第18話 陰謀

 静かな古民家に携帯電話の着信音が響いた。


「もしもし、草野ですが」


 草野さんは発信元も確認せず電話に出た。


「ああこの間の…堂園さんでしたよね」


 相手は堂園というらしい。


 私は会話の内容を何とか聞きとろうとして耳をそばだてた。


「はい…明日は特に用事もなかけんおりますが…午前10時頃…よかですよ…はい」


 どうやら事故の件でやりとりしているらしい。


 草野さんは先方からようやく連絡があったから、ホッとしたようでもあり、成り行きが心配でもあり、という表情だ。


 電話を切ってから「明日の朝、警察に実況見分してもらうから事故現場に来るようにちゅうことやった」と漏した。


 軽トラで町内を移動する程度だから交通事故で警察のお世話になるなどとは考えもしなかったのだろう。途方に暮れたようにこちらを見るので、私も知らぬ振りはできない。


「保険とか入ってますか?」


 詳しくはないものの、父親が車の保険について話しているのを聞いたことがある。車検で必要な自賠責保険に加えて、事故を起こしたときにより広く補償される任意保険に入るそうだ。


「ああ、そういえば保険会社の人がなんかあったら電話してくれちゅうとったわ」


「それですよー。すぐに電話して相談しないとー」


「そういわれても、契約更新の連絡で年に1回くらいしか連絡がないけん忘れてしまうとよ」


 とりあえずよかった。任意保険に入っていない人もいるそうだから、ちょっと不安だったのだ。


 草野さんは早速、携帯電話に登録してある保険会社の番号を見つけて電話してみた。


「そうです。先週の土曜日にぶつけてしまって。相手があとで連絡するっていうから待っていたとです」


 会話の様子からすると、すぐに連絡しなかったから事情を聞かれているらしい。


「はい、明日朝10時に警察が現場検証やったか実況見分やったか?とにかくするそうです」


 保険会社に連絡がついたことにより、それまで不安そうだった草野さんの顔がようやくほころんだ。


「相手の連絡先ですか?聞いとりますよ。えーと、よかですか…堂園朝日さんちゅう女性です…」


 草野さんは相手からもらった名刺を見ながら伝えていた。


 明日は普通に高校の授業があるから様子を見に行くわけにはいかない。


「草野さん、もしよかったらなんですけど。私も実況見分ってどんなことするのか知りたいから、明日お電話で聞かせてもらえませんか」


 そうお願いしたら快く電話番号を教えてくれた。


「あ、それと一つ気になることがあって…」


 私はゴイっちの妹・ホシコが見たという情報を、どうやって草野さんに知らせようか頭を捻った。


 学校のテストでもこんなに一生懸命考えることはないだろう。


 結局、推理小説が好きというテイで話したのでちゃんとわかってくれたかどうか。


「草野さんはその女性の車に後ろから追突したんですよね」


「そうだよ」


「慣れた道なのに何でぶつけちゃったか、不思議に感じることはなかったですか」


「うーん、あんときは行政区長から聞かされたクレームの件で頭がいっぱいやったけん。うっかりしとったとやろ」


「これは私の個人的な想像ですが、女性が急ブレーキをかけたのではないでしょうか」


「よう覚えとらんけど、それがどうかしたと」


「明日の実況見分で、急ブレーキの跡みたいなのがないか警察に確かめてもらってはどうでしょうか」


「ぶつけたのはこっちやけんなぁ。でもそれらしい跡があったら言うてみるたい」


「真実を明らかにするためです。ぜひ主張してみてください」


 私はそうアドバイスして帰路についた。


 □陰謀


 翌日、学校の授業が終わってから草野さんに電話してみた。実況見分のことが気になったからだ。


 草野さんによると、警察官は2人だったという。相手側は当時運転していた堂園朝日という女性と、ほかにスーツ姿の男性がついて来たそうだ。


 まずは双方とも警察官に交通事故を起こしたらすぐ連絡するよう厳しく指導を受けたらしい。当然だろう。


 実況見分は主に被害者側、つまり堂園朝日からの聞き取り調査が行なわれた。


 先を急ごうとして近道のつもりで通ったところ、日が暮れて薄暗かったため慣れない道に迷い込んでしまったという。


 徐行しながら道を探しているときに「ゴツッ」という音とともに衝撃があったそうだ。


 草野さんは行政区長宅からの帰り道で、考え事をしていて前方の車に気づき、咄嗟にブレーキをかけたが間に合わず追突したことを説明した。


 舗装されていない砂利道なので、タイヤの跡は僅かながら残っていた。草野さんの軽トラによるタイヤ痕と思われる凹んだ砂利とは別に、相手の乗用車と思われる位置を確認したがタイヤ痕らしき凹みは見当たらなかった。しかし、砂利をならしたような跡がある。


「私の軽トラのタイヤの跡がこれやろう。堂園さんの車が停まったあたりは砂利をならしたようになっとるけど」


 草野さんは勇気を振り絞って訴えた。


「あら、まるで私がタイやの跡を隠そうとしてならしたみたいな言い草ね。おまわりさん、とんだ言い掛かりですわ」


 堂園朝日はまっこうから否定した。


「すぐに検証すればまだしも、事故から2日経っていますから何ともいえませんね。あとは交通事故証明書を作成しますから双方で話し合ってください」


 警察官はあくまで事務的に進めたそうだ。


 私は電話で草野さんから聞きながら悔しさがこみあげてきた。


「堂園って女は、はじめからそれを見越していたのよ。わざと急ブレーキをかけて草野さんに追突させながら、すぐ警察に連絡しなかったのは、後から戻ってきてタイヤ痕をならすためだったんだわ」


 すると草野さんはさらに続けた。


「それがたい。実況見分が終わってから堂園朝日とスーツ姿の男が家まで来たとよ」


 私はますます嫌な予感がした。陰謀の臭いがしたからだ。


「2人は草野さんのご自宅に上がったんですか」


「ああ、今後のこともあるから少し話し合いませんかっていうけんな」


「やっぱり車の修理代とか賠償金とかの話ですか」


「そう思ったとやけど、それは保険会社に任せるらしい」


 草野さんによると、スーツ姿の男がおもむろに切り出したという。


「実は私どもの会社は不動産を扱っていまして。草野さんのお役に立つこともあるかと思います。今後ともよろしくお付き合いください」


 私はそれを聞いて戦慄が走った。


 2人はそれで帰ったが、また来ると言い残したそうだ。


「草野さん、もし2人から連絡があったらすぐ教えてください」


 私はそう念を押すと電話を切った。


 そして2回目の脳内会議を招集した。

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