第15話 ゴイサギ大明神

 草野五郎くさのごろう


 高良大社裏山の麓にある屋敷を先祖代々守ってきた地主の一人だ。


 息子と娘が一緒に住んでいた頃は賑やかだったが、それぞれ成長して家を離れていった。


 数年前に妻を病気で亡くして、現在は独り静かに暮らしている。


 いつも夜10時を過ぎた頃に床に入る。灯りは全て消して真っ暗にしなければ寝付きが悪い。


 その日はいつになく目が冴えてなかなか眠れなかった。すると突然、手足が重く感じて動かせなくなった。


 いわゆる「金縛り」はこれまでに経験したがそれとはちょっと違う。縛られているというより、やんわり包まれている感じだ。


「草野五郎よ。よく聞くがよい。そなたの山にゴイサギ大明神を祀る故、手入れを怠らず参拝に訪れる者を歓迎せよ。さすれば功徳を得るであろう」


 夢枕に神様が立ち、そうお告げがあった。


 朝になって目覚めた五郎が敷地内を見に行ったところ、一夜にして祠が建っているではないか。


 五郎は取り急ぎ、白飯とお茶をお供えすると賽銭箱に千円札を入れて丁寧に参った。


「まずは行政区長に相談するか」


 そうつぶやくと戸締まりをすませて軽トラに乗った。町の代表である行政区長の家まで歩くと10分はかかるのでいつも軽トラを使っている。


 □ゴイっちテレビに映る


「こちらが草野五郎さんのご自宅です」


 五郎の自宅にはローカルテレビやラジオ、新聞社の取材が相次いだ。行政区長が事情を察してマスコミに連絡してくれたからである。


「草野さん、神様が夢枕に立ったところ、一晩でゴイサギ大明神が現れたというのは本当ですか?}


 テレビ局の女性リポーターにマイクを向けられた五郎は、緊張のあまり無表情で答えた。


「朝起きて単なる夢のような気がしなかったので。外を確認したところ祠が建っていたので驚きました」


「ではそのゴイサギ大明神を見せていただけますか」


「どうぞ。ちょっと山を上らないといけないので、足下に気をつけてください」


 動きやすいパンツスーツとスニーカーで装備したリポーターは、五郎に案内されて3分ほど歩くと祠に辿り着いた。


「ゴイサギ大明神の文字が刻まれた石碑があり、祠には提灯が下げられています。まだ木の香りがして建てられたばかりという感じですね」


 流ちょうにリポートをはじめた。


「あ、これは由緒書ですね。草野さんが書かれたんですか?」


 五郎はリポーターが夢枕の話や一夜で祠が建ったことを疑っているように思えて、内心ムッとしながら答えた。


「いえ、私も祠が突然現れたので混乱しております。由緒書ははじめからあって、なにせ漢字が多いもので実はまだ読んでいません」


「そうなんですね。どのようなことが書かれているのでしょうか。ちょっと拝見したいと思います」


 由緒書が映し出され、リポーターが目を通しながら解説しはじめた。


「平安時代に醍醐天皇が池にいた鷺を捕らえるよう命じたところ逃げることなく神妙にしていたため、感心して褒美に五位の位を賜った。その逸話から『五位鷺』と呼ばれるようになったということですね」


「そして、えっ?」


 続けようとしたリポーターが躊躇した。


 映し出された由緒書にはこう書かれていた。


 神聖なる高良山には五位鷺をはじめ多くの動植物が生息している。令和の時代になろうとも、何者もこの地を荒らすことがないよう、鎮守神としてゴイサギ大明神を祀るものである。


 しかしリポーターは咄嗟に判断してその部分は解説せず、ゴイサギ大明神の外観に話題を転じた。


「祠の大きさは正面から見たところ横幅が8m、高さが4mほどありそうですね…」


 彼女の説明に合わせてカメラが祠の全体像をとらえていたそのとき。


「鳥です!鳥が飛んできました!あれはゴイサギでしょうか?」


「ゴイサギですな」


 五郎がそんなことも知らずによくゴイサギ大明神を取材できるなと言わんばかりの口調で答えた。


「グワッ、グワッ」


 ゴイサギは祠の屋根にとまって鳴いてみせると、しばし人間どもを観察してどこかへ飛んで行ってしまった。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ゴイっち、いい感じじゃん!名演技ね」


「これで最初のアピールは成功ね」


 私と君枝は家でワイドショーを見ながらハイタッチした。


 ゴイサギ大明神をマスコミに取材してもらい、そのタイミングでゴイサギが飛来すればより話題を呼ぶ。


 先日のリアル脳内会議で考えた通りに上手くいった。


 道真公の神通力と人間と意思疎通できるゴイっちがいればこそ可能な戦略だろう。


 □思わぬ誤算


 ローカル番組ではあるが生放送でゴイサギ大明神を取り上げてもらったことによってバズるはずだ。


 だが君枝と一緒にスマホでSNSを見てみると、思ったほど反響がなかった。


「ゴイサギ大明神って何なの?」

「ゴイサギ大明神に本物のゴイサギが来てウケるw」

「ゴイサギの鳴き声初めて聞いた カワイイんだけど」


 盛り上がったつぶやきはそれぐらいだ。


 予想はしていたものの、中には批判的な声も見受けられた。


「ゴイサギ大明神なんてありえないし! テレビ局のやらせじゃね?」

「あのじいさんがお賽銭を集めようとしてでっち上げたんでしょ」


 このような声が広がっては逆効果だし、地主の草野さんにまで迷惑をかけてしまいかねない。


 何ごとも思ったようにはすんなりいかないものだ。


「どうしたらいいんだろ」


「SNSにはあまり詳しくないんだよね」


 私ばかりか君枝まで弱気なことを言い出した。


 珍しく重苦しい空気に包まれたそのとき、救世主が現れた。


「ただいまー」


 妹の氷菓子シャーベットの元気な声が響き渡った。学校から帰ってきたらしい。


 トントントンと軽やかに階段を上ってくると、一目散に私の部屋に顔を出したのは意外だった。


「君枝さんも来てるんでしょ。靴があったからわかったの」


「パンちゃん、すっかり元気になったわね。よかったわ」


「どうしたの?私の部屋から覗くなんて珍しいじゃん」


 3人でそんなやりとりをしていると、妹が思い出したように本題に入った。


「ねえねえ、友だちが言ってたんだけど、ゴイサギ大明神って知ってる?」


「キタキタキター!」


 私は内心でそう叫んだ。興奮を隠しきれず表情に出たのだろう。君枝も目を合わせて頷いた。


「その友だちは何でゴイサギ大明神を知ったのかな」


 妹に聞いてみると、TikTok(ティックトック)でバズってるらしい。


「そっかー!私たちはX(旧Twitter)とインスタグラムしか見ていなかったわ」


「でもTikTokってどうやって使えばいいの」


 君枝と2人でレベルが低い話しをしていたら、妹が呆れたように教えてくれた。


「スマホでもPCでもTikTokのサイトで検索窓にワードを入力したら見られるよ」


 ああ妹よ、あなたはスマホもPCも持ってないのになんでそんなに詳しいの。小学生ながらJKの姉よりよく知ってるなんて頭の構造を見てみたいわ。


 早速、スマホでTikTokのサイトに行き、検索窓に「ゴイサギ大明神」と入力してみた。


「すごい…」


「これよ…」


 私と君枝はズラリと並ぶ動画のサムネイルに目を見張った。ワイドショーの映像を切り抜いたものや、ゴイサギの写真がコメントとともに投稿されていたのだ。


「ゴイサギ大明神にまさかのゴイちゃん登場w」

「ゴイサギさん大好き!今度お参りに行こうかな」

「ゴイサギ大明神和む~ 本物登場とか癒やししかない」


 コメントもほとんどが好意的で批判の声は見られなかった。ユーザーのカラーがSNSによって違うらしい。


「ゴイサギ大明神とかおもしろーい。どうぶつ大明神のリアルバージョンじゃん。誰が考えたのかなぁ」


 無邪気にはしゃぐ妹の言葉にドキッとした。


 こうやってゴイサギ大明神のアピール作戦は上々の滑り出しに思われたが、このときはやがて起きるアクシデントを知る由もない。

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