第18話:とある救世者のキャンプ

 翌日。

 スノピナとスタンレイは、昼前にキャンプ場を出た。

 今日が彼らが元の場所に戻るための期限だったらしい。


 対してサモスたちは、今日と明日の時間がある。

 だからサモスは、ナイトに依頼してスタンレイたちが受けたというワークショップなるものを受講した。


 午前中の相手は、ティーアというあの女性だった。

 ポーラとカカムス、そしてロコは最初、戦うのを嫌がった。

 しかし、サモスが何度も死にかけて挑戦を繰りかえしていたら、途中から参加してくれた。


 だが、それでも結果はまったく変わらなかった。

 たぶん、「手も足も出ない」とはこういうことを言うのだろう。

 英雄級だろうが聖人級だろうが、神術はすべてはねのけられる。

 サモスとカカムスの神術を使った怪力だろうと、竜のような腕から伸びた長い爪で押し返される。

 逆に相手の攻撃を受ければ、それを避けることも押し返すこともできない。


「おいおい、人間ども。本当に情けないぞ。我の片手どころか、指ひとつにも敵わぬのか?」


 黒いドレスの腰に手を当てて、その胸を張る美女に4人揃って見下される。

 わかっている。

 明言は避けられていたが、スノピナやスタンレイとした会話からも、彼女が魔王【ティーア・マッド】の変化した姿であることはまちがいないだろう。


 の名を聞けば、その場から脱兎のごとく逃げよ。

 の姿を見れば、天使に祈りて死を覚悟せよ。


 そう謳われた力は、大昔に救世主が2人がかりで封じるのがやっとだったという。

 いつ封印から解き放たれたのかわからぬが、多くの魔王が生まれたこの時代に現れたのは悪夢以外の何物でもない。


 それほどの相手が、なぜこんな所でキャンプ場の手伝いをしているのか皆目見当がつかない。

 いや。当たって欲しくない見当ぐらいはついている。


 それはナイトという人間が、魔王【ティーア・マッド】を支配しているという可能性だ。

 もしそれが正しければ、【ティーア・マッド】よりも弱い魔王も彼の手に落ちる可能性があるということになる。

 今、十二魔王がいて世界が滅びないのは、この12の魔王が手を組むどころか、反発しているからにすぎない。

 この魔王の半分でも1つの意志の元に動いたとしたら、世界はその意志の所有物となるだろう。


(ああ、ダメだ。こんな事、考えたくない。推測に過ぎないんだ!)


 想像で考えるのは辞める。

 今まちがいないのは、聖人級の自分の力が、最強クラスの魔王にまったく通用しないということだけだった。


 だが、どんな大けがだろうが、心臓が止まってしまおうが、ほんの一時で元通りに再生される空間で、サモスたちはそのうち恐怖を克服し始めた。

 もちろん、死ぬことが怖くないわけではない。

 好き好んで痛みなど味わいたくはない。

 それは変わらないが、少なくとも魔王に対する恐怖で身体が強ばるようなことだけはなくなった。


 また最初に説明を受けた通り、戦った後だというのに神氣は身体に満ち満ちていた。

 あれだけ多くの神術を使えば、普通ならば精神が保たなくなっているはずだ。

 だが体力が尽きても、戦おうとする気力だけは保つことができた。


 午前の訓練後、今度はナイトからサービスだと昼食に誘われた。

 そこで出されたのは、ピザという料理だった。


 西の国で似たような料理を食べたことはあるが、具材はせいぜい2種類だし、あまり溶けないチーズが数欠片しかのせられていない、わりと質素な料理だった。

 ところが、焼きたてとして出されたピザは、ふんだんに使われたトロトロのチーズに、多数の肉や野菜が並べられており、非常に豪華なものだった。


 ちなみにそのピザという食べ物は、ティーアの大好物だったらしい。

 どうやら訓練を手伝った彼女への褒美でもあったようだった。

 彼女はニコニコとピザをパクつき、伸びるチーズを楽しみ、その細い身体に投げこんでいった。

 そのティーアの楽しげな表情を見て、サモスは仲間達と「あれは本当に魔王なのか」と陰で笑ってしまった。

 そして笑いながら「みんなで食事をしながら笑ったのはいつぶりだろうか」と、サモスは今まで心に余裕がなかったことに気がついた。


 午後になり、今度はナイトと組み手をすることとなった。

 その内容は打って変わって、静かな手合わせだった。


 まずは神術なしで剣を持って打ちこむ。

 それをナイトが絶妙な剣技で受け流す。

 まさにそれは、サモスにスタンレイが見せた剣技だった。

 いや、それよりも滑らかだ。

 刃と刃がぶつかると、火花を散らすよりも早く、まるで流水のごとくサモスの剣先は別方向に流された。

 この剣技に比べれば、スタンレイの剣技がまだまだ未完成だということがわかる。


 もちろんサモスは、その剣技を身につけようと教授を受けた。

 しかし、さすがに一朝一夕に覚えることは難しい。

 自分が今まで習った剣技が、どれだけ大雑把なものだったのか、神術に頼ったものだったのか、サモスは嫌というほど思い知ることとなった。


 午後の訓練も終わり、疲れ果てて「早く家に帰りたい」と思って戻った先がテントだったことに気がついた時、サモスは少しおかしくなった。

 こんなペラペラなよくわからない素材の布を張っただけの場所を「家」と呼んでしまうのはどういうことなのだろうか。


 そんなどうでも良いことを考えていたら、空腹になっていたことに気がついた。

 もちろん食堂はないため、売店に行って買い物をする。


 今日は「おでん」という食べ物を薦められたので、それを買ってきて食べる事にした。

 いろいろな食材が袋の中に入っている。

 ただ、海草らしきものや卵はわかったのだが、よくわからない食べ物も多々あった。

 フニャフニャしたもの、ウニョウニョしたものと、なんとも不思議な食べ物ばかりだ。

 それを借りてきた鍋にスープごと入れて温めて食べるだけなのだが、これが抜群にうまい。

 スープの味が具材に染みこんでいて、それが食べるたびに口の中に広がっていく。

 コルマンにもらった「日本酒」という酒に合うからと言われたが、これが本当に合う。


 すべてを食べた後、自分で後片付けをする。

 旅をしている間はロコたちにやらせていたが、ここでは自分でやれと言われた。

 面倒ではあるが、それもまたキャンプだとコルマンに言われてしまえば仕方がない。


 でも、ふと考える。

 いくら伝説級の憧れた人物であっても、コルマンも救世級の救世者である。

 ならば、恋心を抱いていた幼馴染みを自分から奪った聖人級救世主と同じ存在なのではないか。

 彼から言われた「自分で後片付けをしろ」という言葉も、考えようによっては自分から時間を奪う言葉だったのではないかと。


 そんな屁理屈も考えるが、実際のところ奪われたとはまったく思えなかった。

 むしろサモスは、与えられている気さえしていた。

 この違いはなんなのだろうか。


 その後は、風呂に入るとすぐに寝床に入ってしまった。

 昨日のように焚き火を眺める体力は残っていなかった。

 それに明日は、このキャンプ場をでなければならない。


 しかも、コルマンと共に。


 コルマンの通ってきた界門は、スノピナたちと同じように今日、完全に閉じてしまう。

 だが彼は、自分の通ってきた界門ではなく、サモスたちの界門で人間界に戻るというのだ。


 どうやら、彼の目的地がサモスたちが通ってきた界門の近くだったらしい。

 確かに界門が開いた場所は、コルマンの領地のすぐ隣だった。

 彼は、その付近を調べる用事があるという。


 公爵という身分の者が、供もつけずに行動するのは非常識に思うかもしれない。

 しかし、公爵は救世級の力をもつ強者である。

 下手な供では、逆に足手まといになる。


 ならばと、サモスは自分たちもその調査を手伝うと申しでた。

 自分たちは曲がりなりにも神術が使える救世者である。

 一般兵よりは役に立つはずだ……と。

 そして、その申し出は受けとってもらえたのである。


(まさか、あの救世主であるコルマン公爵と旅ができるとは……)


 まるで童心に返ったような高揚感を胸に、サモスは眠りについた。

 その行き先にあるわざわいも知らずに。

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