第28話 ~㉘~
月曜日の放課後、いつものように占い部のみんなが、一年二組の教室に集まった。先輩二人もいつもよりは早くきてくれた。今日は石田先生から大事な話がある日だったからだろう。みんなで職員室にいくのだ。
職員室に向かうとき、なんか空気がピリピリしてた。みんな期待をふくらませて、ついにこの日がきたかと、緊張してた。いつもみたいに、誰もしゃべろうとはしなかった。それでもナミちゃんが、「ついに占い部誕生だったりして。うふふ」と、いっちゃったけど、すかさずカヨちゃんに、「まだわかんないよ。ナミちゃん」と、ツッコまれていた。そんなナミちゃんだって、緊張しているみたいだった。
サヨカちゃんを先頭にして、「失礼します」と、職員室に入る。俺は副部長だけど、いつものように一番後ろを歩き、一番最後に、「失礼しまーす」といって、ドアを閉める。
よかった。今日はあの怖い倉田先生はいないみたいだ。職員室に入る前からいたらどうしようかと、緊張してたんだ。俺はひとまずほっと安心した。期待とか、不安とか、緊張とか、いろんな感情がごちゃまぜになってどうにかなりそうだった。それが職員室に入ったとたんに、妙に落ち着きを取り戻していた。それは石田先生がニコニコと優しい笑顔で、俺たちをむかえ入れてくれたからかもしれないな。
「よかったわね。あなたたち。今日からあなたたちは正式に占い部よ。これはちゃんと職員会議で決定されたことよ。なんといったらいいかしらねえ。学校にとっても、めでたい? めずらしい? そんなことなのよ。なんてったって学校に新しい部が誕生したんですもの」
俺たちは黙って、息もできないくらい緊張しながら、話を聞いていた。石田先生は話し終わると、小さな拍手をしてくれた。
俺は信じられないといった感じで、口をぽかんと開けていると、急に歓声がわき起こった。
「きゃあー! きゃあー!」
「ついに部が立ち上がったのよー! きゃあー!」
「ナミちゃん。トモちゃん。やったね! みんな。やったー!」
カヨちゃんたち一年生三人組は、お互い手を取って、泣きながら飛び上って喜んでいる。この狭い職員室なのに。
「こら。あなたたち。うれしいのはわかるけど、埃が立つからやめなさいって」
「はーい」
ナミちゃんは目に涙をためながらいった。
カヨちゃんと、トモちゃんも、ぐすんと目に涙をためている。イッちゃん先輩もくすんくすんと泣いている。ケンタ先輩はあいかわらずのポーカーフェイスだ。サヨカちゃんは平静を装ってるみたいだけど、必死で泣くのをこらえてるようにも見える。俺はというと、俺もちょっとだけ実は泣いちまったんだ。一滴だけだけどな。みんなにつられただけさ。
「ええっと。顧問は私、石田都子。ただしバレー部とかけ持ちだから。占いのことは何もわからないし、バレー部の方がメインになるから、悪いけどあまり顔は出せないと思うわ。だから、イベントなり、占いの勉強なり、各自で活動してね。それから部室のことだけど、これから案内するからついてきて」
「やったー! 部室だ―!」とナミちゃん。
「部室! 部室!」とトモちゃん。
「やっと正式に認められて、その上部室まで。ううっ」とカヨちゃん。
「こら。そこの二人。そこで飛んじゃあいけないって」
飛び上って喜んでいたナミちゃんと、トモちゃんは、「ごめんなさい」と、おとなしくなって、ちょっとふてくされてるみたいだ。
石田先生の後についていく。
俺が最後に、「失礼しましたー」と、職員室から出ようとしたら、そこに倉田先生が立っていた。俺たち全員が出ていくのを、ずっとそこで待ってたんだろうか? まあ、何人も部員がいるからなあ。
「おう。堂島やんけ。占い部かあ? 今度はけつわんなやあ」
と、いい残して職員室に入っていった。
「はい。がんばるっす」
俺がそういい終わらないうちに、職員室のドアはピシャリと閉められた。そのことが、なんとも俺には怖く感じられた。やっぱあの先生こえー。
石田先生について、部室棟へ向かう。
後ろから見てると、カヨちゃんたち一年生三人組は、楽しそうにおしゃべりをしている。「どんな部室だろーねえ?」とか、「楽しみだねー」とか、「わくわくするねー」とか、聞こえてくる。ナミちゃんと、トモちゃんは、キャッキャッと騒いでいる。イッちゃん先輩もたまにそのおゃべりにくわわって、「また、もしかしたら、おばけがいたりするかもよ」とかいって、カヨちゃんたちを怖がらせたりしている。
俺もどんな部室なんだろうかと、ついに部室を持てたんだと、ワクワクしていた。ついにこの日がきたんだ。占い部、発進のときが。
思えばサヨカちゃんに、「占い部に入らないか?」と、声をかけられた日からはじまった。あのときは、なんで俺がそんなことを、と思っていた。それが、知らないうちに、俺もタロット占いにハマっていた。そして部員も集まって、サヨカちゃんや、ビネ、いや、石田先生のおかげで、正式に占い部として認めてもらえるようにまでなった。
やろうと思えばできるじゃねえか。今の俺には、やろうと思えば、ほんとになんでもできるんじゃあねえかと、思えてきた。それぐらい俺はテンシそョンが上がっていた。思わず叫び出しそうになりそうだった。
「あなたたちの部室はここよ。パソコン部の隣だから。鍵は一応部長さんと、副部長さんにわたしておくわ。鍵は自由に使ってくれたらいいわ。一応スペアはあるけど、なくさないように大事に使ってね」
石田先生は、俺と、サヨカちゃんに、「占い部」と書かれた鍵をわたしてくれた。なんだかそれがずしりと重く感じられた。
木製のドアの上には、すでに「占い部」と書かれたプレートが備え付けられてあった。
「さあ、部長さん。開けてみて」
「はい」
サヨカちゃんは、少し緊張しながら鍵を回し、ドアを開けてみる。
同時に、「わあー!」、「きゃあー!」、っていう歓声がわいた。
ぼちぼちの広さの部屋の真ん中に、木のテーブル(足は鉄だけど)と、椅子がいくつか置かれている。その両端に、ロッカーや棚が並んでいる。一番奥には大きな窓があって、太陽の光がまぶしく射し込んでいる。
なんだかよく説明できないけど、いかにも部室ってにおいがした。新しく買った家電製品みたいなにおい。だけどちょっとむっとしてる。エアコンはさすがにないよなあ。がらんとして、なんもねえ感じだけど、なんかすげえ。俺たちの部室だ。やったー!
「またなんか活動報告とかあったら、その都度私にいってね。部室は自由に使ってくれていいわ。後、椅子とか必要な備品があったら、そのときも私にいって。さて、説明はこれくらいでいいかな。何か質問はある?」
石田先生は窓を開けながらいった。おかげで、少しだけだが、いい風が入ってきた。
「先生は自由に使ってもいいっていいましたけど、ぬいぐるみとかも持ってきていいんですか?」
カヨちゃんが遠慮がちにおそるおそる聞いた。
「ええ。それくらいならいいわよ。基本的にみんなも好きなもの持ってきていいんだからね」
「えっ。そうなの。じゃあ、ナミ、プーさんもってくる」
「いいねー。じゃあ。トモは、ミッキーもってくるよ。カヨちゃんは何持ってくるのよ?」
「ええ。私、まだ決めてないけど、クマさんかなあ。お気に入りのがあるの」
「じゃあ。俺も。ザクのプラモ持ってこようっと」
「アキオはいいんだよ。アキオは。持ってこなくても」とトモちゃん。
「そうよ。どうせアキオのはダサいのなんでしょ? 雰囲気悪くなるじゃん」とナミちゃん。
「ちぇっ。なんだよ。それ」
みんなして、どっと笑い出した。
「でもさあ。みんなぬいぐるみもいいけど、一応ここは占い部なんだから、そこんとこも考えて持ってきてね」
「そうよ。部長さんのいうとおりよ。ものには限度ってもんがあるからねえ」
カヨちゃんたちは、「はい。部長。顧問」といって、また笑っている。
「じゃあ。私の『悪魔辞典』とかならいいのよねえ。サヨカちゃん?」
「そうだ。ぼくの水晶玉だっていいだろ?」
イッちゃん先輩と、ケンタ先輩が、何かを思い出したようにいった。
「うーん。それなら大丈夫です。ちゃんと占いに関係ありますから。でも、カヨちゃんたちも、ぬいぐるみだってかまわないのよ」
「そうなの? よかったー」
「じゃあ。ナミ、プーさん」
「トモは、ミッキーで」
「ああ、アキオのザクはだめよ。あれあんまりかわいくないし」
「ちぇっ。わかったよ」
ザクのどこがかわいくないんだよ。サヨカちゃん、わかってねえなあ。
とにかく占い部は今日正式にスタートした。たぶん俺は、まだ占いのことなんてまるでわかっていないだろう。それはこれからみんなで学んでいくんだ。何も怖くなんてない。みんな一緒だ。
初めは、かっこいいバスケ部にあこがれて、あまりに厳しすぎてやめてしまった。もう部活なんてどうでもいい。バス釣りでもしておこっかと、思っていた。そんなときサヨカちゃんに声をかけてもらった。「占い部に入らないか?」と。
何もクラブ活動は体育会系に限ったことじゃあなかった。占い部はこんなにも楽しかった。やりがいだってあった。これからどんな活動をしていくのか楽しみだ。なあに。みんなと力を合わせればどんなことだってできるさ。
俺は鞄の中に手を入れ、ライダー・ウェイト・スミス版のタロットカードが入った黄色い箱を、にぎりしめた。なんだか今ならいい占いができそうな気がした。
そしてうれしさのあまり、窓から俺は、松林に向かって叫んだ。
「占い部―! アキオー!」
その瞬間に俺はみんなにツッコまれ、また笑いが起こったのはいうまでもないが。
完
占い部 アキオ 神崎翔 @momochi937
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