第11話:キャンパー

「こんなあっけなく魔王の数が減るなんて……。そう言えばこれ、どう報告しますか?」


 スタンレイがスノピナに苦笑しながら尋ねてきた。

 すっかり日が落ちてから食事をすませた後、スノピナは焚き火を見つめながら小さくため息をつく。

 彼の問いに、スノピナとて答えをもっていない。


「ナイトさんには、自分が魔王と戦ったことは、秘密にしろと言われていますしね……」


「天使界に迷いこんだせいで死んでしまった……とかでいいですかね」


「雑ですが、もう面倒なのでそれでいきましょう」


「ですね」


 スノピナはスタンレイと話ながらも、昼間にあった非常識な展開を思いだしていた。


 それはナイトにズタボロにされては復活しを繰りかえし、ついには精神力が尽き果てて意識を失っていた、魔王【ティーア・マッド】が目を覚ましたときのことだ。


「なっ、なんだ、これは!?」


 魔王は魔王らしからぬ悲鳴のようにそう叫んだ。


 さもありなんと、スノピナも思う。

 なにしろ、魔王には銀色の立派な首輪がかけられていたからだ。


 それはナイトが作りだしたものだった。

 この首輪をつけられている限り、魔王はナイトに逆らえなくなるという法が定められているらしい。

 加えて、首輪には【魔氣】と呼ばれる、魔物の力の源の吸収を妨げる力があるらしい。


 通常、魔物は空気中にまぎれている魔氣を体内に取りこむことで力としている。

 ただし、魔王は体内にある魔王格で魔氣を作りだし供給することができる。

 つまり、体内と体外の両方から魔氣を補充することで、強い力を発揮する。


 ところが、この天使界に神氣はあれど、魔氣など存在しない。

 さらに魔王【ティーア・マッド】は、魔王格から補充が間にあわないほど魔氣をナイトとの戦闘で使わされ、その代わりに体内には、天使界に満ちる神氣が流しこまれてしまったのだ。


 結果、魔王は魔氣を増やすことができなくなるどころか、その大量の神氣により魔王格も機能不全に陥っているらしい。

 その影響で、体を竜の姿に戻すことさえできなくなっていた。


「お前は今日から、このキャンプ場のペット兼従業員のティーアな」


「なんだと! この我を誰だと――」


「疾く滅ぼされるより、マシだとは思うぞ?」


「ぐぬぬ……」


 こうして十二魔王で三強の1体は、キャンプ場で飼われるペット兼従業員になってしまったのである。

 この結果は、スノピナとスタンレイにとっては予想だにしなかったものだが、たぶんエルミカはこうなることをわかっていたのだろう。

 スノピナはそんな気がしていた。


「まさか彼の魔王【ティーア・マッド】が、こんな所で薪割りさせられたり、店番させられたりしているなんて言っても、誰も信じてくれるわけないだろうからなぁ」


 スタンレイの言葉で、ナイトに命令されて日中から肉体労働をするティーアの姿を思いだし、スノピナは少し吹きだして笑ってしまう。


「確かに。ともかく、魔王の脅威が少しでも減ったのですから良しとしましょう」


「ええ。……でも今、実感しましたよ。スノピナ様からお聞きした、ナイト殿の言葉を」


 スタンレイは焚き火に薪を入れながら、大きくため息をついた。


「オレは、確かに思ってしまっているんです。ナイト殿がいればオレたちなんて必要ないじゃないかと。魔王をこの地に招き入れれば、あとは全部ナイト殿がどうにかしてくれるのではないかと……」


「わたしも……そう思ってしまいました。そして、確かにそれで平和が訪れることはまちがいないでしょう。しかしそんな彼の姿は、最初こそ希望ですが、すべての魔王が斃されたとき、今度は恐怖や虚無の象徴になるのかもしれません」


「ええ。どんなに努力してもあの境地に辿りつくことはできないでしょうからね。……でも……」


 一拍の沈黙の後、スタンレイが椅子から立ちあがった。

 そして拳を握りしめながら、星々がきらめく天を仰ぐ。


「オレ……強くなりたいです!」


「それは、わたしもですよ」


 スノピナも立ち上がり、決意を新たにするスタンレイに深くうなずく。

 自分とてこのままではいられない。

 辛いことも多々あるけど、こうなればナイトの言うように楽しみに変えてやる。

 平和で笑う人々の喜びをナイトの力に頼って得てどうするというのだ。

 自分の力でつかみ取ってこそのものではないか。


「わたしも、もっと強くなります!」


「ならば、またこのキャンプ場に来てください」


 唐突に背後から女性の声が聞こえた。

 体をビクッと震わせて、スノピナとスタンレイは同時に振りむいた。


「こ~んばんは~」


 暗闇の中に、顎の下から照らされたような顔だけが浮いていたのだ。


「きゃあぁぁぁぁ!」

「うわあぁぁぁっ!」


 スノピナとスタンレイは同時に悲鳴をあげる。

 そのまま2人は、そろって尻もちをついてしまう。


「あらあら。驚かせすぎましたかしら」


 そういった首だけ女は、エミだった。

 彼女は、LEDライトという火も神術も必要なく明りを灯す、小さな棒状のキャンプギアで顔を下から照らしていたのだ。


「びっ、ビックリしましたよ! やめてください、エルミ……エミ様!」


 スノピナは思わず天使に文句を言う。

 まさか天使様がこれほどお茶目だとは思いもしなかった。


「ごめんなさい。人の身になったせいか、理性の箍が弱くなっているのかしら。悪ふざけがすぎましたわ」


「い、いえ……。と、ところでなにか御用ですか?」


 尻もちをついてしまったスノピナとスタンレイは、小恥ずかしいのを隠すため、顔を下に向けたまま、尻と手をはたきつつ立ちあがる。


「強くなりたい……そう言っていましたね」


 先ほどまでの軽いのりではなく、重みを感じる声でエミが尋ねてきた。

 スノピナは、その言葉にゆっくりとうなずく。


「ならば、またこのキャンプ場にいらっしゃい」


 そう言いながら、エミはスノピナに向かって何かをさしだした。

 焚き火の明りとLEDライトの小さい明りの中、手元がよく見えないがスノピナはそれを受けとった。

 それは、掌に収まるぐらいの2枚の小さなカード。


「……なんですか、これ?」


 問いに対して、ミカがLEDライトで手持ちのカードを照らしてくれた。

 そこには「メンバーズカード」という言葉が書いてある。」


「これはこのキャンプ場のメンバーズカードす。このカードを使えば、このキャンプ場への界門がどこからでも開けます」


「ほっ、本当ですか!? 自由に天使界に来られるということですか!? こんなカードだけで……」


「わたくしが嘘を言うとでも?」


「い、いえ。申し訳ございません。疑ったわけではなく……」


「ふふふ。別に怒っていませんよ、お客様」


 少し楽しそうにエミが笑う。


「このカードで開いた界門は、このカードに名がある者と、その者が認めた者しか入れません。なので、あなた方がこのキャンプ場を紹介してもよいと認めた方がいれば、ぜひ一緒にお連れください。ただし、その門は7日に1度しか開けませんし、開いた門は3日で閉じてしまいます」


「この裏のマス目はなんでしょうか? 1つだけスタンプが押してありますが……」


「これは1泊するごとに1つ、キャンプギアお買い上げ5000エナごとに1つずつ、スタンプを押させていただきます。このスタンプが全部たまると、7日に1度だけではなくいつもで門を開くことができて1泊無料、もしくはワークシップが1回無料となります」


「……商売上手ですね、エミ様」


「もうわかっていると思いますが、キャンプ場で訓練すれば蓄えられる神氣の量も上げることができますし、戦闘技術も上げることができ、安心な寝泊まりでリフレッシュも可能。あなた方の救世者としての活動に役立つことまちがいなしですよ」


「……本当に商売上手ですね。でも、確かに仰るとおりです」


「ほかにも『ここでキャンプしたら、神術が強くなった』とか『このキャンプ場で心が安らぎ悟りが開けた』とか『このキャンプ場で知り合って結婚できた』とか、嬉しい声がたくさん届いていますから」


「……わたしたちが初めての客のはずですよね、エミ様……」


「ともかく、ほかのもぜひキャンプに誘ってくださいね」


「……はい」


 エミの言葉は俗っぽい売り文句の羅列だったが、天使エルミカとしての目論見はスノピナにも推測できた。

 ナイトはあまり直接的に魔王と戦わすべきではない。

 それはエルミカとしても同意する部分があるのだろう。

 しかし、救世者たちに魔王と戦うための訓練をつけることは、ナイトにさせることはできる。


(ずいぶんと回りくどいですが、天使様は人の世界に直接的に大きく関与できない。しかし、ナイトさんならば……)


 天使が、人間を天使界に招き入れることはできないと言われている。

 だが、このキャンプ場は天使界とはいえ、ナイトの管理地。

 しかも招くのは、天使ではなくナイトという建前である。


「というわけで、このメンバーズカードでゲートを開いて、キャンパーとしてキャンプ場のまたのご利用を心よりお待ちしています」


「はい! そういうことでしたらぜひまた――」


「――エ~ル~ミ~カ~」


 3人の背後から、また唐突に声が響いた。

 今度は重く地獄の底から響くような男の声。


「――!?」


 全員が同時に振りむく。

 と、そこにあったのは、先ほどと同じように闇に浮かび上がる男の生首だった。


「いやぁぁぁぁっ!」

「きゃあぁぁぁぁ!」

「うわあぁぁぁっ!」


 3人が同時に悲鳴をあげて、全員で尻もちをつく。


「俺だ、俺」


 その生首の正体は、やはり顎の下からLEDライトを当てていたナイトだった。


「驚かさないでください、ナイト! 質が悪いですよ!」


 エミがすぐに叱りつける。

 もちろん、スノピナとスタンレイは空気を読んで、「さっき自分で同じ事を我々にしましたよね」とは言わない。


「驚きすぎて、こっちが驚いたぐらいだ。それよりもエミ。おまえ、嘘をついたな?」


 ナイトは少し怒っているようだ。


「な、なにがです?」


「なんだよ、そのメンバーズカードって。俺、聞いていないぞ」


「あれは後から説明しようと思って。いいアイデアだと思いませんか?」


「思うが、それ自体が問題ではない。そのカードで自由に界門を開けられるって? おまえ、界門はどこにどうつながるかわからないって言ったよな」


「そ、それは自然につながる界門の話で……」


「いいや。『キャンプギアを作るための素材が天使界で手に入らない』という話をしたとき、『界門でどこかの街に買い出しに行けないのか』と聞いたら、おまえは『つながる場所は選べない』と答えたよな?」


「そ、そうだったかしら~……」


「だから、俺は物を作れる神術をもらったんだろうが」


「い、いやですね。それはほら……こっちからつなげることはできなくてですね。人間界からなら、こう自由につなげられるというか……」


「……信じられんな」


「わ、わたくしが、う、嘘を言うとでも?」


 さっきとは違って、完全に嘘つきの態度である。

 スノピナは思わず、冷たい視線でエミを見てしまう。

 横では、スタンレイも同じ死んだ魚のような目をしていた。


「ちょっ、ちょっとスノピナさん、スタンレイさんまで。天使たるわたくしを見る目が酷くありませんか!?」


「今のあなたは天使エルミカ様ではなく、人間のミカさんであると言われましたので」


「はうっ……」


 美しい星空の下、自業自得ということはこういうことだと、身をもって示す天使であった。

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