第17話:サモス

 夕食は、コルマンからの差しいれだと、サモスのパーティー全員分のパンと豚肉というのをナイトから受けとった。

 ただ肉を焼いてパンに挟んで食べるだけだったが、それは今まで食べたことがないほど非常に美味だった。


 その後、サモスは与えられたドームテントという丸い変わったテントの前で、コルマンの言うとおりに焚き火を見つめ、1人で酒を飲んでいた。

 つまみは酒と一緒に売店で売っていた、「イカクン」とかいうものだった。

 イカを短冊形に切って燻製にしたものらしいが、味付けが非常に濃く酒のつまみに合う。

 コルマンから少しもらって食べたら、その魅力にすっかりはまってしまった。


(火で炙ってもうまいと言っていたが……確かにうまいな)


 静かなところがよいと、他のテントから少し距離を置いたので本当に周りに誰もいない。

 炎の中でパチパチとたまに弾ける音が、よく耳につく。

 ゆらりゆらりと揺れる炎をこれほどボーッと見たことがあっただろうか。


(静かだけど……孤独感はないな)


 少し離れたところから、聞き取れないぐらいの声が聞こえる。


 客はサモスたちのパーティーと、スノピナとスタンレイ、コルマンに、もう1人名前もわからない商人らしき男を売店で見かけた。


 商人はこちらのことも気がつかないぐらい集中して、なにやら売店に売っている品をスケッチしていたようだった。

 それ以外で姿を見かけてはいない。

 もうテントに籠もっているのかもしれない。


 ポーラとカカムスは、今はスタンレイの所に行き、「同じ英雄級ながらなぜそこまで強いのか秘密を聞きだす」とはりきっていた。


 ロコは、巫女姫としての先輩であるスノピナと話しに行っている。

 あの2人は仲がよいので、きっと会話が弾んでいるのだろう。


 こうして、サモスが1人になるのは本当にひさびさである。


(こんなの魔物退治の旅に出る前ぐらいか……)


 サモスは炎を眺めながら、ふと昔のことを思いだす。


 サモスが前世の記憶を思いだしたのは、13歳の時だった。

 その頃からか、リアルな、それでいて目が覚めてもしっかりと内容を覚えている夢を見はじめていた。

 夢は毎日のように見て、そのすべてがつながり、その内に起きていてもが蘇るようになっていた。

 そしてある時、それが前世の記憶であると自覚した。


 最初に思いだしたのは、前世で一番印象が強いことだった。

 それは誰しも、前世の記憶が蘇るとき同じらしい。

 サモスの前世でもっとも印象が深かったこと、それは死んだ理由だった。


 前世の自分は、英雄級の救世者だった。

 正義感にあふれ頑張っていたのだが、ある時に手強い魔物の討伐隊に加わることになった。

 その討伐隊のリーダーは、聖人級救世主。

 彼の鶴の一声で、前世の自分は仲間数人と囮になることを強要された。

 聖人級の命令に誰も逆らえず、囮となった仲間は次々と斃れ、最後は前世の自分も死ぬこととなった。


 だがそれは前世の話。

 自分はそうならない、同じ轍は踏まない。

 そうサモスも幼い頃は信じていた。


 確かに同じ目には遭わなかった。

 代わりに同じく英雄級救世者である、幼馴染みの娘が標的となった。


 娘とサモスは、幼馴染みと言うだけではなく互いに好意をもっていた。

 それを明確な言葉にしたことはなかったが、なんとなく雰囲気で将来は一緒に冒険し、その後も一生一緒にいると、サモスと娘は思っていたのだ。

 しかし、そろそろ冒険に出るという年頃になった娘の元に、聖人級の救世者が現れた。

 そして娘を気にいったからと、強引に仲間に引き入れたのだ。


 やはりそれを断ることはできなかった。

 娘はそもそも英雄級の救世者であり、魔物退治の旅に出ることは決まっていた。

 その旅に強い聖人級が一緒なら、親としても願ったり叶ったりである。


 サモスも、反対はできなかった。

 だから、せめて自分も仲間に入れてほしいと聖人級救世主に訴えたのだ。

 しかし、その願いは叶えられなかった。


 サモスは誓った。

 すぐに聖人級になってやると。

 聖人級になれば、その権威で娘を取り返すこともできるのではないか。

 もともと前世までで、救魂力はかなりたまってはいた。

 だからサモスはそこから数年かけて、魔物を斃して人々を救い、大いに活躍した。

 そして、とうとう聖人級となることができたのだ。


 だが、手遅れだった。

 迎えに行こうとした矢先、娘の実家に死亡した旨の連絡が届いたのである。

 聖人級救世主と共に、魔王に殺されたらしい。

 それはたとえ一緒にいたのが、聖人級になった自分だったとしても、きっと結果は変わらなかったのだろう。


(オレは何が欲しかったんだろうな……)


 聖人級という権威が欲しかったのか?

 敵を倒せる強さが欲しかったのか?

 それとも幼馴染みが欲しかったのか?


(どれにしても、世界を救う役割としての欲ではないよな)


 自分はなんだかんだと言っているが、救世主を目指していたわけではないのだろう。

 人々の平和など、考えてはいないのだ。


(じゃあ、なんでオレは……)


 コルマンの言うとおり、肩書きを捨てた自分を見直す。

 こんな原っぱの真ん中で、立派な家ではなく、小さな雨風を凌ぐだけのテントを頼りにこの場にいる自分。

 そんな自分は、なんとも頼りなく矮小だ。


――これだけあれば、人は幸せを感じられる。


 ふとコルマンの言葉が再び頭の中で響いた。

 それは今の自分への問いかけだろうか。


(大きな不満は……確かにないな)


 こうして生きていく分には、権力も過剰な戦闘能力も必要はないのだろう。

 いつもの空を脱ぎ捨てた今の状態は、なんとも身軽に感じてしまう。


(……ん? あれは……)


 視界の横に、宙に揺れる光の玉が見えた。

 少し離れた原っぱに走る道のひとつを進んでいる。

 たぶんあれは、自分の頭上にぶら下げているものと同じ、LEDライトとかいうアイテムの光だろう。

 誰かがこっちに向かってきているようだ。


(誰だ……)


 特にこちらから用がある相手はいない。

 だからサモスは、そのまま放置して待っていた。


「こんばんは。何かご不便はありませんか?」


 焚き火の向こう側まで来ると、その者はそう挨拶してきた。

 その声の主は、もちろん誰だかわかっている。

 ナイトだ。


「ああ。大丈夫だ」


 彼はこちらの返事を聞くと、「幸いです」と答えた。

 わざわざテントを巡っているのだろうか。

 なんともマメな話である。


「就寝タイムは、22時からになります。先ほどお貸しした時計で時間を確認してください」


「就寝タイム? 22時から寝ろということか?」


「いえ。寝なくてもいいのですが、明りを暗めにしたり、静かにして過ごしてください。それと寝る前に火の始末もお忘れなく」


「わかった」


「それではおやすみなさい」


「あ、ちょっと待て。聞きたいことがあるんだ」


 踵を返そうとしたナイトをサモスは呼びとめた。

 一見平凡ながらも、不思議な力を持っているらしい男。

 何を考えているかわからず不気味な存在ではあるが、あのコルマンが認めているのだから、少なくともコルマンに次ぐ実力はあるはずである。

 そんな力を持っている彼に、サモスは当然の疑問をもっていた。


「どうしてあんたは、救世主になろうとしないんだ?」


「ああ。キャンプの話ではなく、そっちのことですか」


「いや、そのなんだ。不躾なのはわかっているが……」


「いえ。かまいませんよ」


 静かだが明るい声でナイトが答えた。


「あんたは、救世主であるコルマン公爵が認めていた。ってことは、強いんだろう? 救世者じゃないとか言っているみたいだが」


「そうですね。そんなつもりはなかったのですが、そこそこは強いようです」


「そこそこね……。まあいいや。とにかく魔物とも戦えるような強さをもっているのに、なんでキャンプ場をやっているのかと思ってさ。天使界に来る客なんて、そんなにいないだろうし、儲からないだろうし、地位も名誉も関係ないだろう?」


「そうですね」


「あんたはさ、救世主となって大きな力や地位、名誉がほしくなかったのか?」


「はい。必要ありませんでしたから……」


「え?」


「私がやりたかったのは、キャンプ場。それに広い土地は必要でしたが、コルマンさんの言ったとおり大きな城は不要です。権限も、キャンプ場のオーナーという地位で十分。力は……まあ、そこそこあれば十分だったんですけどね」


 ナイトが苦笑する。


「あんたは、ずいぶんと欲がないんだな。オレは……」


 酒を呑んでいたせいもあるのだろう。

 または、星空の下に漂う神氣に心を洗われてしまったのかもしれない。

 サモスは前世の記憶、そして失った幼馴染みの話をしてしまう。


「だからおれは、聖人級になって権威を手にいれた。手にいれたからには使う。今まで使われていた分を少しでも……」


 不思議と口が軽くなっている。

 やはり酔っているのだろうか。

 心の奥底にあったものが、箍が外れたように吐露してしまう。


 ナイトは、それを静かに頷きながら聞いていた。

 そして話が途切れたタイミングで、口火を切る。


「なるほど。あなたに比べたら、私はかなり欲深だと感じました」


「……へ?」


 ナイトの感想は、サモスの予想とは真逆だった。

 どうせ「欲深い」「執念深い」などと言われると思ったのだ。


「どう考えてもオレのが欲深いだろうが」


「いえいえ。そんなことはないでしょう。私は持っていなかったキャンプ場や道具を欲しがった。ないものを手にいれようとした欲張りです」


 ナイトはおもむろにしゃがむと、横に積んであった薪をひとつ手に取った。

 そして火が弱くなっていた焚き火にそれを汲める。


「それに対して、あなたは違う。のではない。あなたは、もしくはだけでしょう?」


「…………」


「あなたの幼馴染みだけではなく、きっと意志や人生も……奪われたり振りまわされたくなかった。あなたは怒っているんですね。奪っていく者だけではなく、奪う力を与えた天使エルミカにも、こんな仕組みを作った神にも」


「ああ……ああ、むかつく!」


「だから、あなたは力を得て守りたかった。でも、その力さえも神や天使から与えられたものだ。それはきっと、苛立つことでしょう。ぶつけようのない怒りが、その想いが、暴走してしまうこともあるのかもしれません」


「そう……なのか」


「すいません。私も思ったことを言っただけで、答えを持っているわけではありません。ただ、その焚き火が消えるまでの間でも、ゆっくりと考えてみてはいかがですか? この時間を邪魔する人はたぶんいないでしょう。それがソロでキャンプすることの利点でもあるのですから」


「あ、ああ……」


「では、よいキャンプを」


 立ち去るナイトの後ろ姿が闇の中に戻っていく。

 サモスはそのまま焚き火に目を落とす。


「奪われたくない……か。なら、いろいろ奪われちまったオレはこれ以上、何を……」


 しばらくじっと眺める。

 遠くから聞こえる、楽しそうな声と遠くから聞こえる夜行性の鳥の声。

 それを聞きながら、酒を口にする。

 それは今まで味わったことがない、穏やかな時間。


「……ああ、そうか。こんな時間までも奪われたくはないな」


 サモスは薪をもう一本、焚き火に汲めた。

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