9-1.映画デート
絶句。
初めてこの言葉を作った人はきっとこんな心境だったんだろう。
「......わりぃ。遅くなった」
龍鳴会の最寄駅から電車で2駅。
駅に
「おい、どうした?」
「や、そ、その格好......」
「あー、これか?」
淡い水色のフリルの付いたワンピースに白のサンダル。
普段後ろで縛っている髪は下ろされ、たくみの動きに合わせて肩の辺りでふわふわと揺れている。
「......やっぱ変か?」
「そ、そんなことないよ! そのぉ......」
ダメだ。
いつものボーイッシュなたくみとはかけ離れた姿に上手く舌が回らない。
くそ......か、可愛すぎる......
「クソ、辰のヤロォ......帰ったらまた血祭りにしてやる」
ベキボキとたくみの指から不吉な音が聞こえてふと我に返る。
なにやってるんだ。今日はたくみの映画館デビューの日。少しでも楽しんでもらえるように、しっかりエスコートしないと!
高鳴る心臓と落ち着けて気合を入れる為に頬を叩く。
「ご、ごめん! ちょっと気が動転してた」
「あ? なんでだよ」
「な、なんでもだよっ! と、とにかく行こう! チケット買わなくちゃ!」
薄暗い空間。甘い香り。
壁に張り出された映画のディスプレイに照らされたたくみの横顔は楽しげで、その独特の空間を物珍しそうにキョロキョロ見渡している。
「なんか気になるものあった?」
「この甘い匂いはなんだ?」
「ポップコーンかな?」
「ポップコーン?」
「ほらあれ」
指差した先ーー暗がりの中でもはっきり目立つフードコーナーに並ぶディスプレイ。
そこには定番の塩やキャラメルはもちろん、いちごミルクやメロンクリーム、中にはブルーハワイといった変わり種もある。
甘いものがそこまで得意じゃないので、見てるだけで胸焼けしそうだが、たくみは違うようだ。
「う、美味そうだな......」
「たくみ、甘いもの好きなの?」
「はあっ!? バッ......ち、ちげぇし!」
「よかったらなんか買おうか?」
「えっ!? .........ふ、ふんっ! 別にいいよ! あんな甘ったるそうなやつ! ぜってぇ口に合わねぇし!」
腕を組んでそっぽを向くたくみ。
素直じゃないなぁ。
「そっか。じゃあさ、2人で1個買わない? ちょっと食べたいんだけど、1人じゃ食べきれそうにないし」
「.........まあ、そういうことならしょうがねぇ。協力してやってもいいぞ」
「はは。ありがと。えっとじゃあ味は......」
「いちご」
「え?」
「いちごミルクだ!」
腕を組んだまま再び正面を向いたたくみの表情は満面の笑顔だった。
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