第22話 ~㉒~
いつしかアオイちゃんは松葉づえなしで登校するようになっていた。あいかわらず遅刻ばかりして、「何度も遅刻してはいけないっていわせないで。早く席について」などと、そのたびに先生にしかられていた。
最初の頃は右足を痛そうにしてたけど、最近はそうでもなく、ギプスも取れたみたいだ。右足をかばいながら歩く姿も、だいぶん軽々となって、そんなに痛々しくは見えないようになってきたんだよなあ。
「もう足は痛くないのか?」
と、今日は遅刻しないでちゃんときた隣のアオイちゃんに、聞いてみた。
「ちょっとね。まだはげしい運動とかはだめね。まだ痛い」
「大会には間に合いそうなのか?」
「うん。なんとかね。アキオのおかげだよ。このあいだ占ってくれたから。それで……」
「はい! そこ! 私語はつつしむように」
また社会の持田先生に怒られた。
アオイちゃんは社会が苦手なのか、そのまま寝てしまった。
あのチビ、デブ、ハゲは、授業中の私語は絶対に許さないけど、寝ていてもいっこうにかまわないらしい。ほんとに変わった先生だなあ。
休み時間になると、さわがしくなったからか、アオイちゃんが起き出してきて、俺に話しかけてきた。
「あのさあ。大会のことなんだけどさあ。もし私が出れるようになったら、アキオも見にきてよ。忙しくなかったらでいいからさあ。ああ。それとシャーペンの芯ちょーだい」
「で、なんで、俺が見にいかなくちゃならないんだよ」
俺はシャーペンの芯を一本わたしながらいった。
「そ、それは、なんででもなんだよ」
「はあ? なんだよ。それ」
「そりゃさあ。アキオも私を占った責任ってもんがあるからでしょ?」
「ったく、そんなのありかよ」
俺は大会を見にいくのがそんなには嫌じゃあなかったけど、いかにもっていうように面倒くさそうな態度をとった。どうしてもそんな態度になっちまったんだ。
「アオイももの好きだねえ。よりによって堂島くんだなんてさ」
と、アオイちゃんの友達の立石さんがやってきた。
「やめときなよ。アオイ。堂島くんは占い部の女子とイチャイチャしているのよ。それも毎日のようによ」
同じくアオイちゃんの友達の、辻さんもやってきていった。
「別に毎日じゃあねえよ。しかもイチャイチャなんてしてねえし」
「でも、そんな噂になってるよ。堂島くんは」と立石さん。
「うん。占い部はあやしいって。なんかそんな感じに」と辻さん。
「マジで? そんなこと俺たち全然ないのに……。いいか。おまえら! 占い部は決してあやしいクラブなんかじゃあないぞ!」
俺はまたからかわれてるんだろうと、なかばわかってたけど、そういわずにはいられなかったんだよ。
「でもみんないってるよ」と立石さん。
「そうだよ。そうだよ」と辻さん。
「ちょっとみんな聞いて。そんなんじゃないんだって。私はね。アキオにどうしても私のプレーをただみてほしかっただけだから」
アオイちゃんは机をバンと叩いて、立ち上がった。アオイちゃんのボブヘアの髪が一瞬揺れた。
「わかったよ。気が向いたら見にいってやるよ」
しかし、アオイちゃんってほんとにストレートにものをいうやつだなあと思いながら、俺は席を立って、ジュンちゃんたちのとこへといった。
ほんとに、いわれているこっちが赤面しそうだよ。人の何倍も負けん気強いし。
家に帰った俺は、ポテチを食べ、釣り雑誌をパラパラとめくりながら、今日、学校であったことを思い出していた。母さんもアネキもまだ帰ってきていなかった。
まずなんでそんなことするかなあと思ったのが、一つあった。
ジュンちゃんが坊主頭なのに、ムースか何かの整髪料を頭にべっとり塗って、いいにおいをぷんぷんさせてたことだ。そんなにまでしてカヨちゃんの気をひきたいのか!? 「俺も誰かに占ってほしいなあ」とか、わざと聞こえるようにいったりして、けな気すぎるじゃあないか!? ジュンちゃん。この調子だと、明日ぐらいにはアッちゃんも、ナオも、ソウタも、みんなムースか、ワックスか、何かつけてくるんじゃあないか? みんなどうかしてるよ。
もう一つは、アオイちゃんのことだ。
足のケガがよくなって、大会に出れそうなのはよかったあと思うが、俺に試合を見にきてくれといわれたときは、正直ドキッとした。なぜ俺が見にいかなければならないんだろう? なぜその必要があるんだろう? なぜアオイちゃんはあんなことをいったんだろう? まったくわかんないや。アオイちゃんはただの気まぐれでそういったに違いないな。俺にはその「なぜ」という理由が、どうしてもわかんなかったんだ。いくら考えてもわかんないものはわかんない。正直、無理。
後、もう一つは、ソウタが本当にトモちゃんにコクる気があるのか、あるとしたらいつになったらコクるんだろうといったぐらいのことかな。
母さんがパートから帰ってきた。買い物袋の音がする。
母さんは、「ただいまー」といって、いつも帰ってくるけど、最近の俺は素直に「おかえりー」などといって、出むかえたりしない。なんだか気まずいんだ。
トイレにいくとき、晩ごはんをつくっている母さんに呼び止められた。
「アキオ。どうだい? 大アルカナくらいはもう覚えたのかい? かしてあげた本は読んでいるのかい?」
「うん。少しくらいならね。アネキは今日遅くなりそうかなあ?」
「何か用事でもあるのかい? リエ姉ちゃんも、ときどきはバイトの帰りに遊んだりするんだろう。たまには遊ばないとねえ」
「ふーん。別に用事も何もないけど、ちょっと思っただけ」
と、俺はトイレに入った。
トイレから出てくると、まだ母さんが話を続けようとするので、俺はリビングのソファーに座った。
「彰生。大アルカナをちょっと覚えられてきたんなら、そろそろ小アルカナも覚えていったらいいんじゃあないのかい? かしてあげた本に書いてあったろ? 逆位置はまだ早いかねえ。初めは正位置だけでいいからさあ」
「その大アルカナとか、小アルカナとかの意味がいまいちわかんねえんだ」
「そうだねえ。大アルカナが――、なんていったらいいんだろうねえ。大きな普遍的な洞察っていえばいいのかねえ。そうしたら、小アルカナは日常的ないろんなことといったらいいのかもしれないねえ。決して小さくはないんだけどね。カードの大きさも同じだしねえ。おほほほ」
「何、自分で冗談いって笑ってんだよ。じゃあ、俺もういくぜ」
部屋に入った俺は、机の上に置いてある小アルカナのカードの束を手に取ってみた。
いつも学校に持っていくときは、箱に大アルカナしか入れていない。俺も、そろそろ新しいことを学んでもいいんじゃあないかと、思ってたんだ。でも、それを母さんに教えられたことがあまり気に食わなかっただけ。まだサヨカちゃんに教えられた方がましだったかも。そのサヨカちゃんは、まだ俺が小アルカナを使っていいとはいってないけど、少しずつ覚えるくらいなら許してくれるだろう。
小アルカナかあ。これかっこいいなあと、俺は、『ソードのエース』を束から一枚取ってみた。
俺もこの剣を手に取ってみたい。そして、いつか勇者のようにたたかってみたい。そう思った。
少しの間、『ソードのエース』をみつめていた。
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