第12話:千円拾ったら世界を救うことになった男の前世

 ――あなたの死因は、「善行」と言えるでしょう。

 ただ、その「数多の善行」は「1つの命」よりも、はるかに重いものだったのです。


 始まりはそう、千円札を1枚、拾ったことでしたね。


 幼い頃から、母親の書いた小説に登場するようなヒーローに憧れ、本気で自らを律して鍛えていたあなたは、その日の夜も走りこみをしていました。

 毎日、毎日、大したものです。


 さて、その途中であなたは千円札を拾ったわけですが、それを見ていた不良中学生3人に絡まれてしまいました。

 3人は「その千円札はオレたちが落とした」と主張していましたが、あなたは「証拠がないから警察に届ける」と突っぱねましたね。

 本当に正義感の強い中学2年生です。


 結果、ケンカになってしまったわけですが、武道を習っていた上に実戦的な訓練をしていたあなたは、3人を1人で圧倒してしまいます。

 一発も食らわずに、相手をあしらい威圧して追いかえすなんて、かなり強い学生さんだったのではないですか?


 ところが、それでは終わりませんでした。


 あなたはその3人が属していた不良グループに、狙われ始めてしまいます。

 強いあなたは返り討ちにしていましたが、気がついたら不良グループ同士の抗争に巻きこまれていましたね。

 さすがのあなたも苦戦することはありましたが、いくつかの友情を芽生えさせながら、いくつもの不良グループを潰して戦い抜いていましたっけ。


 さらに高校生の暴走族グループまで加わり、最後は日本を二分した関東と関西の最大グループ同士の頂点戦争とやらに巻きこまれてしまう展開には驚きました。

 結局、頂点をとってしまうのもすごいですが、すぐにそれを譲って身を退いたのもあなたらしいです。


 ここまででも、きっと普通の人から見たらとんでもない話でしょう。

 しかし、あなたの波瀾万丈な一生の中で、それは始まりにすぎませんでした。


 ケンカに巻きこまれながらも、あなたはきちんと勉強して、そこそこの高校に合格。

 平穏な日々が戻るかと思いきや、あなたは千円札を拾ったときに絡んできた元中学生3人が死んだニュースを見かけます。

 さらに、その先輩の暴走族グループの男も……。


 そういえば、その時に思いだしたんですよね。

 あまりにいろいろあって、拾った千円札を大事にしまったままにしていたことを。


 あなたはそれを近くの警察署に届けますが、そこでたまたま知り合った警部さんと、部下の刑事さんにそれが偽札だったということを知らされます。

 そこからなぜか偽札事件に巻きこまれ、その偽札があるマフィアの資金作りに使われていたものだということがわかります。

 そしてマフィアに利用されていた暴走族グループから、誤って偽金が流出してしまったのだろうということも判明します。


 いろいろあって顔が知られ、マフィアに襲われるようになったあなたは、頼りにしていた警部さんが殺されてしまうも、ひょんな事から知り合った昔気質のヤクザに助けられました。

 そのヤクザの親分の家に、たまたま滞在していた、拳法の達人に気にいられて技を習うことになり、あなたは戦い抜いていく力をつけ、マフィアの抗争に決着をつけることができます。

 あなたの戦う力は、この時点でかなりのものだったのでしょう。


 しかしその直後、CIAと公安が接触してきます。

 あなたが潰したマフィアは、某国が裏で糸を引く大規模な組織の末端で、目的は軍事力強化のための資金集めでした。


 高校を卒業しても、あなたはトラブルの渦中から逃げられておらず、それどころか深く関わって某国のエージェントからも命を狙われることとなり、公安の非公式民間協力者として立ち回ることになります。


 ああ。このあともあなたは、とんでもないことに巻きこまれていきますね。

 もう長くなったので省きましょう。


 ともかく最後は、世界に戦争の火種を巻こうとする狂気的な某国将軍の企みを潰し、世界規模の核戦争を阻止することに成功したのでした。

 もし、あの核戦争が勃発していれば、結果的に人類は滅んでいました。


 逆に言えば、あなたはことになります。


 ただ、その作戦の最後で仲間を逃がすため、あなたは命を落としてしまうことになりました。

 40才半ばで人生……前世を終えたのです。


 だから、あなたはここにいるのです。

 多くの偉業をなした前世を糧とし、わたくしの世界で12の魔王たちを殲滅する最強の救世主として転生するために。


 ……なのに、あなた、来世で何になりたいと仰いましたか?


 こう言っては安っぽく聞こえますが、わたくしの世界はあなたたちの言葉で言えば、よくあるファンタジーゲームみたいな世界です。

 は成り立たないと思いますし、ましてやあなたに与えられる大いなる【救世くぜふくいん】が無駄になりますよ。


 せっかくの最強の力が……え? いらない?


 お願いですから……ちょっと考え直してくだ……だ、だめですか?


 ああ、マジですか……――。



 ナイトこと【営野 一泊】を転生させるとき、こうして天使エルミカはあきらめた。

 そして内心で、こっそりと方針転換を謀ったのである。




――サイト1(完)

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