたん?土曜の朝早くから」
「夜、ゴイっちと交信できたとっ」
私は、高良大社の奥地まで行くことを説明して、君枝にも同行して欲しいと頼んだ。
「一緒に行くのはいいけど、どうやって行くの?もしゴイっちを連れて帰るってなると、自転車やバスじゃ不便だよ」
「お父さんに頼んで、車に乗せて行ってもらおうと思うの。今日は珍しく仕事が休みみたいだし。んでさ、君枝と野鳥観察に行くからという理由にしていい?」
「それはかまわないけど。そしたら、アイツも連れて行っていいかなぁ?」
君枝の提案で思わぬメンバーが増えそうだが、とりあえず我が家の前に10時集合と決まった。
父・
「高良大社か~。若い頃は耳納スカイラインをよくドライブしたな~」
耳納スカイラインは高良大社辺りから耳納連山の尾根沿いを走る林道のドライブコースとして知られる。
「あらっ、誰とドライブしたの?」
母・
「え?やだなぁ、しーちゃんも一緒やったろうもん」
「そう?覚えとらんけど」
どぎまぎして答える夫を尻目に、涼しい顔をする妻。
そんな夫婦のやりとりに付き合ってる暇はない。
「ドライブとか大袈裟よ。君枝と野鳥観察するんだから、大声出して騒がないでよ」
私は何かにつけてテンションが上がりすぎる父親に釘を刺した。
そうこうしていると玄関のチャイムが鳴った。
ドアを開けて顔を出すと、ハイキングにぴったりな服装でおしゃれした君枝が目に入った。
「おはようございます」
「あら君枝ちゃん。いつもと違った感じで見違えちゃった」
「やだおばさん、照れちゃうじゃないですか~」
お互いちょくちょく顔を合わせているから気兼ねのない間柄だ。君枝とのやりとりもそこそこに、母の目線はその後ろに向けられた。
「そちらの方は?」
「はじめまして。1年A組の
「おっ!君枝ちゃんの彼氏か?」
「あなた!そういう時代錯誤な言い方はやめて」
父が調子に乗って口を挟むと母が間髪入れずに窘めた。
しかし、私でさえ君枝から小田文吾を連れてくると聞いたときは意外すぎて耳を疑った。父がつい「彼氏か?」と聞いた気持ちもわからなくはない。
あれは私が高校の中庭で池に飛び込んで鯉を咥えたときのことだ。君枝が止めようとしたとほぼ同時に、池にザブザブ入ってきた男子が私を羽交い締めにして暴走を抑えてくれたのである。
君枝から「あなた名前は?」と聞かれて名乗った小田文吾。「オダブン!タクシーに乗せるから校門前まで連れて行くわよ」と指示されたその瞬間から二人の関係は動き出したらしい。
「オダブンは後輩で、師弟関係ってところかな。山奥まで入るから、男子がいた方が心強いと思って来てもらったんです」
君枝があっさりと話すので、父も母も微笑みながら頷いていた。
「じゃあ、小田くん。女子たちをよろしくね」
「おいおい、俺だっているんだからな」
母の言葉を受けて父がぼやいたため笑いが起きた。
さあ、父の愛車・白いステップワゴンに乗っていよいよ出発だ。
□高良山と高良大社の尽きぬ魅力
「高良大社は、高良山そのものが神宿る霊峰とされるパワースポットなんだぞ」
ハンドルを握りながらうんちくを語り出したのは父だった。
博識な君枝がそれに続いた。
「それに高良大社は、主祭神の
小田文吾も負けていない。
「高良大社の本殿からさらに進んで奥の院まで行くと、
父も負けじと歴史のうんちくを披露した。
「玉垂命が高良山に鎮座したのは古墳時代。社殿が建てられ玉垂宮と呼ばれたのは筑紫国造磐井の乱よりずっと前のことなんだよ」
「それほど古い歴史を持ちながら、高良玉垂命という神様は『古事記』や『日本書紀』に出てこないため知られることはなかったの。平安時代になって、醍醐天皇の命により編纂された『延喜式』で筑後国三井郡高良玉垂命神社とその名が挙がったため、高良大社は筑後国一の宮と呼ばれているわ」
君枝がさらに詳しく説明すれば、小田文吾が対抗心を燃やす。
「菅原道真公は太宰府に左遷された年、高良山に参詣したといわれます。道真公が祀られているあの太宰府天満宮よりも遙か昔からあるんですよ」
三人は盛り上がって楽しそうだが、歴史など興味がない私にとって退屈な時間が流れた。
「高良山っていえば、入り口辺りに手打ち蕎麦が美味しいお店があるよね」
話題を変えようと口を挟んだところ、やつらの情報量に舌を巻く結果となった。
「あそこは蕎麦だけじゃなくて、和食の単品も人気なのよ。年末には年越し蕎麦、おせち料理の予約で忙しいみたいよ」
君枝だけではない、小田文吾までグルメ情報を語り出した。
「高良大社から少し下ったところには、ところてんが名物のうどん屋がありますよね。それと、少し離れますが住宅街にあるカフェはハンバーグランチが絶品です」
「お前ら、なんでも知ってるんだな!」
私は心の中でツッコミながら、二人のウマが合う理由の一端を垣間見た気がした。
車中ではそんなおしゃべりをして過していると、20分もかからぬうちに高良山に着いた。
高良大社の本殿で参拝を済ますと、奥の院に参拝して「勝水」を水筒に汲ませていただいた。
「いよいよここからが本番ね」
「ええ」
私と君枝は野鳥観察の本当の目的を胸に秘めつつ、気合いを入れた。
「ゴイっち!もうすぐ会えるからね」
「うん、待ってるよ」
さらに私が心の中で呼びかけると反応があったので先を急いだ。
しかしこのときはまだ、ほとんど人が通らない山奥に足を踏み入れることがどういうことなのか、知る由もなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます