第23話 ~㉓~
ある日の放課後、決められた日でもないのに、占い部のみんなが集まった日があった。
先にカヨちゃんたちがきて、またいつものように三人でぺちゃくちゃしゃべっていた。すると、先輩の二人が、「ちわー」と、顔をのぞかせてやってきた。
その日はたぶん木曜日だったと思う。
めずらしいこともあるもんだなあと思ってると、ケンタ先輩が制服のポケットから拳ほどの水晶玉を取り出して、みんなに見せていた。結構思ってたよりも大きかった。そのまま机の上に置いたりしたら、転がるんじゃないかと思ってたら、ケンタ先輩は同じ水晶でできた台も持ってきていた。
ケンタ先輩はその台を机に置いて、水晶玉をその上に乗せた。
「かっこいいですねー。ケンタ先輩」とナミちゃん。
「水晶玉なんか初めて見ましたよ。なんか占い部って感じですねー」とトモちゃん。
「この水晶玉でなんか占なえるってわけですねえ」とカヨちゃん。
三人とも目を丸くして喜んでいるみたいだった。
「そうよ。ケンタの占いは、こう見えてよく当たるのよ」
イッちゃん先輩はどこか自慢げにそういった。
俺も実物の水晶玉を見るのは初めてだった。こう見てみると、透きとおっていて、光の加減で模様が変わるし、とてもきれいだ。母さんが持っていたのは、水晶のブレスレットだけだったしなあ。
ケンタ先輩は水晶玉を机に置くなり、さっきから「見えるぞー。見えるぞー」
って、うなるようにしていっている。
そして、ケンタ先輩がいきなり吠えるようにして大声を上げたので、そこにいたみんながびっくりした。
「何者かがおそってくるぞー!」
と、ケンタ先輩が叫んだのだ。
いつもはほとんど何もしゃべらないケンタ先輩がしゃべったので驚いた。今日は本当にめずらしいことが起こるもんだ。女子の誰かが、イッちゃん先輩に聞いてたけど、子どもの頃はケンタ先輩もよくしゃべってたんだそうだ。
「ちょ、ちょっと。おどかさないで下さいよ。ケンタ先輩。いったい何がおそってくるんですか?」
と、トモちゃんが半分笑いながら聞いた。
「そうですよー。ケンタ先輩。何がおそってくるっていうんですか? おばけだったりして。あははは」
ナミちゃんは、今のケンタ先輩の叫びに、すごいウケている。
「やめてよー。ナミちゃん。私、そういうの苦手なんだから」
カヨちゃんはマジで怖がっているみたいだ。んなわけねえだろうに。
「トモだって怖いよー。やめてよー。ええー。ほんとにおばけがおそってくるのー。うそでしょ?」
トモちゃんもおばけとかは苦手みたいだ。ほんとに怖がっている。
「ケンタ。違うっていってあげなさいよ。おばけじゃあないって。まさかほんとにおばけだっていうの?」
思わずイッちゃん先輩が助け船を出した。
「おばけではない。が、そのようにおそろしいものだ」
ケンタ先輩が、カヨちゃんたちの顔をなめまわすように見ながらいった。
「きゃあー! おそろしいものだって。きっとおばけよー!」
トモちゃんはキンキン声で叫んだ。
「おばけだって。おそろしいものだって。怖いよー。何かあったら助けてね。サヨカちゃん」
カヨちゃんはさっきからビビりまくりだ。
「なんだよ。二人とも。おばけだなんて楽しいじゃあんか? ちっとも怖くねーよ」
ナミちゃんはそういうのは何も怖くないみたいだな。
「みんな落ち着いて。そのおそろしいものが、あっちからきたみたいだよ」
サヨカちゃんがそんなことをいうので、みんなはばっと振り向いた。
このときは俺もちょっとビビっちまった。情けないけど、ほんとにおばけか何かがきたと思ったんだ。ちょうどその場の空気が、そんなふうな怖い感じになってたから、よけいにだったんだ。
振り向くと、そこにソウタが立っていた。
そういやさっきからジュンちゃんたちが、向うの端の方の席で、こっちを観察してたっけ。
「なんだよ。かわいいおばけだなあ。まったく。きゃははは」
ナミちゃんはソウタを指差して、大笑いしている。
「よかったあ。おばけじゃあなかったんだあ」
カヨちゃんもほっと胸をなで下ろしている。
ソウタは少しむっとしながらも、口を開いた。
自分をおばけだと思われたからだろう。ソウタ、こんな状況でよく堂々としていられるなあ。えらいぞ。ソウタ。
「あの、トモちゃん。よかったらだけどね。ぼくなんか占ってほしいんだ」
ソウタはなれなれしく「トモちゃん」なんて呼んで、無邪気に笑っている。
この日からジュンちゃんたち四人ともが、頭に何か整髪料をつけてくるようになって、ソウタも坊主頭にムースか何かをつけているようだ。ぷんぷんにおいがする。
「こら。やめとけ。ソウタ」
といいながら、ジュンちゃんもきた。
「おーい。ソウター。やめとけよーん」
と、ナオまできた。
アッちゃんはこないのかと、窓際の向う側の席を見ると、じっと座ったままで、こっちをしらけた目で見ている。
トモちゃんは何が起こったのかわからない様子で、少なくともおばけではなかったことにほっとしているみたいだった。だけども、必死になって目線でみんなに助けを求めていた。
「お願いだよ。トモちゃん」
ソウタは手を合わせて、少し頭を下げて、トモちゃんにお願いした。
ジュンちゃんとナオは、少し離れた場所から、ソウタのそのゆくえを見守っている。
「今は部活中なんで、ごめんなさい」
トモちゃんは断るのもつらかったんだろう。少し涙目になっている。
「うん。わかった。部活中なのにごめんね」
ソウタはそそくさと退散した。ジュンちゃんとナオも、ソウタに続いた。ジュンちゃんは、「すげえなあ。ソウタ」とか、ナオは、「なんだとーん。まあ、しょうがねえよなあ」とか、何かいっている。
「あっちいってろよ。ソウタ」
そういうと、ソウタと、ジュンちゃんと、ナオが、一度振り向いた。
そしてまた前を向いて、走ってアッちゃんのとこへと戻った。
しかし、ソウタはまたもろに積極的だなあ。とてもまねできないや。
彼らの背中に、女子たちの冷たい視線が、これでもかと突き刺さっていた。
「ト、トモちゃん。あのソウタって人、もしかしてトモちゃんに気があるんじゃない?」
カヨちゃんは、これはえらいことだというふうに、あわてた様子でいった。
「たぶんそうだよ。で、どうすんの? トモちゃん」
ナミちゃんは目を細くして、トモちゃんに迫るようにして聞く。
「ええー。わかんないよ。トモ」
トモちゃんも、どうしていいかわからないといった具合に、あわてた様子で答えた。
「今日ぐらいあいつ、コクろうとか思ってたりしたんじゃあない? やるねー。下級生も」
「ちょっとー。やめて下さいよ。イッちゃん先輩。私、そういうのほんとにわかんないんですって」
トモちゃんは真っ赤になって、イヤイヤと手を振っている。
俺から見ても、トモちゃんはソウタのことを、そんなに嫌でもない、でも、好きでもない、そのどちらでもないといった様子だった。ソウタのことは知ってるから、間違いなくコクるチャンスをうかがってるに違いないだろうな。
後は、カヨちゃんたちだけで集まって、何かひそひそ話をしていた。
しばらくして、イッちゃん先輩もそれにくわわろうとしたら、カヨちゃんたちみんなが振り向いて、カヨちゃんが聞いた。
「イッちゃん先輩の方はどうなんですか? あれから何か進展ありましたか?」
「こいつのことね。前にもいったけど、全然だめだわ。そういうの何も興味ないみたい」
「あいかわらず苦労してそうですねえ?」
ナミちゃんが好奇心たっぷりの笑みを浮かべながら聞く。
「まあね。気長にやるわよ」
イッちゃん先輩は先が思いやられるというふうに、額に手を当てて答えた。
すると、さっきから「見えるぞー。見えるぞー」とばかりいってたケンタ先輩が、またしゃべりだした。
「アキオ。君にも何かの相が現れている。おおー。不吉だー」
「ええー! ちょっとそういうのやめて下さいよ。ケンタ先輩。今日はやけに調子いいっすねー」
不吉だなんていわれても、何がなんだかわかんないよ。
ケンタ先輩には悪いが、ちょっと信じることはできないなあ。冗談をいうような人ではないが、さっきもおそろしいものっていってたけど、結局現れたのはソウタだったし。どうせそんなたいしたことではないんだろうな。
ソウタは直接声をかけにくるし、ジュンちゃんや、ナオも、こうして帰らずに教室に残って、こっちを観察していたりしてる。みんななんて積極的なんだろうって、見てるこっちが恥ずかしくなるよ。ソウタや、ジュンちゃんや、ナオは、何も恥ずかしくないっていうんだろうか!?
そういう俺には今のとこ気になる女子なんていない。少なくとも自分ではそう思ってる。サヨカちゃんにしても、アオイちゃんにしても、いまいちピンとこないんだよな。もしいたとしても、とてもソウタみたいなまねは、恥ずかしくて、俺にはできっこないだろうけどさ。
そういえば、アッちゃんも、ちょっと前のことだけど、女子に積極的な行動に出ていたのを思い出した。
俺が入部した順だとかいわれて、無理やりに近い形で副部長にならされた日だったから、よく覚えている。ナミちゃんたちは、「そうだ。アキオがやれー」とかいって、はやしたてたりしてたな。イッちゃん先輩は黙ってうなずいてたっけ。
あれは、その日の部活がはじまる前に、俺がサヨカちゃんの席のところへいこうとしていたときのことだった。
いつももの静かでクールなアッちゃんが、部活(バレー部らしい)にいこうとしている成木田さんを、呼びとめていたのだ。
「成木田さん。ちょっといいかなあ?」
成木田さんは、サラサラヘアーのポニーテールが風になびいているようで、いつものように美しい。
アッちゃんってそんなに積極的だったっけ? 俺は一瞬驚いて、その場に立ちすくんだ。
「ううん? 何かなあ? 私ちょっと急いでるんだけど」
「いや、ちょっとでいいんだ。今日の英語でわからないところがあったから、ノートをかしてほしいんだ。すぐに返すからさ」
成木田さんの得意科目は英語なのだ。いつも英語の時間によくあてられている。そのたびに成木田さんはすらすらと英文を読んだり、和訳していたりする。
アッちゃん、大丈夫か!? 返事はOKなのか!?
「そうねえ。わからないとこがあったんなら、教科書をもう一度読んでみるか、垣谷先生にでも質問してみるといいわ」
成木田さんは、勉強はできる方だけど、特別にできるのは英語だけ。後はまあまあってとこらしい。スポーツも並よりは上って程度。ただクラス一の美人なんだ。
アッちゃん、せっかくがんばったのに、あっさり撃沈されたかあ。
「そうだな。そうするよ。なんか変なこといってすまんかったなあ」
「きっと前田くんにだってわかると思うから、大丈夫よ。じゃあ」
そういうと、成木田さんは走って教室を出ていった。
あのとき、アッちゃんは顔を真っ赤にして、急ぎ足で、ジュンちゃんたちのとこへと戻っていってたっけ。もしかしたら半分泣きそうになっていたのかもしれない。ジュンちゃんたちには、「やるなー。アッちゃんも」って、肩を叩かれて、ヒーロー扱いされてたけど。
みんな女子に積極的なんだなあ。しかし、なぜあそこまで積極的になれるのか、俺にはわかんないや。俺も、ちょっとは積極的にならないとだめなのかなあって、思いはじめちまったよ。
それで、ふと隣のサヨカちゃんの顔を見た。
サヨカちゃんは首をかしげて、きょとんとした顔をしている。
違うよなあ。まさかサヨカちゃんじゃあねえよなあ。じゃあ、いったい誰に積極的になれっていうんだよ。アオイちゃんでもねえんだよなあ。まさかこんなことで頭を悩まされるとはなあ。俺には女子はわかんねえよ。
そんなことを考えてると、素直にそういうことを表現できる、ジュンちゃんや、ナオや、アッちゃんや、ソウタが、少しうらやましく感じた。
どうしても友達以上には考えられない。その線をこえることはなかなか難しかった。スタートラインの前で、なかなかスタートしようとしないマラソン選手みたいだった。
スタートすることさえ迷いに迷ってる。もうこのさいだから棄権しちまおうかと考えているようなランナーだった。
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