第21話 宿敵再会

 どうしよう。婦警さんたちが家にやって来る。しかもどういうわけかアマゾネスも一緒だなんて、十中八九ゴイっちとの関係を気づかれたに違いない。


 ラリホとは何かがあったとき連絡できるようLINE交換していた。あの事件以来、特に変わったこともなかったので必要なかったが、ここにきて今週の土曜日は空いてるかと聞いてきたのでドキッとした。


 慌てて君枝に相談したが、土曜日はテニスの試合があるのでどうしても外せないという。あの3人を私だけで相手するのは荷が重い。かといって何も知らない母に同席されてはかえって騒ぎが大きくなりそうだ。


 いったいどのようなことを切り出されるのか、あれやこれや考えているうちにその日がやってきた。


 土曜日の昼下がり、玄関チャイムが鳴った。父も母も仕事だし、妹は遊びに行っているので私としては好都合だ。


「はーい」


 わざと明るく振る舞って玄関のドアを開けると、いつもとは違うイメージの3人がいた。ラリホとビンちゃんは目立たぬように気遣ったのだろう。


制服ではなく私服姿だ。片やワイドデニムパンツにイエローのパーカーで片やスキニーデニムにルーズなグレーのスエットというラフないでたちならば、アマゾネスこと南条先生もいつもの白衣ではなくワンピースを着ていた。


「どうぞ。私の部屋でいいですか」


「ご自宅におじゃましてこめんなさい。学校では目立つかなと思って」


 ラリホが切り出したとことから考えて、2人がアマゾネスに会いに行って私のことを相談したらしい。


「お茶とコーヒーどちらがいいですか」


「ホントにおかまいなく。ちょっと聞きたいことがあるだけだから」


 アマゾネスの目が断っていたから、お茶は出さずに部屋へ急いだ。


 勉強部屋兼寝室なので、特に腰掛けてもらうイスもない。4人で床に座った。


「なつき。単刀直入に聞くわね。ゴイサギ大明神について何か知ってるんじゃない?」


「えっ、なんで私に?ゴイサギ大明神のことはテレビで見たから、お参りに行きましたけど。それだけです」


 いくら何でも正直に話せるわけないじゃん。ゴイサギと脳内交信するとか、菅原道真公に会ったとか言ったらまた『狐憑き』と思われるし。


「朱雀坂さん。以前、保健室で『狐憑き』のことを話したよね」


 私がとぼけているのがわかったのか、早速アマゾネスがその件に触れた。


「三浦里穂と矢田敏子はラモ高の卒業生なのよ。先日、あなたのことを心配して学校まで相談しに来たの」


 私はラリホとビンちゃんの本名を今さらながらフルネームで知った。


 ビンちゃんとラリホは人間とゴイサギが会話する事例があるのかアマゾネスに聞きに行った理由を語った。


「ほら、誘拐未遂事件のときにシャーベットちゃんが鳥が助けてくれたって話してたでしょ」


「それに、私が初めてなつきを公園で見た時、ゴイサギと会話していたような感じがしたんだ」


「何条先生はどう思われるんですか?やはり『狐憑き』的なものだと…」


 私もアマゾネスが2人にどう説明したのか興味があったので率直に聞いてみた。


 アマゾネスが言うには、多重人格症や解離性同一症と呼ばれる症例が報告されており、中には動物と心の中で会話できるという証言もあるそうだ。


 3人は話すべきことを話していよいよ核心に迫る時だと判断したようだ。


「なつきはゴイサギと会話できるんじゃないの」


「しかもゴイサギ大明神の秘密を知っている」


 ラリホとビンちゃんが改めて追究してきた。


 2人のことは信頼している。それでも私が本当のことを話してもわかってくれないだろう。多重人格だと思われるのが関の山だ。


 どう答えればよいのか困り果てていたその時…。


「トゥルルルルル トゥルルルルル」


 携帯電話の着信音が鳴ったので確認すると草野五郎さんからだった。


「ちょっとすみません。緊急かもしれないので」


 そう断って電話に出た。


「草野さん、どうされました…え、ゴイサギ大明神が大変なことに…わかりました。すぐ行きますから安全なところに隠れていてください」


 私は電話を終えて、3人に事態を話した。


「ゴイサギ大明神が建っている山の地主さんからでした。何者かが大勢で山に侵入してただならぬ様子でゴイサギ大明神の方に向かったというんです」


「とにかく現場に向かいましょう。話しはそれからよ」


 アマゾネスがそう言うと、4人は玄関前の駐車スペースに停めてあったワゴン車に飛び乗った。アマゾネスの私有車らしい。


□まさかの宿敵登場


 私が道案内してまずは草野五郎さんの自宅に着いた。


「草野さん!なつきです。大丈夫ですか!」


 引き戸の玄関から入って声を掛けたところ、奥の方から草野さんが恐る恐る出てきた。


「あの女もいたから、たぶんこの間の仕返しに来たんじゃろう。屈強な男たちと山を上って行った」


「どうしよう?」


 事情を聞いた私は、やはり警察官の判断を仰ぐべきだと思い後ろを振り返った。


「何してるの!急ぐわよ!」


 相談するまでもなく、3人は山を上りはじめていた。私は草野さんとその後を追った。


 ゴイサギ大明神が建つあたりまで近づくと、4人ほどの男が何か作業をしているのが見えた。


 パンツスーツに身を包みパンプスを履いた女性がこちらに気づくと声を張った。


「南条歩希。まさかこんなところで会おうとは思わなかったわ」


 まるで侍みたいな話しぶりをアマゾネスが受けて立った。


「堂園朝日。久しぶりに顔を見られたのにろくなことはしていないようね」


 どうやらお互いに見知った間柄らしい。


「先生、あの女を知ってるんですか」


 私は堂園朝日たちの悪巧みを察知しているだけに、つい呼び方が粗暴になってしまう。


「堂園朝日とは小学校、中学校と剣道の町道場に通った仲よ。高校でも剣道のライバル校に進学して大会で竹刀を交えた、いわば宿敵ね」


 アマゾネスが剣道をしていたとは知らなかったが、堂園朝日もキャリアウーマンという感じでそんな気配はない。その2人が宿敵というのだからわからないものだ。


「あんたはフェイント技が得意で、私もずいぶんてこずったものだわ」


 アマゾネスが剣道部時代のことを振り返った。


「あら、そっちだって上背があるから、面を打たれると防具をつけていても衝撃が強くて涙が滲んだのを忘れないわ」


 堂園朝日も懐かしそうに話していた。


「お互い大人になって別々の道を歩いてるけど、こんな形では会いたくなかった」


 アマゾネスがこぼしたので、堂園の表情が変わった。


「私は仕事としてやるべきことをやっているだけ。あなたこそ何の用事でこんなとこに来たのよ」


「今はそれを話している暇はないのよ。お互いに一触即発って空気でしょ」


「ふん、よくわかってるじゃない」


 どうやら宿敵の再会は昔話に華を咲かすどころか、波乱を巻き起こすことになりそうだ。


「あんたたち。作業は一旦中断して、こいつらを追っ払ってちょうだい」


 堂園が命じると屈強な漢たちが手を止めて不敵な笑いを浮かべた。


 成り行きから不穏な状況になったが、警察官のラリホとビンちゃんにしてみれば穏便に済ませたい。


「警察よ。不法侵入および不動産侵奪罪にあたるため立ち退きなさい」


 ビンちゃんが警察手帳を掲げて警告した。


 堂園たちは彼女が私服姿なのでまさか警察官とは思わなかったため、一瞬たじろいだ。


「いい。私は草野五郎さんの自宅でゴイサギ大明神の祟りにあったのよ。精神的な苦痛をおわされた被害者でもあるの。だから被害が広がらないようにしているわけ」


 警察手帳を出してもすんなり引っ込む相手ではない。


 すでにアマゾネスは臨戦態勢に入っているようだし、ラリホとビンちゃんも覚悟を決めるしかなかった。

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