第27話(最終話) まさかの別れ
「1万人超えたわよ!」
私はその日、いつもより早く登校して教室に駆け込むや叫んだ。
「やったー!すごいじゃん」
「皆で頑張った甲斐があったわね」
「ねえねえ、ラモ高も注目されるんじゃない」
一致団結を思わせるクラスメイトの喜びように感激した。
署名ご協力のお願い「動物たちの山を荒らさないで。ゴイサギ大明神は怒っています」:ゴイサギ大明神を守る会(高2女子・夏と君)
オンライン署名で呼びかけた結果、目標に掲げた1万人を上回り途中経過で1万5千人となった。
「君枝、これだけ集まれば市議会も無視できないよね」
私は発信者「ゴイサギ大明神を守る会(高2女子・夏と君)」として名を連ねた相棒に同意を求めた。
「そうね。法的効力を持つ署名活動ならば有権者の50分の1以上の署名数が必要でしょ。単純に計算すれば6000人以上による署名でそれをクリアすることになるわ。今回のオンライン署名は法的効力を持たないけれど、1万人以上集まれば世論を代弁するものとみなされるはずよ」
君枝のお墨付きに気をよくした私はさらに続けた。
「あ、アマゾネスにも報告しなくちゃ。ラリホとビンちゃんにも。君枝はオダブンに伝えといてよ」
「そうね、次の休み時間にでも1のAに顔を出してみるわ」
私はその方がオダブンも喜ぶと気遣ったところ、君枝も素直に応じた。きっと1のAは“立花寺君枝”の降臨によって騒ぎになるだろう。
「ゴイっちにも経過報告しなけりゃ。私が放課後に行ってくるわね」
「ええ、ゴイっちの方はなつきに任せとくわ」
君枝は部活があるから時間がとれず、ゴイサギ大明神には私が一人で向かうことになった。
□ゴイサギ大明神は今
そもそもゴイっちを中心に、森の動物たちが人間に対する反乱を起こしたことがきっかけだ。
私は人間に迷惑をかけることは止めるよう訴えた。その際に署名活動で結果を出せば、動物たちも大人しくするということで合意したのだ。
本来ならばゴイサギ大明神の屋根にたくさんのゴイサギがとまっていた。しかし署名に協力するという人たちが祠を訪ねるかもしれない。そこで怖がらないよう一時的に占拠状態を解除してもらった。
「ごめんください。草野さん、いらしゃいますか~」
私はまず地主の草野五郎さんに挨拶した。草野邸の玄関を素通りして山を上るようなことはしない。
「おう、なつきちゃん。ようきたな。あの時以来か」
草野さんはゴイサギが占拠した祠を目撃した一人だ。
「ゴイサギ大明神はその後どうですか」
私は現状を知りたかった。
「一羽だけいつも屋根で見張っとるばい。たぶんゴイっちとかいうやつやろっ」
「そっかー。ゴイっちだったら大丈夫なので、ちょっとお参りしてきていいですか」
「もちろんよかよ。ゴイっちも喜ぶんじゃなかね」
草野さんとそんなやりとりをしてから祠まで続く山道を上る。
ゴイサギ大明神が見えてくると、大棟にとまっているゴイっちと目が合った。
「ゴイっち、この前は急なお願いを聞いてくれてありがとう」
まずは占拠状態を解除してもらった件について例を述べとくか。
「なつきの言うとおり、若者たちがたくさんやって来たよ。署名とやらを呼びかけるといって写真を撮ってたぞ」
高校生たちが訪れてゴイっちもご機嫌のようだ。今が報告する頃合いかもしれない。
「ゴイっち!その署名なんだけど。目標にしていた1万人を達成したわ。しかもまだ署名する人が増えているのよ!」
「じゃあ、もう人間がこの山を荒らすことはないんだね!」
「それは市議会に条例を作ってもらえたらの話だけど。署名活動は上手くいったんだから。約束したでしょ」
「まあいいだろう。森の動物たちは町から撤退させよう。ただし山を荒らす動きがあったらすぐ反乱を起こすよ」
「大丈夫。オンライン署名の力できっと条例を作ってもらえるから」
私がゴイっちに誓ったそのときだ。
「なつきちゃん。気をつけろ!」
遠くから草野さんが叫んだ。
□発砲
後ろを振り返ると、誰かが上ってくるではないか。
「ちくしょう!ゴイサギ大明神のせいで計画が台無しだ!」
顔を真っ赤にしながら鬼の形相で走ってきたのは堂園朝日だ。
「その女は猟銃を持ってるぞ。危ないから逃げろ!」
草野さんが警告したそのとき、堂園は銃口をゴイっちに向けた。
「きゃあ!」
「バスン」
私は悲鳴を上げながらも堂園を止めようとした。
「うう…」
流れ弾に当たって倒れたのは私ではない。
「あなた!なんでここにいるのよ!」
地面に倒れて呻いているのがコグレだとわかって思わず声を上げた。
「堂園の動きが怪しいからつけてきたら、このざまさ」
「バカ!この小説は誰も死なないのがとりえなんだから!しっかりして!」
「俺は一度ゴイっちを殺しかけたからな。その報いってところか」
コグレは微笑みながら目を閉じた。
「くそっ!思わぬじゃまが入ったわ。次は外さないわよ」
堂園朝日は散弾銃を構えなおすと再びゴイっちを狙った。
「やめて!ゴイっちが何をしたっていうのよ!」
もはや鬼と化した彼女の耳には私の叫び声など耳に入らないようだった。
「グワシャーーーン」
強烈な光と爆発音がして、一瞬何が起きたかわからなかった。
立ちこめた煙が薄れて視界が戻ると、堂園朝日が倒れていた。
そうだ、ゴイっちは大丈夫だったかしら。
「ゴイっち!どこにいるの!」
私は脳にリンクしようとしたがゴイっちは反応しない。代わりに聞き覚えのある声が頭の中に響いた。
「やれやれ、どんな調子でやっとるか見に来たからよかった。銃を撃つとは怖ろしいおなごじゃのう」
「道真公!道真公が雷を落としてゴイっちを助けてくれたのですね。ゴイっちは無事なんでしょ」
受験シーズンなので本業に集中したいとの理由から、ゴイサギ大明神をゴイっちに任せた菅原道真公。心配になって様子を覗きに来たところ騒動が起きたので咄嗟に雷を落としたという。
道真公はいつもより重厚な口調で続けた。
「なつきよ。ゴイチはよく頑張った。もういいじゃろう。そろそろ普通のゴイサギに戻してやらぬか。そなたも普通の女子高生に戻るがよい。ピンクの部屋も削除しておくぞ。ではさらばじゃ」
「え、どういうことですか道真公?ゴイっちとはもう会えないの?道真公ってば…」
私は必死に脳内交信を試みたが、何の応答もなかった。まさかこんな形でゴイっちとの別れが訪れるなんて…。
□高2女子のとある休日
ゴイっちとの交信が途絶えて1か月ほど過ぎたある日のことだ。
「なつき、たまには博多の街に繰り出してみない」
君枝が珍しく遊びに行こうというのでつきあうことにした。
きっと私がゴイっちと別れて寂しい思いをしているから、元気づけようと気遣ってのことだろう。
博多に行くとあって、2人ともいつもよりファッションに気合いを入れた。
久々に訪れた駅のショッピング街はすっかり新しくなっていた。高2女子としてはそれだけでテンションがあがり、ウキウキしながら見てまわった。
ふと気づくと一角に長い行列ができているではないか。
ブックセンターの前にカラフルで大きなのぼりが立っている。
『大浜カノン 初エッセイ発売記念 サイン会』
私は直感的にここに来た理由を察した。
「君枝ってもしかしてわかってたの?」
「まさか、いくら私でもそこまでは無理よ。ピンクの部屋でゴイっちが教え絵くれたの。なつきのトラウマの原因はアイドルに言われたひと言だって」
「ゴイっち…そこまで私のことを考えてくれてたんだ…」
私は胸がジーンとした。
「さあ、行ってきなさい。そして悩み続けたことを洗いざらい聞いてもらうのよ。はいこれ」
君枝は大浜カノンの初エッセイを3冊も手渡した。それだけ話す時間がとれるように配慮してくれたのだ。
「うん。ありがとう君枝。行ってくる」
私は意を決して行列に並んだ。少しずつ順番が近づいてくると、大浜カノンが私を見つけて驚いた顔をしたのがわかった。そして微笑んでくれた。
「もう大丈夫。今の私ならばきっと言える。あなたがあのとき『私とは違う。私には似てないよ』と言ってくれてよかった。ありがとうと」
□懐かしい写真(エピローグ)
大浜カノンからサインをもらえた感激を土産に帰宅した。
すると母がリビングにアルバムを持ってきた。
「押し入れを片付けてたらさ、こんな懐かしい写真が出てきたのよ」
妹が覗き込んで笑い声を上げた。
「えーこれ誰?私じゃないよね、お姉ちゃんの小さいときなの?ウケる。アハハハ」
それは私が幼稚園のときに自宅の前で父に撮ってもらった写真らしい。
「懐かしいなぁ。お父さんがデジカメで撮って、写真屋さんでプリントしてもらったやつだ」
「へえ、昔はそんなことしてプリントしてたんだ。めんどくさそう」
妹は私の写真にはすぐ飽きて、そっちの話に興味を持った。
私は自分の幼稚園時代を思い出そうと、1枚1枚しっかり確認していく。
するとその中の1枚を見て手が止まった。
「ああ、それはなつきが側溝にいたゴイサギに近づいたときに、飛んで逃げる瞬間をとらえたんだ。レアショットだね」
父が自慢げに話すのを聞いても私は当時のことを思い出せない。
ただ、そのゴイサギからゴイっちととてもよく似た何かを感じた。
「大きくなったね、なつき」
そんな声がどこからか聞えたような気がした。私は心の中でこう返した。
「ありがとう。ゴイっち」
完
高2女子がゴイサギとリンクしたら世の中が1ミリ動いた ゆーしんけん @koedano59
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