第5話  ~⑤~

 この前、サヨカちゃんに「占い部に入らないか?」って声をかけられてから、一度もサヨカちゃんと言葉をかわしていない。声をかけようかとは思う。でもなかなかそれができない。なかなかそうさせない雰囲気をサヨカちゃんは持ってる。ときどき目は合ったりする。そんなとき決まってサヨカちゃんは顔をそむける。

 だから、今日、放課後、サヨカちゃんにいきなり声をかけられたときは、正直おどろいた。

「ちょっといい。アキオ」

「ああ、別に暇だからなあ」

俺は必死で動揺を隠してたつもりだけど、つい頭をポリポリかいてしまっていた。

「じゃあ、いきなりだけど、部を作るために部員を増やしたいんだけど、部員募集のポスターを作って掲示板にはろうと思うの」

「ああ、いいんじゃあねえか」

「そのポスターをあんたに作ってほしいのよ。コピーは私がするから」

「なんで俺が? そんなこと俺にできると思うか?」

俺は絶句する。そんなの自分でやりゃあいいじゃねえか。

「だって小学生のときから絵とか上手だったじゃん」

俺は、小学生のときは、図工の時間があまり好きではなかった。絵を描くこと自体は好きだったが、俺が描くといったら、たいていマンガのキャラクターの絵だったんだ。だから授業中とかしょっちゅうらくがきとかしてた。何をいってんだ? サヨカちゃん。小学生のときから?

 サヨカちゃんは小学生のときから、俺のそんなとこまで見てたってえのか!?

「しょうがねえ。わかった。俺やるよ。やりゃあいいんだろ?」

「やってくれる? 助かるわ」

サヨカちゃんはいつもどおり眠たそうな目つきをしていう。

 その目が一重瞼で少し吊り上がってて、おせじにもかわいいとはいえないし、俺の好みでもなかった。

 一つだけいいとこをいえば、唇がリップでもつけてるのか、いつもプルプルで、唇だけかわいい形をしてるということかな。

 俺も人のこといえないけどなあ。女子受けするどころかいつも暗いだの、真面目だの、陰口を叩かれてる。占い部のことだって、クラスじゃあちょっとした話題になってる。

 だから「占い部だって。堂島くんってやっぱり暗いわね」って陰でこそこそいわれてる。気にしないようにしてるけど、やっぱりこういうのは気になる。

 顔だってちょっと濃い目の顔だし、決してブサイクではないだろうが、表情がいつも暗すぎるらしい。自分では、なんでそんなに暗いなどといわれなきゃいけないのか、わかんねえけど。

 あまり自分の顔は好きにはなれなかったんだ。特に濃いとこや、目が気に入らなかった。自分の顔が好きだとおもえるやつが信じられなかった。母さんとそっくりなとこもちょっと嫌だった。

 そんなことはいいんだ。いきなりポスター作りなんて大役をまかされちまったんだ。そうなんだ。こんな展開を待ち望んでたんだ。一から部を立ち上げるとかいう展開にぴったりじゃないか。

 ポスター作りかあ。俺はなんか変にヤル気が出てきた。

「いいけどさあ。二、三日くれないか?」

「じゅうぶんよ。三日以内に仕上げてちょうだい」

「わかった。俺にまかせておけ」

「頼んだわよ。アキオ」

いつも気になるんだよな。サヨカちゃんのいい方が、どこか上から目線なのが。まあいい。やろう。

 俺、占い部なんだよな。

 三日後、一応部員勧誘のポスターは出来上がった。

 俺はあれからすぐに八つ切りの赤い画用紙を買いに行って、後は黒いマジックで俺の好きなように描いた。

 うろ覚えだが、タロットカードや、水晶玉や、それらしい絵も描いた。絵を描くのは、小学生以来久しぶりだった。

 あのときは、なんで俺がって考えちまったけど、サヨカちゃんにこういう役目を、俺にも与えてくれたりして、今はうれしく思ってる。あいつはそんなことまで考えてんのかあ。まさかなあ。

 部室とかまだなかったから、一年二組斎藤沙世香までよろしく、と書いておいた。自分でもいい出来だといえるくらいには、仕上がったと思う。

「これでいいか。サヨカちゃん。ポスター出来上がったんだけど。約束どおり三日以内に」

放課後になってから、サヨカちゃんにそのポスターをわたした。

 みんなのいる中で声をかけるのは勇気がいった。ソウタも「よっ。アキオ」とかいうし、ジュンちゃんも「がんばれ。アキオ」とかひやかしてくるし、みんなほっといてくれよ。ただの部活だ。部活。

 それでもサヨカちゃんは俺がポスターを持って近づこうとすると、こちらを向いて俺を待ってくれていて、声をかけやすいようにしてくれた。

「あんたにしてはまあまあね。よくやったわ。アキオ」

自分で頼んでおいて、また人をバカにしたようないい方をする。こいつは。

 それでもこいつにいわれたんじゃあ仕方ないなと、不思議と思っちまうんだよなあ。

「ああ、ありがとな。お役に立ててめっちゃうれしく思っておりますー。もうめっちゃめっちゃですー。お眼鏡にかなってとてもうれしく思っておりますー」

なんかおもしろくない。サヨカちゃん、ノーリアクションのままだし。いつもの眠たそうな吊り上がった目で、こっちにらんでる。

「はいはい。じゃあ後は私がコピーしてくるから、それまで待っててね。それと、あんまりふざけないで」

「はいはい。わかったよ。待ってたらいいんだろ」

よっしゃあ。「はいはい」っていい返してやったぜ。でも、ふざけないでっていってたし、あんまりこういうのはなしで、ほどほどにしないとな。

 サヨカちゃんは鞄からどこかの店の袋を取り出し、それにポスターを入れて、すたすたと帰ってしまった。

 ジュンちゃんたちも「がんばれよー。アキオ」とか、捨てゼリフを残して早々と、帰ってしまった。何をどうがんばったらいいのか俺にはわかんないが。

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