第8話  ~⑧~

 教室に戻ると、女子がまだ帰りもせず、部活にもいかず、五、六人、何をするでもなく残っていた。

 三人と、二人のグループにわかれており、二人組は大人しくひそひそ話をしているのに対し、三人組のグループは派手に笑い声を上げておしゃべりをしている。

 俺はうかつにもその三人組の一人と、ばっちり目が合っちまった。

「あれ占い部らしいよ。最近できたんだって」

「何それ? きゃはは」

最低でも、これを部活とわかってくれてるだけいい。

「でも、斉藤さんの占いって当たらないんでしょ? 堂島くんなんてさあ、ちゃんと占いできるのかしら?」

「できねー。できねー。きゃはは」

そういうこといわれるとムカつくなあ。

「あの二人さあ。もうできてたりしてねえ」

「ええー。そうなの? きゃはは」

やっぱそうくるか。もう、ちょっとはこういうのに慣れてきたとこもあるなあ。

 なんかいろいろ陰口を叩かれて、笑いの種にされてる。何がそんなにおかしいんだ? けど、俺たちはできるだけ気にしなようにして、その声を無視し、教室を出た。

 校門の前まで、俺たちは黙って歩いた。

「今日はお疲れさま。じゃあね。アキオ」

よかった。サヨカちゃん、笑ってる。何も気にしてねえんだろうか?

「ああ、サヨカちゃんもな。あの……部員集まるといいな」

「うん! そうだね。じゃあ」

サヨカちゃんは、まるでそこだけ風の音さえ止んだような静けさを身にまとって、帰っていった。

 サヨカちゃんはああいう陰口をやっぱ気にしてんだろうなあ。それともまったく気にしてないんだろうか?

 俺はあんまり好きじゃないけどな。ああいうわざと聞こえるように、人の嫌なこというやつらは。はっきりいってムカつくよな。

 ああいうやつらはほっておけばいいんだと、石ころをけった。石ころはあまり飛ばずに、すぐ近くで止まってしまった。

 まるで石ころまでが、へらへらと笑っているような気がした。

 それでもう一度、今度はおもいっきり石ころをけってやった。足のつま先が痛くなった。

 土曜日の午前中に授業が終わってから、急いで仕度をした。

授業がある日の土曜日は、はっきりいって気分が重い。だからこんな日は楽しいことをしたい。だから、いつもの友達と、いつものため池に、バス釣りにいくことにしたんだ。

 俺は、この日のために、最新の流行りのワームとジグヘッドを用意していた。もちろん初ヒットをねらうためだ。だから今日こそ釣れる気がする。釣る気まんまんだ。

それらは確かに中学生でも買える値段だったが、タロットカードも買ったことだし、ねらってたいいロッドのことはあきらめなければならなかった。雑誌で見てついついほしくなり、釣具屋で買ってきたんだ。

「アキオ。新しいワーム買ったんだね?」

と、ナオがめずらしいものを見るようにのぞきこむ。

「ふーん。釣れるといいけどな」とアッちゃん。

「いいなあ。アキオ。一本くれよ」

「だめだよ。ソウタ。買ったばっかりなんだから。自分のあるだろ?」

「ちぇっ。アキオのいけず」

ジュンちゃんは早くも黙々と釣りをはじめている。

「さあ。俺たちも釣ろうぜ」

とアッちゃんはせいたようにいう。

「お、おう」

しかし、ジグヘッドはワームをまっすぐにつけるのが難しい。何度やってもだめだ。ワームを一本か、二本、だめにしちまった。ジュンちゃんたちに教わりながら、なんとかまっすぐにつけられるようになった。

 よーし。釣るぞ。釣ってやる。初めにキャスティングしたとき、そういや今日タロットカード届くんだったなあと、ぼんやり考えた。

 ぽちゃんと水面にルアーが落ちる。

 そんなふうに、ぼんやりしながら釣りを楽しんでいた。

 そのときだった。

 何度かキャスティングした後に、そのときは突然やってきた。それはルアーが水面に落ちたその直後のことだった。ぼんやりしてたら、両手がしびれるほどにぐぐっときて、急にロッドが重たくなった。ブラックバスがヒットしたんだ。ジュンちゃんやアッちゃんたちより先にだ。今日は俺が一番乗りだ。

 当たりがきたのはすぐわかったから、雑誌で読んだとおりに、一呼吸おいてからぐいっとあわせた。

「すげえじゃねーか。アキオ」

「がんばれ。アキオ」

ジュンちゃんと、ソウタは、俺と反対の向う岸から、大きな声で叫んでる。

「ゆっくりでいい。ゆっくりでいいからな」とアッちゃん。

「アキオ。やるじゃんかー」とナオ。

「ああ。わかってるって。まかせろ」

でも、そんなにいわれると、よけいにあせる。ただでさえあせってんのに。

 くそ! どうしてもあわてちまう。ちゃんとあわせることはできたんだ。あわてなくていい。ブラックバスはまだ引きがある。まだ逃げていない。まだバレてない。俺はちゃんとできてる。大丈夫だ。

「あせるなよ。アキオ」

「バラしたらもったいないよー」

「お、おう」

アッちゃんとナオが応援してくれる。

 気持ちはありがたいが、今は何も声をかけないでくれるか。

 ジュンちゃんと、ソウタは、少し離れた向う岸から、こっちを心配そうに見ている。

 リールを巻く。ブラックバスってこんなに重いんだ。なんて引きの強さだ。超おもしれー。もしかしたらめっちゃ大物かも。

 ブラックバスが近くにきた。やっぱりかなり大きそう。雑誌で読んだとおりに、ブラックバスの顔を水面に出させて、呼吸させ、疲れさせる。よく勉強してきたかいはあったっていうもんだ。

 よし。最後。釣れたー! 大物だ。三十センチくらいは余裕にある。

「やったー! やっと釣れたぜ。初めて俺は釣ったー! やったー!」

俺は思わずバンザイをしちまった。周りの小学生とかも、何ごとかと、こっち見てるし。

「やったなー。アキオ」とアッちゃん。

「おお。大きいじゃないかい。アキオ」とナオ。

「誰かスマホ持ってないか? 写真とってくれよ」

俺はスマホもケータイも持ってねえ。だけど、これは記念に残したい。

「俺、持ってねえよ」とアッちゃん。

「ごめん。アキオ。俺もなんだ」とナオ。

俺がでかいのを釣ったと知って、ジュンちゃんとソウタもこっちに近よってきた。

「ジュンちゃん。ソウタ。スマホ持ってないか? 写真にとってほしいんだよ。俺の記念すべき第一号なんだよ。しかもこんな大物だからさ」

「すまん。アキオ。俺持ってないんだ」

「ごめんね。アキオ。ぼくもなんだ」

ジュンちゃんも、ソウタも、スマホを持っていなかった。くそ。誰も持っていないなんて。俺も持っていないけど。

「しょうがねえなあ。じゃあいいよ。こいつは持って帰るから」

「アキオ。そりゃあだめだ。バス釣りはキャッチ・アンド・リリースが基本なんだ。ちゃんと逃がしてあげないとだめだ」

何いってんだよ。ジュンちゃん。でも、それがルールなら仕方ねえな。

「わかったよ。逃がしゃあいいんだろ? バイバイ。俺のブラックバスちゃん」

俺はうらめしそうに、泣く泣く初めて釣ったブラックバスを、ため池に逃がした。

「でもアキオが釣ったブラックバス結構大きかったな」とジュンちゃん。

「ああ、すげえ引きだったよ。びっくりしたよ。バス釣りって、めっちゃおもしれーなあ」

「そうだろ? でさあ。おまえ新しく買ったワームよさそうだな。さっそく釣れたじゃないかよ」とアッちゃん。

「うん。これ、かなりいいぜ。けど、俺の努力がむくわれたんだぞ」

「ところでよー。アキオ。占い部はどうなったんだよー」

ナオがまた興味深そうに聞いてくる。

こういうこと聞かれるのはあまり好きじゃあない。すごく嫌だ。

「そうだよ。アキオ。斎藤さんと仲よくやってるそうじゃないか?」

アッちゃん、また聞かれたら嫌なことをわざわざなぜにまた?

「別に仲よくやってるわけじゃあないさ。俺ら二人しかまだいないからなあ」

「まだ二人なの? それで大丈夫なの? 部員は集まりそうなの?」

ソウタは罪のなさそうな目でいうから、まだ許せるな。

「わかんねえ。まあ、ぼちぼちってとこかな」

やっぱりこいつらは占い部に入ってくれそうにないな。

 結局この日釣れたのは俺が釣った一匹だけだった。みんなはどこか悔しそうでもあり、素直に俺の初ヒットを喜んでくれてるみたいでもあった。

 ジュンちゃんたちと別れた後、俺は自転車に乗りながら、「よっしゃー!」と、ガッツポーズをした。今日は念願だった初めての一匹をやっと釣ったんだ。それに、初ヒットにして大物だ。

 暮れかかっている空を見上げる。

 その空に吸い込まれそうになるくらいに、俺は舞い上がっていた。

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