第27話  ~㉗~

 もうとっくに夏服に変わってしまっていた。最近は暑くてかなわない。

 そんなある日の休み時間に、隣の席のアオイちゃんがいきなり声をかけてきた。また、シャーペンの芯をくれ、といわれるのかと思ったら、違った。

「アキオ。私さあ。無事大会に出られることになったんだ。またアキオの占いが当たったのよー。今度の六月十二日の日曜日だから。場所は金石中央公園のテニスコートだよ。アキオには絶対見にきてほしいんだ。占ったアキオにも責任あるんだからね」

アオイちゃんは一気にまくしたてた。

「まあ確かにその日はなんも用事ないけどさあ。まあ、暇だったら見にいってやるよ」

「暇だったらじゃあない。絶対きてよね!」

そういわれてもなあ……。

 アオイちゃんは、ちょっと前までは、ギプスは取れたけど、右足を痛そうに軽くひきずっていた。それでもリハビリを熱心に続けてたみたいだ。この頃はそのおかげか、痛々しさもなくなって、シップもはってなくて、前と同じような状態まで回復しているように見える。軽いウォーミングアップくらいの練習には参加してるそうだ。 そのせいか日に焼けて、ぱっと見ちょっと小麦色っぽくなった感じがする。かなりの練習をしてるんだろう。だけど、本格的な練習はまだできていないって聞いていた。

 そんなんで試合は大丈夫なんだろうか? 六月十二日の日曜日っていったら、ほんとに次の日曜日じゃないか!? そんなにもう練習する時間もないだろうに。

「何が起こるかわかんないから、絶対とはいえねえけど、たぶんいけたらいくよ」

「たぶん? ふーんだ。まあいいわ。私は私で勝手にするから」

アオイちゃんはちょっとすねてしまったようだ。そんなに俺に見にきてほしいのか!? また、なんで?

 自分の占いが当たったなんていわれると、正直うれしいが、遊び気分で、アオイちゃんには悪いが、ほとんど練習気分で、やってたことなんだ。それでも俺は一応タロット占いをして、試合に出れるかどうかなんて、ほんとにアオイちゃんにとって大事なことを、わかりもしないのにとやかくいっちまったんだ。ちょっと罪悪感を感じちまうなあ。

 でも試合に出れることになってよかったよ。まだ一年生なのにすげーなあ。

 俺もソウタやアッちゃんみたいに、女子に積極的にストレートに行動したいとは思う。だけど、なんでその相手がアオイちゃんなのかがわかんない。別に他に好きな女子とかは、俺にはいねえけど。なんかあ、その相手がアオイちゃんってえのはおかしいと、俺は思うぞ。別にそんなに好きでもねえのに。試合のことは、正直迷うよ。

 なんでこんなとこへきちまったんだろうと思いながら、必死でテニスをプレーしているアオイちゃんを、金網越しに見ていた。

 俺もあれからずいぶんと悩んだんだ。どうしよっか? どうしよっか? ってばかり考えてたような気がするよ。なんで俺がいかなきゃならねえんだと思ってたけど、どうせ暇なんだしってえのが、最後の決め手となった。

 よしいってやれと思って、俺は思いきって、自転車をこいだんだよ。それは俺にとっては、とても勇気のいることだったんだ。

 試合はシングルスのトーナメント方式で、一回戦、二回戦は、午前中で終わっていた。俺が金石中央公園のテニスコートに着いたときには、アオイちゃんは三回戦を戦っている真っ最中だった。

 負けていたら負けていたなりにひやかしてやろうと思ってたけど、そんな気持ちは今、必死でプレーしてるアオイちゃんの姿を見ていたら、ふっとんじまった。本当によかった。勝ち進んでいてくれて。それもあるが、足がもうどうでもないようで、俺はちょっと神様に感謝したくなったよ。

「がんばれー! アオイちゃん!」

俺は金網にへばりついて、思わず声を上げていた。

 そんなときふとサヨカちゃんの顔が頭に浮かんだ。なんだってこんなときにサヨカちゃんのことを思いだしてんだろう? 俺は。

 試合が終わった。惜しいところでアオイちゃんは負けてしまった。試合は負けちゃったけど、ナイスファイトだった。

 俺もつい熱くなって試合を見てしまっていた。正直ちょっと感動したよ。やっぱり見にきてよかったと思った。

 アオイちゃんはタオルで汗をぬぐって、ポカリを飲むと、俺の姿をみつけ、こっちにやってきた。テニスウェアのせいか、いつもよりかわいく見える。何を考えてるんだ。俺は。

「見にきてくれたんだね! アキオ。あっ! 斎藤さんも!」

斎藤さん――?

「ええー!」

振り返ると、そこに目立たないようにして、サヨカちゃんが立っていた。

「こんにちは。惜しかったわね」

とだけ、サヨカちゃんはぽつりといった。

 見物客はもともとほとんどいないのに、なんで今まで気がつかなかったんだ。それよりどうしてサヨカちゃんがそこにいるんだよ。

「ありがとう。アキオ。そして、斎藤さん。見にきてくれて。試合は負けてしまったけど、私、精一杯がんばったよ。これからはもっともっと私、練習して強くなるよ」

「何いってんだ。すごかったじゃないか? それにまだ一年生なんだろ? 三年生相手にしてそれだけでもすごいじゃあないか。相手のやつ、ずっとでかかったし」

「うん! あっ。ちょっと待って。斎藤さん」

サヨカちゃんが俺たちをほっといて、もう帰ろうとしていた。

「アオイちゃん。悪い。俺ももういかないと。試合、おもしろかったぜ」

「ありがと。じゃあね」

俺はアオイちゃんにVサインをしてから、「じゃあな」といって、サヨカちゃんに追いつこうと、草原を走っていった。

 俺は息を切らしながら、サヨカちゃんの隣に並んで、声をかけた。

「おい。サヨカちゃん。なんでおまえがここにいるんだよ」

「あんたがどこか遠くにいってヤバそうなことをしそうだって、占いに出たんだよ。だから、たぶん宮中さんのとこだろうと思っただけよ」

「また勝手に俺のこと占って、俺についてきたっていうのか?」

なんだかわかんないが、俺はちょっとむかついた。こそこそ陰に隠れて何かされてるってとこが。

「そういうわけじゃあないけど。ちょっとね。別にいいじゃないの。私の勝手じゃないの!」

なんだよ。それ。逆ギレかよ。

 俺たちは自転車置き場のところまできた。そして、並んで自転車をこいだ。

「あんたがあぶないことしそうだって危険な暗示が出たから、ちょっと心配になっただけなんだからね」

「なんだよ。それ。テニスの試合のどこがあぶないんだよ」

俺は隣で自転車をこぐサヨカちゃんの、花の柄が入った薄いベージュのワンピース姿に、つい一瞬だが、みとれちまった。なんでまたサヨカちゃんなんかに!? 

サヨカちゃんは麦わら帽子もかぶってる。俺なんか白いTシャツに、ショートパンツといった、家とあまり変わらない格好なんだがなあ。

「な、何よ?」

「いや、なんでもない。た、ただ、俺たち占い部でなんか浮いてねえかと思ってさ」

「そんなこと? 部なんてそんなもんよ。気にしなくていいわよ」

そういやサヨカちゃん、クラスでもいつも一人でいるしなあ。

「それにさあ。案外、部を立ち上げんのも、思ったより簡単だったなあと思ってさ。最初は二人だけだったのにさ」

「私がどれだけあのビネガーに頭下げたと思ってんのよ! そんなに簡単じゃあなかったわよ! そ、それでもみんなのおかげだったと、わ、私は思ってるけど」

ちょっと俺たちはお互い黙った。

「でも、今日は晴れてよかったな。ずっと雨続きだったしさあ。アオイちゃんもちゃんと試合ができたし」

「アキオはもしかして宮中さんのこと好きなの?」

サヨカちゃんは、その吊り上がった眠たそうなとろんとした目を、パカッと見開いていった。

「そ、そんなわけねーだろ! そんなんじゃねーよ! その、なんでそんなこと聞くんだよ。関係ねーし」

「よかった。それだけ聞けてなんか安心したよ」

なんでおまえが安心――っていいかけて、やめた。

 お互い帰る方向が違うようになる交差点まで、俺たちはずっと黙っていた。俺はサヨカちゃんの言葉の意味をずっと考えてたけど、結局わかんなかった。サヨカちゃんにそれを聞いてみることも、なんか怖くてできなかったんだ。

 帰り際に、お互い「じゃあ」とだけいって別れた。

サヨカちゃんは、何かを急いでるのか、ピューッと自転車をこいでさっさと帰っていった。

 いったいなんなんだよと、いってやりたい気分だった。

 アオイちゃんのテニスコートを走り回る姿と、「アオイちゃんのこと好きなの?」と、聞いたときのサヨカちゃんの顔が、交差して、頭に浮かぶ。

 それはずっと頭を離れようとしなかった。


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