第3話 ミニパトおねえさん。敵か味方か
「ねえ、どうすんの?これから」
ベッドに横たわって落ち着いた私に、君枝が話しかけた。
私もどうしたらよいのかわからない。ただ、君枝に全てを話す前にやっておきたいことがあった。
「君枝…」
「ん?なに?なつき」
「君枝だけには本当のことを話したいんだ」
「もしかして、狐憑きと関係ある?」
私と君枝の仲だからこそできるやりとりだろう。
私は続けた。
「それが、私にもよくわからないんだよね。さっき、中庭の池に飛び込んだじゃん。あの時は、自分の意識があったんだ」
「そうなんだ。詳しく知らないけど、狐憑きって妖怪みたいなのが憑依するから、憑かれた本人は覚えてないはずだよね。なつきのは、狐憑きじゃないかもしれない」
さすが秀才だけに飲み込みが早い。君枝ならわかってくれるはずだ。そう確信した。
「君枝、全てを話すまでもう少し待ってくれないかなぁ。少し頭の中を整理したいから数日間だけ考えさせてほしい」
「うん、わかった。だけど、深刻になりすぎないほうがいいかも。何でもいいから、必要なときは相談してちょうだいね」
「ありがとう、君枝。今日はさすがに疲れたから、ちょっと眠るね」
「うん、じゃあこれで帰るわ」
「今日は助かったよ。ありがとう」
君枝が階段を下りたところに、ちょうど母親が帰ってきたようだ。
「あら、立花寺さん、もう帰るの」
「おばさん、お久しぶりです。高校でなつきが気分が悪くなったっていうから、送ってきたの。もう大丈夫みたいなので、帰ろうとしていたところ」
「まあ、そうだったの。迷惑かけてごめんなさいねえ。またいつでも遊びに来てね」
「はい。じゃあ、帰ります」
「気をつけてねぇ」
そんなやりとりが聞こえてきた。
母親は階段を上り、私の部屋に顔を出した。
「立花寺さんに聞いたわ。大丈夫なの?」
「うん、もう大丈夫。もう少し寝てるわ」
「ほら、胃カメラ検査の時にお医者さんが気になること言ってたでしょ。お母さんも心配なのよ」
「大丈夫だから。あんまり心配しすぎないほうがいいわよ」
「何かあったら呼びなさい」
「はーい」
母は階段を下りていったから、これでしばらくは誰も来ないだろう。
□覗かれてしまった?私とゴイっちの関係
私はベッドの上で呼吸を整えて、意識を集中してみた。
「ゴイっち!ゴイっち!どこにいるの?ゴイっち」
声には出さず、脳内でゴイっちに呼びかけてみる。しかし、全く反応がない。
不安が膨らんでいてもたっても居られなくなり、ゴイっちに会いに行こうと思い立った。
ベッドから起き上がると私服に着替えて、母親に気づかれないように外に出ることに成功した。
向かう先は、ゴイっちがタカに襲われそうになった荒野川のほとりだ。
歩いて10分もかからない。川が見えてくると頭の中で呼びかけてみた。
「ゴイっち、どこにいるの?」
「ゴイっち、返事をして!」
心に強く念じながら川辺を探すが、ゴイサギの影すらない。
「狐憑き」のことが頭から離れない私は、ゴイっちに直接確かめなければ気が済まない。
小一時間経っただろうか、背後に鳥が舞い降りる気配がした。
反射的に振り向くと、水辺にゴイサギが立っていた。
「ゴイっち!探したんだよ。何でリンクしてくれないの。てか、何で私はリンクできないの?」
不安なあまり思わず囁きかけた。
「なつき。声に出さないでもわかるよ」
ゴイっちだ。脳内にリンクしてきたのだから間違いない。
私は感極まって、気持ちがなかなか言葉にならない。やがて、聞きたかったことを思い出した。
「今日、高校の中庭で、私が池に飛び込んで鯉を丸呑みしようとしたんだけど。あれって、ゴイっちがやったの?」
「・・・・」
スルーするゴイっち。
「何とぼけてんのよ!あなたが私の脳内にリンクして、鯉が目に入ったから衝動的に食べようとしたんでしょ!」
「すまぬ!本当にすまぬことをした!もう二度と君を暴走させまいと心に誓ったのに、僕は僕を抑えきれなかったのだ」
「はぁ!そんなカッコイイセリフで謝ったって、所詮私の言語能力なんだから説得力なんてないし!」
「ごめんなさい」
「まあ、それはもういいわ。それより、私とゴイっちの関係について確認したいのよ」
「ああ、狐憑きを疑われているんだろう」
「脳内にリンクして全てはお見通しってわけね。なんか複雑」
そのとき、人の声がしたためゴイっちは慌てて飛び去っていった。
周りを見渡すと、車道にミニパトが停まっていて、制服姿の女性警察官がこちらに歩いてくる。
「あの~、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
私に声を掛けてきた。
「なんでしょうか」
若いお姉さんだったが、私は警察官から話しかけられたことがないだけに、緊張した。
「このエリアで不審者の目撃情報があって、それで市民の皆さんに聞いてまわっているの」
「何か事件があったんですか」
「いえ、事件の情報はないわ。むしろ、事件を未然に防ぐため、不審者情報を集めているところ」
「不審者って、特徴とかは」
「20歳から30歳前半ぐらいの男性が、小学生の女の子に道を聞いてくるというの。子どもたちから怖がれているらしい。紺色のジーンズをはいて白っぽいTシャツを着ていて、黒のキャップを被っていたという情報が寄せられているわ」
「私は見ていません。もし見かけたら110番すればいいですか」
「ええ、それか警察署の方に電話してもらえる」
「ところで、あなた、さっき誰かと話していなかった?」
「いえ、他には誰もいませんけど」
「もしかして、もしかしてだけど、鳥と話が出来たりして」
「まさか。面白いこと言いますね」
彼女は場を和ませようとしてそんなことを言ったのかもしれない。
しかし、私は話題がいきなり変わったので、ゴイっちとのやりとりがバレたのではないかと思い、汗が噴き出すのがわかった。
「家で母が心配しているかもしれないので、そろそろ帰ります」
私は婦警さんにそう告げて家路を急いだ。
このときの出会いが後々あんなに大きな事態に発展しようとは、誰が想像できただろうか。
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