第24話:救世王

「そんな偶然などあるものなのか?」


 カルマディア王国の王都にある天使宮てんしぐうは、純白の壁に金色の装飾がされた、まさに豪華絢爛な建物だった。

 3階建てだが、十字に伸びた建物は非常に大きく、それを囲む敷地も王宮に迫る広大さがある。

 世界を管理する天使エルミカを讃える大聖堂は、王宮に次ぐ権威のある場所である。


「あるいは天使様が……いやいや、そのようなことはありえぬな」


 その権威ある場所で、最高位の者が使う部屋。

 彼女は、その部屋で受けた報告を訝しいと感じていた。


 光り輝く銀髪を流した、二十歳そこそこの見た目。

 長い睫に彩られた碧眼に、高い鼻、先の尖った長い耳。

 誰が見ても美少女と讃える見た目だが、彼女がこの地位についてすでに300年以上が経っている。

 そして本人すら、自分の年齢がいくつなのか数えることもなくなっていた。


「救世主ではなく、英雄級や聖人級の救世者が魔王を斃したというのは喜ばしいことだろう」


「はっ。誠に」


 報告に来た緑のローブを着た官職の女が、白いベールに飾られた上司にうなずく。


「しかし、一度ならず二度までも、運良く魔王ごと天使界に迷いこみ、弱まった魔王を斃す……などということがあるとは到底考えられぬ。天使界に迷いこむなど、数十年に1度あるかないかの珍事ぞ」


「はい。そのとおりですが、魔王が実際に2体斃されているということを確認なさったのは、他ならぬ【救世王ガーワナ】、あなた様自身ではありませぬか」


「確かにな……」


 彼女はその美しい顔を少し顰めながら、目の前のテーブルに肘をつく。


「妾が行った神術で、確かにこの世界にある魔王格は10個とでた。だから、妾も魔王が2体斃されたと判断した。しかしだ。天使界に入っただけで、魔王が英雄級や聖人級に斃せるほど弱体化するものなのか?」


「天使界とは、魔氣がなく神氣にあふれた世界と言います。そのような世界は、魔氣で動く魔物にとっては毒となる……とも考えられますが。魔王の強さという意味では、魔王を6体も斃した経験のある貴方よりも詳しい者はいないのでは?」


「だからこそよ。あの恐ろしき魔王どもが、そんな簡単に弱くなるとは思えぬ。しかも、そのうち1体は、あの【ティーア・マッド】だぞ。我とももう1人の救世主、そして聖人級が数人で命を賭けて戦い、封印がやっとであった、あの狂黒竜ぞ」


「改めてそう言われますと、それを聖人級の巫女姫と、英雄級の戦士だけで斃したというのは……些か冗談のようにも思えますね」


「些かどころではないわ! 死に物狂いで戦って勝てなかった相手を横からひょいと現れた者に軽々と斃されたようなものだ」


「なるほど。それは辛いですね」


「そのようなこと実際にあっあたら、妾なら救世主を辞めて裸で踊り子でもやっているところだ」


「それはそれで見てみたい気もしますが……」


「それぐらいありえんことだと言っている。ともかく、なにかからくりがあるはずだ」


「では、呼びだして査問して吐かせますか?」


 官職の女は、目許まで黒髪で隠していて表情はよくわからない。

 しかし、その口角はクイッとあがっている。


「馬鹿を申すな。魔王を斃した救世者に褒美どころか査問などしたことばバレてみろ。救世者たちがやる気をなくであろうが」


「冗談でございますよ。では、どういたしますか?」


「とりあえず、査問ではなく直接、妾が話を聞いてみたい。彼の救世者たちにここに出向くように伝えてくれ。どちらにしても報奨もまだだしな」


「それがそろいもそろって報奨を断ってきております」


「断った……だと?」


「はい。今回のことは自分たちの力ではなく、あくまで天使界の力、すなわち天使様のお力添えであるからと」


「あのサモスまでもか? 奴は自尊心も名誉欲もかなり強かったと記憶しておるが?」


「それが人が変わったように謙虚になられておりまして……。なんでも魔王との遭遇と、自分より強き者たちに出会ったことで心を改めたと仰っておりました」


「強き者?……あやつが出会ったのは、コルマン公爵のみであろう? コルマン公爵は20代と30代のころに2体の魔王を斃した剛の者。その者に影響を受けたというのはわかるが、それに匹敵するものが他にもいたのか? そもそもそのコルマン公爵が、自分ではなくサモスが主として戦ったと申していたのであろう?」


「それが格下のスタンレイ殿と手合わせを行って敗北したとかで、慢心を恥じたとか……」


「待て待て。サモスとスタンレイの担当エリアは真逆に位置するであろうが。いつ、手合わせなどしたのだ?」


「それは確かに……。たぶん、王都に戻ったときとかではないですか?」


「ここ最近で奴らが2人が揃って王都に戻ってきたのは、先の【祈りの会】の時しかなかろう。しかし、救世者の多くが集まる【祈りの会】の最中にそのようなことがあれば、もっと噂になっていてもおかしくあるまい」


「はあ。そうですね……」


「ならば、奴らはいつ、どこで練習試合をしたというのだ? それにそもそも、スタンレイはいつ、どこで、どうやって、練習試合とはいえ格上に勝てるほどの力を得た? おかしいことばかりではないか」


 魔王が斃されたことは、もちろん朗報である。

 素直に喜んでいいはずだ。


 しかし、なにか得体の知れないものが裏で蠢いている気がする。

 下手すれば、魔王などよりも恐ろしいものが。

 ガーワナにはそう思えて仕方がなかった。


「ともかくスノピナとロコに連絡をして、パーティーごと一度、天使宮に戻ってくるようにと伝えよ」


「畏まりました。ただ、その前に応接間でお待ちいただいている方に帰っていただいた方がよろしいかと思われます」


「待っている? 誰がだ?」


「実はこの後ご報告しようかと思っていたのですが、先ほど急に救世主【ドッド】様がいらっしゃいまして、ガーワナ様に謁見を求められております」


「……このタイミングであの問題児か。ということは、なんらか今回のことに関するクレームか?」


「はい。ドッド様は前世からの積み重ねで、10歳で記憶を取りもどし、儀式を受けたときにはすでに救世主だった者。しかも能力が高く、18歳の今ではこの時代で最強の救世主と噂されるほど。誰もが、十二魔王を最初に斃すのは彼であろうと予想し、本人もそのつもりで、最強クラスの魔王【ルーシー・フェーン】の討伐計画を立てている途中でした。ところが、いきなり聖人級と英雄級の2人だけで同じ最強クラスの魔王を簡単に斃してしまった。さらに別の聖人級が救世級と英雄級と協力したとはいえ、別の魔王を斃してしまった」


「……つまり、あのサモス以上に自尊心も自己顕示欲も高い、クソ生意気なガキにしてみたら、『面白くない』ということだろうな」


「言い過ぎですが、そのとおりです」


「まったく面倒極まりない。クソガキだが確かにその前世からの救魂力、我に次ぐからな」


「といっても、ドッド様はまだ4億ですし、本人もまだ未熟なことは否定できません。対してあなた様は、8億。もっとも天使級に近いお方でございます。あなた様こそがまちがいなく最強の救世主」


「妾は無駄に長き故、転生による救魂力の低下もないだけのことだ。それに最強だなんだと言っても、天使宮から動けないのでは意味がない」


「仕方ありません。この王都は常に3体の魔王どもから狙われております。下手に動けば、この王都が滅びかねません」


「魔王の大量発生とは……ほんに厄介なことだ」


「あなた様は世界の命運を左右するお方。そのご心労、お察しいたします」


「全くだ。ここ数百年、休まる暇もない」


「そう言えばスノピナ様が先日、ガーワナ様をどこかにお連れしたいと仰っていましたね。すぐに王都に戻れる場所ながら、非常に心安まるところだとか……」


「この近くにあるとは思えんが……あるなら、行ってみたいものだな」




――サイト2(完)

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