第6話  ~⑥~

 今、教室にいるのは俺と、いつまでもしゃべってる女子数人だけだ。俺も教室を出た。

 ナオと、ソウタは、アマチュア無線部にでもいったんだろうか。そうだ。だから、この二人は占い部には誘えない。

 ジュンちゃんと、アッちゃんは、どうだろうとふと思ったりするんだが、彼らはどうも占いなどに興味がなさそうだ。

 とにかくこの四人は、バス釣りを楽しんでる。そんな話ばかり休み時間とかにしてる。俺もその仲間に入って、いろいろ教えてもらったりしてる。とにかく釣れたときの快感はものすごいらしい。

 ジュンちゃんが「アキオ。とにかく初心者はワームだよ。ワームの方が釣れやすいぞ」って教えてくれた。ナオも「ワームはいいよー」っていうし、ソウタなんか「ぼくはいつもワームだよ」なんていう。アッちゃんは「いいや。ベイトにこだわるのもいいぞ」とかいうけど、俺は今度そのワームっていうルアーを買いにいこうと思ってる。やっぱり一匹ぐらい釣ってみたいし。

 新しいいいロッドもほしい。今のはほんとにおもちゃみたいな安物だ。釣具屋にいくと、ほんとほしいものばっかなんだよなあ。

 でも占い部はどうすんだ。

 俺は一応占い部なんだから、やっぱそれらしいの持ってないといけないんだろうなあ。タロットカードなんて持ってないしなあ。

 そもそも俺に占いができるなんてわかんない。サヨカちゃんも俺が占いに向いてるっていっただけで、俺に占いができるなんて一言もいってない。でも、あのかっこいいタロットカードはほしいなあ。どうしてもほしくなってきた。今よりいいロッドもほしいけど、タロットカードがほしいなあ。

 そういや母さんが昔占いにハマってたとき、タロットカード使ってたよなあ。でも、母さんのお古なんて持たされた日にゃあ、恥ずかしくて学校にいけないよ。

 母さんは今でも朝の星占いだけはかかさずチェックしてるもんなあ。その星占いのラッキーグルメによって晩ごはんのおかずが変わったりするぐらいだもんなあ。それは正直困る。困るから、それはいつも勘弁してほしいと思ってるんだけど、どんなタロットカードがいいかぐらいは、一応母さんに相談してみるかあ。

 校舎を出て振り返ると、グラウンドから運動部の掛け声が、ずっと遠くに聞こえた。

 それは俺が今いる場所からは、はるか遠い異次元から聞こえてくる声のようだった。もう決して届くことのない場所からの声だった。

 母さんがパートの仕事から帰るのをじっと待っていた。母さんは近所のスーパーでレジ打ちの仕事をしている。

 つまんないテレビを観たり、釣り雑誌をパラパラとめくってたりしていた。なんで今日にかぎってこんなに帰るのが遅いんだと思うほど、時間がたつのが長く感じた。

 父さんと母さんは俺が小学二年生のときに離婚した。母さんはそれ以来、一人で俺とアネキ(梨恵子)を育ててくれたんだ。

 アネキは今、高校一年生で、アネキもファーストフードのハンバーガ屋(マック)でアルバイトをしている。だからアネキは、家に帰ってくるのを遅くなる日が、週に何日かはある。

 俺も中学二年生になったら、新聞配達でもはじめようかと思ってる。もちろん母さんを少しでも助けてあげたいからだ。だから真面目っていわれるのかなあ。俺。

 小学二年生のときっていえば、ちょうど母さんが占いにハマってた頃だ。よく父さんとももめていた。父さんはどちらかというと占いとかが大嫌いだった。

 だから、小さかった俺は、父さんと母さんは占いのせいで離婚したんだとか、占いで離婚した方がよいって出たのかなあと、あの頃思ってた。まだ小さかった俺はほんとにそう思ってたんだ。アネキも「きっと占いが悪いんだよ。占いのせいだよ」っていってたし。

 今はそんなことはないんだってわかってる。父さんと、母さんも、いろいろあったんだって教えてもらったからだ。

 結局、原因は父さんが他に女の人を作ったからだったけど、母さんは「父さんだけが悪いんじゃあないの。どうか許してあげて」って、自分のせいみたいにいってた。

 だけど、俺はそんな父さんにまた会いたいとは思わない。母さんより別の女の人を選んで、母さんと俺たち姉弟を捨てていった人間に、また会いたいなんて思うはずがない。母さんは許してあげてというけど、俺は一生あの男を許さないだろう。電話してきて、「彰生。元気か」なんていわれても、絶対話してやるもんか。

 母さんはパートから帰ってくると、必ず買いものをしてきて、すぐに晩ごはんの用意をする。この香りからすると今日はカレーみたいだ。ふーん、キーマカレーかあ。できれば普通のカレーの方がよかったなあ。

「母さん」

「なあに?」

「俺、学校で占い部に入ったんだ」

なんで母さんにこのことをいうのに、こんなに緊張しなきゃいけないんだ。

「占い部? あら。そう。そんなのがあるんだねえ。彰生もとうとう占いに目覚めたのね。そりゃあ。よかったわ」

ふふーんと、母さんはキーマカレーを作っている。

「それでさあ。俺もタロットカードっていうのがほしいんだけどさあ。あの……みんな持ってんだよ。持ってないの俺だけでさ」

みんなっていってもサヨカちゃんのことで、部員もサヨカちゃんと俺の二人しかいないけどさあ。

「あら。そう。ちょうどよかったわ。母さんの使っていないのあるから、それ彰生にあげるわよ」

「母さんのお古じゃあ嫌なんだよ。ちゃんと俺専用の新しいのがほしいんだ」

「なあに? おこづかいをくれというのね。母さんも買ってあげたいんだけど、今はお金がそんなにないからねえ。給料日前でねえ。自分でおこづかいをためて買いなさい。どこで売ってるのかは知らないよ。母さんももらいものだからねえ。わからないけど、リエ姉ちゃんにでも聞いてみたら」

「どうしてもほしいんだよ。俺もおこづかいそんなにないんだよ。頼むよ」

ほんとはいいロッドを買うために、残しておいたお年玉が、まだちょっとはある。でもタロットカードって高いんじゃないかと思ってさ。

「だから母さんのを使えばいいじゃない。それなりにいいやつなのよ」

「そんなんじゃあ嫌なんだよ。もういいよ!」

ちぇっ。自分で買うしかないかあ。さよなら。上等のロッドよ。ルアーよ。しょうがねえよなあ。この際。

 とりあえずどこの店で売ってるのか、アネキに聞かねえとなあ。アネキがアルバイトから帰ってくるのを待つしかないか。

「ただいまー」

ああ。アネキが帰ってきた。急いで玄関までいく。

「アネキ。アネキ。タロットカードってどこで売ってるのか知らない? 知ってんだろ? 教えてくれよ」

「ちょっと。ちょっと。私、今帰ってきたとこ。疲れてんのよ。後にしてくんない?」

「俺、占い部に入ったんだよ。どうしても必要なんだよ」

「わかった。わかったから、ちょっと待てって」

アネキはいかにも疲れてますみたいなフリをして、自分の部屋に入ろうとする。

「だから頼むって。アネキ。教えてくれるだけでいいんだよ」

「もう。しつこいなあ。あんたも。そんなのネットで注文すれば一日で届くわよ。ふん」

そうかあ。その手があったんだ。わざわざお店にいって買う必要ないんだ。

 アネキは部屋に入ってしまった。

俺はドンドンとドアをノックしながらいった。

「じゃあさあ。アネキのパソコンかしてよ。頼むよ」

「ああー。もう。うるさい。いいか。よく聞け。だからちょっと待てって。せめて部屋着に着替えるまで待て」

アネキはすごく怖くて、ブサイクな顔を、ドアの隙間からのぞかせた。

「わかったよ。ごめん」

アネキはパソコンを持ってるけど、俺は持っていなかった。

 パソコンは、本当は母さんがやっとの思いで、姉弟兼用として買ってくれたものだ。俺は使い方がいまいちわかんなかったし、アネキが学校でいるんだとかいいだして、今じゃパソコンはアネキの部屋に置かれて、アネキ専用みたいになってる。

 この築年数の古いマンションで、パソコンなんかなくても、自分の部屋とテレビくらいがあれば、俺はそれでじゅうぶんだったんだ。だからパソコンについては何もいわなかった。

「彰生。私、お腹も減ってんだから、話あんなら早くしてよ」

アネキが着替えて部屋から出てきた。さっきはちょっと待てっていってたくせに。

 アネキは家ではいつもTシャツにスェットパンツといった服装だ。俺も同じようなもので、Tシャツにショートパンツをはいている。四月の下旬も終わり近くともなると、もう暑いくらいで、このくらいがちょうどいい。

「だからパソコンをちょっとかしてほしいんだ」

「うん。別にいいけど。一応あんたのものでもあるんだし。部屋入ってもいいけど、あんた変なことしないでよ。私ここで見張ってるから。使い方くらいわかるわよねえ?」

「ああ、わかってるよ。ありがとな。アネキ」

今は学校で習ったりするから、少しくらいならわかる。

「彰生。最初に買うなら定番のにしなさいよー」

遠くで母さんの声が聞こえる。キッチンから口出してんのか!?

「ああ、わかったよ。うっせーなー」

もう。ほっといてくれたらいいのに。そんなの俺の好きなのでいいだろ?

「彰生。ちゃんと自分の名前使って買うのよ?」

今度はアネキかよ。

「わかってんよ。だからうるせーって」

こっちは必死でキーを叩いてるっていうのに。

ローリング・ストーンズの曲だな。パソコンから流れてんのは。アネキは大のストーンズ狂だからなあ。確かこの曲は『Gimme Shelter』とかいったかなあ。あんまりよく知らねえけど。そんなことより早くしねえと、アネキにまた怒られる。

 ネットショップにアクセスして、タロットカードと検索してみた。出るわ。出るわ。いろいろなタロットカードが出てくる。母さんのいうとおりだ。この「定番の」って書いてあるやつが一番よさそうに見える。さっきはうるさいなんていって、ごめん。相性も合いそうだし、一番かっこよく感じる。このいかにもタロットって感じ。ちょっと神秘的な感じ。ごっついって感じ。やっぱかっこいい。

 値段もそんなに思ってたよりは高くない。ためていたお年玉の残りでじゅうぶん買える。少なくとも買おうと思ってたいいロッドよりは全然安い。よし。これに決めた。

「まだなのー。早くしなさいよー」

「ちょっと待ってって」

今度は俺が、「ちょっと待てって」、っていってる。

 俺は迷わずライダー・ウェイト・スミス版のタロットカードを注文した。その中でも一番安く売ってるのにした。

 明日か明後日には届きそうだ。初めての自分のタロットカードかあ。はたしてどんなのだろう。これで俺も占い師ってかあ。なんか占い部って実感わいてきたなあ。

 俺の頭の上で、レベルアップしたときのメロディーが、ピロピロと鳴っているような気がした。

「これ消しといていいのかあ? アネキ」

「うん。消しといて。もうすぐごはんだし」

 アネキのイライラしている目線を横目に感じながら、俺は、ずっと「シャットダウンしています」の文字をみつめていた。

心臓のドキドキがいつまでも止まらなかった。ついに俺も占い師になっちまったと、小声でずっとつぶやいていた。




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