第10話:力の使い方
「さて……」
そう言うやいなや、ナイトはスノピナが止める暇もなく、女の姿になった魔王のいる特定空間【ワークショップ・バトルフィールド】に入っていた。
まったく気負ったところもなく、ごく自然にだ。
「ナイト様!?」
慌てて追いかけようとするスノピナの肩に、エミの手がかけられる。
「大丈夫ですよ」
「でも……」
先ほど、外から魔王を斃すことができると言っていたはずだ。
ならば危険を冒して、特定空間の中に入る必要などないはずだ。
思わずスノピナは、スタンレイに目で訴えるが、困惑した顔で肩をすくめて返す。
たぶん、「自分たちでは役に立たない」という意思表示なのだろう。
情けない話だが、確かに自分たちが一緒に中に入ったところで足手まといにしかならない。
「ふっ。中に入ってくるとは愚かな……」
「それ、ブーメランだぞ。おまえも天使界に入ってきた愚か者だろうが……」
「うっ、うるさい!」
魔王の片手が振りあげられる。
と、同時その肘から先だけが少し大きくなったかと思うと、竜の腕に変化した。
その先についた鋭い爪がさらに巨大化し、そのまま振りおろされると真空の刃がナイトに向かって飛翔する。
ナイトはそれを正面に放つ拳で迎え撃つ。
否。拳が打ちだされた勢いで発生した風圧で打ち消した。
されどそこまでは魔王も読んでいたのかもしれない。
すでに魔王は跳躍し、ナイトの斜め上に位置していた。
その裾からは巨大な竜の尾が伸びている。
ブォンと唸る音と共に、その尻尾が回転し、ナイトを薙ぎはらおうとする。
竜の姿の時に、スタンレイが喰らってふっとばされた攻撃だ。
「――!?」
だが、ナイトはふっとばされることはなかった。
彼はそれを片手で受けとめるどころか弾き返し、逆に魔王の顔を苦悶に歪ませた。
さらに彼は反撃に出る。
姿が一瞬で消えると、バチッという音と共に紫の光だけが残る。
気がつけば、一気に魔王との間合いをつめて、彼の拳は魔王の腹部に打ちこまれていた。
刹那、魔王は背後に向かって吹き飛んでいく。
「ぐはっ!」
その美麗な容姿には似つかわしくない悲鳴が響く。
魔王の体は、そのまま特定空間の見えない壁に激突し、そのまま落下した。
それでも何とか、魔王はバランスをとって着地する。
「に……肉体強化の神術か!」
「『重機がないキャンプ場で木材とか運ぶのは大変だろう』『近くに病院がないこのキャンプ場で怪我とか病気とかならないようにしないと困るだろう』『広いキャンプ場を歩き回るのが大変だろう』とかエルミカに言われて同意したら、よくわからない怪力と丈夫な体と速く動ける神術を渡された」
「な、なんだそれは!? 意味がわから――ん? な、なんだ!?」
魔王の顔から苦悶の表情が消え失せる。
「ダメージが回復した? ……まさか、この空間はそういう空間か!?」
「ああ。修行するのに都合がいい空間だからな」
「わ、わからぬ……。なぜ、そのような空間で我を閉じこめた!?」
「そりゃあ、別に俺はお前を殺したいわけではないからだ」
「なんだ……と?」
「手加減はしてるけど、まだ力の加減ってよくわからんから勢い余って殺しちゃうかもしれない。でも魔王とはいえ、俺のキャンプ場で死人が出たりしたらかなわんからな」
「ふ……ふざけたことを!」
魔王は、その小さな口からは想像できないような火の玉を口の前に生みだした。
そして人1人は包みこんでしまうほどのサイズにした後、ナイトに向かって吹き飛ばす。
ナイトは見えない速度でそれを避けるが、火の玉はそれをしっかりと追ってくる。
「誘導……さすが剣と魔法の世界だ!」
ナイトは走りながら右手を左腰にあてる。
すると、そこに円柱系をした木製の杖が現れた。
だが、その杖の先の方だけがぐっと伸びたように見えると、銀の刃が現れる。
そして飛翔してきた火の玉を一刀両断にしてしまう。
「貴様……その武器、どこから出した?」
「ん? この仕込み杖か? 俺が今、作った」
「作った……作っただと!? ふっ、ふざけるにもほどがある……そのレベルはもは――!?」
魔王が話している間に、ナイトの姿がその場から消えた。
かと思うと、魔王の目の前に現れる。
慌てた魔王は、刃と化した大きな爪でナイトをスライスしようとする。
しかし、その爪の刃は、逆にナイトの刃ですっぱりと斬られてしまう。
「キャンプするときは、爪を切っておいた方がいいぞ。怪我をする」
「うるさい!」
バックステップしながら、魔王は体を一回転して大きな尾をナイトに叩きつけようとする。
だが、その場にすでにナイトはいない。
彼はいつの間にか頭上を超えて、魔王の背後をとっていた。
そして着地と同時に、魔王の尾を斬ってしまう。
「――うぎぃぃっ!」
斬られた断面から血しぶきが舞う。
だが、それは不自然にもすぐ出血は治まり、斬られた部分は断面から押しだされるように再生した。
「必要なこととはいえ、この天使界で血を流させるのは気分がよくないですね」
そうため息をついたのは、横にいたエミだった。
スノピナはその物言いに背筋を寒くする。
敵は最強クラスの魔王だ。
その敵と戦うのに、「聖なる地に魔王の血が流れる」ということを心配している。
勝敗や、ナイトが負傷することではなく、そんなことを心配できるほど、エミはこの戦いの結末を信じているということになる。
「エミ様……いえ、あえて天使エルミカ様と呼ばせていただきます」
スノピナはずっと気になっていたことを問いかけることにする。
「ナイトさんの神術……あれは、決してキャンプに関することに縛られてはいないのではないですか?」
「……なぜ、そう思うのです?」
「あのワークショップ・バトルフィールドという空間を作ったり、木刀を出したときに違和感がありました。わたしはキャンプというものを少ししか理解していないと思いますが、あのバトルフィールドや木刀、そして今持っている仕込み杖という剣、これらはキャンプで使うとは考えられません」
「ええ。そうですね」
エルミカは、拍子抜けするほど素直に認める。
「つ、つまりエルミカ様は、キャンプのための神術だと偽って……いえ。天使たるエルミカ様が偽るとは思えません。たぶん、ナイト様がそういう能力を欲しがるように仕向け、それを過大解釈して神術を与えた……。違いますか? とりあえず力を与えておき、その気になったらすぐに力を振るえるようにするため」
「…………」
「そしてナイトさんも、それは承知している。なぜなら、キャンプ以外のことにも実際にこうして力を振っていらっしゃる」
「なるほど」
「でも、なぜ……なぜナイトさんまで、所持している神術はキャンプのための力だとごまかすのか……」
「その理由、本当はもうあなたも気がついているのでしょう?」
スノピナに向けて、エルミカが静かに笑みを向ける。
その表情は、すべてを見通しているかのようだ。
スノピナとてさすがに気がついている。
この異常さに。
「あまりにも強大な力……。自ら制約をかけなければならないほどの。さすがに見ていればわかります。あの力はもう救世級では……」
「あなたは相手の神術を見る【救われし調べ】を使えますが、それで彼の神術を読み取ることはできませんでしたね」
「はい」
「【救われし調べ】は、相手の神氣に外部から関与し、そこから神術の情報を言語化することによって読み解く能力ですが、あなたが読めるのは救世級まで。だから、わたくしが少し手伝ってさしあげましょう」
そう言うと、エルミカが右手をさしだした。
上に向けられた掌に、自分の手をのせろと言っているのだろう。
そのことに気がついたスノピナは、恐る恐る自分の左手を玉肌の天使の手にのせた。
「――!?」
途端、体中に神氣が巡り始めるのを感じる。
神術を使うときにも似たような感覚があるが、これはレベルが違う。
「さあ。【救われし調べ】を使ってご覧なさい」
エルミカに言われるがまま、ナイトを対象に神術を発動する。
途端、今まで見えてこなかった神術を表す文字が脳裏の中に浮かんでくる。
「なっ、なんですか、これは……」
その信じがたい情報を彼女は口にする。
「【創世宣言】――『自分が支配する特定空間を作り、その中の環境を自由に改変できる』って……」
「それはキャンプ場を作る神術です」
「いえいえいえ! その場をマグマの海にすることも、魔氣も酸素もない空間にもできてしまうではないですか!」
「そうですね。雪を降らせば雪中キャンプもできますね」
「あくまでキャンプのためだと!?」
思わずスノピナは頭を抱えるが、これだけではない。
「【未来即決】――『自分が支配する特定空間内ならば、可能性が0ではない限り、望んだ結果を即座に得ることができる』……もしや、これで【ティーア・マッド】を磔に!?」
「これはもともと、テントを手軽に張るための能力ですね。テントを張った未来を確定すると、どんなテントもタープもワンタッチどころか、ノータッチで張れます」
「そんなことに使う神術では、絶対ないですよね!?」
スノピナは、思わず崇めるべき天使にツッコミを入れてしまった。
「それから、【絶対王命】――『自分が支配する特定空間内ならば、法令書で定義された法は必ず遵守される』……誰が勝てるんですか、こんなの使う人相手に!」
「彼が1人でキャンプ場を見て回るとなると、ルール守らない人とかでてくるかもしれません。直火禁止とか守られないと困りますし。だから、そういうキャンプ場内のルールを守らすための神術です」
「そういうレベルですか!? 『中にいる人はみんな自殺する』とかできますよね!?」
「はい、できちゃいます。ちなみにこの『定義された法』は、法則にも適用が可能です。たとえば物理法則にも適用が可能なので、『【未来即決】で打ったペグは絶対に抜けない』とか」
「無茶苦茶です! 明らかにやり過ぎです!」
「いえいえ。そんなことはないですよ。お客様第一のための神術ですから」
「で、では、【想起具現】――『【世界の記憶】と呼ばれる領域から情報を引きだし、それを具現化できる』……なんなんですか、これは?」
「キャンプギアとか生みだす能力ですね。ナイトがキャンプギアにいくら詳しいと言っても、すべての構造を熟知しているわけではありません。細かいところは【世界の記憶】という情報体から取得して、そこから生みだしているのです」
「い……意味がわかりません……」
「ちなみに【世界の記憶】には、キャンプギアだけではなく、すべての情報が含まれます」
「すべて?」
「はい。たとえば、この天使界に病院とかないのでお客様が怪我したときに困るではありませんか。そんな時、この神術を使うと欠損した体の部位も元通りに戻せます」
「む、無敵すぎませんか!? というか、エルミカ様なら治癒できますよね!?」
ナイトと出会った時、ナイトがスタンレイの傷どころか武具までも一緒に直したことを思いだす。
つまりこの神術を使ったのだろう。
ほかにも能力がいろいろと出てくる。
●【紫電併走】――紫電障壁を周囲に展開し、亜光速行動が可能となる。
●【天地掌握】――天を貫き、地を砕くほどの力を得る。
●【魔獣統御】――自分が支配する特定空間内にいる魔獣を支配することができる。
●【傷病不知】――常時発動。人間としての限度を超えた肉体強化を行うことで、状態異常無効化と、無限に近い再生能力をもつ。
●【魔障拒絶】――常時発動。魔氣や呪い等、あらゆる非接触型攻撃を一切受けない。
●【
「これ、『酒を一杯ください』と言われたら、コップではなく風呂桶に酒をいっぱいにして渡したようなものでは?」
「あら。面白いたとえです。でも、酒には変わらないので問題はありませんね」
「量! スケール! そんなに酒を呑ませたら本人のためにならないですよ!」
「まあ、自制すれば……」
「というか、わたしが1人では読めない神術。つまり、これは伝説の神の御業と言われる【天使級】。それが10もあるということですか?」
天使級の救世者になるには、10億以上の救魂力を取得しなければならないという。
そしてこのレベルの神術なら、1つ取得するのに、数億の救魂力の枠が必要なはずである。
「ちなみに彼は、まだまだ救魂力があり余っています」
「ちょっ……ちょっと待ってください! 彼はいったい、どれだけの人を救ったというのですか!? しかも、たった1回の人生で……」
「彼は前世で自分の世界、星に住む者たち全員を救ったと神に認められました。その星に住んでいる人数は、約80億人」
「はっ、はちじゅうおく……80億人!?」
スノピナは思わず甲高い悲鳴のように叫んでしまう。
周期的な魔物の大量発生によって文明が潰されることがあるエルミカーナの人口は、長い歴史があろうとあまり増えていない。
変動が大きいためはっきりとはわかっていないしが、世界人口は3~5億人程度と言われている。
何回か世界を救ったとしても、とてもではないが80億の救魂力を得ることなどできようもなかった。
「ですから、彼はこれだけの神術を得ても、まだこの救魂力の枠は半分以上、残っています」
「もう……天使様と並ぶほどの力ではないですか?」
「いいえ。すべての救魂力を使えば、エルミカーナという小さい世界を統べるわたしの力を超えるかもしれません」
「天使様を超える力……そんな強大な力を思う存分に振われたりしたら……」
もしかしたら、世界のバランスが大きく変わってしまうかもしれない。
いや、天使エルミカよりも強大な力があれば、世界を支配するどころか、滅ぼすことさえもできてしまうだろう。
「それは、ナイトも承知しているのでしょう。ですから、彼も力を抑えて――」
「あのぉ~。お話中、すいません」
今まで黙っていたスタンレイが、申し訳なさそうに横から口をだす。
「そのナイト殿がさっきから、回復を繰りかえす魔王をボコボコにしまくっていて、さすがに見るに堪えないのですが……」
「……え?」
スノピナとエルミカは一度、顔を見合わせてから、ナイトと魔王の様子をうかがう。
特定空間の隅で、座りこんでいる魔王。
傷こそは治っているのだろうが、体力の問題か肩が激しく上下している。
そしてその顔は、今にも泣き出しそうになっていた。
「あのぉ、エルミカ様」
「なんでしょう」
「ナイト様、あの強大な力を思う存分に振われていませんか?」
「そ、そんなことはない……と思いますよ、ええ」
「…………」
その時、エルミカの顔が少しひきつっていたことをスノピナは見逃さなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます