第9話  ~⑨~

 家に帰ると、待っていたタロットカードが届いてた。小さなダンボール箱だった。靴箱の上にそっと置かれていた。

 やっと届いたか。ずっと待ってたんだ。やったー! これで俺も占い師デビューだー!

 俺は釣り道具とともに、そのダンボール箱を部屋に持ち帰ろうとした。

「アキオ。待ってたタロットカード届いてたよ。はい。これおつり」

母さんがひょこっと顔を出した。確かにもう夕暮れ時だが、いつもよりちょっと帰るのが早い。

「今受け取ったよ。ありがとーな。母さんいつもよりちょっと早くないか?」

「買いものがいつもより早くすんだのよ。それに、あんたがそのタロットカード、首をなが―くして待ってるといけないからってこともあるしねえ。早くわたしてあげようかと思ってね」

買いものの帰りの立ち話が早くすんだってことか。わざわざそんなことしてくれなくても、自分でできるっていうのに。

「まあ、ありがとな。一応礼をいっとくよ。母さん」

「釣りだの占いだのもいいけど、学校の勉強もちゃんとしなさいよ。あんたはもう中学生になったんだから。いいね。わかったかい?」

「はいはい。わざわざいわれなくてもわかってるよ。もういいだろ?」

「ちゃんとするんだよ」

なんで今そんなことをいわれなきゃいけないのかわかんない。せっかく気分よく帰ってきたというのに。

「ちょっと待って。母さん。俺、今日、初めてブラックバス釣ったんだ。すごかったんだぜ」

「そうかい。それはよかったわね。よくがんばったじゃない? 食べれないのかい? その魚は? それより早く部屋で箱開けてみなさい」

「バス釣りはね。教えてあげるよ。キャッチ・つアンド・リリースなんだよ。いわれなくてもわかってるから、もういいって」

「はいはい。そりゃあ、悪かったわねえ」

さっきは勉強しろといってたくせに、今度は箱を早く開けろってかあ? そんなことわかってるよ。母さんはいつもそうなんだよ。

 さっそく俺は部屋に入り、ダンボール箱を無造作に開けた。なかなか開かないんで、おもいっきりビリビリにして、ダンボールをやぶいた。

 中にもう一つ、黄色い小さな箱が入っていた。

これがタロットカードかあ。へえー。こんな箱に入ってんだ。俺、本当に占い師になったみたいだ。すげえぜ。

 箱からカードをいそいそと出してみた。

うわあ。いっぱいあるなあ。何枚あるんだ。俺に、こんなの使いこなせるのかなあ。なんだろ? これ? どのカードにもいろいろな絵が描いてある。どういう意味なんだろ? たぶんなんか意味があるんだろうなあ。サヨカちゃんもそういってたし。

 わあ。やべえ。英語だ。さっぱりわかんねえ。説明書らしきものも入ってるけど、全部英語で書かれてるし、こんなのわかるわけねえ。

 だけど、俺にもわかるカードが何枚かはあった。例えば、『THE MOON.』は「月」だろ。『THE STAR.』は「星」。『THE SUN.』なら「太陽」だ。

 カードの上に描かれているローマ数字も、ゲームをやってるからか、なんとなくわかる。

 俺は、途中で数えるのが嫌になりそうになったが、カードが何枚あるか数えてみると、全部で七十八枚もあった。

 これの全部意味覚えるの? サヨカちゃんってやっぱすげえんだな。母さんは知らねえけど。俺にもできるかなあ。母さんにもできたんだから俺にもできるか。なんだかわかんないけど、やっぱタロットカードってかっこいい。ちょっとテンション上がってきたぜ。

 俺はその日の夜、寝るまでタロットカードとにらめっこをしていた。カードを一枚、一枚じっとながめていた。

 カードの意味はまったくわかんないけど、カードに描かれている絵柄をみつめながら、なんとなくだが、自分なりにその意味を確かめていった。

 気づいたのだが、同じような絵柄がある。剣みたいなのとか、コインみたいなのとか。そればっか描かれてる。人物だけ描かれてるカードもある。英語が書かれていないカードもある。むしろそういうカードの方が多い。『太陽』ならやっぱり太陽の絵が描かれてたりする。

 今日は静かな夜だ。と思ったら、うるさいバイクがマンションの下をとおりすぎていった。俺はベランダに出て、星をながめてみようと思ったのだ。

「こら。何してんの。彰生。こんな遅くに」

「ちょっとぐらいいいだろ?」

母さんがテレビを観ながら、舌打ちをして、こっちを心配そうに見ている。別にベランダに出るくらいかまわないだろうに。

 俺はぼんやり星をながめていた。あれが『月』で、あれが『星』かあというふうに。今夜はよく星が見える。

 それはなんでもないことのようにそこにあって、それが当たり前のことのようにそこにあるんだけど、いつもとはどこか違うように、星々は輝いていた。妙に存在感があるように輝いていた。

 そこには、明らかに小学生のときとは違う俺がいた。どんどん変わっていく自分がうれしかった。期待は風船がわれそうになるくらいにふくらんだ。

「彰生。いいかげんにしなさいよ」

「ああ。わかったよ」

まったく母さんはうるさいんだから。水差すなよな。

 俺の喜びや期待とは正反対に、月はどこかもの寂しく輝いていた。俺はどちらかというと、星のように、スターのように、輝きたかった。

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