第21話:魔氣の炎を打ち破るのは……
「このコルマン、簡単にやられはせんぞ!」
最後の気力をふりしぼり、コルマンが立ちあがる。
そして剣を上に振りあげると、従士たる6本の剣と盾が前に並ぶ。
「喰らうがいい、我が最大の神術! 【六界の神罰】!」
コルマンは剣先を左手に持つ盾に当てた。
すると、光を放って盾は円形の刃と化し、剣先で高速に回転し始める。
その動きに完全同期するように、従士たる剣と盾も一体となる。
従士はコルマンの回転する盾の周囲に並んだ。
〈――死ね!〉
魔氣の炎を上げて魔王【フーエル・リール】がそう告げ、炎の塊となって突撃してきた。
その頭をコルマンの攻撃が受けとめる。
回転する刃が魔王にダメージを与えているのかどうかはわからない。
だが、魔王の突進はそこで止まる。
(……すごい……)
ロコはその光り輝くコルマンの剣と盾の技に目を奪われる。
魔王の魔氣でできた炎を斬り裂きながら、あの巨体を押しとどめているのだ。
このようなすごい威力の神術など見たことがない。
「くっ……」
しかし、その均衡はすぐに崩れた。
コルマンの精神も肉体もすでに限界だったのだ。
「おまえたち早く逃げ……」
コルマンの膝がまた崩れる。
もう今度こそダメだ。
ロコがそう覚悟した……その刹那だった。
突如、一条の炎が魔王を横から襲った。
激しい衝突音が鳴り響き、その直後に風を斬り裂く音が響く。
その衝撃で、魔王の顔は完全に真横に向く。
たぶん、この時点で魔王の意識は失われていただろう。
しかし、攻撃は容赦がない。
魔王が倒れる前に次から次へと炎の閃光が飛来し、魔王の胴や脚を打ちのめしていく。
「…………」
白目を剥いた魔王は、悲鳴さえもあげることができなかった。
真っ赤に燃えあがっていた炎が全て消え去る。
そしてその巨体は横倒しになる。
ズンッと、大きな音と共に震動が地面を伝わってくる。
「…………」
誰も動けなかった。
何がおきたかわからなかった。
それは子分の狼たちも同じで、わけがわからずそのまま動きをとめている。
「い、いったいなにが……」
ロコがとまどっていると突如、彼女の横の方にダンっという大きな音が鳴る。
何事かと見ると、そこにはどこからともなく現れた、ひとつの人影があった。
その人影は、聞いたことのある声で明るく話す。
「いやぁ~。すいません。急いで跳んできたのですが、まだ近くにいらっしゃってよかった」
それは場の雰囲気にはあわない作務衣という服を着た、爽やかな笑顔を見せる青年。
【天使の原キャンプ場】の管理人であるナイトだった。
彼はニコニコと笑みを見せながら、ゆっくりと全員のところに近づいてくる。
「皆さんご無事なようで何よりです。しかし、うちのエミがすいません。なんでもサモス様ご一行に、メンバーズカードをお渡しするのを忘れていたとかで。商売根性丸出しの彼女が忘れるとか初めてなんですが……」
そう言ってナイトは、ロコに向かって【天使の原キャンプ場メンバーズカード】と書かれた、天使の羽根が背景にあるカードを渡してきた。
ロコはわけもわからないまま、それを受けとる。
「まあ、
ナイトはそう言って、倒れた魔王の巨体を見つめた。
「いいように使ってくれるよなあ、あいつ……」
そして、大きく肩を落としてため息をつく。
いったい何がなんだかわからず、ロコは茫然自失となったままだった。
「おい、オーナー!」
そんな中で最初に口を開いたのはサモスだった。
彼は魔王の巨体を指さす。
「あ、あんたが……あんたが、あれをやったのか!?」
「ああ。あの犬? いや、大きな狼ですかね。なんか皆さんが襲われていたので、蹴り飛ばそうかと思ったのですが、全身燃えていて熱そうだったじゃないですか」
「蹴りとばそう……熱そうって……そういうレベルじゃ……」
「で、とりあえず近くに行こうとジャンプしたんですけど、なんかコルマンさんが危なそうになったので、こりゃぁ間にあわないなぁと思って。急いでなんか投げつけるかなと思ったんですけど、空中だから周りになにもないわけですよ」
「お、おお……」
「で、何か投げるのに手頃な物がないかなと考え、とりあえず薪の束を投げつけました」
「そうか。薪を……って、ちょっと待てい!」
「はい?」
「空中でなんで薪の束を……あ、背負っていたとかか?」
「いえ」
「5~6回投げていたよな!? そんなに手に持っていたのか!?」
「持っていたわけでもないのですが……ひょいと?」
「意味わかんねーよ! ってか、投げたのは薪の束じゃねーだろうが! 炎の玉が尾を引いて飛んできてたんだぞ!」
「ああ。なんか思いっきり投げたら、途中で燃え始めました。摩擦熱ですかね」
「そんな簡単に燃えるか! どんだけ速く投げたんだよ!?」
「うちの薪は、よく乾燥させていますから燃えやすいですよ」
「そういう問題じゃねー! だいたい、燃えている薪が燃え尽きる前に、あの炎の身体の本体に辿りつくってどういうことだよ!?」
「……広葉樹だから硬かったんじゃないですか? 焚き火やっても長持しますし」
「そんなんで納得いくか! 見ろ! コルマン公爵を!」
サモスがさっきまで雄々しかったコルマンを指さす。
しかしそこにあった姿は、すっかり腰が曲がった老人らしい姿だ。
「ママママ……マスターシリーズが……我が家宝が……わ、我が奥義が……ままま、薪に……ただ投げただけ……まままま薪に……」
「見ろ! ショックでボケちまったじゃねーか!」
「ボケとらーん!」
ボケていなかった。
「ってかなんでよりにもよって薪なんだ! あんた腰のバッグに鉈やハンマー、それにペグとかいう杭ももってるじゃんか!」
そう言って今度は、サモスがナイトの腰を指さす。
確かにナイトの腰にはベルトで鞄がつけられており、その周りに鉈とかハンマーが下げられていた。
「ああ。テントを立てている途中だったのでつけたままでした」
「なら、それを投げたらよかったじゃねーか!」
「いやいや。鉈とかハンマーとか投げたら危ないですよ。ペグも投げるものではありません。キャンプギアをなんだと思っているんです?」
「薪も投げるもんじゃねーし、危ねーよ!」
惚けるナイトに、混乱して興奮気味のサモスがいいようにあしらわれる。
「まあまあ、待て待て」
それをとめたのは、あっというまに立ち直ったコルマンだった。
さすがは歴戦の猛者、立ち直るのも早い……などとロコは思うが、口にはださないことにする。
なんか余計にこじれそうな気がする。
「とにかく助かった、オーナー。礼を言う」
コルマンがナイトに頭をさげる。
それはとんでもないことだ。
公爵の地位にあり、救世主でもあるコルマンが頭を垂れるなど国王以外に考えられない。
「…………」
慌ててサモスも頭をさげる。
もちろん、ロコも他の2人も追従する。
コルマンが頭をさげているのに、自分たちが下げないなどありえない。
それに感謝しているのは本当だ。
今までも何度か危ないことはあったが、今度こそ死を覚悟していたのだ。
「きちんとした礼は後ほど改めてさせてくれ。今はそれより、やることがある。子分の狼どもは親分がやられたせいか逃げていったが、森の火事はこのままだと広がってしまう」
今は踏み荒らされ焼かれた畑のあった場所にいるが、確かに横では轟々と炎を上げて森が燃えている。
魔物がいなくなっても、このままでは森が全焼して、森が元の姿を戻すのに多大な時間がかかってしまうだろう。
「でも、なんとか……と言っても……」
ロコは水を扱う神術が使える。
だが、この規模の火事を消すほどの力はない。
サモスは炎を生みだし扱うことができるが、出ている炎を消すことはできない。
ここにいる人数で消すことは不可能なほど、すでに炎は広がってしまっていた。
「ともかく森の反対側に行き、延焼を防ぐために伐採して被害を最小限に食い止めるのだ。オーナー、あなたにも手伝っていただきたい」
コルマンの真摯な願いに、ナイトはかるく笑って返す。
「そうですね。お得意様のお願いですし、森を失うのは忍びない。……なのでとりあえず、ここはキャンプ場にしましょう」
「……は?」
さすがのコルマンも、ナイトの意味不明な言葉に呆気にとられる。
「どうせこの近くには人はいないでしょうから、どーんと広いキャンプ場にしますか」
「なんでそうなる!?」
サモスの突っこみも、ナイトは気にとめない。
周りを無視して、片手を高々と天に向かって突きだした。
「キャンプフィールド展開! モデル・芝生サイト!」
とてつもない神氣の波が、金色の光となってナイトから広がっていく。
それは今まで感じたこともない強い意志をともなっている。
否。意志と言うよりも従わざるを得ない天命。
しかし、それに嫌悪感は感じない。
むしろ、優しく包まれるような温かさがある。
その温かさに包まれた空間は、一瞬で変容していく。
荒れた畑も、燃やされた木々も、燃えさかった炎もそこにない。
焼けた木の匂いも、淀んだ魔氣も、魔物の死体さえも残らない。
「――ここをキャンプ場とする! 場内の存在は強制チェックイン!」
彼がそう宣言したとき、すべてが緑が映える芝生の大地に変わっていた。
神氣が満ちた、【天使の原キャンプ場】と同じような風景が広がっていたのである。
「なっ……なんだこりゃ……」
「無茶苦茶だろう……」
「うそでしょ……」
誰もが驚く。
「まさかここまでとは……」
コルマンでさえ、あまりのことに口を開けてポカンとしてしまう。
(これ、結界とか別の場所になったとかじゃない……創り変えたっていうの!?)
ロコは目の前で起きた奇跡に、またもや呆然としてしまう。
このナイトという男は、どうしてこう何度も何度も驚かせてくるのだろう。
「ってか、ちょっと待て! こ、これ、あんたがやったんだよな!?」
我に返ったサモスが、また突っこんだ。
それに対して、ナイトが「はい」と事もなしに返事する。
「はいじゃねーよ! 肝心の森まですべて消えてるじゃないか!」
確かに目の前に広がっていた森が一切なくなって、きれいな芝生が遠くまで広がっている。
「まあ、とりあえず細かいことは置いといて……」
「『森を失うのは忍びない』って言っていたのに、それを細かいことにするってのはどういう了見なんだよ!」
「まあまあ。何事も順番というものが――」
と話している最中だった。
空から「おーい」という声が聞こえてくる。
「……なっ、なに?」
ロコが上を向くと、上からヒラヒラとした黒い影がすごい勢いで降りてくる。
それは自分たちの横の地面に近づくと、急激に速度を落としてふわりと着地した。
「な~にやら、楽しそうなことをしているではないか!」
にやりと笑う黒髪の美女。
魔王【ティーア・マッド】であろうティーア、その人だったのである。
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