第20話 多重人格者

 市内中心部にある警察署庁舎から2人の婦人警官が出てきた。


「ラリホ。ちょっと気になることがあるから巡回しながら聞いてくれるかなぁ」


 駐車場に停めていたミニパトの運転席に乗り込みながら切り出したのは、交通第二課の「ビンちゃん」こと矢田敏子だ。


「ラリホ」こと三浦里穂は相棒が何を考えているか分かったかのように首肯く。


 シートベルトを締めて矢田がエンジンをかけ、ミニパトが庁舎を出てから三浦が口を開いた。


「刑事第二課の田中さんたちが話していたことでしょう。ビンちゃんも聞き逃さなかったようね」


 どうやら会議を終えて、刑事第二課のメンバーが打ち合わせしていた内容が彼女たちの耳に入ったらしい。


「不動産業者が高良山の山林を買収して極秘に開発しようとしているってことよね」


 三浦が聞いた話を整理すると、矢田が補足した。


「極秘に開発っていうけど、田中さんたちの口ぶりから地上げ屋の手口を警戒しているようだったわ」


 すると三浦が何かを言おうとしたところ、矢田も同時に言葉を発した。


「ゴイサギ大明神が怪しいんじゃない」


 二人はお互いに顔を見合わせて笑い合った。


「ハッピーアイスクリーム! アハハハハ」


□ミニパトお姉さん VS アマゾネス


「ラモ高」こと羅門洲高校は市街地から少し外れたところにある。高良大社はかなり近い。


 高校までミニパトを走らせたのは三浦の憶測からだ。


朱雀坂氷菓子すざくざかシャーベットちゃんが誘拐未遂に遭った事件を覚えてるわよね」


 三浦の言葉を受けて矢田が続けた。


「もちろん。その姉が朱雀坂七津姫すざくざかなつき。羅門洲高校2年生だったこともね」


「私たちは直接見ていないけど、シャーベットちゃんは犯人の男からアパートで触られそうになったとき『鳥が飛んできて助けてくれた』と証言しているわ」


「それに、なつきはミニパトの中で犯人のアパートまで誰かに誘導されているようだった。『ゴイっちが!』とか意味不明なことも言ってたし」


 2人でそんなやりとりをしていると、三浦が確信めいたものを感じたらしい。


「公園の川淵で初めてなつきを見かけて声をかけようとしたとき、ゴイサギと話していたように見えたの。今になって思えば、ゴイサギ大明神のことを何かしているんじゃないかしら」


 話していたら羅門洲高校に着いた。学校側には事前に訪問することを連絡している。


 三浦と矢田は制服姿なので、生徒や学校関係者に目立たぬよう配慮して校内を進んだ。


「失礼します」


 ドアをノックしてから挨拶すると、すぐにリアクションがあった。


「久しぶりね。まさかあなたたちが私を訪ねてくるとはね。何ごとなの?}


 イスに腰掛けて足を組みながら答えたのは保健室の主、養護教諭の南条歩希なんじょうほまれである。


「私たちだってよもや“アマゾネス”を頼るなんて予想外でしたよ」


「相変わらず気が強そうね矢田敏子。で、どうせ言い出しっぺはそっちでしょ、甘えん坊の三浦里穂」


「先生、私たちラモ高を卒業して5年以上経つんですから、いつまでも子ども扱いしないでよ」


 三浦が珍しく拗ねたように反論した。


「ハハハ、挨拶代わりと思って許してちょうだい。あなたたちも暇じゃないんでしょ。要件は何なの」


 アマゾネスが気遣ってくれたので、矢田から切り出した。


「あまり触れたくはないのですが、先生は以前に『狐憑き』の経験を話してくれましたよね」


「ああ、まだ養護教諭になったばかりの苦い経験さ。そうそう。ついこの間も2年生の女子に話して聞かせたわ。あなたたちに次いであれが2回目ね」


 三浦はピンときたようだ。


「それって、もしかして朱雀坂七津姫では」


「驚いたね。守秘義務とかあるんだろうけど、そっちから本人の名前を言われたんじゃ私も人間だ。隠し通せないよ」


「実は…」


 三浦と矢田はなつきがゴイサギと会話できるのではないか、という仮説を明かした。


□多重人格者とアニマルコミュニケーション


「私も朱雀坂七津姫が奇行を繰り返したので『狐憑き』の可能性を疑ったのさ。それで私が若い頃、生徒がこっくりさんをして狐に憑かれたと騒ぎ、保健室に駆け込んできたエピソードも話したんだけど、本人は腑に落ちないようだった]


「そうですね。私たちもなつきの様子を見ていましたが、いたって普通な感じでした。素人考えで申し訳ないのですが『狐憑き』とは違うのではないでしょうか」


「うん、だから私もいろいろと調べてみたんだが、多重人格については聞いたことがあるかい?最近は解離性同一症と呼ばれている」


 アマゾネスによると、多重人格はずいぶん昔から知られているという。二重人格をテーマにしたロバート・ルイス・スティーヴンソンによる小説『ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件』が発売されたのは1886年のことだ。それ以来『ジキルとハイド』として映画やドラマ、ミュージカルにもなった。


 その『ジキル博士とハイド氏』は実在の人物をもとに書かれたという説がある。つまり病名すらなかったがその頃にはすでに多重人格が認識されていたのだ。


 ダニエル・キイスが書いた『24人のビリー・ミリガン―ある多重人格者の記録』は1977年に米オハイオ州で連続強姦事件の容疑者として逮捕されたビリー・ミリガンによる事件をもとにしたノンフィクションだ。ビリーは弁護士などの調査によって23人の人格を持っていたことがわかった。


 ほかにも多重人格症や解離性同一症と呼ばれる症例は少なくない。ネット上では多重人格者を自認する日本の若者が「猫と心で会話できる」と証言した事例も見受けられた。


「そうなると、朱雀坂七津姫がゴイサギと心で会話しているというのは多重人格に入るかもしれないね」


 アマゾネスはさらに続けた。


 近年になって人間が動物と意思疎通できる「アニマルコミュニケーション」が注目を集めている。さまざまな通信講座が行なわれており、一説では人間に本来備わっているテレパシー能力によって心と心でコミュニケーションをとることが期待できるという。またある説ではアニマルコミュニケーションの一つとして心理学を駆使することで人間が持つポテンシャルを引き出してペットと会話できる方法があるそうだ。


「アニマルコミュニケーションの場合は、一般的にアニマルコミュニケーターに教わって練習を積めばコミュニケーションをとれる可能性があると謳っているからね。特にペットとのコミュニケーションを望む人は興味を持ちそうだけど、朱雀坂七津姫のケースはちょっと違うような気もするね」


「うーん、おっしゃることは何となくわかったのですが…」


 三浦が言葉を濁したので、アマゾネスから指摘された。


「歯切れが悪いね!言いたいことがあるならハッキリしなさい」


「要はなつきとゴイサギ大明神の関係を知りたいんですよ」


 矢田が三浦の代わりに訴えた。


「わかった。じゃあ会いに行きましょう」


 事態は意外なところから動き出した。

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