第2話:ここをキャンプ場とする!
「きゃんぷ……って……?」
「はい。私の経営するキャンプ場がありまして……。それより、これはひどい状況だ」
陽炎の門から現れた青年は、炎に囲まれた周囲を見ると眉を顰めた。
不思議なことに、その門の周りには炎が近寄らない。
まるで見えない壁にでも阻まれているかのようだった。
「朝方に見に来たときは、キャンプしやすそうな森林だったのに。これでは台なしだな……」
「なっ、何を呑気なことを! 逃げてください!」
予想外の出来事で一拍の間をおいてから、巫女姫スノピナは叱るように青年に告げた。
青年は、まだ20才になっていないぐらいだろう。
スタンレイよりも若そうな年齢ながらも、まとう雰囲気は正反対だ。
いつも張りつめた空気に包まれたスタンレイに対して、青年は物静かで穏やかな空気感を漂わせている。
スタンレイよりも一回り以上小さい身体だが、年齢にそぐわぬ雰囲気は、スノピナに穏やかで包容力のある自分の祖父を思いださせたぐらいだ。
そして見たこともないシンプルで薄手の黒いズボンと上着を羽織っている。
「早く! あなたも殺されますよ!」
「あれは……ドラゴン? すごいな。さすがファンタジー」
スノピナの言葉が聞こえていないかのように、青年は空を仰いでなにやら感心したような声をだす。
「あれは魔王です! 気がつかれる前に早く!」
「おお。あれがエルミカが言っていた魔王かぁ。竜の魔王とは、なんとも迫力のあることだ」
「えっ? エルミ……それは【天使エルミカ】様のことで――」
「この迫力……若かりし頃、戦艦相手にボート1隻で対面したときのことを思いだすなあ」
「……はい?」
「とりあえず火を消して、この土地をなんとかするか」
「な、何を言って……」
「他人様の土地だけど、緊急事態ということで……」
青年は右の拳を天に向かって突きあげた。
そして、勢いよく掌を開く。
「キャンプフィールド展開!」
普通では、認識できても見ることができない神の力【神氣】。
それが目に見えるほど濃密に彼の手に宿る。
「モデル、林間サイト!」
刹那、なにかが弾けるような音がした。
そして青年から、まばゆい光の波動が放たれる。
「こ、これは!?」
スノピナが感じたのは、安らぎだった。
母親に抱かれたような幸福感がともなう、温かく優しい光。
それはゆっくりと広がりながら、照らした空間をすべて変化させていく。
焼かれた地面は、緑と湿った土の大地に。
炎を掲げていた木々は、緑生い茂る森林に。
焦げ臭い黒い煙は、爽やかに透きとおった空気に。
そこにあった死は消え、新たな生が現れる。
「――ここをキャンプ場とする! 場内の存在は強制チェックイン!」
気がつけば、燃えさかる炎はどこにもなかった。
最初の姿よりも木々は少なくなっていて、同じ風景ではない。
まるでそこに、新しい林がうまれたかのようだった。
あまりのことに、滞空している魔王さえも動きをとめている始末だ。
(まちがいなく神術……ですが……いくらなんでも……)
その力は強大すぎた。
周囲一帯を一変させる神術は、創造系か結界系。
創造系は世界を作り替えることができるが、その力は救世級のさらに上である、人では辿りつけないと言われている天使級の力。
一方で結界系は、一時的にその場に特定空間を顕現させる力。
これならば聖人級から使うことができると言われている。
「あなたは、救世者ですか!? しかも、聖人級以上の……」
「いえ、違います。救世者ではなく経営者です。ただのキャンプ場管理者兼経営者。この力は、キャンプ場を作り出せる力です」
「その、『きゃんぷ』場とはいったい……」
「その話は、またあとにしましょう。そこの魔王が何かしてきそうですから」
そう言われて、スノピナは慌てて上空を見上げる。
すると驚きから覚めた竜は、新たな邪魔者を排除するため、今まさに炎を吐きだそうと口を開こうとしていた。
(――させません!)
スノピナは慌てて神術で防護壁を築こうとする。
だが、それよりも早く青年の手が、また掲げられる。
「――基本ルール設定! 林間サイトルール追加!」
それはまるで、支配者の宣言のようにスノピナは感じられた。
彼の言葉にこめられた、抗うことができない力が、一瞬で周囲に広がっていくことがわかる。
それは得体の知れない強制力。
竜の口が大きく開き、その正面に火球が小さく産まれた。
だが、それはすぐに竜の頭よりも大きくなる。
そして、それがスノピナたちに向けて放たれる……かと思えた。
「他の方に迷惑をかける行為は禁止です!」
火球が消失した。
それは何の前触れもなく、音もなく、まるで最初から何もなかったように消えたのだ。
「騒音をだす行為、暴力行為など、キャンプ場内では禁止しています!」
青年が天空の竜に向かって、叱るようにそう告げた。
一方で魔王たる竜は、翼をゆるりと動かしながら、その場に滞空した。
そして目の前で起きたことを吟味でもしているのか、金色の瞳をすっと細くしてしばらく青年を凝視する。
「…………」
おもむろに、竜は首を横に向けてまた口の先に火球を生みだす。
「なるほど。他の方に迷惑をかける行為、すなわち人に直接、攻撃しなければどうなるのか、抑制力が弱まるのではないかと考えたのか。大暴れしているにしては、人語を理解しているし、知能も高そうだ」
青年は独り言のように呟くと、両手を腰にあてた。
そして、ニヤリと笑って見せる。
今まで見せていた柔らかい笑顔とは違う、どこか勝利を確信した不敵な笑みだ。
「しかし、焚き火をすることはかまわないが……」
火球が竜の口から飛びだした。
せっかく生まれいでた森林が、また燃やされる……そうスノピナは覚悟していた。
わかっていても自分では防げないと。
だが、火球は木々や大地を燃やすことはなかった。
火球はまた、木々に当たる寸前でかき消されてしまったのだ。
なんの音も立てずに忽然と。
「このキャンプ場では基本ルールにより直火禁止! 焚き火したいなら焚き火台を用意! もちろん木々を傷つけたり燃やすのも禁止です! ハンモックを使いたい場合は、養生を忘れずに!」
「なっ、何を言っているんです!?」
スノピナは思わずつっこむ。
青年が何を言っているのか、本当によくわからない。
しかし、彼の力が
(つまり、この人は救世級の……)
驚くいとまもなく、今度は突風が2人を襲う。
何事かと思ってみれば、なんと魔王たる狂黒竜が自分たちのすぐ側に降下してきたのだ。
木の葉と土埃を舞わせながら、ゆっくりゆっくりと青年の様子をうかがいつつ。
そして寝転がった大人2人分はありそうな足で、少し開けた地面の土をしっかりとつかんだ。
一軒家など簡単に包み込めそうな2枚の翼を折りたたみ、巨大な尻尾も震動と共に地面へおろす。
そして前足に当たる右腕を前に向けた。
人を1人簡単に握りつぶせそうな4本の指の1本を謎の男に向けた。
〈人間……貴様、我に何をした……〉
鋭い牙を覗かす、人を丸呑みできるような口を動かしたわけではない。
その声は、脳内に直接響いた。
神の使いである天使や、高等な魔物が使う、【交心術】と呼ばれる音にならざる声の会話法だった。
「何をした……と言われてもな。あえていえば、この場にいることを許したぐらいか」
鋭い爪に指された男は、先ほどまでとは違う、少し粗野な口調だった。
そこに虚勢は感じられず、竜の魔王を恐れる様子は少しもない。
〈なるほど。やはり貴様が対象にしたのは、この空間に対する縛りだな。違うか?〉
「…………」
青年はなにも答えず、先ほども見せた不敵な笑みだけを見せる。
〈答えぬか。生意気な人間よ。我に、この縛りを破れぬとでも思っているのか?〉
「どうだろうね。さすが魔王だけあって、抵抗はできるようだけど……」
〈所詮は人間。自分の小さな器でしか量れぬ愚か者よ。ならばその目で――〉
「おいおい。そっちこそ、俺がこれ以上何もしないと思っているのか?」
〈なに?〉
「さすがに魔王相手だからな」
そう言った彼の両手には、先ほどまでなかった物がいつの間にか握られていた。
左手に細く色彩が鮮やかなロープ。
その手からあふれるほど長く、どうやら大量にあるらしい。
右手に金属製らしい、短剣程度の長さがある杭が10本以上。
〈……なんだそれは? どこからだした?〉
「これはガイロープとペグ。テントを張るときに使う物だ」
〈テント? それがなんだかは知らぬが、まさかその細い紐と小さい杭で我を抑えようというのではあるまいな〉
「たとえばお前が地面に降りて動かずにいたら、このロープとペグで地面に磔にできると思うか?」
〈意味がわからんが、磔にできたとしても意味はないし、そもそも我がそれに従うはずもない〉
「ああ、もちろん。でも、大事なのは
〈貴様は何を言って――〉
「やってみせよう。――ペグダウン!」
〈――!?〉
「――えっ!?」
彼の斜め後ろから目の当たりにしていたスノピナだったが、何が起こったのかまったく理解できなかった。
それはたぶん今、
その巨体は地面にひれ伏し、複雑にロープで地面に縫い止められていた。
ロープは、青年が持っていたものと同じ物。
見ることはできないが、そのロープを抑えている杭も彼が持っていたものなのだろう。
だが、どうして、いつ、どうやって魔王の巨体を地面に張りつけたのか、まったくわからない。
瞬きさえしていないのに、刹那の間にそういう結果になっていたのだ。
地面にたたき伏せられたならば、振動や音が伝わり、砂埃も立つだろうが、そういう様子が欠片もない。
〈バカな……なにをやった人間!〉
「今のは、テントを張るのに便利な能力としてもらったものだ。忙しいときに、さっとテントを張れるといいなと言ったら、こんな感じの能力に……」
〈意味がわからぬ!〉
「だろうな。悪いが、俺も詳しく説明できるほどわかっていない」
〈何を言っているか、貴様! だいたい我は今、地面に押しつけられた感触さえ感じなかったぞ! まるで最初から張りつけられていたかのように……〉
「ああ、そういうものらしい」
〈そういうもの!? というか、この程度のヒモがなぜ切れぬ!? なぜピクリとも動かぬ!?〉
「ルール付けをしているから、そのガイロープは切れないし、俺以外にそのペグは絶対には抜けない。風が強いときに、レンタル用のテントが飛んでいったら危ないからね」
〈だから、意味がわからぬと! ……ええい! こうなれば!〉
竜の全身から、体と同じ色をした漆黒の煙が立ちのぼる。
それは見る見るうちに増えていき、全身を包み始めた。
ときおり、その煙の中を稲光のようなものが走る。
まるで地上に雷雲ができあがったかのようだ。
そして同時にガイロープと呼ばれていたヒモが、少しずつ弛んでいくのがわかる。
「小さくなれるのか。どーするかな。魔王を斃してしまうと
青年が顎に手を当てて低く唸った。
「ここは、逃げの一手か」
彼は、くるっと振り返り、倒れたままのスタンレイの元に走りよった。
そして傷だらけのスタンレイに手をかざすと、神氣が蠢くように広がる。
「そ、それは……回復の神術!?」
慌てて後を追ったスノピナの眼前で、スタンレイの傷が一瞬で癒える。
だが、それだけなら驚くほどではなかった。
スノピナも精神力が落ちていなければ、簡単にできることだ。
問題は、スタンレイの壊れた篭手や鎧、破れた服、欠けた刃までもが、新品かのように元通りになっていたことである。
それは修復というよりも、復元とでもいうべき力。
「ど……どうなっているのだ!?」
スタンレイも自分の姿を見て目を丸くしている。
どうやら痛みもないらしく、何事もなかったように立ちあがった。
「とりあえず、私のキャンプ場に行きましょうか。詳しい話はその後で」
そう言って彼が指さしたのは、彼が現れた木の門だった。
先ほどまで見えなかった、その門の上にあった看板には、こう書いてあった。
――ようこそ、【天使の原キャンプ場】へ!
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※次回以降、2024/01/02 12:00から毎日1話公開予定(今のところw)
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