第14話:傍若無人
「なっ、なんだ、ここは!?」
サモスが驚愕するが、それは一緒に入ってきたロコも、そして女戦士のポーラと、巨躯のカカムスも同じように、目を見開いて驚いていた。
先ほどまでも焼かれた畑の中にいたのだ。
それがただそこに立っている木の門をくぐったら突然、景色が変わって緑の芝生が美しい原っぱになっていたのである。
少し離れたところには、なんか不思議な色の布が張ってある。
その前では焚き火をしている人の姿もうかがえる。
さらに先には、どうやら人が住んでいるらしい木造の家がいくつか見えていた。
「近づいてきますね、サモス様」
ポーラの言うとおり、芝生の真ん中にある道を歩いてくる男女の姿が見える。
その道は、自分たちがいる場所に繋がっていた。
「…………」
もちろん、なにかの罠の可能性もある。
全員、武器を手にして構えたまま様子を見る。
「ようこそ、【天使の原キャンプ場】に。わたしがここのオーナーのナイトです」
真ん中にいた男が、近づいた途端に笑顔で話しかけてきた。
その左右にはイメージこそ正反対だが、とんでもない美女がつきそっている。
片方は白い簡素なワンピースに、陽射しを滑らかに反す金色のロングヘアー、そして優しげな明眸の持主だ。
片方は黒いレースがたくさん付いたドレスに、陽射しまで呑みこみそうな黒いミドルヘア、そして吸いこまれそうな黒い瞳は妖艶さを感じさせた。
2人の美女に囲まれているせいもあるが、真ん中に立つ男の姿はあまりにも平凡に見えた。
「オーナー? そのキャンプ場ってのはなんだよ?」
「はい。楽しく安全に野宿していただく場所を提供する商売でございます」
「……は? 野宿だ?」
サモスの顔が怪訝さに歪んだ。
「つまりなにか? ここが貴様の土地で、ここで野宿したければ金を出せということか?」
「はい。仰るとおりです。止まるテントも食事も全部、ご自分で用意していただきます。ただ、食材などない場合は、あちらの売店でも販売しておりますので」
そう言って、ナイトと名のった男はふりかえって、目線で少し離れたところにたつ木造の家を示した。
つまりあれば、宿泊施設の建物ではないということなのであろう。
「ふざけるのも大概にしろよ、てめぇ! そんな商売が成り立つと思ってんのか!」
「おや。野宿が嫌だというなら、あちらの管理棟の向こうにバンガローがありますよ」
「バンガローだと?」
「ええ。宿泊用に作った木造の小屋ですね。ベッドや寝袋はないので、貸出料金を払っていただければお貸しします。あと先ほど申し上げたとおり、そちらの食事も別料金です」
「つまり……素泊まりということか?」
「はい。料金表はこのようになっています」
ナイトという男が、どこからともなく不思議な硬めの紙を指しだしてきた。
いや。紙ではない。
それはかるくしなるのだが、紙よりも硬くて折りたたむことはできそうにない。
ただ妙な艶やかな表面の中には、確かに文字が書いてあった。
それは宿泊や、よくわからない貸出の品、食材の値段表だった。
「ふっ、ふざけるな! なんだ、この高い額は! 素泊まりなのに高すぎるだろう! 普通の食事付きの宿の値段と変わらねぇじゃないか!」
「申し訳ございません。あまり安くすると、こちらばかり利用されて人間界の宿屋に迷惑がかかるかもしれませんし」
「何を言って……人間界……そうだ、オレは泊まりに来たわけじゃねぇ! それだ、それを教えろ! ここはどこなんだ!? 別の世界なのか、それとも――」
「――ここは天使界ですよ、救世者サモス」
ナイトの背後から女性の声が割りこんだ。
左右にいる美女のものではない。
ロコの記憶にある声。
「前回の会合ぶりですね、ロコ」
そう言いながら、ナイトの背後から1人の女性が顔をだす。
それはよく見知った顔。
自分の敬愛する先輩。
「ス、スノピナ様!? どうしてこちらに……って、ではやはりここがスノピナ様が仰っていた……」
「ええ。【天使の原キャンプ場】。あなたを連れてきたかった場所です。偶然にもあなたの方からやってくるとは思いませんでした。これも天使エルミカ様の思し召しでしょう」
そうほほえんで答えたスノピナに、ナイトが尋ねる。
「神術でいきなり背後に立たないでください。……って、お知り合いですか?」
「すいません。遠くから知人だとわかったのでつい。……先に、わたしから説明させていただいてよろしいですか?」
ナイトの了承を得ると、スノピナはサモスの方に寄って、この場所がどういう場所か説明を始めた。
まず、ここはまちがいなく天使界であるということ。
そしてその中でも、この辺りは天使エルミカがナイトに貸し与えている場所である事。
さらにここでは、キャンプという名の野宿を楽しむ場所である事が語られた。
「野宿なんていつもしていることだろうが。そんなもん楽しめるか」
サモスは呆れるように言い放った。
だが、スノピナは怒った様子もなくゆっくりと語る。
「ここは魔物も来ない……いちおう来ない、安全な天使界ですよ。安全な野宿ができるだけでも普段よりよいと思いませんか?」
なぜスノピナが「いちおう」とつけたのかは気になったが、ロコはその通りだと思った。
野宿はだいたいどこでしても危険が伴う。
魔物や盗賊だけではない。
危険な動物や虫、そして気温変化さえも敵となる。
もし、それらの心配がないのであれば、同じ野宿でも休める度合いが違うだろう。
しかし、それでも普通の宿と同程度の金額を請求されるのには抵抗がある。
それに説明を受けて、余計気になることもできた。
「だいたい、なんで天使様はこんな平凡そうな人間に天使界の土地を貸してるんだよ!」
サモスが怒声混じりに尋ねる。
彼の言い方は悪いが、ロコも気になったことだった。
天使から天使界の一部を預けられるナイトという存在は、何者なのかハッキリさせなければならない。
「オレみたいな聖人級ならわかるが、なんで凡人が管理なんて任されるんだ! 天使様はバカなのか!?」
「サモス様! 天使様に対してなんてことを言うのですか!」
あまりの無礼に、ロコも黙っていられなかった。
しかし、サモスは相変わらず悪気の欠片も見せず睨み返してくる。
「うっせい! 英雄級ごときがオレに説教するなと言っただろうが!」
「し、しかし、天使様にそのような――」
「事実だろうが。バカじゃなきゃ、節穴なのか? 見る目がねぇな! そんなだから、魔王を12体も生まれさせちゃうんじゃねーのか! そもそもここが天使界ってのは、本当なのかよ、スノピナ!?」
暴言にロコは気圧されてしまって反論できない。
だが、隣でナイトに向かって白いワンピースの女性が小声で言っている声は聞こえた。
「ナイト、あの男をボッコボコにしなさい」
「……おまえ、人間の感情に呑まれすぎだ」
さらに黒いドレスの女もささやく。
「いやはや。天使のことをよくわかっている人間じゃないか」
「ナイト、その黒い女もボッコボコにしなさい」
「だから、呑まれすぎだと……」
なんとも顔に似合わぬ剣呑なことを呑気に話している。
それに対して、ナイトはため息を小さく返していた。
どうやら、ナイトはサモスに反論する気はないようだ。
(そりゃあ、そうですよね……相手は聖人級の救世者。逆らったらどうなるか……)
聖人級にもなれば、国からもいろいろと優遇される。
小さな領地をもらっている者さえいるぐらいだ。
戦闘力という単純な力だけでなく、その権力はかなり強い。
だから、この場でサモスに意見を言えるとすれば、同じ聖人級の救世主しかいないだろう。
「サモス殿。口が過ぎますよ、控えなさい」
珍しくスノピナが声を荒げた。
その様子にサモスが「ちっ」と舌をならす。
「だいたい、おまえたちはなんでこんな所で滞在しているんだよ。なんかよく来ているような口調だったが、野宿もせずに金をかけていつもここで寝泊まりしているのか? さすが最近、活躍している奴らは金回りが違うよな」
「勝手に穿った見方をしないでください。そもそも、こちらには1週間に1度しか来られないのです。最大で3日間しか滞在できません」
「3日間って、天使界に3日間もいてサボるつもり……天使界……ああ、そういうことか!」
サモスは意味ありげにニヤリと口角をあげる。
そしてスノピナを指さす。
「魔王【ティーア・マッド】を斃したのは、ここに連れこんだんだな!? この神氣のあふれた空間でかなり弱まった魔王を斃した……違うか?」
サモスはこういうことに勘が働く。
たぶん、彼の推理は合っていたのだろうとロコは直感した。
スノピナの表情が少し変わったからだ。
「……そうですね。大筋でそんな感じです。ただ連れこんだわけではなく、ここに逃げ込んだ我々を追って、魔王が自ら侵入してきたのです」
「自分からだと? あはははは! 魔王【ティーア・マッド】もかなりのバカだったんだな! こんな所に入ったら、力が弱まるに決まっているじゃないか!」
サモスが本気でおかしそうに腹を抱えて笑いだす。
確かにちょっと面白い話ではある。
が、ロコは笑えなかった。
また隣から小声で話す、黒いドレスの女性とナイトの会話が聞こえてきていたからだ。
「おい、ナイト。あいつ、殺させろ」
「ダメに決まっているだろう」
「だいたい、わたくしと違い、あなたのは事実ではないですか」
白いワンピースの女性の言葉に、黒いドレスの女性が怒る。
「ナイト、こいつを血祭りするならよいだろう?」
「よいわけないだろう?」
(というか、なんか今、すごく気になる事を言っていたような……)
ロコは感情と情報が交差しすぎて混乱してしまう。
いや、ロコだけではない。
この場が、どうにも収拾が付かなくなっている。
「とりあえずスノピナさんのお知り合いということであれば、初回ということで宿泊料と基本レンタルセットは無料とさせていただきますが、いかがなさいますか? ただ、お食事代は払っていただきますが」
それを何とかするためか、ナイトがロコたちに有利な提案を口にした。
だが、それさえもサモスには気に食わない。
「せっかく天使界に来たんだ。滞在してやる……が、貴様! オレたちは救世者だということはわかっているよな? オレのオトモは英雄級だが、オレは聖人級だぞ!」
「はあ……。やたらに、その聖人級っていう肩書きにこだわりますね」
「当たり前だ! オレたち救世者はおまえたち凡人のために命がけで魔物と戦ってやっているんだ。その中でも数少ない聖人級、将来救世主になるかもしれないオレに対して、食事代をとるだと? 馳走をふるまうぐらいはして当たり前だろうが!」
「ふむ……。エミ、そんなルールがあるのか?」
ナイトはきょとんとした顔をしながら、白いワンピースの金髪美女に尋ねた。
そのエミと呼ばれた女性が、静かに首を横にふる。
「いいえ。そんなルールはもちろんありませんよ。救世者だろうと、たとえ救世主だろうと、権威を振りかざしていいはずがありません」
「――だそうですよ、お客様」
エミ、そしてナイトの言葉に、サモスが顔を真っ赤にする。
そしてすぐさま、腰に吊していた剣を抜き放った。
「貴様ら! この聖人級救世者を馬鹿にした罪、思い知らせてやる!」
サモスの動きに迷いはなかったから、ロコに止める暇もなかった。
あまりのことに呆然としている様子のナイトに、彼は頭上に振りあげた剣を勢いよくふりおろす。
きっとナイトの体は、脳天から真っ二つにされることだろう。
そうなるはずだった。
甲高いキーンという金属音が鳴り響いた。
サモスとナイトの間に、いつの間にか1人の男が立っていた。
彼はサモスの振りおろした剣を自分の剣で受けとめると、そのまま斜め下に流すように見事に捌いてしまう。
おかげでサモスの剣は地面を削り、勢い余ったサモスは蹈鞴を踏む。
その隙を間に入った男は見逃さなかった。
彼は「失礼」と言いながらも、サモスの腹部に横蹴りを入れて、サモスを背後に転がしたのだ。
「オーナーには余計なことと思いましたが、同じ救世者として見過ごすわけにもいかんのでお許しを」
剣を構え、ナイトを庇った男をロコは知っていた。
スノピナがいたのだから、彼もいるであろうことはわかっていた。
「スタンレイ……」
ロコはその彼の名前を口にした。
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