9-3.映画デート




「クレープ、食べたいの?」



「えっ!? はぁ!? ん、んなわけねぇだろ! あんな女っぽい食べ物!」



 食べたいんだ。



「......テメェ、なに笑ってんだよ」



「笑ってないよ。別に男も食べるでしょ? てか自分も食べたいし」



「まぁ、お前が食べたいなら仕方ない。付きやってやってもいいぞ!」



「ありがと。じゃあ買おっか。すいませーん、バナナクレープ下さい。それと......」



「.........スペシャル」



「え?」



「いちごスペシャル!」



 キッチンカーにデカデカ貼られたメニューを読み上げたたくみの頬がほんのり赤い。



「はいよ! お嬢さん、運がいいね! 今日はこれが最後だよ!」



「む。そうか? それは、嬉しいな」


 

 ーーなんて言うか、会長がたくみにシャバの世界を体験させたい理由がわかった気がする。


 こうやって女の子の格好して微笑むたくみは同年代の女子と何ら変わらない。



 世界一のヤクザになる。



 たくみの夢を否定する気はない。



 だけど、極道に生まれたからって極道として生きる必要はない。



 会長はこういうたくみの姿を知っているから自分に世間を経験させて欲しいとお願いしたのかもしれない。



 極道じゃない生き方もありなんじゃないか。



 そういう選択肢を増やすために。



「はいよー! バナナクレープといちごスペシャルねー! 今後ともご贔屓ひいきに!」



「おおっ! 美味そうだな!」




 受け取ったたくみの瞳が子どもみたいに輝いている。


 数分前にあんな女っぽい食べ物って言った同一人物とは思えない。




「んだよ? ジロジロ見やがって」



「いや、なにも。たくみってひょっとして甘い物好きなの?」

 


「は、はあっ!? どうしたらそうなる!?」



「えー......や、どうっていうか......」



「うわぁああああーん!」



 たくみの発言にどう答えようか考えていたら、不意に背後から女の子の泣き声が聞こえた。



「あ......」



 転ぶ女の子。そして地面には無惨むざんなクレープ。



「おい大丈夫か?」



 少女に迷いなく駆け寄ったたくみが少女に手を差し出す。



「泣くな。立てるか?」



「.........うん」



 ぐしぐし顔をぬぐった少女がたくみの手を掴んで立ち上がる。



「お? すぐ泣き止んだ。偉いじゃないか。そんなお前にはオレのクレープをあげよう」



「いいの!? ありがとうお姉ちゃん!」



「いいよ。もう落とすんじゃないぞ」



 笑顔で走り去る女の子に手を振るたくみ。



「よかったの? あのクレープさっき最後って......」



「そういえばそうだったな。まあいいさ。また今度食べれば」



 あーあとわざとらしい声を上げて伸びをしたたくみがイタズラっ子みたいな表情を向けた。



「当然付き合ってくれるだろ?」



「......うん」



「はぁー、ほんとに素晴らしいですわ」



 耳障りな甲高い声と乾いた拍手。



 声のした方ーーそこにいたのは派手なレースが装飾された黒い傘を差す1人の少女。



 日傘のせいで表情はわからない。



 腰の辺りまで伸びた長い黒髪、淡いピンクのブラウスとフリルのあしらわれた黒のスカート。


 いわゆる地雷系ファッションというやつだろつか。


 

「億越えのの借金拵こしらえた奴が、クレープ片手に優雅に公園デートとはいい身分ですわねぇ」



「え?」



「初めまして。私、朱雀会すざくかいの若頭を務めさせて頂いております、不死川茜ふしかわあかねと申します。鹿山勇人、あなたの飼い主よ」



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