第22話 対決と混沌

「手加減しないわよ」


 堂園朝日は作業道具の周りに転がっていた木材からほどよい太さと長さのものを選んでアマゾネスの方に放り投げた。


「望むところよ」


 アマゾネスはそう答えて木材を手に取ったが、すぐに睨みつけて言い返した。


「やり口が汚いのは相変わらずね」


 堂園が握っている木材はアマゾネスに渡したそれより明らかに丈夫そうだったからだ。


「いかん」


 すると私の後ろに立っていた草野さんがそうこぼして坂を下っていくではないか。


「あ、草野さんっ」


 今は勝手に動かないほうがよいと思い、止めようとしたがどんどん行ってしまった。


□対決


 剣道の竹刀ならぬ木材を持った堂園朝日とアマゾネスが睨み合っているとビンちゃんが声を掛けた。


「南条先生!大丈夫ですか」


 アマゾネスがかつては剣道部のエースだったとしても、保健室の先生になってからは道場に通っているという噂すら聞いたことがない。


 一方、ライバルだった堂園朝日について現在の実力はわからないが、作業員を引き連れて現場に出向くくらいだから多少は鍛錬しているかもしれない。


 ビンちゃんは心配して手伝おうとしたのだろう。ところがその前に男が立ちはだかった。


「おっと、あんたの相手はこっちだ」


「タイジ。顔は止めとくんだよ。後々騒ぎが大きくなったらまずい」


 堂園はそう指示してニヤリとした。


「ああわかってるさ。オッサンはそっちの美人を頼むわ」


 タイジと呼ばれた男は堂園に返しながら、横にいた男に話しかけた。オッサンというから年上なのだろう。


「美人じゃなくて悪かったわね!」


 言うが早いか左でジャブを2発繰り出したのはビンちゃんだった。


「おっと。やるね。そんなつもりで言ったんじゃないよ。あんたもボーイッシュで魅力的だって」


 タイジはジャブをブロックしながら無駄口を叩く余裕があった。


「ステップの取り方からするとキックか。俺はフルコンタクト空手をかじってるんでおもしろくなりそうだな」


 一方、ラリホはオッサンの威圧感に足がすくんで動きが取れない様子だ。


 自然と対戦相手が決まった。格闘技の経験などなく非力な私はハラハラしながら見守るしかない。


 素早く間合いを詰めてきたのは室園だ。アマゾネスの反応を見ながら小手を打ってきた。絶妙な足裁きで防いだものの、獲物が短いだけに戦いにくそうだった。


「なつきちゃん、あの先生にこれを」


 後ろから言われて振り返ると、いつの間にか草野さんが戻ってきていた。


「これは先祖から伝わる木刀なんだ。これならば実力が出せるに違いない。さあ」


 私は草野さんから黒光りして重厚感がある木刀を受け取ると、用心して近づいた。


「南条先生!この木刀を使って」


 アマゾネスは堂園を警戒しながら後ずさりして、私から木刀を受け取った。


「ありがとう。これで勝機が見えてきたわ」


「何言ってんの!」


 アマゾネスの言葉に冷静さを失った堂園が喉元に突きを見舞ってきた。


「う゛ぇっ」


 カランと音をたてて獲物が転がった。堂園が木材を落としたのだ。


 堂園の攻撃を見越して挑発したアマゾネス。読んだ通りに突いてきたところをすりあげて、さらに木刀で突いたのである。


「くそ!いつだってそうよ!結局あんたには勝てないのよ」


 地面に膝をついてうなだれる堂園の目からは涙がこぼれていた。


 アマゾネスはそんなライバルに言葉をかけた。


「今日の場合はあなたの作戦ミスよ。草野さんが木刀を持ってきてくれたから形勢逆転したけど、でなければ私が負けていたでしょう。誰しも一人で戦っているとは限らないことを肝に銘じるのね」


「ううっ…」


 堂園のかすかな泣き声が聞こえた。


□ビンちゃん危機一髪


「シュッ、シュッ」

「ビシッ バシッ」


 鋭く息を吐く音とともにキックが当たるときの音が響く。


 ビンちゃんの回し蹴りがタイジの太ももにヒットしているようだ。


 しかし明らかに体格差があるため、タイジはまだ余裕で受けているという感じである。


 するとタイジは僅かなスキを見逃さず、間合いに入り飛び膝蹴りを見舞った。


 跳び膝蹴りや首相撲からのチャランボといえばキックボクシングのレジェンド“キックの鬼”沢村忠によって広まった技とも言われる。


 私は漫画やアニメにもなった『キックの鬼』を見て技やルールについてある程度は知っている。


「まずい、これじゃお株を奪われてビンちゃんが追い込まれてしまう」


 だがビンちゃんは間合いを詰められても効果が期待できる肘打ちで応戦した。タイジがたじろいで僅かに下がったその時。


 ビンちゃんの右回し蹴りが一閃。ガードしたタイジの左腕を見事にとらえた。その瞬間、ガードしたはずなのによろけて倒れ込んだ。


「すげえな、あんた。婦人警官にしておくのはもったいねえよ」


「舐めんじゃないわよ。私は子どもの頃から『キックの鬼』に憧れてムエタイまで習ったんだから」


 そんなやりとりが聞こえた。


 私はまだまだビンちゃんのすごさをわかっていなかったようだ。


□オッサンとラリホ


 キックボクシングが得意でキレのある技を繰り出すビンちゃんとは対照的なのがいつも自然体なラリホである。


 私は彼女が感情を露わにするところを見たことがない。しかし、今は自分よりかなり大柄な男を相手に戸惑っている様子が見て取れる。


 オッサンと呼ばれるその男は、どっしりとした安定感のある体格をしており、表情は怒っている風でもない。


「そうよ。ラリホと似ているんだわ。自然体でとらえどころがないからラリホもいつもと勝手が違うのではないかしら」


 ラリホの異変について私はそう憶測した。


「お前さんには悪いが、俺も仕事だからここを通すわけにはいかない」


 口を開いたのはオッサンだった。


 その姿が一瞬消えたかと思うと、宙を舞っていた。ラリホが投げたのだ。


 だが地面に体が叩きつけられる衝撃が感じられなかった。ラリホもかつてない経験のようで目を丸くしていた。


「ほう。合気道かい。こんなに見事に投げられたのは何年ぶりかな。でもね、柔術の世界にはとんでもない達人がごまんといるのさ。知っとくといい」


 そこからはオッサンがなんとかラリホをつかまえて投げ技や足を刈って倒し、組み技に持ち込もうとした。ラリホはそれをさばいて投げるが、オッサンは見事な受け身でほぼダメージを負わない。そんな攻防が続いたのである。


□思わぬ救世主


 格闘家あるいは武道家には暗黙のルールがあるのかもしれない。ラリホとオッサンの対決を誰もじゃませず見届けようとしているようだった。


 それは私と草野さんも同じだ。固唾を呑んで2人の攻防に見入っていた。


「あんたたちにもここから立ち退いてもらわないとな。いつまでも突っ立てるんじゃねえよ」


 野太い声で言われてビクッとした。油断していた。ほかにも作業員の男はいたのだ。柄の悪そうな2人の男が私と草野さんの腕を掴んで連れ出そうとした。


「お前らは俺が相手してやるよ」


 そう声がしたかと思うと、2人の男がその場にうずくまっていた。


 私は声の主を見て声を上げた。


「あなた!何でここにいるの?」


「おっと、刺激が強いから本名は伏せといてよ。コグレって呼んでくれるかな」


 私の妹・氷菓子シャーベットを誘拐した男だ。しかしわいせつや身代金目的であることは立証できず、なにより妹の心身に被害がなかった。本人も反省していることから両親は示談を受け容れたのである。とは言えその憎たらしい顔を私は生涯忘れないだろう。


「そのコグレがなんでここにいるのよ」


 もう一度聞いた。


「君のご家族が示談にしてくれたおかげで不起訴になってね。僕の両親は戻ってこいというけど、やっぱり居づらいだろう。もう少しこの町で生活しようと思って不動産会社でアルバイトしてるんだ。そしたらゴイサギ大明神で作業する人員を募っていたから気になって覗きに来たってわけさ」


 私はコグレの話しに引っ掛かるところがあったので追究した。


「ゴイサギ大明神の作業がなんで気になるのよ?」


「幽霊アパートで窓からいきなりゴイサギが飛び込んできて襲われただろう。それに僕が婦警さんたちに連行されるとき、君と妹が鳥だのゴイっちだの話していたことを覚えていたんだよ」


 そんなことを話していたら、うずくまっていた男たちが正気に戻ってコグレに掴みかかった。


「しぶとい奴らだな」


 コグレは一人を頭突きで倒し、もう一人は後ろからスリーパホールドをキメて失神させた。


「何か複雑な感じね」


 私はピンチを救ってもらいながら釈然としなかった。


 この日のゴイサギ大明神周辺は堂園一派とアマゾネス一派の対決に加えコグレの出現で混沌としていた。

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