第15話  ~⑮~

 それからというもの、アオイちゃんは、たびたび俺に占いを頼むようになったんだ。

 そんなに占いが好きなら、占い部に入ってくれとも思ったりするが、アオイちゃんはテニス部のスター選手だから無理だった。だから、アオイちゃんは他の女子よりも日焼けをしている感じがする。おそらくテニス部で猛練習をやってるんだろう。

 アオイちゃんが占ってほしいというのは、たいていいつも恋の悩みだ。ただそれは、アオイちゃんの場合、悩みというよりも、どこか遊びのつもりで占いを頼んでるのに近かったと思うな。

 シャーペンの芯をくれとか、消しゴムをかしてくれとかは、あいかわらず俺の迷惑も考えないで、隣の席からいってくる。まあ、別に俺もそんなに迷惑だとも思ってないけどさあ。シャーペンの芯は一本くらいあげても、いっぱいあるから、そんなに減らないし。

 なぜ俺ばかりに頼むのだとは考えたりするけど、単に席が隣で一番近いからだろうなあと、結局そう思うことにした。

 占いをやってくれといわれるのは、俺の練習にもなるから大歓迎だったけど、やはりクラスでは目立ちすぎるんだ。占いは昼休みにすることが多いんだけど、やっぱみんな俺たちの方を気にしてる。

 ジュンちゃんたちにも、「あれ? アキオはサヨカちゃんのことが好きなんだとばかり思ってたぜ。このー」と肘でつつかれたり、「お互いがんばろうな。アキオ」とかいわれ、さっそく誤解されてる。

 今やクラスでは、なんか俺イコール占いをする人みたいになっちまってる。俺は、クラスではちょっとした話題の人だ。タロット占いの人だって。何も望んだわけじゃあねえが。

 いつもアオイちゃんが「当てってるよ。アキオ」なんていうもんだから、「堂島くんの占いって当たるそうだよ。私もやってほしい」なんて声も聞こえてくるんだが(それはごく一部で、だいたいの女子には、俺の占いは当たらないと噂されている)、そのわりには他の女子とかは占いを頼んでこない。どうやらアオイちゃんが、他の女子にそれをさせないようにしているらしい。

 見たところ、アオイちゃんはクラスでは、幅をきかせている存在らしいんだ。それをいいことに、俺の占いを私専門だというように、他の占ってほしそうな女子を、無言で、態度で威圧してるんだ。クラスの女子たちもアオイちゃんを怖がって(ヘタをすればシメられるし)、俺にはほとんど近寄ってこない。そのせいかジュンちゃんたちに、「おまえがあの宮中さんとねー」と、ちょっと尊敬の目で見られたりするけど、それは誤解だって。  

 俺も他の女子に占いを頼まれないことは、少し寂しい気もするけど、ほとんど気にはしていない。むしろ面倒くさくなくていい。あんまりうるさくされても逆に困ると思うんだよな。だから、アオイちゃんが目を光らせてくれてるおかげで、本当は助かってるのかもしれないんだよ。

 そういうわけで、サヨカちゃんをのぞいて(もしかしたらサヨカちゃんもかもしれないが)、クラスのみんなは、知らない間に俺たちをずいぶん仲のよい二人として見るようになった。

 サヨカちゃんはクラスのそういうことにはあまり興味のない様子で、いつも私には関係ありませんみたいな顔をしていた。涼しい顔をして、本なんか読んでいた。

 母さんに今度中間テストがあることを話してみた。

「そりゃあ。がんばりなさいよ。アキオ。占いもいいいけどさあ」

母さんは仕事から帰ってきたばっかりだからなのか、どこか他人ごとのようにいう。

「母さん。ほしいロッドがあるんだ。いい点とったらそれ買ってくれる?」

「何をいってんだい。あんたは。よし。わかったわよ。彰生がもしクラスで一番になったら、一万円をあげようじゃあないか」

「そんなの無理に決まってんじゃん。もういいよ」

息子をお金で釣るまねは、まあ、わかるけど、そんな初めから無理な釣り方は意味ないだろうに。

「あら、わからないわよう。あんたがみんなよりうんと勉強したらわからないじゃあないの?」

「だから無理だって。いいって、もう」

「何々? なんの話? テストの話?」

アネキが話に割り込んできた。今日はバイト休みなのか?

「母さんが、俺がクラスで一番になったら、一万円くれるってさ」

「ふーん。じゃあ。私もあんたがクラスで一番になったら、一万円あげよう。そのかわりといっちゃあなんだけど、なれなかったら私に一万円ちょーだい」

「そりゃねえだろ! そんな賭け誰がやるかよ! 俺はそんなのしねーからな。バカアネキ!」

アネキは口をとがらせている。

「あんたが悪いんでしょ。ちっとも勉強しないんだから」

「アネキだって、してねーだろ。もういいよ。ほっといてくれ。勝手にするから」

ったく、母さんもアネキも変な冗談いわないでくれよな。俺が、ロッドがほしいっていったのが悪かったか。

 俺は部屋に入ると、なんだか悔しくなって、あまりさわったことのない、本棚に立ててあるままの数学と英語の参考書を取り出し、その夜必死に勉強した。

 ある時の休み時間、隣のアオイちゃんともそんな話をした。

「ところでさあ。アキオって勉強とかしなさそうだよね」

と、突然聞いてきたんだ。

「たぶん、しないだろうなあ。アオイちゃんはするの?」

いつもはしていなくて、この前の夜に勉強したことは特別だから、しないことにしておいた。

「するわけないじゃん。きゃはは」

「だよな。んなふうには見えねえな」

「あっ。そのシャーペンかわいい。ほしい」

と、アオイちゃんは俺のシャーペンを取り上げようとした.

「だめだって。俺、これしかねえんだから」

俺は手に持っているシャーペンを、とられないようにひっこめた。

「ねえ。ちょーだいよ。私のと交換」

「だめだ」

「ちぇっ。残念」

アオイちゃんは何が楽しいのか、おかしそうに笑ってて、全然残念そうには見えないんだが。

 やっぱりみんな勉強しないのかあ。確かにあんまりヤル気にはなれねえよなあ。でもあいつなら、サヨカちゃんなら、絶対勉強するだろう。あいつはそういうやつだ。

そのとき向うの端っこの席で、本を読んでいるサヨカちゃんと目が合った。サヨカちゃんはぷいっと顔をそむけた。なんか嫌われてるんだろうか? 俺。

 俺もちょっとは勉強しないといけないなと思い、ジュンちゃんたちを誘ってみたんだ。テストはもう明日にせまってるしね。

 それで、ジュンちゃんたちと相談した結果、アッちゃんが、「うちへこいよ。みんなで勉強しようぜ」っていうので、学校が終わってから、アッちゃんの家に遊びに、いや、勉強しにいくことになったんだよ。

 アッちゃんの家は長屋だけど、結構広い部屋があった。

俺は少なくとも勉強しようと、テーブルの前に座り、教科書を開いてた。アッちゃんだって、自分の家だし、自分のお母さんも内職をしながらこっちの様子を見てるし、同じようにテーブルの前に座って、勉強しようとしてた。

 まったく勉強する気がないのは、ジュンちゃんと、ナオと、ソウタだ。あいつら教科書も、参考書も、ノートも、筆記用具さえ持たずに、やってきったみたいだ。もちろん遊ぶつもりできたんだろ。あいつらめ。

 三人でじゃれあって遊んでいる。しまいには携帯型のゲーム機(3DS)で遊び出した、まったくうるさすぎて勉強にならない。これじゃあ家で、一人でやってた方がましだった。しまいにはアッちゃんも勉強するのをやめて、その三人にくわわりだした。

「おい。おまえら勉強するんじゃなかったのかよ?」

「しねーよ。アキオもこいよ」とジュンちゃん。

「俺、勉強なんてできない。できない。できません」とナオ。

「やってもわかんないよ」とソウタ。

「俺はもうちょっとはやったから、もういい」とアッちゃん。

四人はじゃれあって遊んだり、ゲームをして遊んでる。

「しょうがねえなあ」

俺も勉強するよりは、そっちの方が楽しそうだと思って、ついにはナオに「うわあ」と、つかみかかって、じゃれあって一緒に遊んだ。

 アッちゃんのお母さんが、「こら。きみたち。遊んでばっかりしないで、ちょっとは勉強しなさいよ」と、注意しにきたけど、なんの効き目もなく、俺たちは遊んでばかりいた。返事だけは、五人とも「はーい」と、元気よくしたんだけれど。

 結局、その日はたいして勉強もできないまま家に帰ってきた。

 その夜、俺はいつものようにテレビを観ながら、タロットカードを一枚一枚ながめていた。

 あるカードに目がとまった。それはサヨカちゃんが、最初に俺を占ってくれたときに出たカードだった。確か『ペンタクルのⅢ』というんだった。

 俺は机に向かった。英語のノートと参考書を開いた。

 『ペンタクルのⅢ』を見てると、なんだかいい点数がとれそうな気がしたんだ。

 時計の針は夜十一時を回ってた。今夜も静かな夜だった。

シャーペンのカリカリという音だけが、部屋の中で存在しているかのようだった。その音だけがいつまでも響いていた。

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