第19話 祟り作戦
私はゴイっちに脳内のピンクの部分を使って脳内会議を夜8時から開く承諾を得た。道真公にはゴイっち経由で打診してもらい、君枝にはLINEで伝えた。全員参加予定だ。
君枝には部活を早めに切り上げて時間を作ってもらった。なにより“学問の神様”である菅原道真公までお呼びするのだから安易に招集できる会議ではない。
それぞれ時間前にリンクしてきて8時には揃ったことから、緊急な議題であることは察しがついているようだ。
「ゴイサギ大明神の方は賑わっているように聞いておるが、もしや何か起きたのか?」
道真公が切り出した。神通力によってある程度の情報は把握しているのだろう。
まずは私から草野五郎さんが追突事故を起こした経緯や、草野さんがぶつけた被害者である謎の女性・堂園朝日の存在について説明した。
「土曜日に草野さんの自宅に伺ったときは、お孫さんや近所の子どもたちがあんなに楽しそうに遊んでたじゃない。行政区長にクレームがあったなんて理不尽すぎるわ」
君枝は草野さんと会って素朴な人柄を知っているだけに、思わぬ事態になったことを信じられない様子だった。
私は警察の実況見分に堂園朝日がスーツ姿の男を伴っていたこと。草野さんが堂園に急ブレーキの跡を慣らした節があると訴えたが一蹴されたことまで話した。
「問題はここからよ」
一気に説明した私は一息ついてから本題に入った。
「堂園とスーツ姿の男は草野さんの自宅を訪ねながら事故の賠償金にはほとんど触れずに、『自分たちは不動産を扱っている』とほのめかして帰ったらしいの」
「つまり、ゴイサギ大明神が建つあの山を狙っているということ?」
君枝は私が懸念していたことを悟ったように聞き直した。
「ゴイサギ大明神には手を出させるもんか!」
ゴイっちもただならぬ空気を感じて興奮していた。
「まだはっきりしたわけじゃないから、慌てちゃダメよ」
私はそんなゴイっちをなんとかなだめた。
□神様がまさかの離脱
「思ったより早く動き出したかもしれんな」
そうつぶやいたのは道真公だった。
「やっぱりそうでしょうか」
私が真意を知りたくて問い返したところ、道真公が仕掛けた罠について話した。
そもそもは高良山の一角を切り拓いてレクレーション施設を作ろうという計画が内密に進んでいるという情報を得て、それを阻止しようということからはじまった。
ゴイサギ大明神を建てて、ニュースに取り上げられて話題になれば山林開発もやりにくくなるのではないかと踏んだわけである。
だが本当の目的は内密に計画を進めている組織をあぶり出すことにあったという。
君枝は道真公の話を聞いてピンときた。
「道真公は堂巻屋グループが私有地を買収しているって言われてましたよね」
「いかにも」
「堂巻屋グループと堂園朝日。同じ『堂』が入っているのもなんか怪しくない?」
どうやら君枝の好奇心に火がついたらしい。
「さすがは道真公。ボクも仲間として鼻が高いよ!」
ゴイっちが失礼なことを言ってハラハラさせたが、道真公はほかのことを考えていて気づかなかったようだ。
「じゃあ、どうやって堂巻屋グループの動きを阻止するかね」
君枝がやるき満々で投げかけたものの、私にはよい案が浮かばない。
「道真公はお考えがあるのではないですか」
ここはやはり情報提供した道真公に意見を仰ぐべきだろう。
「うむ…実は…」
「実は?」
なんだか道真公の歯切れが悪いのでつい急かすような言い方をしてしまった。
「私はこの件から身を引かねばならんのだ」
「はぁっ!?」「嘘でしょ!」「なんそれ」
突然の離脱宣言に一同揃って神様に対するリアクションとは思えない声を上げた。
「だって道真公が言い出したことじゃないですか。それは困ります」
私は冷静になって訴えた。
「そう責めるでない。そろそろ本業が忙しくなるからのう。そっちに集中せねばならん」
道真公は申し訳なさそうに答えた。どうやら本当にこの件から離脱するつもりらしい。
「道真公の本業って? あ!“学問の神様”ってことは…」
君枝が思い当たったようだ。
「そろそろ受験シーズンが本格的になるからのう。来春までは受験生から目が離せんのだよ」
「でも、道真公の力で合格させるわけではないでしょう?何を集中するんですか」
相手が神様であろうと腑に落ちないことはとことん追究する。それが
「左様、試験の結果は本人の実力をはじめ体調や問題との相性、集中できる環境などあらゆる要因によって左右される」
「じゃあ率直に言いますけど、道真公は関係ないのでは」
とにかく容赦ない。それが立花寺君枝なのだ。
「太宰府天満宮だけでなく全国の天満宮に受験生やその親類縁者、あるいは親友や恋人たちが願を懸ける。その思いを受け止めて心を穏やかにするのが私の役割なのだよ」
「そんなこと言ってたら、すごい人数になっちゃうじゃん」
君枝が暴走する前に私が横やりを入れた。
「だから集中せねばならんのだ。もしそなたたちが絵馬に願をかけたのに、神が見向きもしないと想像したら寂しいじゃろう」
「そうね…そっかー」
私が妙に納得したため、君枝も道真公に詰め寄るタイミングを逸したらしい。
「大丈夫じゃよ。私がいなくともそなたたちの知恵と行動力を合わせれば、だいたいのことは切り抜けられると信じておる」
「だいたいのことっていうのがちょっと引っ掛かるけど」
君枝がすかさずツッコんだ。
「そこは100%とは言い切れんからな。“学問の神様”として本当のことを言うておかねば後々追究されるじゃろう」
道真公が皮肉っぽく返したので君枝も苦笑していた。
「この“ピンクの部屋”はこのままにしておくから、ゴイっちに承諾を得て使うがよろしい」
ゴイっちの脳内のピンク色の部分はこの瞬間、道真公によって“ピンクの部屋”と命名された。
そうやって離脱宣言した道真公は置き土産として堂園朝日たちに対抗する案を伝授してくれた。
□祟り作戦
草野五郎は緊張していた。堂園朝日から連絡があり、この日の朝10時に草野の自宅を訪れることになっている。
「この前の実況見分も朝10時だったな。いの一番にやっつけたい仕事を朝10時に入れるのかもしれんな」
草野はそんなことを考えながら一人でじっと座って待っていた。なつきという高校生に電話したが、授業があるから来ることはできないと言われた。
あの堂園朝日とスーツ姿の男が何を言い出すか想像したら、たとえ女子高生でも一緒にいてほしい気持ちだ。電話で話せただけでも少し救われた。
やがて10時に近づくと、玄関先に車が停まりドアを閉める音がした。「バタン」「バタン」。2人で来たようである。
「草野さん、失礼します-」
玄関の引き戸は開いているので、そう挨拶して顔を覗かせた。
堂園朝日はいつものように明るい茶髪を後ろで結び、グレーのジャケットとパンツという服装だ。もう一人はこの前と同じ男性で黒髪の短髪で紺色のスーツを着ている。
「どうぞ」
草野は2人を居間に上げて、座卓を挟む形で対面して座った。
「事故の件は保険会社から連絡がありましたでしょうか?」
堂園が切り出した。
「ご迷惑おかけしとります」
草野は保険会社に任せていたのでそう答えた。
「それがですね、草野さん」
今度はスーツ姿の男が話した。
「うちの堂園が、首が痛くてめまいがするというんですよ」
「私も車両事故で済むものと思ったので安易に考えていたのですが。今になって不調に悩むなんて…」
堂園が辛そうに眉間にシワを寄せて首を押さえた。
「まあ、この件は保険会社から連絡があるかと思うので」
男はそう仕切り直すと礼の話題に変えた。
「草野さんは、ご自宅と裏山の土地を所有されてますよね」
「ええ、先祖代々守り続けている大切な土地です」
草野は警戒してそのように答えたが、男は意に介さない様子だ。
「実は市民の憩いの場をこちらの裏山一帯に作ろうという計画が持ち上がっております」
「そんな話は全く聞いておりませんよ」
「そうでしょうな。まだ公には発表していないのです。地主の皆さんには早めにお知らせして大切な土地を有利な価格で売却できるプランをおすすめしているんですよ」
草野は話を聞いていると脇に冷や汗をかいた。このままでは丸め込まれてしまうかもしれないと不安を感じながら強く断れない。
ストレスからか「ゴホゴホゴホ」咳き込んだそのとき。
「グワー!グワー!」
「バサバサバサ」
どこから来たのか居間に大きな鳥が飛び込んできて暴れまわるではないか。
「キャー!なによこの鳥!」
「うわっ、あっちいけっ」
堂園も男も突然来襲した鳥の暴れっぷりに戦々恐々という感じだ。
「うわー!ゴイサギ大明神がお怒りじゃ!ゴイサギさまの祟りじゃー!」
草野は恐れおののくと2人をせきたてた。
「あんたたちが土地を荒らそうとするからだ。ゴイサギ大明神の逆鱗にふれたんじゃ。早う帰れ、帰ってくれ!」
暴れ回る鳥と草野の剣幕に圧倒されて堂園と男は為す術もなく外に追い出された。
「もう祟られるのはごめんじゃ。もう来んでくれ」
草野は2人を車に乗るよう追い詰めて言い放った。
高校からゴイっちの脳にリンクして一部始終を見ていたなつきは満足げに頷いた。
「ゴイっちお疲れさま。草野さんもバッチリだったわ。祟り作戦大成功ね」
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