第17話 ホシゴイはみていた
父親が昔のロックをよく聴くので、私も幼い頃から耳にして自然と覚えた。
今でも月曜日になるとブームタウン・ラッツの「アイドントライク・マンデー」をよく口ずさむ。邦題は「哀愁のマンディ」だったかな。
英語の歌詞を聴いても意味をよく理解できず「日曜日が終わって迎える月曜日の朝はけだるい」という歌だと思っていた。
最近になって、16歳の女子が銃を乱射した事件に影響されて作った歌だと知った。女の子は凶行におよんだ理由を聞かれて「月曜日は嫌いなの」とこぼしたという。
彼女の真意を知る由もないが、私もやっぱり月曜日は嫌いだ。
そんなことを考えて頭の中にメロディーが流れているとき、2時限目の授業終了を告げるチャイムが鳴った。
「なつき!草野のじいさんが何かおかしいんだよ」
休み時間に入ったとたん、ゴイっちが脳内にリンクしてきた。
「どうしたの?久々にリンクしてきたかと思えば、妙に慌ただしいわね」
ゴイっちはゴイサギ大明神にしばしば飛来しているだけに、地主の草野五郎さんに親近感を覚えて「草野のじいさん」などと呼ぶようになった。
「今朝もゴイサギ大明神に行ったときに覗いたんだけど、草野のじいさんがふさぎこんでるんだよ。病気にでもなったのかなぁ」
「いつもの元気がないってこと? 倒れたりはしてないのね」
私も心配になったので確認した。
「うん、普通に歩いてはいたからまだ死なないと思う」
「もう、縁起でもないこと言わないでよ! 念のために学校が終わってから行ってみるわ」
「そのときはボクも行くから教えてね」
どうやら「けだるい月曜日」などと暢気なことは言ってられないようだ。
怪しい動き
昼休みになって君枝にもゴイっちからの報告を伝えた。
「そうなんだ。心配だけど、私はテニス部の試合が近いからちょっと抜けられそうにないわ」
帰宅部の私と違い、君枝はテニス部のエース的存在だけにチームのことも考えねばならない。
「私だけで大丈夫よ。草野さんの様子を見に行くだけだから。ゴイっちも一緒に来るっていっていたし」
「ゴメン。頼んだわ」
3時40分に全授業を終えると普段は歩いて帰るところをタクシーに乗った。まずは自宅に帰って自転車で草野さん宅に向かうためだ。
「ゴイっち、今どこにいるの」
自転車を漕ぎながら脳内リンクを試みた。
「ボクはもう着いたよ。今はゴイサギ大明神の屋根で羽を休めてるとこさ」
「草野さんはどんな感じなの?」
「ああ、普通に歩いてるよ。でもやっぱり元気なさそうだな」
「わかった。もうすぐ着くから」
秋風を受けながら自転車を走らせていると涼しくて気持ちよかったが、やがてうっすら汗ばんできた。急いで漕いだから、草野さん宅に着いたころは息が荒くなっていたほどだ。
「こんにちは」
草野さん宅の玄関は大ぶりな引き戸で、開いていることが多い。つい勢いで飛び込んだ。
「よお、こないだ来たお姉ちゃんやないか」
愛想よく応じてくれたが、ゴイっちがいうようにどこか元気がない。
「またゴイサギ大明神に参拝したくなって…ちょっとおじゃましていいですか」
「よかよ。お茶でも飲んでいかんね」
急病ではないようで一安心したが、さりげなくどこか具合が悪いのではないか聞いてみた。
「草野さん、土曜日にお会いしたときよりお元気がなさそうですが…」
「わかるね? あのあといろいろあってからくさ。もう大変たい」
草野さんはひとり暮らしなので、誰にも聞いてもらえず溜め込んでいたのだろう。出来事を口早に語りはじめた。
ゴイサギ大明神に集まった子どもたちを草野さんの自宅で遊ばせたり、おやつを出すことにクレームがあったという。
以前は近所の人たちと遊んではお菓子をもらったものだ。近年は不審者による事件が増え、食べ物もアレルギーや食中毒が問題視されてきて、そうした関係が難しくなった。
私は草野さん宅で子どもたちが楽しそうに遊ぶところを見ているだけに、気持ちを考えるとやるせなかった。
しかも草野さんは行政区長からクレームの件を直接伝えられたうえ、車で帰っていたところ追突事故を起こしたという。
二重の苦難に見舞われて、すっかり意気消沈してしまったというわけだ。
「追突事故って、お怪我はなかったんですか」
心配して聞いたところ、草野さんが相手の車に後ろからぶつけたという。いわゆる“おかまを掘った”加害者らしい。
「それがたい。相手は女性ドライバーで、先を急ぐけんあとで連絡するちいうてまだ何も連絡がなかったい」
「警察には届けたんですか?」
「いや、警察に現場検証してもらうから、また連絡しますちゅうことやったばってん」
「ちょっと気になりますね」
私は車どころか原付バイクの免許も持たないが、追突された被害者から音沙汰なしということがあるのだろうか。嫌な予感がしたのだ。
ホシゴイはみていた
ゴイっちは草野さんと私のやりとりを玄関先からじっと聞いていた。
「なつき。実は妹のホシコが見たらしいんだ」
「ホシコ?ゴイっちに妹がいたの?」
私は突然いろいろな情報をぶっこまれて整理できなかった。
「うん、ホシコっていうんだ。可愛い妹だよ」
「ゴイコとかじゃないんだね」
なぜか名前が気になってしまった。
ゴイっちによると、幼い間は黒褐色の羽に白い斑点があるため「星」にたとえてホシゴイと呼ぶそうだ。
「まあ、ゴイサギもホシゴイも人間がそう呼んだんだけどね」
「じゃあ、妹は今はホシコだけど成長したらゴイコになるの?」
「それはややこしいからホシコのままじゃない。知らんけど」
妹の名前にばかり時間を割いてはいられない。私は冷静さを取り戻して続けた。
「で、ホシコちゃんが何を見たの?」
「草野さんが追突するところだよ。ホシコもときどきゴイサギ大明神に来ていたから、その途中で偶然に目撃したらしいんだ」
「で?というからには何かあるんでしょ!? じれったいなぁ」
ゴイっちも我々人間との付き合いが長くなり、肝心なことをなかなか言わない癖が移ったようだ。
「わざとなんだよ。相手の車は草野さんがぶつけるようにわざと急停止したんだ」
「なぜホシコちゃんがそこまでわかるの」
「ホシコも草野のじいさんを知ってるからね。途中で車を見かけてゴイサギ大明神まで飛びながらついていこうとしたんだって…」
「そうしたら、前を走っていた車がいきなり止まって不自然に感じたところ、草野のじいさんが追突したからびっくりしたそうだよ」
私は嫌な予感が当たりそうな気がしてドキドキしてきた。
「草野さん、追突した相手の連絡先とかわかりますか」
「ああ、名刺をもらっとる。えっとどこやったかのう…」
草野さんがズボンのポケットに手を突っ込んで探していたとき…。
「トゥルルルルル」
広い土間に携帯電話の着信音が響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます