第14話 リアル脳内会議
地獄裁判が終わり閻魔大王が退場すると、近代的でだだっ広い部屋は無機質な空間となった。
私は閻魔大王から課せられたミッションをクリアすることを条件に無罪宣告された。でもどうしたらよいのかイメージできない。
菅原道真公にもっと情報を聞く必要があるし、ゴイっちの協力を得てどのような計画をたてていたのか教えてほしい。
君枝は君枝なりに思案を巡らせていたようだ。私に目くばせしながら「これからどうするつもり」と囁いた。
「ここで相談してもいいですか? このまま散会しても改めて集まるとなれば、二度手間になっちゃうんで」
私は見張り番として立っている黒服の鬼に問いかけた。
「それはならぬ。ここは決められたスケジュールでしか使えないことになっておる」
おいおい、閻魔大王は自分の思うように振る舞える感じだったが、鬼になると規則にがんじがらめなんだっ。その辺は人間界となんか似ているな。
□さよなら鬼さん
「私たちはこれからどこに連れていかれるの?」
動きようがないので鬼に確認したところ、地獄の出口まで歩いて案内するか、それぞれの居場所に転送するかを選択できるという。
転送の方がいいに決まっているが、いずれにしろこの部屋に残って打ち合わせをするというわけにはいかないらしい。
「わたしによい考えがある。ゴイチの脳内に作った部屋を活用してはどうであろう」
私たちのやり取りを聞いていた道真公が提案してきた。
本来はゴイっちと内密に脳内交信するために作ったピンク色の部分だが、秘密にする必要がなくなったため共有してはどうかというのだ。
勝手に決めるわけにはいかないので、ゴイっちに確認した。
「ボクはかまわないよ。外部との脳内リンクななつきで慣れているし、ピンク色の部分を開放したほうがかえってすっきりするよ」
ゴイっちは迷惑に思っていないようだ。これまで何度も私や道真公と交信しているだけに、特に抵抗感はないらしい。
むろん、今もそれぞれの意識だけが地獄にいるように、ゴイっちの脳内に集まるのは実体ではなく意識である。
「自分の中で葛藤して頭をフル回転させるとき、天使や悪魔、リーダー格やアイドル系などに擬人化するのを“脳内会議”っていうじゃん。これは参加者同士で話し合う“リアル脳内会議”ってところね」
君枝がテンションが上がる呼び方を考えたところ、皆も気に入ったようだ。
「じゃあ、皆をゴイっちの脳内のピンク色の部分に転送してもらえる?」
私は黒服の鬼にそう依頼した。
「いいだろう」
「じゃあね鬼さん。いろいろお世話になりました。ありがとう」
「ああ、健闘を祈る」
そんなやり取りができたのは、地獄を歩きながら案内してもらううちに壁がなくなったからかもしれない。
鬼の姿があっという間に小さくなり、気がつくとピンク色に囲まれた部屋にいた。
□道真公の作戦
私はリアル脳内会議をはじめる前に、どうしても聞いておきたいことがあった。
「あの~菅原道真公。個人的に気になることがあるんですけど…」
なにせ相手は“学問の神様”である。機嫌を損ねないよう遠慮がちに話しかけたところ意外な言葉が返ってきた。
「なつきとやら、これから共に力を合わせる同士ではないか。わたしのことは道真公と呼ぶがよい。ゴイチにもそう呼ばせておる」
さすがは平安時代に天皇の側近を務めた人物だ。大事を成すにはチームワークを高めることがいかに大切かを心得ている。気兼ねがいらない呼び方によりコミュニケーションをはかろうと考えているのだろう。
「じゃあ、私のことも“なつきとやら”ではなくて“なつき”と呼んでください」
「私のことは“きみえ”と呼んでください」
私に続き君枝も名乗った。
「ボクも“ゴイチ”じゃなくて…まいいか、言いにくそうだから」
ゴイっちが妙に気を利かせたので笑いが起きた。
場が和んだところで、私は思い切って聞いてみた。
「それで道真公、さっきの話しなんだけど。閻魔大王と道真公はどっちが偉いの?」
君枝は「またなつきがとんでもないことを言い出した」といわんばかりの表情をしつつ、やはり興味があるようで学者の目になっていた。
「なつき、閻魔大王はインドの仏教に由来する地獄界の王なのだ。日本には奈良時代に地蔵菩薩として伝来してきた。わたしは平安時代に太宰府に左遷されたのじゃ。死して後、太宰府天満宮に祀られやがて“学問の神様”として知られるようになった。閻魔大王とは比べようがないというのが答えになろう」
「だよね。だって閻魔大王の方が強そうだったもん」
空気を読めないゴイっちが本音を吐いたので、一瞬静まりかえってその話題は終わった。
「さて、本題に入りましょうか」
君枝が切り出した。
「まず、道真公から高良山の開発についてもっと詳しく話してもらえますか」
「よろしい。わたしはゴイチと脳内交信できるように、波長が合えば人間や動物、植物とさえも意思疎通が可能だ。そうやってさまざまな情報を得ながら世の中が平穏であるように尽力しておる。今回の件はその情報の一つと考えていただきたい」
道真公の話しによると、堂巻屋グループという営利組織が高良山にレクレーション施設を建造するため、秘密裏に計画を進めているそうだ。すでに私有地の買収に向けて動き出しているというから手遅れにならないうちに阻止せねばならない。
行政では優れた生態系を有する地域に高良山周辺を指定しているが、開発許可の審査基準をクリアすることは不可能ではない。もし開発が許可されて森林の伐採が行なわれるならば、野鳥や野生動物にとって脅威となる。
道真公の説明を受けて、ゴイっちが珍しく怒りを露わにした。
「ダメだよ!あそこは水辺も近くてゴイサギが巣を作る木がたくさんあるんだ。シラサギやアオサギ、カラスもそれぞれ住処にしているから、木を切られたらみんなどうずればいいんだよ!」
ぶちまけたゴイっちは一瞬躊躇したが、とうとうその言葉を発した。
「だから人間は信じられないんだよ。けっきょく人間は敵なんだ!」
私はなんともやるせない気持ちになったが、ゴイっちをなだめようとした。
「ゴイっち、悪い人間ばかりじゃないのよ。鳥や動物を守ろうと考えている人だってたくさんいるわ」
「だって、なつきの妹を誘拐した男もいたじゃないか。いつ何をされるかわからないんだよ。やっぱり信用できない」
「ねえ聞いてゴイっち。気持ちはわかるけど、私たちはこれからその人間の力を借りて高良山の開発を止めようとしているの」
「無駄だよっ、秘密で開発をしようっていうやつらが相手だよ。それを知らない人たちがどうやったら力を貸してくれるっていうんだい」
「そうね…」
ゴイっちを安心させるような言葉が見つからなかった私は、君枝にめくばせして助けを求めた。
「道真公はゴイっちに協力してもらうと話してましたよね。どんな計画を考えているんですか」
君枝はゴイっちではなく道真公に問いかけた。
「うむ…。ゴイサギ大明神を作って、流行らせることで開発に反対する風を起こすという作戦を考えておった」
「ゴイサギ?」「大明神?」「ボクが?」
私と君枝とゴイっちが思わず素っ頓狂な声を上げた。
「やはり突飛すぎるかな」
露骨なリアクションをされて道真公も自信をなくしそうだった。
数秒間の沈黙が流れて、それぞれ頭の中でシミュレーションしていた。
「でもそれいいかも」
私は可能性を見出して前向きに捉えた。
「どうぶつ大明神とかカプセルトイにあるし」
人気のおもちゃみたいに『大明神』は注目を集めるかもしれない。
「熊本県では実際に『猫大明神』が祀られているそうよ」
君枝も手応えを感じたようだ。
「で、どうやって作るの?ゴイサギ大明神を」
私が疑問をぶつけたところ道真公が得意顔で答えた。
「まかせておけ。大きな神社ならともかく、祠程度のこしらえならば神通力でなんとかなるわい」
頼もしい言葉を聞いて、私は「“学問の神様”と呼ばれながら神様っぽくないじゃん」と思っていた非礼を心の中で詫びた。
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