第15話:スタンレイ

「サモス様。いくらなんでも無礼が過ぎるんじゃないすっか」


 スタンレイが、剣を下に向けたまま壁のように立ちふさがった。

 彼はまだ英雄級の救世主だ。

 その彼が格上の聖人級を蹴り飛ばすなど、あってはならないことだ。


 しかし、スタンレイから怯えは感じられない。

 それどころか久々にあったスタンレイは、どこかロコから見て頼もしい力強さを感じさせていた。


「ふっ……ふざけんなよ、スタンレイ! き、貴様ごときがオレに蹴りを入れて無事でいられると思ってんのか!」


 サモスは怒髪天を衝かんばかりに立ちあがる。

 剣の柄を握る手から、ギリッと締めあげる音が聞こえる。


「殺してやる!」


「いい加減にしなさい! あなた、自分が何をやっているのかわかっているのですか!」


 スノピナが激しく叱るが、サモスの熱は下がらないどころか上がっていく。


「うっせー! てめーも殺すぞ!」


「救世者が救世者を殺めれば、どんな罰が下るかわかっていますよね!?」


 スノピナの言葉に、サモスの顔が少しひきつる。


「救世者としての名も名誉も奪われ、そして救世級の方々によって捌かれますよ。そしてあなたの前世から積み上げてきた魂は、救世者としての視覚を天使様によって剥奪されます」


「…………」


「あなた、そして来世も聖人級救世主ではなくなり、ただの人間として罰を受けるのです」


 歯ぎしりをしながらも、サモスの動きは止まった。

 聖人級という名誉は、サモスにとって命と同じぐらい大切なもののはずだ。

 彼はよく言えば、聖人級であるということに歪みながらも誇りをもっているとも言える。 それが奪われてしまうとなれば、彼も止まりはするだろう。


 しかし、それぐらいで怒りを収めるとは思えない。


「んじゃよ、こいつに練習試合を申し込もうじゃないか!」


 サモスが狡猾な笑みを見せる。

 いや、笑みではない。

 口だけは笑っているようだが、その眼光には赤い炎が宿っているかのようだ。


「この聖人級のオレが、英雄級に稽古をつけてやる。いい話だろう?」


 その魂胆は、そこにいる誰もが明らかにわかっているし、誰もがそれを止めるべきだと思っているはずだ。

 さすがに同じパーティーのポーラやカムカスさえも、思案投げ首なのがわかる。

 それでも誰も口にしない。

 このようにふるまう聖人級救世主の言葉に異を唱えるのは、それほど難しいのだ。


「なるほど。それならば、いい話ですね。……どうします、スタンレイ?」


 スノピナがスタンレイに問いかけた。


 そのことに、ロコは心底驚く。

 スノピナは、きっと止めるだろうと思っていたのだ。

 なにしろ、ここにいる中で唯一、異を唱えることができる存在なのだ。

 その彼女が、サモスの言葉にのるようにことを口にしたら、これはもう誰も止められない話だ。


「そうですね。……オーナー、あのフィールドをまたレンタルしたいのですが?」


 そのスタンレイの言葉に、ナイトが黙ってうなずく。


「ありがとうございます。サモス様、あちらに練習によい場所があります。そこでぜひ稽古をお願いいたします」


「なっ……なんだと!?」


 全員、スタンレイの誘いにのる返事に驚いた。

 だが、もっとも驚愕していたのは、誘ったサモス本人だっただろう。

 彼にしてみれば、スタンレイが泣いて許しを請うとでも思っていたのかもしれない。

 ところが、蓋を開けてみれば、スタンレイは微笑を浮かべるほどの余裕で受けてきたのだ。


「スタンレイ殿! 辞めた方がいいです!」


 ロコは思わず止めてしまう。

 それがサモスから睨まれることになろうと、スタンレイとは短い間だが共に学校に通ったことのある縁がある。

 負けるとわかっているのに、止めないわけにはいかない。


「大丈夫だ、ロコ殿」


「でも、下手すれば命に関わる――」


「ここは、野外活動を楽しむ【天使の原キャンプ場】だ。だから、人が死ぬ事なんてないんだぜ」


 一瞬、ロコはスタンレイが恐怖のあまり妄言を吐いているのかと思った。

 だが、その瞳の色は、しっかりと輝いている。

 そしてこの後、スタンレイが妄言など吐いていないと言うことをロコは知ることになるのだった。



§



 スタンレイに案内されたのは、管理棟の横の方にあった、少し開けた原っぱだった。

 そこには四角く透明の壁で囲まれたエリアだった。

 不思議なのは、透明で見えないはずなのに、サモスにもそこに壁があると認識できたことだ。


(これは結界の一種か? でも、見たことがない……)


 サモスが怪訝に思っていると、スタンレイがその見えない壁を通りぬけ、結界の中に入る。


「この特定空間内であれば、どんな強い神術を使っても外には影響が出ないですよ、サモス様」


 そしてサモスにも入るよう手ぶりで催促した。


「ほう。そりゃいいな」


 サモスも中に入る。

 すると壁の様子が変わったことがわかる。

 それは見た目ではなく、そう感じるのだ。

 たぶん、戦いが終わるまでは外にでることができないのだろう。


「ちなみに、この中ならば死ぬことがないですよ。というか死んでも10秒で蘇る。それだけではなく、怪我も壊れた防具や武器も全て10秒で元通りだ。ただし、その分だけ神氣は失われていくけど」


「はぁ? そんなふざけたことがあるわけ――」


「――あるんだな、ここにね」


 そう言いながらスタンレイは、指先で周囲を指さす。


「ここ……ああ、なるほど。つまり天使エルミカが作ったってことか。それならありえるか」


「いいや。これを作ったのはオーナーだ」


「はぁっ!?」


 サモスは、結界の外にいるナイトを睨む。

 呑気そうにこちらを見学している男は、とてもそのような力を持っているとは思えない。


「あいつが? おいおい、冗談も大概にしろよ?」


「まあ、それは追々わかるんじゃないですか。とりあえず稽古をお願いしますよ、聖人様」


 どこか挑発的なスタンレイ。

 おかげで、サモスの怒りがさらに増す。


「ああ、いいぜ。死なねぇんだったな、ここなら。なら、思う存分やってやる!」


 片手剣と盾を持つサモス。

 そして大きな両手剣を持つスタンレイ。

 2人は、激しい剣戟を始める。


 響く金属音は、互いが本気である事を感じさせる。

 サモスは猛然と攻める。

 ほぼ防戦一方になるスタンレイ。


 サモスは、スピードもパワーも自分が上だと感じた。

 当たり前だ。

 自分は聖人級で、相手は1つ下の英雄級だ。

 当然の結果……のはずだった。


 なぜか、スタンレイはサモスの速度に対応している。

 まるで、先読みでもしているかのような動きだ。

 そして強烈な衝撃も、見事な受け流しでそれを捌いていた。


 神術による肉体強化は互いに使っている。

 その差はサモスの方が上のはずなのだ。

 しかし、未だに決定打を入れることができないでいる。


「貴様、どういうことだ!? なんでオレの攻撃を受け切れている!?」


 剣戟が一時中断し、サモスの顔に少し動揺が見られる。


「一応、もう6ヶ月もオーナーにマーシャル・アーツ……戦うすべと神氣のコントロールを習ったんでね」


「訓練だと? 救世者に訓練なんて、なんなんだ、あのナイトとかいう奴は!?」


「彼は、このキャンプ場のオーナーだそうですよ」


「答えないつもりか……なら、様子見は終わりだ。もっとスピードを上げていくぞ。……神術【反響する疾走】!」


 普通の人間には、サモスの動きは捉えきれなかったことだろう。

 それほどの速度で、サモスはスタンレイの目の前に移動する。


 スタンレイも、その速さには対応しきれない。

 大剣で捌こうとするが完全には無理だった。

 サモスの斬撃は、スタンレイの脇腹に浅めながら傷を負わす。


「ぐっ……」


 スタンレイが呻く。


「どんどん行くぞ!」


 サモスの猛攻が始まる。

 浅いながらも次々と斬撃をスタンレイに喰らわせていく。

 確かに10秒でスタンレイの傷が回復していることがわかる。

 だが、かなりの神氣が奪われているはずだ。

 それにちょっとでも油断すれば致命傷を喰らう緊張感もあり、さほど集中力も保たなくなるだろう。


 はたして、スタンレイがバランスを崩して片膝をつく。


「【穿ちの旋風】!」


 ここぞとばかり、風をまとったサモスが突撃してくる。


「【大地の障壁】!」


 スタンレイが、瞬きするよりも早く目の前に巨大な土壁を築く。

 だが、それをサモスは、いともたやすく突き破る。

 剣と盾で土壁に風穴を開け、そのままスタンレイに体当たりするようにぶつかる。

 スタンレイが大剣で受けようとするが、サモスはそのまま激しく結界の壁まで弾きとばしてしまう。


「見たか! 聖人級のオレの力と速さを!」


 自慢げに剣先をスタンレイに向けるサモスは、勝利を確信した笑みが浮かべた。

 対してスタンレイは、見るからに疲労困憊している。


 明らかに違う力の差。

 それは聖人級の証。

 この力に、逆らってはいけない。

 だから、自分がの行動はまちがっていなかったのだ。


「ほら。10秒待ってやる。回復してもまた同じように何度ども地べたを這わせてやる! 聖人級に逆らってはいけないということをわからせてやる!」


 少し息が乱れているが、サモスはスタンレイに対して強気の姿勢を崩さない。

 なぜなら、スタンレイの士気に衰えが感じられなかったからだ。


「……あそこに、いろいろな天幕がありましたよね」


 立ちあがりながらスタンレイが、なぜか横の方を指さす。

 サモスは、ちらりと一瞬だけそちらを見る。

 確かに、指の先にはさっき見た不思議な天幕がいくつかうかがえた。


「あれはテントと言います。そしてテントを固定するヒモをガイロープって言うんです。普通に天幕を張るとき、オレらもロープを使いますけど、あのガイロープって異常に丈夫なんですよ」


「あ~ん? それがどうした?」


「気をつけないと、あのガイロープがわりと危ないんだ」


「もういい! そんな話は興味ない!」


 くだらない時間稼ぎだ。

 そう判断したサモスは、わずかに残像を生みながら、サモスはスタンレイの周りを動きだす。

 攪乱して隙をつき、一気に決着をつけるつもりだった。


「神術【大地の障壁】……」


 スタンレイが唱える。

 だが、先ほどのような大きな土壁は現れない。


 神氣が尽きた、サモスはそう判断した。

 いくら神氣あふれる天使界でも、神術を使うには一度、体内に取りこまなければならない。

 それが間にあわなければ、神術は発動しない。

 だから、勝利を確信した。


「喰らえ!」


 サモスは突撃した……はずだった。

 唐突に、彼は前につんのめるように倒れ、そのまま前方の地面にはりつくように倒れてしまう。

 苦痛に顔を歪ませながらも、サモスはなんとか立ちあがろうとする。


 そこにスタンレイの大剣が横薙ぎに襲う。

 盾でギリギリガードする。

 だが体勢を崩していて力が入らないこともあり、そのまま勢いよく意趣返しばかりに弾きとばされてしまう。


「ぐはっ!」


 激しい衝撃に呻きながらも、なんとか体勢を整えてスタンレイを睨む。

 いったいなにが起こったのか、よくわからない。


「ガイロープって、気をつけないとよく足を引っかけちまうんですよ。見えているようで見えてない」


 まるでその疑問に答えるように、スタンレイは地面を指さした。


「人間ってついつい足下を疎かにするもんだなと、改めてわかったもんです」


 するとそこには、踝ぐらいまである小さな土壁が、横に長く立ちあがっていたのある。


(オレを転ばせたのか……。防御用の土壁をあんな風に使うなんて)


 スタンレイはどちらかと言えば、猪突猛進のタイプだ。

 良くも悪くも目標に向かって一直線に進む。

 戦いの性質もまたそれで、基本的には力押しだった。

 一緒に仕方なく冒険したこともあったが、こんな考えた戦い方をするスタンレイを見たことはない。


「なっ、舐めた真似を! もう許さねぇ!」


 サモスは剣先を天に向けた。

 これこそは、サモスの得意とする強力な神術。


「神術【そびえる焔輪えんりん】!」


 サモスを囲むように8本の炎の柱が大地から立ちあがる。

 あとはそれが繋がり炎の壁が築かれれば、敵に逃げる隙はない。


「――はぁ!?」


 だが、そのほんの刹那のことだった。

 なぜか離れた所にいたはずのスタンレイが、サモスの目の前に低い体勢で剣を構えていたのだ。

 そして、その大剣をサモスの腹に突き刺した。


「――がはっ!」


 今まで感じたことがない、激しい衝撃が腹部に響く。

 それが咄嗟に痛覚として伝わってこない。


「ど、どうし……て……」


「神術【寸陰の歩み】。ナイトさんのお薦めで、スノピナ様と2人で覚えたばかりの神術ですよ」


 スタンレイはそう言いながら剣をすばやく抜き、また腹部に蹴りを入れてくる。

 サモスはそれを避けきることができない。

 今度は明確な腹部の痛みとともに、体が後ろに飛ばされる。

 そこには自分で生みだした業火がある。


「うわあああぁぁ!」


 熱を感じたのは一瞬だった。

 サモスの意識は、そのまますぐに闇の中に落ちてしまったのである。

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