第11話 不信感「人間は敵だ」

 私は来る日も来る日も呼吸法を練習した。君枝が教えてくれたように頭の中が「ピンク色」になれば、ゴイっちとスムーズにリンクできるように思えたからだ。


 はじめのうちは腹式呼吸を意識しながら鼻からゆっくり吸い込み、口から細く長く出していく感じで息をしているつもりでも、しばらくすると気が緩んで普段通りの呼吸に戻ってしまう。


 忘れても「いかんいかん」と自分を鼓舞しながら続けているとやがて体が覚えて、調子がいいときはほかのことをやりながら呼吸法ができるようになった。


 授業中も周りに気づかれないように呼吸法を行ない、登下校時はもちろん、自宅でもやり続けた。トイレでも、お風呂でも、ベッドに入ってからも…。


 ベッドに寝てから続けているとすぐ眠くなるが、夢の中でも呼吸法をやっていたような気がした。脳内に「ピンク色」が広がる時間も、当初は5秒ほどたったのが今や1分ぐらいにまで延びた。


 ゴイっちとは高良山で再会して以来、脳内交信をしていない。ゴイっちはいずれ私の協力が必要になるときがくるとほのめかしたが、いまだに音沙汰がない。


 私はゴイっちの真意を確かめたいとも考えたが、納得がいく答えをもらえる自信がなかった。このままゴイっちとリンクしなければ、どんどん離れていってしまうようで怖かった。


 葛藤する中で脳内交信したいとの思いがふくらみ、ゴイサギが夜行性であることを考慮するとこちらも自分の部屋で集中しやすい就寝前がリンクしやすいという結論にいたった。


 私はおよそ1週間ぶりにゴイっちの脳にリンクを試みたのだ。


 □本音を吐いたゴイっち


「ゴイっち!ゴイっち!!」


 脳内交信をしようと呼びかけても返事がない。今までリンクしたときは前触れのようなものを感じたが、それすらない。


「ゴイっち!お願い、返事をしてちょうだい!」


 強く念じたがやはり反応がない。


 そうか呼吸法だ。私は気持ちばかり先走ってしまい、せっかく練習してきた呼吸法を十分に行なっていないこどに気づいた。


「落ち着くのよなつき」


 自分に言い聞かせると、あぐらをかきなおしてゆったりと鼻から息を吸い込む。口から細く長く吐き出しながら穏やかな気持ちになって呼びかけてみた。


「ゴイっち、いるんでしょ? リンクをつないでよ」


「受け取ってるよ。なつき」


 ゴイっちだ。ゴイっちから返事があった。


「この前、高良山の祠で会ってからずいぶんたつじゃない。大丈夫なの?」


「ああ、ケガはすっかり癒えてもう飛ぶこともできるよ」


「そっかぁ。安心したわ」


 お互いに無難なやり取りをしていると、ゴイっちが真剣に切り出した。


「なつき。わかってると思うけど、君が悩んでいることはボクも把握している」


 それを受けて、私も真剣に返した。


「だよね。だけど私はハッキリ確認したいのよ。あなたが私を信用しているのか。私があなたを信頼できるのか」


「そうだね…これからのこともあるからハッキリ言っておくよ」


「君には命を救ってもらった恩がある。それにこれまでの付き合いで悪い人ではないと判断している」


 ゴイっちはそう前置きして明かした。


「でもボクらゴイサギや野生の生き物にとって“人間は敵”であることは否定できないんだよ」


 私はゴイっちから本音をいわれて、幻想から現実に引き戻される思いがした。


 ゴイっちとの関係も終わっていくのだと感じながら、ゴイっちが私を「悪い人ではない」といってくれたことに一縷の望みを託した。


 ざわつく心をなんとか静めて呼吸法に集中し、脳内のピンク色をシンクロしようと試みたときだ。


「それは止めておいた方がいい!ピンク色の部分はボクにもまだよくわかっていないんだ。君にとって危険なことかもしれないから止めておけ!」


 ゴイっちが必死に制した。


 □禁断のピンク色


「だって、ゴイっちの脳にリンクしていて違和感を持ったのはこのピンク色が現れてからなんだもん!きっとそこにあなたの心境に変化が起きた原因があるはずよ!」


「ピンク色のところは神様がボクとだけ交信するために作ったところなんだよ。君もわかるだろう。神様を怒らせたらどうなるか。だからヤバいんだって!」


 ゴイっちからたびたび“神様”という言葉が出てくるとのが気になった。私の考えていることはお見通しかもしれないが、そんなことを気にしている場合ではない。


「ゴイっちが私の脳とリンクして“神様”をどう学んだか知らないけど、人間にとって“神様”はいろいろな意味を持つ存在として捉えられているのよ。誤解をまねくかもしれないけど悪い神様だっているし。何なら詐欺まがいな神様だって作り出されているんだから」


 私は個人的解釈ながらそう指摘した。これまではゴイっちが脳にリンクして私のことを全てわかっているように錯覚していたのだ。よく考えると私自身が曖昧にしか理解していないこともある。ゴイっちの方も経験値をもとにした範囲でしか理解できないはずだ。


「違うよ、なつき。ボクは君の脳にリンクすることでいろいろな知識を得ている。でも“神様”に関しては人間たちが尊敬したり崇めている存在ということぐらいしか学んでいなかったんだ」


「なによそれ。私が勉強不足ってことを言いたいわけ?」


 私はゴイっちの遠慮ない感想に、思わずツッコんだ。


「それもあるけど…。ボクの命の恩人なんだから、たとえなつきでも悪いように捉えてほしくないだけさ」


 ゴイっちが不満そうに説明するのを聞いて思い当たった。


 あの時“幽霊アパート”から姿を消した後、私の夢にリンクしてきたゴイっちは「神様に助けられた」と話していた。あれは本当だというのか。


 しかし高良山まで移動させる力を持ちながら、負傷したゴイっちをあんな山奥の祠に放っておいたことがどうも引っ掛かる。


「ねえ、その神様ってどんな名前だった?」


「んっ…なんだっけな…難しそうな名前だったからよく覚えてないや…」


 私に聞かれてゴイっちはしどろもどろになった。何か隠していることはバレバレじゃん。


 やはりそうか、ピンク色の向こうにその神様の秘密があるに違いない。


 私は力を抜いて呼吸法を行ないながらピンク色に意識を集中した。


「やめろー!頼むからやめてくれー!」


 私はゴイっちの叫びを感じながら、どこまでも落ちていくのがわかった。


「何が起きたの!これって神様の罰が当たったていうこと?」


 しかし後悔はない。ピンク色を超えるからにはただではすむまいと覚悟していた。

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