第10話  ~⑩~

 今日は月曜日だ。また学校がはじまる。いつもは嫌な月曜日だが、今日は違ってたんだ。

 なんだって俺は、この鞄の中に、タロットカードを持ってるんだから。

でも、みんなに見せびらかすかどうかは迷ってた。また、暗いだの、なんだのといわれて、からかわれるかもしれない。俺は占い部に入ったことで、イコール暗いやつと、クラスではもう決まっちまってるからなあ。それだから、また陰口を叩かれるのはごめんだ。それでも、一応サヨカちゃんだけには報告しとかないとな。

 俺は窓際の前から三番目に座っていて、サヨカちゃんは廊下側の前から二番目に座っている。だからサヨカちゃんに話しかけるには、わざわざ教室の端までいかなくちゃならない。

 俺はそのことにとまどっていた。恥ずかしいんだ。教室の端までいって、わざわざ女子にはなしかけることが。どうしてもクラスで目立っちまう。女子に話しかけるだけでも、ちょっとばかり注目されたりするのに。

 休み時間にも、昼休みにも、俺はなかなかいい出せないでいた。いおうかな、さあいうぞと思っても、どうしてもサヨカちゃんに話しかけられなかった。

 放課後になって、教室に人が少なくなっても、まだもじもじとしてた。そして俺は、やっとサヨカちゃんに話しかける決心をした。もちろんジュンちゃんたちも、「アキオ。またなー」と、帰ってしまってからだが。

 じりじりと、おそるおそるサヨカちゃんに近づいていく。

 そこで俺は勇気を出して、やっとついにサヨカちゃんに、話しかけることができたんだ。こういうのを「満を持す」というんだろうか?

「あの……サヨカちゃん、ちょっといい?」

不思議とサヨカちゃんもすぐに帰らないで、待っていてくれたみたいに、自分の席に座って、ノートとか見てた。

「何? アキオ」

「あのさあ。俺、実はさあ。タロットカード買っちゃったんだよねー」

ちょっと声のトーンを落としていった。

 俺はいいたかったことをやっといえたというだけで、少し舞い上がっちまった。やったぜ!

「そうなんだ」

なんだよ。それ。サヨカちゃん、なんかそっけないじゃあないか。

 サヨカちゃんは、見ていたノートを鞄になおしながらいった。

「そう。あんたもやっと買ったんだ。今持ってる? ちょっと見せてみて」

「ああ、いいぜ。今ちょうどたまたま持ってるから」

本当はサヨカちゃんに見せて、自慢しようと、わざわざ持ってきたのだ。

 俺は鞄の中から、がさがさとタロットカードの黄色い箱を出した。そしてサヨカちゃんに差し出した。

「へえー。あんたにしてはいいの買ったじゃあない。ライダー・ウェイト・スミス版かあ。いいじゃない」

サヨカちゃんは、その黄色い箱を手に取りながらいった。

 ちょっと声がでかすぎだよ。みんなに聞こえるだろ? まだ何人か教室に残ってる。

「だろ? うらやましいか? でもかしてやんねーからな。がはは」

俺も大きな声を出した。やっぱりみんなに気にされてる。

 けど、みんな、いつもの占い部のあれかあぐらいにしか、思ってないみたいだ。

「バカ。そんなのいらねえよ。それに別にうらやましくもねえから。私も持ってるし。それよりアキオ。初めてなんでしょ? 最初のうちは大アルカナだけでやった方がいいよ」

「大アルカナ? なんだそりゃ?」

「こういういろんな象徴的な絵と、ローマ数字と、カードの名前がふってあるカードよ。ほら。こういうのよ。これらは基本となるカードなの。全部で二十二枚あるわ」

サヨカちゃんは、俺に大アルカナのカードを見せながらいった。

「そうだなあ。大アルカナとこういうふうなカードでは、確かにどこか違うなあ。どこか大げさだよなあ。大アルカナってさあ。ところでそのアルカナってどういう意味なんだ?」

「私もよく知らないんだけど、ラテン語で確か『神秘』とかいう意味よ。タロットは宇宙の神秘なの」

「いよいよ。大げさになってきたなあ。そんなのを俺がやるわけ? 宇宙の神秘みたいなやつを」

こくっと、サヨカちゃんは黙ってうなずいた。

「げえっ。マジで? じゃあさあ。わかったから、この剣とか、コインとか、描いてあるカードはなんていうんだ?」

「それは小アルカナというの。この杖のような、棒みたいなのが『ワンド』で、この剣のカードはまさしく『ソード』、この黄色いトロフィーみたいなのは『カップ』よ。そしてこのコインのようなカードが『ペンタクル』よ。この人物が描かれてるのが『コートカード』っていうの」

「へえー。やっぱ難しいんだなあ。さっぱりわかんねえや」

「でしょう。最初はさっぱりわからないはずよ。私、いらない本持ってるから、今度かしてあげる。それでちょっとずつ勉強してみて」

「ああ。かしてくれると助かるよ」

とはいったものの、俺には勉強って言葉自体が嫌に聞こえる。頭の痛い話だ。

「いい。最初は大アルカナをきっちり覚えるのよ。正位置でいいから。小アルカナはそれからだからね。ちょっとずつやってみて」

「ああ。正位置ってまっすぐってことだな。いつも悪いなあ」

「感謝しているのは、こっちの方なのよ。だって部員になってくれたんだもの」

「全然感謝してるふうには見えないけどなあ。おまえの態度見てると。で、部員は集まりそうなのか? このあいだポスターはったけど」

「私の態度のことなんてどうだっていいのよ。それよりそれよ。部員のことよ。実は私、占ってみたの。そしたらね。今週か来週には集まりそうだって、私の占いでは出たのよ」

サヨカちゃんの眠たそうな目が、一瞬だけパチリと開いた。

「そうかあ。そりゃ頼もしい結果だな」

俺は知ってる。小学生のときからのつきあいだからわかる。

 サヨカちゃんに占いができるっていうのは、小学生時代から、同じ学年のみんななら誰でも知ってた。サヨカちゃんに占なってほしいっていうやつは、ほぼ決まって女子、いや、全員といっていいほどが女子だった。しかもそろいもそろって、みんな、なんらかの片思いをしている女子。女子って占いとかすげえ好きなんだよなあ。

 サヨカちゃんは、いっつもうまくいかないようなことをいってるみたいだった。しかもあのえらそうな態度で。嫌なことをいわれた女子たちは、当たり前のように「サヨカちゃんの占いなんていっこも当たらない」っていって怒ってた。

 俺は遠くの方からそれを見ていた。それからだ。サヨカちゃんの占いは当たらないという噂が出はじめたのは。

 でも、サヨカちゃんに占ってもらった女子たちは、みんなやっぱりうまくいってなかった。当たっていたんだ。サヨカちゃんの占いは。

 中学生になってから、まだクラスの連中になじんでいないのか、サヨカちゃんは一回も占っていない。俺がちょっと占ってもらったあのときだけだ。

 そういうことがあったからか、それが根拠というわけではないけども、なぜか俺はサヨカちゃんの占いを信頼している。

「私、最近そのことで担任の石田先生と相談してたの。初めはあの先生も、『無理かもしれないわねえ』とか、『そんな話は聞いたことないわ』とか、あのおばさんいってたわ。でもねえ。最近は話が変わってきたの。『部員が集まって、やりたいって人が増えればねえ。占いなら、そんなにお金もかかりそうにないしねえ。特に指導することもなさそうだし、なんとかなるかもよ』って、石田先生いってたわよ」

サヨカちゃんは、あまり上手くない石田先生のものまねをはさみながら、話してくれた。俺は思わず笑っちまった。

「何がおかしいのよ!」

「ごめん。ごめん。じゃあ、後は、部員が集まればいいってことだな」

担任の石田先生っていうのは、女性の体育教師のことだ。

 体育教師だけど、どっちかというとやさしい先生で、あだ名は「ビネガー」って呼ばれている。なんかすっぱいにおいがするからだと思う。一部の生徒しかいっていないけど。いっつも同じジャージをはいてるから、きっとあのジャージからすっぱいにおいがするんだと思う。

 その石田先生に、俺の知らないとこで、サヨカちゃんは何度も相談にいって、頭を下げてくれてたんだ。占い部を立ち上げるためにな。ありがとな。サヨカちゃん。

「ええ。部員のことなら、なんとかなりそうよ」

サヨカちゃんはにっこり笑っていった。

「そうかあ。そいつはよかった。じゃあな」

俺もつられて笑った。

 タロットカードの箱に描かれている男の絵が、がんばれと、俺たちにエールを送ってくれてるように思えた。

 この赤いローブをまとった男が、何か俺たちの力になってくれることを、願わずにはいられなかった。

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