第4話  ~④~

 バスケ部をやめてからというもの、何か自分に合ったクラブはないかと探してたんだ。友達がやるっていうからやるとかいうんじゃあなくて、なんかこう自分からこれやりたいっていうものを。

 小学生のときに好きだったサッカー部に入部することも考えた。遊びながら覚えただけだったが、ドリブルなら誰にも負ける気はしなかった。だけど、また走ってばっかっていうのはごめんだった。怖い先生に叩かれるのももう嫌だ。

 俺は飽きっぽいから、何も長続きしないし、もう部活とかはだめだろうと、半分はあきらめてた。

 それなのに、ここにきて何? この漫画みたいな展開。部員一人で一から部を立ち上げるみたいな展開。しかも占い部だって。それにサヨカちゃんの占いによると、俺、占いに向いてる。めっちゃヤル気出てくるじゃねえか!

「よし。わかった。俺やるよ。占い部」

「うん!」

よっしゃあ。やったるぞー! 占い部。めっちゃヤル気出てきたぞー!

 俺はどうしたらいいかわかんなくて困っている、この席の主である太田さんと、目が合った。

「ああ、ごめん」

太田さんは恥ずかしそうにうつむいた。

 そのとき予鈴がなった。

 それはどこか闘いのゴングが鳴らされたように聞こえて、無理やりに近い形でリングに上がらされた、新米のボクサーのような気分になった。

 中学生になって、小学生のときの友達とは、自然に疎遠になってった。それよりも俺は新しくできた友達である、大久保順、三本直樹、前田敦、王子谷颯太、たちと仲よくした。

 小学生のときの友達は、みんな、なんか感じが変わっちまってたんだ。勢いがなくなったっていうか、元気がなくなったっていうか、弱くなったっていうか。テンションが、俺よりもなんていうか下がっちまったんだ。

 俺ももちろん変わったんだろうけど、俺は上を向いて変わったのに、友達はなんか下の方へと変わっちまった。なんかそんな感じ。元気がなくなったんだよな。俺よりもずいぶん弱くなっちまったっていうか。

 それと比べて、新しい友達は元気があるように感じたんだよ。俺よりも活力があるっていうか、俺よりも強いっていうかさあ。

 隣のクラスの元友達である佐久本(サッくん)とこの前話したら、なにやらアニメ研究部に入ったらしい。小学生のときから俺たちはマンガとか結構好きだったけど、やっぱりサッくんも昔と比べると、テンション落ちてた。なんでだろ?

 新しくできたクラスの友達の、大久保、三本、前田、王子谷、っていうのは、一緒にバスケ部に入り、一緒にやめた友達だ。

 俺はこいつらと友達に、もっといい方を変えると、もっとお近づきになりたいがために、わざわざバスケ部に入部し、そして結局退部したんだ。

 今ではお互いをあだ名で呼びあってる。そういう努力のかいあってか、すっかり仲よくなったというわけだ。

 大久保は「ジュンちゃん」だ。結構男気のあるプライドの高い男で、面倒見がいい。

 三本は「ナオ」って呼ばれてる。こいつはおもしろいやつで、たまにお笑いみたいなことをいう愉快なやつだ。

 前田は「アッちゃん」だ。この男はクールな男だ。見ようによってはイケメンにも見えないこともないけど、かなりナルシスト入ってる。

 王子谷は「ソウタ」っていう。こいつはかわいいやつで、まだ小学生臭がぷんぷんしてる。にくめないやつではあるなあ。

 俺はこいつらと違う小学校出身だから、一番ポジションでいったら、下の方だ。あまりそまりきれていないとこがまだある。

 俺はその新しい友達に、生まれて初めてバス釣りなるものを教わったんだ。

 今日がその第一日目だ。まったくの初めての初めてだ。

 俺は今日のためにわざわざ自転車をこいで、駅下がりの釣具屋までいって、ロッド(釣り竿のこと。バス釣りでは、こういった方がかっこいいらしい)と、スピニングリールと、蛍光色のミノーっていうルアーと、小さいクランクベイトっていうルアーを買った。その前の日ぐらいにジュンちゃんたちと下見にきていたので、何を買ったらいいかぐらいはわかってた。

 ためていたお年玉があってほんとによかったと、このときは思って、ほっとしたもんだ。

 俺はその新しい友達と、とにかくおんなじことをしたがったんだ。他に友達と呼べる人間はいなかったし、おんなじことをしていないと、仲間に入れてもらえないような気がしたんだ。

 朝五時に起きて、自転車をこいで学校に集まった。俺は目的のため池がある場所がわかんないので、今日だけ特別だ。いつもは直接ため池に集合するらしい。

「アキオ。今日初めてだったよなあ。俺らがついてるから、わからないことあったらなんでも聞いてくれよ」

ジュンちゃん、なんか先輩風ふかしてるなあ。

「お、おう」

「もう早くいこう。バス逃げちまうぞ」

アッちゃん、そうせかせるなって。

「お、おう。わかってるって」

「逃げてしまったら、堪忍堪忍してねー」

ナオ、こんなときにあんまりおもしろないこというなよ。

「早くいこ。早くいこ」

ソウタはいつもどおり呑気でいいなあ。

「おう。ほいじゃあ。いこうか」

俺たちは自転車をこぎ出した。

 五人そろって自転車に乗り、街中のため池までを目指す。

 前に二列、ジュンちゃんとアッちゃん。その後ろに二列、ナオとソウタ。その後ろに俺一人。なんか寂しい。

 五人連れそって自転車をこぐ。キャッキャ騒ぎながら。ナオが一番騒いでいる。なにやら昨日おもしろいテレビ番組を観たらしい。

 坊主頭がこれだけ並んでると、後ろから見たらきっとみたらし団子みたいに見えるだろうなあ。

 スナックやラウンジなどの、大人な店が立ち並ぶ前にため池はあった。かなり大きなため池だ。こんな街中のため池で、ブラックバスなんてほんとに釣れるんだろうかと思ってると、他にも男子小学生が何人か集まってる。たぶん釣れるんだろう。

 一時間ほど釣っていた。キャスティングのやり方や、ルアーの扱い方には、だいぶ慣れてきたけど、全然釣れない。その手ごたえさえない。

 ほんとに魚がいるのかなあと思ってたら、ジュンちゃんが一番先に二十五センチほどのブラックバスを釣った。

「よっしゃー! やったぜ」

「いいなあ。ジュンちゃん」

と、ソウタがものほしそうにじっとブラックバスを見てる。

「よし。俺たちも釣ってやろうぜ」

と、アッちゃんが意気込めば、

「ほいなー」

と、ナオがわけのわかんない返事をしてる。

「アキオは初めてだから今日は投げるだけな?」

と、ジュンちゃんは、何をわかったようなことをいってるんだ。

「いいや。俺だって釣ってやるさ」

そうさ。俺だって釣りたい。釣ってみせたい。あの黒く銀色に光るブラックバスを。

 ジュンちゃんはすぐにブラックバスを逃がしたけど、あのブラックバス、すごく大きくてかっこよかったなあ。

 ああ、俺も釣ってみてえ。でも全然だめだ。なかなかヒットしない。ちょっと離れた岸で釣っている小学生も一匹釣ったみたいだ。よーし俺もと、がんばってみてもどうしてもだめ。

 かわりにナオが小さいのを一匹釣った。やっぱ初めてじゃあだめか。

 その日は結局一匹も釣れなかった。けど、バス釣りってめっちゃおもしれえと思い、また俺はテンションが上がった。

「そうそう、何匹も釣れるもんじゃあないんだよーん。アキオ」

と、帰りにナオに励まされた。

「そうそう。ぼくだって釣れなかったよ。気を落とさなくていいよ。アキオ」

と、ソウタも気を使ってくれる。

「でも、面白かったぜ。バス釣り。みんなありがとな」

「いいってことさ」と、アッちゃん。

「またいこうな。アキオ」と、ジュンちゃん。

た俺は、「ああ」とうなずくと、ペダルに力を入れた。

 ジュンちゃんとアッちゃんは、バス釣りを楽しんでいて、もう自分は帰宅部でもいいかなと、部活はもうあきらめちまったらしいんだ。ジュンちゃんは「俺は、部活とかはもういいや」っていってたし。

 ナオとソウタは、二人で一緒にアマチュア無線部に入りなおした。アマチュア無線っていったいなんなのかわかんなかったから、二人に聞いたけど、「免許とかほしくて」とか、「なんかクラブやりたかったから」とかしか、答えが返ってこなかった。結局、わからずじまいだったけどなあ。

 俺も、今はジュンちゃんたちとバス釣りをしてるときが、一番楽しい。この前初めていったけど、今までになかった体験だった。まだ一匹も釣れていないけどさあ。新しいルアーとかもほしいし。釣り雑誌とかをパラパラ見てたらついついほしくなってくる。ひそかに俺はこうしてバス釣りの勉強をしているのだ。

 俺は、はははと笑って、おもいっきり自転車をこいだ。

 おかしくて笑っちまうくらい、朝の光がまぶしかった。

 その光の中で、まだ見ぬブラックバスが、俺の手の中で踊ってるという夢を見ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る