異世界【天使の原キャンプ場】にようこそ!~救世の冒険者たちが立ち寄るキャンプ場~
芳賀 概夢@コミカライズ連載中
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第1話:狂黒竜
空を覆うがごとき、雷雲を思わす巨大な影は、太陽を遮るも大地に闇を作らない。
なぜならその影から放出された火焔が、森の木々を焼きはらい大地に太陽を作っていたからだ。
「巫女姫様! 早くお逃げください!」
バチバチと木々が爆ぜる音と、ゴウゴウと燃え広がる炎の音が、若き戦士の言葉を妨げる。
だが、巫女姫と呼ばれたスノピナには、何を言っているのかすぐにわかった。
薄汚れてしまった白のベールごと銀髪を振り、彼の言葉を否定する。
「スタンレイ、あなたも逃げるのです!」
スノピナは全身を包む高熱に顔を歪めながらも、スタンレイを死なせまいと手を伸ばした。
まさに灼熱の地獄だった。
踊り狂う火柱の上から黒き煙が立ちのぼり、熱せられた空気が渦を巻く。
老木も若木も薪とされた。
その地に生きていた動物たちは焼け死に、もしくはすでに逃げだしている。
今、この地面で生きている動物は、2人の人間しかいなかったかもしれない。
「今のあなたでは――」
「そうはいきません!」
スノピナの言葉をスタンレイが遮った。
彼は軽装の鎧をまとい、重厚な両手剣を構えながら、雄々しく声を張る。
「2人で逃げ切るのは無理です。オレが囮になります! その間に転移術で逃げてください!」
「何を言って――」
「同じ救世者でも、オレは英雄級ですが、あなた様は聖人級。ここであなたを死なせるわけにはいきません!」
そう言うと、彼は空中で羽ばたきもせずに滞空する巨竜を見すえる。
この世界に
その中で【魔王格】という力を手にいれ、【魔王】と呼ばれる存在になった12の魔物。
今、上空を我が物顔で飛び回り、口から吐く炎で森を好き勝手に燃やし、愉悦するように雄叫びを上げている漆黒の竜も、そのうちのひとつ。
刺々しいウロコは並の刃や鏃をかるく弾きかえし、鋭く真っ赤な眼光で睨まれれば勇者級の救世者でも恐怖感で金縛りにあう。
元は【創造の守護者】と呼ばれた存在だったなど、欠片も感じさせない恐ろしい姿。
「弄びやがって! オレとて救世主候補なんだ! ――神術【鉄壁の体軀】! 【千人力の舞】! 【天翔る騎馬】!」
スタンレイの全身の筋肉が、真っ赤な闘気に包まれる。
今、彼はまさに千人分の力を得た。
その筋力を使うように、深くしゃがんでから常人では考えられない高度まで跳びあがったかと思うと、竜と同じように空中に浮遊する。
「でやああぁぁぁっ!」
そして大剣を構えながら、空中を滑空するように進み、黒い竜の体を切りつけようとした。
しかし、竜の翼の一振りでスタンレイは近づくどころか吹き飛ばされてしまう。
「まだだ! せめて一矢報いるまでは!」
空中で姿勢を戻した彼は、大剣を天空に向かって突きだす。
そして、叫ぶ。
「オレの中で一番、【
大剣を真上から振りおろす。
と同時に、天空にいくつもの雷が走り、それがひとつとなって竜の頭に炸裂した。
爆音で、すべての音が打ち消される。
激しい稲光で、すべての視界が真っ白になる。
1日に1度しか使えない、彼の必殺の一撃。
それは確かに強力な技だった。
「どうだ! これなら少しは……」
しかし光が収まったあと、スタンレイの期待は、一瞬で絶望に変わった。
漆黒の竜は、雷を喰らう前となんら変わった様子はなかった。
傷もなければ、焼けたような痕跡さえもない。
それどころか、竜の顔には嘲笑が浮かんでさえいるようだった。
「これほどとは――ぐはっ!」
一瞬の出来事だった。
巨体に似合わず、すばやい動きで竜が体を回転させたかと思うと、その長い尾がスタンレイをはたき落とした。
彼の体は、そのまま大地に叩きつけられる。
まるで同じ高さにいることを許さないかのように、竜がまた満足そうに雄叫びをあげる。
「スタンレイ!」
巫女姫と呼ばれていた女は、すぐに彼の元に駆けよった。
地面にめりこむように倒れる彼は、満身創痍だ。
左腕は篭手もへしゃげて血まみれで、たぶん骨は折れている。
いや、腕だけではないだろう。
全身のいくつもの骨がやられているはずだ。
生きていることが奇跡に近い。
もし、神術で体を守っていなければ、潰れてただの肉片になっていたはずである。
巫女姫は悲嘆にくれそうになる表情をなんとか抑えて、優しくほほえむ。
「大丈夫、大丈夫ですよ。今、【癒やしの
きれいな柳眉を大きく歪ませ、彼女は片膝をついた。
眩暈がするのか、こめかみを押さえて低く唸る。
「む、無理はなさ……らず……。いくら……あなたで……精神力が……」
もう先ほどから、何度も彼女は彼の命を救っていた。
どんな怪我も、死亡直後からでも治癒させることができる、聖人級以上の救世者にしか使えない神術【癒やしの福音】で。
しかしそれも、限界にきている。
そもそも敵がこちらを弄んでいなければ、とっくに2人とも死んでいたはずである。
(まさか、魔王と鉢合わせするなんて……)
巫女姫は恨めしそうに頭上を見上げる。
(魔王【ティーア・マッド】。十二魔王の中でも、最強クラスの狂黒竜が、なぜこんなところに……)
はっきりとはわかっていないが、【魔王格】を得た魔物は、救世
しかし、嗅ぎつけられてしまうのは、救世者としての階級が上の者だけ。
10万人の命を救えば、勇者級。
100万人の命を救えば、英雄級。
1000万人の命を救えば、聖人級。
1億人の命を救えば、救世級。
【
その中でも魔王が嗅ぎつけることができるのは、聖人級以上のはずである。
しかしスタンレイは、まだ英雄級の救世者。
(つまり狙われたのはわたし。巻きこんでしまった彼のことは、なんとしても助けなければ。……ああ。お役目とはいえ、どうしてこんなことに。わたしだって死にたくないのに……)
また大地へ視線を落とすと、いつもの不満が脳裏をよぎる。
なぜ自分がこんな目に遭うのか。
生まれたときからどころか、生まれる前の前世から引き継がれた宿命。
彼女は魔王を討伐するための救世者を探しだし、一緒に戦わなければならない。
それが、巫女姫として産まれたスノピナの役目であった。
もちろん、魔王討伐はするべきだし、みんなを助けたいとは思っている。
しかし同時に「なぜ自分がここまで」という想いをもってしまっていた。
何度も何度も、死にかけてまで。
(とにかく今は、あの竜が油断しているうちになんとか……ん?)
顔をあげると、ふと炎の壁の切れ目に気がついた。
まだ燃えていない木と木の間の空間が、まるで陽炎のように揺らいでいる。
その陽炎を囲むのは、頭上にアーチを描く木材でできた門だった。
門のアーチ部分には、看板らしき物がつけられていたが、ちょうど煙で見ることができない。
(あれは……ん? 人!?)
その場違いな雰囲気の門の中から、陽炎を破るように1人の青年が現れた。
彼はまるでこちらの惨状など別世界の事とばかり、静かな笑みでこちらを見ている。
「こんにちは」
そして、妙に落ちついた声で挨拶してくる。
「キャンプ場をご利用なさいますか?」
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