サイト2:常連客と新規客
第13話:聖人級
太陽がもうすぐ昇りきるという時間帯だというのに、暗雲に空が覆われて薄暗くなっていた。
そんな曇天の下、森のすぐ近くにある畑の中で、4人の冒険者が魔物と戦っていた。
魔物は、狼型の魔物が十数体。
頭には羊のような角が生え、四肢の爪は刃となり、異常に長い尾は鞭のように振るわれていれる。
その魔物は砂埃を舞わせながら、何度も4人に襲いかかっていた。
1人は、二十代半ばの片手剣と盾を振う男の戦士。
1人は、すばやく動く短剣を両手に握る十代後半の女戦士。
1人は、その巨躯に見合う大きな拳に棘付きの金具をつけた二十代後半の男戦士。
そして1人は、武器を何も持たないが、神術を使って仲間を癒す白いフードの若き巫女姫。
彼らはそれぞれの役割を果たしながら戦い、すばやい動きに翻弄されながらも、魔物を1匹ずつ仕留めていく。
森の中で狼の魔物を見つけて戦闘になったが、森の中では敵に囲まれると戦いが不利になった。
だから、近くの広大な畑までおびき出し、なんとか倒してきたのだ。
だが、周囲を囲む魔物は、まだ10匹近くは残っている。
少しずつ陣形を狭め、獲物を追い詰めようとしていた。
「くそっ面倒だ! おい、おまえら。しばらくオレを守れ!」
短い金髪の剣と盾を持つ戦士が声をあげる。
すぐに3人が動き、その金髪の戦士の周りに集まる。
金髪の戦士が剣を振りあげ、神氣を集中させた。
彼の周りに集まる圧倒的な量の神氣。
それを感じたのか、狼の魔物達が一瞬だけ怯む。
「燃やし尽くしてやるぜ!」
「えっ! ダメです、それは――」
まだ幼さが残る面をした銀髪の巫女姫が、驚きながらも彼を止めようとする。
だが、彼は聞く耳などもたない。
「神術【
戦士達を囲むように8本の炎の柱が大地から立ちあがる。
風を巻きあげる激しい音と共に、それは一瞬で繋がり炎の壁が築かれる。
さらに外側にも8本、その外側にも8本と、次々と柱が立って灼熱の壁に変わった。
全部で5重となった壁は、1つになると巨大な炎の塔と化す。
巻きこまれた魔物の断末魔がいくつもあがるが、それも一瞬だった。
それは半径30メートルほどある炎の塔と化し、10秒も経たないうちに中にいる魔物達を激しく焼き尽くしたのである。
そしてそこに根付く生命さえも灰燼と化し、焼けただれた地面だけがそこに残った。
湿った土の香りは消え失せ、焦げた臭いが鼻につく。
あとに残ったのは、中央に立つ4人だけ。
「サ、サモス様! なんてことをなさるんですか!」
巫女姫が、無残な姿になった畑を見て泣きそうな声で訴える。
「作物の種も畑もすべて……この畑の持主がこれでは……」
「あ~ん? うっせえなぁ」
だが、サモスと言われた金髪の戦士は、顔を思いっきり顰めてわざとらしくため息をついてみせる。
そしてその少し細い目で、巫女姫を強く睨みつけた。
「魔物に殺されるよりはマシだろうが。だいたい斃してくれと言ってきたのは、この村人どもだろうが!」
「だからって、あなた様ならもっとやりようが……」
「何言ってくれてんだ、おまえは? オレたちもう少しで魔物に殺されそうだったんだぞ。それによ……」
サモスが、その銀色の陽光を返す剣先を巫女姫に躊躇いなく向けた。
向けられた巫女姫は、体を縮めて震わし、小さな悲鳴をあげる。
「この聖人級である救世者のオレに向かって、たかが英雄級の巫女姫ごときが説教とかふざけんなよ!? わかってんのか、【ロコ】様よぉ~?」
「で、でも……村の人たちもきっと……」
「ったくよ! 知るかよ! だいたい村人どもなんて単なる凡人だろうが。聖人級救世者に物申すなんて許されるわけねーだろうが。いいから、村人どもに終わったって合図を送っておけよ!」
そう言われて、巫女姫【ロコ】はしぶしぶ神術による光の玉を空に打ち上げる。
玉は空高く真っ直ぐに昇ると、まるで小さな太陽がもうひとつ生まれたかのように明りを放った。
これで隣村に退避していた村人たちも、魔物退治が終わったことに気がついたはずである。
「――おい! 変なものがあるぞ!?」
唐突に、女戦士が声をあげた。
何事かと、ロコもサモスも、女戦士が指さす方に視線を向ける。
「なっ、なんでこんなところに……燃えもせず!?」
この周辺は、サモスが燃やし尽くしたはずだ。
たとえ、そこに大木があろうと、聖人級の力はそれも灰と化したはずである。
しかしなぜかそこには、木製の門が存在していた。
上部はアーチ状になり、そこには看板が張ってある。
「『ようこそ、【天使の原キャンプ場】へ!』……って、キャンプってなんだよ?」
「キャンプ場……ってまさか……」
ロコは、記憶にあった言葉を口にした。
「なんだ? 知ってんのかよ、ロコ」
「は、はい。詳しいことは知らないのですが、確か前回の【祈りの会】で集まったとき、スノピナ様が私にこっそりと教えてくれました。なんでも普通では辿りつけない、キャンプ場という不思議な場所があるから、次の王都帰還時に連れて行ってくれると……」
「不思議な場所……か。わざわざ連れて行くってことは、なんかうまみのある秘密がありそうだな。もし、これがその入り口なら……」
§
「おお、スノピナさん。訓練からお戻りかな?」
スノピナは自分のテントへ戻る途中、老人から声をかけられた。
すでにかなりの老体ながら、体つきは若者にも負けていない。
額の上で前髪に隠れ気味だが、大きな傷も彼の迫力の一部だった。
されどピンとした口髭が印象的な顔つきは、優しげな双眸のおかげで好好爺感があふれている。
「あら、こんにちは。いらしていたのですね、コルマン公しゃ……コルマンさん」
「おいおい、またか。何度も言わせるな。ここでは、いちキャンパーのコルマンだからな」
コルマンはかるく笑ってみせた。
彼は、ナイトから購入したという、自慢のダークグリーンの2本のポールで立つパップテントの前に椅子を置き、目の前で焚き火をしながら、コーヒーという黒い茶を楽しんでいる。
自宅に戻れば、大きな屋敷に豪勢な家具、メイドの入れてくれた高級茶が飲めるというのに、彼は非常にご機嫌に自分の空間を楽しんでいた。
「そんなにこちらに通われて、お仕事の方は大丈夫なのですか?」
「わははは。なに、もう息子にほとんど任せている。こっちは隠居の身だ」
「それでもまだ地位は……」
「息子から、あまえが抜けていないからな。地位を譲るのはもう少し後だ。そろそろ、ひとり立ちしてもらわないといかんというのに、困ったものだがな」
「そのようなことは。まだお若いのに、しっかりなさっていると聞いておりますが」
「なに、まだまだよ。それにりもスタンレイの最近の活躍は、すばらしいと聞いているぞ」
「ええ。おかげさまで」
まだ離れた場所で、ナイトに訓練をつけてもらっているであろうスタンレイの方を見る。
確かに最近の彼は、心身共に強くなった。
「君たちの活躍は、わたしの耳にいくつも届いている。東の雷帝国のキメラ討伐、傀儡山の盗賊討伐、ハンゴー原野のワイバーンの群れの退治……。まあ、一番有名なのは、魔王【ティーア・マッド】を天使界に誘いこんでの討伐」
「そ、それは……」
「ああ、わかっとる。我もスノピナさんたちほどではないが、ここに来てしばらく経つ。真相は想像つく。オーナーの力と、名前が同じティーアという娘を見てしまえばな」
「ふふふ。そうですね。ここでキャンプしている方々には、すぐわかることなのでしょう」
スノピナは周りをかるく見わたす。
キャンプ場のサイトには、スノピナとスタンレイのテントのほかに、あと2つ、明るい緑のテントと、オレンジ色のテントが設営されていた。
「まあ、まだ他の者は来てから、それほど経っておらぬからわからぬかもしれないが。我がここに来て、もう4ヶ月ぐらい経つか。スノピナさんたちは、6~7ヶ月ぐらい前だったな」
スノピナは、コクリとうなずく。
彼の言うとおり、スノピナたちが初めてここを訪れて、魔王【ティーア・マッド】の恐怖が抑えられてから、6ヶ月ちょっと経っていた。
その間、メンバーズカードを使って隙を見てはここに訪れた。
そして可能な限り、ワークショップの仕組みを使って訓練を受けていた。
魔物退治をしながらだし、資金もかかるため、10日に1度来られるかどうかだったが、それでも意味があることだった。
スタンレイが強くなり多くの活躍をしたのは、ここで訓練したことがやはり大きいだろう。
今まで伸び悩んでいたのが嘘のように、目を見張る早さで成長していた。
もちろん、スノピナとて負けてはいられない。
彼女も頑張って強くなろうと研鑽を重ねていた。
「でも、わたしたちよりも、コルマンさんの方がキャンパーって感じですね。キャンプギアも増えていますし。回数だけで言えば、わたしたちとそう変わらないぐらいでは? そう言えば、いつの間にかナイトさんと同じ服装までしていますし」
「わははは。いいだろ? この紺の作務衣、オーナーに譲ってもらったんだ。なんでも火の粉が飛んできても燃えにくい素材らしくてな。それで……おっ?」
コルマンが話を止めて、顔を横へ方に向けた。
すると少し離れた中央の道を歩む、ナイトとエミ、そしてキャンプ場に不釣り合いの黒いドレスをきたティーアの姿がうかがえた。
どうやら、キャンプ場の入り口の方に向かっているらしい。
「おーい、オーナー。どこに行くんだい?」
コルマンが声をかけると、ナイトがかるく手を振ってこちらに近づいてくる。
そしてコルマンのサイトまで来ると、ニコッと笑って答える。
「新しいお客様が来るかもしれないので、そのお迎えに」
「ほう。正規の界門を通ってくるということは、天使エルミカ様の思し召しかな」
「そうですね。面倒なお客様ではないといいのですが」
ナイトは、横目でエミをチラリと見る。
そしてただニコニコとしているエミを見て、少し苦笑いを浮かべた。
このキャンプ場に入る方法は3つある。
1つは、滅多にないが自然に開いた門に入ってしまうこと。
1つは、メンバーズカードで開いた門に入る方法。
1つは、天使エルミカの力で開いた門に入る方法。
正規の界門とは、2番目と3番目の方法だが、今回は3番目の方法だということだろう。
「あのぉ、スタンレイはどうしたかご存じですか?」
スタンレイは、ナイトと訓練を続けていたはずである。
「はい。彼なら汗を掻いたからシャワーを浴びに行っていますよ。私は汗を掻くほど動いていなかったので」
「あ、ああ。なるほど……」
スノピナは苦笑する。
ナイトにとってスタンレイとの訓練は、児戯に等しいということなのだろう。
悲しいことだが、これは致し方ない。
「おい! 聞け、スノピナよ」
ナイトの肩越しに、ティーアがその美しい黒髪をたらしながら覗きこんだ。
「せっかく我がナイトに変わって相手をしてやると言ったのに、あやつめ生意気にも断りおったぞ」
最初の頃は反抗的で、人との会話も不慣れだったティーアだったが、今ではなんだかんだとなじんでしまっている。
それどころか、若い人間の姿になっている影響なのか、少し態度が幼くなってきているようにも見えた。
「すいません、ティーアさん。昨日からの連戦で、スタンレイも疲れているのでしょう」
「ふん。まだまだ修行が足らんな」
そう言いながら、頬を膨らませて腕を組む。
やはり少し態度が幼い。
「お。そろそろ門が開いたみたいですね」
ナイトがキャンプ場の門の方を向いた。
確かに木製の門の真ん中辺りの風景に揺らぎが生まれている。
「それでは行ってきます。……さて。みなさんのような、いいお客様ならいいのですが……」
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