高2女子がゴイサギとリンクしたら世の中が1ミリ動いた
ゆーしんけん
第1話 ゴイサギの中の私
福岡県の南部、筑後地方に位置する久留米市。大型ショッピングモールや映画館などが立ち並ぶ中心部から少し外れると筑後平野が広がり、背景に脊振山地や耳納連山が見える。JR九州新幹線や西鉄電車など交通機関も充実しており、市内を移動するにはバスが便利で高校生活を謳歌するのにもってこいの環境だ。
「今日も学校に行くバスで彼と一緒になった…」
と日記には書いておこう。
私は高校2年生の
中学生の頃はある芸能人に似ていると言われた。ファンがSNSに投稿したイベントの写真がバズってアイドルから転身した若手女優だ。始めはぱっちりとした目が似ているかなとは思ったが、私自身がその子を応援していたこともあって「推しに似た顔なんて精神的にムリ」と耐えきれず、その話題を拒絶することに決めた。高校に進学してからも友達ができなかったのはそんなイメージを引きづっていたからかもしれない。今ではすっかり陰キャが定着してしまった。
学校で過す時間は何の変化もなくて退屈だが、帰宅部なので放課後は自分の好きなことをやれるから気楽なものだ。夕暮れ前に家の傍にある小川の風景をぼんやり眺めるのが癒やしになっている。
茎や葉を伸ばして水面に生い茂るヨシのような植物と同化したように、じっとしているゴイサギの姿がお気に入りだ。ゴイサギはほかのアオサギやシラサギみたいに体型がスラリとしておらず、首が短くて肩をすくめたような恰好がペンギンのようでカワイイ。くちばしは黒くて大きく、頭から背中にかけて濃い紺色なのに、白くて長い羽が数本だけ伸びていてどこかカッコよさもある。
私は子どもの頃から家の前にある溝でジッとしているゴイサギを見つけては、追いかけて遊んでいたらしい。父親がデジカメで撮った写真を見せてもらったことがある。
まだ幼稚園に通い始めたばかりの私が走って追いかけようとする後ろ姿と見比べても、羽を広げて飛び立つゴイサギの方が数倍大きく感じる。羽ばたいたときは雄大に見えるのだ。
ゴイサギは夜行性と言われるが、明るい間は巣に籠もって眠っているわけではない。昼間でも夕方でも川辺でじっと獲物を待つ姿をよく見かける。
その日、私は水辺で獲物を狙うかのように肩をすくめて立ち続けるゴイサギを見て和んでいた。
ゴイサギの赤い目が何かに反応したように思えた瞬間、「あっ」と私が声を上げるのと「バシャーン」と川の水がしぶきを上げるのがほぼ同時だった。
空から狙っていたタカがゴイサギを襲おうと急降下したところ、私の視界に黒い影が入って「あっ」と叫んだため、タカは警戒してタイミングを合わせきれず川面に「バシャーン」と突っ込んだのである。
狩りに失敗して着水したタカは泳ぎが苦手なようで、大きな羽を広げて水に浮いた状態のまま、何度か力を入れてゆっっくりと羽ばたきを繰り返し、やがてふわりと浮いて飛び去っていった。
ゴイサギはタカの襲撃から危機一髪逃れてどこかに飛んでいったのだろう。すでに姿はなかった。
□家に来たゴイサギ
「なつきー居るのー?」
自宅に帰って、部屋でくつろいでいると、母がキッチンから呼ぶ声が聞こえた。
我が朱雀坂家は郊外の住宅地にある二階建て一軒家に住んでいる。
母親・
周りから「しーちゃん」と呼ばれているのは、田舎の祖父が若い頃にあべ静江のファンでよく聴いていたためそのニックネームに倣ってのことらしい。
昭和時代を中心に活躍した歌手なので、私はあべ静江をよく知らない。私から見た母は、敢えてたとえれば女優の石田ゆり子風なヘアスタイルが似合う。性格はおっとりしているが、怒ると怖い。
そんな母の夫、つまり私の父親はトラックの運転手をしていて、長距離の仕事が入ると留守がちになる。名前は
昭和に流行った柔道をテーマにしたドラマの主人公が「一条直也」という名前だったことから、職場の上司にニックネームをつけられたそうだ。ガッシリした体つきをしていて、髪型はスポーティーなソフトモヒカンなので、「柔道が得意」と冗談を言っても通用するだろう。ただ温和な人柄で妻(しーちゃん)には逆らえない。
私には5歳下の妹がいて、朱雀坂氷菓子という名前だ。氷菓子と書いて「シャーベット」と読む。ただキラキラネームの本名よりもニックネームで「パンちゃん」と呼ばれることが多い。小6にしてはませており、その辺のJKよりはよほどファッションやグルメに詳しい。近頃、姉の私よりも先に彼氏ができたようだ。
「しーちゃん」も「イチジョー」も「パンちゃん」も一風変わったニックネームだが、本人たちは気に入っているようなので問題はない。
私だけはニックネームらしきものはなく、今日も「なつきー帰ってるの?」と”しーちゃん”が心配するので「うーん、帰ってるよー」と答えといた。
玄関から入り、階段を上って二階の西側に私の部屋がある。といっても二階の北側はトイレと物置部屋になっており、私用の部屋は南西の位置にある。部屋の南に面してベランダがあり、そこから田園風景や山々が一望できる。西側にも窓はあるが、特に夏場は夕刻になると西陽が強いためカーテンを閉めがちだ。その代わり、天気がよければ夕焼けが美しい。
母は私が居ることを確認して安心したのか静かになった。夕飯の仕度に集中しているようだ。私はフローリングの床に敷いたい草ラグに寝転がって、スマホアプリでラジオを聴きながらマンガを読んでいた。すると、ベランダの方から「バサバサ」と大きな音がした。
驚いて音の方に目をやると、ベランダの手すりに大きな鳥がとまっているではないか。
私は直感した。
「え? もしかして、さっきタカに襲われそうになったゴイサギ?」
私は何をやっているのだろうか。ゴイサギに向けて日本語で話しかけるなんて、やっぱりマンガの読みすぎかもしれない。
しかし、ゴイサギは私が声を出しても怖がる風でもなく、逃げようともしない。肩をすくめてじっと見ている。
ゴイサギの顔をこれほどまじまじと見たことはない。人間でいう白目部分は赤というより濃い橙色で、黒目部分は大きくて丸い。
そうやって観察していると、ふと、ゴイサギも私を観察しているような錯覚にとらわれた。いや、錯覚などではない、このゴイサギは私を観察しているようだ。
「あなた、なんでここに来たの?」
一応聞いてみると、首をかしげるようにして私を見つめるゴイサギ。
ゴイサギの目を見つめる私。
私のことを見つめるゴイサギ。
「僕はゴイっち」
しゃべった!ゴイサギがしゃべった!私は陰キャをこじらせるあまり、おかしくなったのだろうか。しかし、誰かが話しかけてきた気がしたのだ。
「僕はゴイっち。ゴイサギ仲間の間ではそう呼ばれてるんだ」
「あなた、話せるの?」
私が問いかけると、答えが返ってきた。
「正確には、君の脳波に僕の波長を合わせて意思疎通しているんだけどね」
「じゃあ、テレパシーみたいなこと?」
「君たちはそう呼ぶみたいだね。とにかく、君の脳にある言語能力や知識を僕なりに応用して会話を成立させているのさ」
「めちゃ難しそうに言うけど、テレパシーってことね」
「それで君の気が済むならそうしておこう」
「『なんか凄いことになってるんだけど…』って今思ったことも分かるのかな?」と脳内で混乱していたら"ゴイっち"が横やりを入れてきた。
「そうそう、それでいい。それでいいんだよ」
「へー、思っただけで伝わるんだぁ」
私も声に出すことなく、ゴイっちと脳内で会話できるらしい。
その時だ。
「なつきー、ちょっと手伝って」
母が呼ぶ声がした途端、ゴイっちが羽ばたいた。当然と言えば当然だが、他の人間は警戒するようだ。
「“なつき”。とにかくタカから救ってくれてありがとう。ありがとう…ありがとう…ありがと…」
早くも私の脳内を探って音響効果まで覚えたらしく、心の声を残響させながら飛び立っていった。
□高校で起きた異変
私が通う「ラモ高」こと羅門洲高校は有名な歌手や俳優を輩出したことで知られる。医者の街だけに医大を目指す学生も多いが、密かに芸能界を夢見る者が少なくないのはその影響だろう。
2年C組は普通科で一見するとごく平均的な男女を集めたように思える。ただ、立花寺君枝のような優等生も紛れ込んでいる不思議なクラスだ。
「ラモ高」の女生徒の制服は最近めっきり減ってきたセーラー服だ。私はストレートの黒髪ロングなのでセーラー服のイメージと相まっておしとやかで清楚な性格に思われることが多い。おしゃべりが苦手な陰キャとしては好都合である。私の場合、スカートの丈は膝上10センチ程度で、地味でも派手でもない無難な感じだ。成績については伏せておこう。
一方、立花寺君枝の髪型はショート・ボブ。制服のスカートは膝丈を膝小僧の中央にきっちりそろえている。本人に聞いたところ、ヘアスタイルもスカート丈も活発に動けることを優先しているそうだ。塾に通っていないのに成績は学年のトップクラスをキープしており、英語はペラペラで、数学や物理、化学なども好きらしい。理系アレルギーの私から見たら「ガリレオか!?」と突っ込みたくなるような難解な数式を黒板にスラスラ書いて涼しい顔をしているのだから信じられない。硬式テニス部に入っているので、帰宅部の私と一緒に帰ることはほどんどないが、休み時間などに話しかけてくれる。
同じ町内に住んでいる君枝とはよく一緒に遊んでいた。私が陰キャになる前を知る数少ない一人だ。彼女にだけは中学生時代に「推しに似ているのは辛い」という陰キャになった理由を打ち明けた。すると自意識過剰だと呆れることもなく、こじらせ女子の気持ちを受け容れてくれたいい奴である。しかも周囲から変な噂を立てられないように配慮して、あまり頻繁におしゃべりしないところが君枝らしい。
「なつき。一緒に学食行かない」
昼休みに入ると、君枝が声をかけてきた。
「うん、行こう行こう。なんかB定とうどん食べたい気分」
「えー、そんなに!お腹いっぱいになっちゃうよ~」
二人でキャッキャと笑いながら、学食まで歩いた。
私は忠告に耳を貸さず、B定食と海老天うどん、君枝はA定食の食券を買った。
B定食は食べ応えがありそうなタンドリーチキンをメインにナン、サラダ、みそ汁というメニューだ。A定食は味がよくしみて美味しそうなさばの味噌煮、ほうれん草とハムのソテー、けんちん汁、白飯だった。
学食のおばちゃんが、食券を確認してそれぞれの料理をトレーに並べてくれた。
だが…私はトレーを手に持ったあたりから記憶がない。
「なつき!なつき!! どうしちゃったのよ! なつきってば!」
そんな君枝の叫び声が聞こえて、肩を揺すられるのを感じて、意識を呼び戻されるように我に返った。
見ると、学食のテーブルには食事の残骸が散らばり、セーラー服はソースやスープまみれだ。
君枝によると、食券を出すときにはすでに手が震えて様子がおかしかったという。
「怖かったんだよっ!トレーを持ってじっと見つめながら、テーブルについたと思ったら、ガツガツ食べだしてさぁ」
「たぶん、ほとんど噛んでなかったと思う。大ぶりなタンドリーチキンをそのまま頬張って、喉元を膨らませながら丸呑みしていたんだから」
「うどんも海老天も一緒に飲み込んじゃって、サラダとみそ汁をどんぶり飯にぶっかけてかきこむし」
君枝は私が正気に戻ったことでホッとしたのか、一気にまくし立てた。
頭がいいだけに、記憶力も描写力も見事だ。しかし、私にはまったく覚えがない。
君枝はまだ続けた。
「ようやく食べ終わったかと思えば、間髪をおかずに私のトレーにまで手を伸ばしてきたの」
「他人の食べ物まで手をつけたら、なつきが後悔するに違いないと思って、必死に力づくで止めたのよ」
そしてしゃべり尽くしたかのように「はぁーーー」とため息をついて脱力した。
学食には、2人を囲むように人だかりができていた。
放心状態の私は、まだ足取りがおぼつかないため、君枝につかまるようにして保健室に連れて行ってもらった。
□保健室の先生はアマゾネス
「どした?」
我が高校の養護教諭、いわゆる保健室の先生だ。君枝は部活で足を痛めたときお世話になったらしいが、私は今回が初めてである。
君枝から「学食で食べ過ぎてしまい具合が悪くなったので心配で連れてきました」と趣旨を説明したところ、南条先生は振り向きざま「朱雀坂七津姫。何で自分で話さない」と不愛想に指摘してきた。
身長はおそらく180センチ近くあるだろう。長くてスラリと伸びたしなやかな腕と、キレイに磨かれた爪が自然の輝きを発する指先が印象的だ。透き通るように白い指は少しピンクがかっていて血色のよさを思わせる。しかも、それぞれが意志を持つかのように存在感を放って隙がない。細すぎずアスリートのように引き締まった美脚を持ちながら、なおかつ出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでいるメリハリのあるプロポーションが白衣の上からでも想像できる。
南条歩希にまつわる、「魅力的なルックスと全体から醸し出す圧倒的なオーラによって、いつの間にか生徒たちに“アマゾネス”と呼ばれるようになった」という噂は本当だろう。
自意識過剰こじらせ女子を自認する私の中で、封印したはずの「推し」に対する情熱が顔を覗かせ、プライドが疼きだした。
「自分でも覚えてないんです。気が付いたらB定と海老天うどんをほとんど丸呑みしていました」
「君枝の分にまで手を出そうとしたそうで、君枝が全力で止めてくれたから助かりました」
ハキハキした声で聞いた通りを、ありのまま話してやった。
私のことをギロリと睨んだアマゾネス。
「ワハハハハハ。久しぶりに手ごたえがありそうな子が現れたね」
「で、今はどんな調子なんだ?」
アマゾネスが豪快に笑い飛ばして問診するので、明るさにつられて素直に答えた。
「それが、食べ過ぎた感じがするわけでもなく、お腹が痛いわけでもなく、もう大丈夫そうです」
「あなたはどう思うの?えっと…テニス部の立花寺君枝さんだっけ」
今度は君枝が素直に答えた。
「あの異常な食欲で、めちゃくちゃな食べ方をして、何ともないのが信じられません。おっきなタンドリーチキンを噛まずに丸呑みしたんですよ」
「そうか。友達としては心配だろうね」
アマゾネスは腕組みしながら思案すると、提案してきた。
「じゃあ、学校医をお願いしている病院の先生に連絡しておくから、保護者の方とも相談して念のために検査してもらうといい」
「はい…」
私としては検査などめんどくさいと思ったが、心配してくれる君枝の手前もあるし、何よりアマゾネスにこれ以上睨まれたくないので断れなかった。
□検査中の異変でゴイっちとの関係が深まる
家に帰って、母親に学校での出来事をやんわりオブラートに包むように話したところ、それでもえらく心配して検査を受けるように言われた。
「保健室の先生がそう言うんだから、胃カメラで調べた方がいいわよ」
母が病院と連絡を取って、胃カメラ検査の予約を入れてくれた。麻酔を使うため一緒に行くそうだ。
聖ダルム病院は健康診断や人間ドックを行っており、特に消化器内科は胃カメラ検査で定評がある。今回は麻酔薬を点滴で注射して、眠っている間に内視鏡を口から入れて検査する方法をとるという。
ベッドに寝かされると、専門医や看護師さんたちが点滴の準備をしながら「音楽が聞こえますか」と問いかけてきた。サザンオールスターズのような楽曲が流れていたので「はい。サザンお好きなんですね…」と答えようとしたときは睡魔に襲われていた。「麻酔ってすごい。こんなにすぐ眠るんだ…」と考えながら意識は薄らいでいく。
「なつき、なつき…」
夢の中で誰かが私を呼ぶ。
「僕だよ、ゴイっちだよ」
「え?ゴイっちなの! あんたねぇ!私になんかしたでしょ!?」
私は学食でのハプニングがゴイっちのせいだと薄々勘づいていた。何とか確認しなければと思っていたところ、夢で会えるとは渡りに舟だ。
「ごめんなさい。人間があんなに美味しそうなものを食べているとは知らなかったから、衝動を抑えられなかったんだよ」
ゴイっちが申し訳なさそうに詫びるのを聞いて、私はなおさらショックを受けた。
「ていうことは、タンドリーチキンを丸呑みして、うどんと海老天を一気に食べたのは、私の意志じゃなくてゴイっちが食欲を爆発させたっていうの?」
「そうなんだ。僕は獲物を捕まえられるチャンスがあれば、たらふく食べるようにしているからね。でなければ、次はいつ獲物にありつけるかわからないのさ」
「待って待って待って!私の体なんだから、勝手に脳内を支配して暴走させないでくれる!おかげで、こんな胃カメラ検査を受ける羽目になっちゃったじゃないの」
「本当に済まなかった。これからは気をつけるよ」
「これからはって、ずっと私の脳内を覗くつもりなの!?」
「覗くつもりとかいうレベルではないよ。僕となつきの脳はリンクしているんだ。言わばお互いに"魂”がつながっているようなものさ」
「ムリムリムリ!テレパシーだったら何か夢があるけど、魂がつながっているとか生理的にムリなんだから!」
「そんなこと言ったって、もうどうしようもないよ。僕は脳波をリンクさせることはできても、元に戻す方法は知らないんだ」
「いやよそんなの!どうしてくれるの!私の人生をむちゃくちゃにしないで!」
脳内で会話しているから夢のようで実感が沸かないものの、もし起きていたら私はきっと泣き叫んでいただろう。
「そうだ。なつきにもリンクの魅力を体感してほしいな」
「どうやって?」
「僕の目を見て、吸い込まれる感覚をイメージしてごらん」
私は半ばやけくそな気持ちで、ゴイっちのくりくりした目を見つめた。
するとふわりと軽くなった感じがした。夢の中だから当たり前のようでもあるが、なんかそれとは違う。
「え!何なの、何が起きてるの?」
「僕の心にようこそ。なつき」
ゴイっちに言われるが早いか、私は我が目を疑った。
「飛んでるの!空を飛んでるの!?」
鳥になったように大空を舞う感覚がして、眼下に広がる風景は見覚えがあるところばかりだ。
「ウチの高校やん。グランドも見える! あ、私んちだ、荒野川も」
「どう、これが本当の“鳥の目”で見た世の中さ」
「すごーい!でも、私が飛んでいるわけじゃないんだよね」
「そう、実際に飛んでいるのは僕だけど、僕の脳になつきがリンクすることで、自分も飛んでいるような感覚になれるんだ」
「ねえ、もっと高く飛べるの?」
「僕らゴイサギはあまり高く飛ばないし、遠くまでは行かない。何が起きるかわからないからね」
「そっかぁ、タカとかが狙ってるしね」
「言いにくいけど、人間だって油断ならない…」
そんなことをやり取りしながら、飛行を楽しんでいると「ビクッ」とした。
私の意識がゴイっちから離れていくのがわかった。
「目が覚めたようだね」
医師の声で、自分の中に意識が戻ったことを確認できた。
胃カメラ検査が終わり、麻酔もきれたようだ。
母と一緒に検査結果について説明を受けたところ、胃に異常はなかったという。
「ただ、気になることがあって…」
医師は言葉を濁しながら「この件はナーバスな問題をはらむ可能性があるので、一旦預らせてください」と煮え切らない。
「なつきさんの普段の生活や性格などを把握したうえで、判断しないと、誤解を招くかもしれません」
「養護教諭の南条さんに相談してみますので、少しお時間をください」
と言うのだ。
私も母もモヤモヤした気持ちで聖ダルム病院を後にした。
「まあ、胃に異常はないっていうんだから、ひとまずホッとしたわ」
母はそう言って元気づけてくれたが、私には一抹の不安がよぎった。
「ゴイっちのことに気づかれたんじゃないだろうな」
心の中で考えながら「ま、なるようになるさ」と気を取り直した。
私は“偉人の名言”にあまり興味を示さないのだが、愛読書であるマンガ『宇宙兄弟』に出てくる「悩むなら なってから悩みなさい」というセリフは胸にストンと落ちた名言の一つだ。
今回の場合は、ゴイっちの件がバレたかどうかわからないうちから「もし追究されたらどうしよう」と心配して悩むのはナンセンス。バレたときにはじめて「悩みなさい」と自分に言い聞かせた。
ところが、その不安が的中したばかりか、アマゾネスからとんでもないことを聞かされる羽目になった。
私は胃カメラ検査を行った翌日、高校の保健室を訪れた。呼び出したのはもちろん“アマゾネス”南条歩希である。
「朱雀坂七津姫さん。今日来てもらった理由は察しがついているわよね」
アマゾネスは前回よりも若干柔らかい物腰で聞いてきた。
「胃カメラ検査の結果は異常ありませんでしたが、聖ダルム病院のお医者さんから南条先生に何か相談があったということですよね…」
私は検査に関することを答えて、当たり前だがゴイっちのことには一切触れなかった。
「そう。私が何て呼ばれているか知ってる?」
「あの…その…何て言うか」
私がもごもご言っていると、自分から話し出した。
「ギリシア神話に出てくる勇猛な女武者の部族だとか、トルコの黒海沿岸に実在した女戦士軍団だとか言い伝えられている“アマゾネス”からつけられたニックネームなのは知っていた?」
「え、いえ、そこまで詳しくは聞いていませんでした」
「今でこそアマゾネスなんて言われてるけど、私も心が折れそうになったことは何度もあるのよ」
何か予想した展開と違う。アマゾネスがまさかのカミングアウトをはじめるとは思わなかった。
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