第23話:天使級

 確かに、【フーエル・リール】の本体は小さかった。

 小さかったと言っても、手下として使っていた狼型魔物よりもわずかに大きい身体をしている。

 見た目の形は、巨体時と同じ雄牛のような角がある狼だ。

 しかし、色が違う。

 巨体時は真っ黒な毛に覆われていたが、本体の方は黒とグレーと白で模様が描かれている。

 ぱっと見は、大きい狼と言った感じだろう。

 そしていつの間にか、その首にはティーアと同じ首輪がつけられていた。


 結局、魔王【フーエル・リール】は、【フェル】とナイトから名付けられ、【天使の原キャンプ場】で、ペット兼番犬として飼われることになった。


 もちろん世間にしれればとんでもないことなのだし、その場にいた救世者たちはそろって反対し、この場で滅してしまうべきだと意見した。


 しかし、ナイトはそれを突っぱねた。

 一度でもそれをしてしまえば、他の魔王に対しても「そうすべきだ」と言われたときに言い返せない、筋が通らないというのがナイトの意見である。


「悪いが、魔王討伐はしない。理由が聞きたかったら、スノピナにでも聞いてくれ」


 そのナイトの決意に、その場の救世者誰1人として強く反論できなかった。

 反論したことろで、無力の自分たちではなにもできないのだ。

 彼の決めたことに従うしかない。


「では、ナイトよ。我がペットを連れて帰り、キャンプ場の案内をしておいてやろう」


 ティーアが機嫌よく花のように笑う。

 美しい笑顔に、同性のロコさえ見とれてしまうほどだ。

 とてもではないが、破壊と殺戮を繰りかえしてきた魔王だとは思えない。

 本当ならば憎むべき存在だが、今の彼女を見ているととても憎むことができそうにない。


(そうだ。彼女とて魔王になりたかったとは限らないでした……)


 魔王はいわば自然災害のような存在だ。

 魔王になった存在は、魔王になろうとしてなったわけではない。

 本人の意志に関係なく魔王格が発生する。

 生まれてすぐのこともあれば、年を重ねてからのこともある。

 発動すれば、魔王となり猛威を振い始める。

 そうなれば、暴虐と破壊を飽くことなく続ける。


 しかし、ならば今のティーアはどういう状態なのだろうか。

 短い期間しか見ていないが、乱暴なところはあれど想像よりもはるかに穏やかに感じる。

 ワークショップ・バトルフィールドでの訓練時も、ちゃんと手加減をしてくれていた。

 ロコはその疑問をぶつけてみたいが、さすがに少し怖くて尋ねることができない。


〈貴様、本当にあの【ティーア・マッド】なのか?〉


 だが、代わりにフェルが質問してくれた。

 やはりフェルも気になっていたのだろう。


〈貴様はまさに魔王。破壊の限りを尽くしていた。その貴様から、今はがまったく感じられない〉


「ああ。我に今、あのイライラする衝動はない」


〈ない……だと? 魔王格があるのに……衝動をなくせるというのか!?〉


「ああ、すまん。衝動って?」


「なんだ、ナイト。魔王の衝動を知らんのか」


「知らん。教えてくれ」


 ティーアがまた胸を張って見せる。


「よし、説明してやろう。魔王格が発動すると、とてつもない力を得ることができる。それと同時に人間でいう精神にも影響を及ぼす。破壊したい、支配したい、力をふるいたい……強弱の波はあるが、このような衝動が現れる。これを解消しないと、イライラするし、落ち着かぬし、頭は痛くなるしで大変なのだ。喩えるなら、精神が茨で縛られたような気分になる。酷くなれば正常な判断さえもできなくなるぐらいだ」


「めちゃやっかいじゃないか。それは今、大丈夫ってことなのか?」


「うむ。どうやら天使界で神氣を大量に取りこんで魔王格が機能不全を起こした関係らしいな。おかげで魔王格からの魔氣供給はほとんどできなくなったが、あのむかつく衝動から解放されたのは、なんとも喜ばしい。だから、我が長き一生の中で、イライラもせず、ピザも食べられる、今の生活はわりと気にいっている。まあ、貴様にこき使われるのは気に食わんが」


 ロコや他の救世者たちも、魔王に破壊衝動があることは研究資料から知らさせていた。

 しかし、その衝動が魔王達にとってそれほど辛いものだとは思いもしなかった。


 それは当たり前だろう。

 こうやって魔王から落ちついて説明を受けることなど、今までできるはずもなかったのだから。


(まだ、わたしたちが知らないことはたくさんあるんだ……)


 これから魔王達と戦っていくためには、やはり多くの情報が必要だ。

 そして今なら、その情報が得られる場所がある。


 魔王が……元魔王がいて、さらに遠くにいる仲間とも落ち合え、情報交換がしやすい場所。

 さらに強くなる訓練もできて心安まる安全な場所。


 それが、【天使の原キャンプ場】。

 そして、それを作って管理しているのがナイト。


(……ああ、そうか! ナイトさんってすごくよくない?)


 強い上に、こんなすばらしい場所を用意してくれたナイトという人物は、最高ではないか。

 よく見たら、見た目も悪くない。

 きっとお金も持っているし、持っていなくても食べるのには困らない生活をしているはずだ。


 将来、あのキャンプ場という場所で夫婦として頑張れたらどんなに素敵だろうか。

 もう、ロコとて19歳で適齢期をとっくに迎えている。

 巫女姫としての役目のために命がけで旅する人生だから結婚を半分ぐらいあきらめていたが、彼とならば夫婦生活も営めるかもしれない。

 ずっと一緒は無理だが、メンバーズカードで週に何度か帰ってこられるのだから。


 それにもしかしたら、「愛する妻のためならば」とナイトが魔王退治もしてくれるかもしれない。

 もしそうなれば、世界中が幸せになれるではないか。

 自分の結婚が、世界平和になるなんてなんて素敵なのだろう。


「オーナーさ……ナイト様! キャンプ場ってすばらしいですね!」


 ロコはナイトの両手を握り、熱い眼差しを向ける。

 まずは好感度アップだ。


「は、はあ。まあ、すばらしい場所だと思いますけど、たぶん私の思っている『すばらしい』とは違う気がします……」


 反応は今ひとつだが、まだこれからだ。

 そうロコは握りこぶしを固める。


「ああ。そうだ。言い忘れていたことがある」


 ティーアがフェルを連れて界門へ向かう途中で振りむく。


「すべての魔王がこの衝動を嫌がっているわけではない。この衝動を楽しんでいる気持ち悪い者もおる。心しておけ」


 それはこれから他の魔王と戦っていく救世者たちへの警告でもあったし、ティーアなりの優しさなのかもしれない。

 すべての魔王がティーアやフェルのように丸く収まるわけがない。


(結婚するにしても生きのびないと……)


 ロコは弛んでいた心を少し、ほんの少しだけ引きしめた。


§


「ところで、このキャンプ場にしてしまった芝生はどうするんだ?」


 ティーアたちが立ち去った後、サモスがゆっくりと立ちあがりながらナイトに尋ねた。

 すっかり忘れていたが、ナイトはここにあった森も畑跡地もすべて消し去ってしまっている。

 いくらきれいな芝生があろうと、耕した土地や森がなくなるのはやはり困る。


「ああ。そうでした。とりあえず、やってみましょうかね。この組み合わせは初めてなんだけど……」


 ナイトはそう言うと、片膝をついて地面に右掌を当てた。


「私の記憶ではなく、目の前の地面の記憶でインデックスをサーチして……。最大で5日前か……まあ、いけるだろう」


 そう言うと、ナイトは珍しく緊張した面持ちで大きく深呼吸する。


「これは気合が必要そうだな。……神術【想起具現】、アンド【創世宣言】!」


 ロコはナイトが神術名を言うのを初めて聞いた。

 しかも、2つ同時に唱えている。

 神術名は言わなくてもよいが、それを述べることで術はより強化されると言われている。

 たぶん、かなり強力な術を使うのだろう。

 ロコはそう予想したが、それは予想を遙かに超えるものだった。


「も、もどった……えっ!? 戻った!?」


 キャンプ場を作るときと同じように、優しい波動が広がり世界を変えていった。

 だが、その神氣の波動が広がった後に現れたのは、荒らされていない畑、緑が生い茂る森の美しい姿だったのだ。

 そこで争いなどまったく起きていなかったかのように。


「もう、わたしもそうそう驚かないつもりだったが……そうか。命を作るだけではなく、蘇らせるのか……」


 コルマンの顔がひきつっている。

 それはロコモ同じだ。


 森の木々の半数は、燃えて死んだはずだ。

 それが見事に蘇っている。

 これが神の所業ではなく、なんだというのだろうか。


「天使ミカエラ曰く、自我の強い生物は、精神の問題とかなんとかで蘇らせることはできないらしいのですけどね。と捉えることができれば、一部の動物などもセットで生まれさせることができるそうです」


「その力……まさに天使様と同等!」


 コルマンが片膝をついて頭をさげる。


「オーナー、あなたは天使級救世主だったのですね……」


 ロコもサモスも、他の2人もそろって同じようにナイトに頭を垂れる。


 天使級とはすなわち、天使と同等の存在と言っても過言ではない。

 人であって人にあらず。

 人の世界においては、至高の存在である。


「私は救世主なんかではありませんよ」


 だが、そんな人として至高の位置にいるナイトは、人なつこく笑って見せる。


「単なるキャンプ場のオーナーです」


「そ、そうか……」


「あ、ああ……」


「う、うん。そうね……」


 その彼の言葉は、そこにいる皆の心の奥に……まったく響かなかった。

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