第12話 ~⑫~
それは俺たちが弁当を食べ終わった頃だった。
俺はサヨカちゃんの占いは信じてたけど、ほんとに部員なんて集まるのかなあって、半分は疑ってるとこもあった。
それが今、目の前で、一年生らしい女子の三人組が話してるじゃあないか。占い部のことを。
「斉藤さんって誰だろね? この辺り二組だと思うんだけど。ねえ。トモちゃん」
「そんなのトモもわかんないよ。誰かに聞いたらいいんじゃあない。カヨちゃん聞いてみてよ」
「そうよ。ナミたち占い部に入るって決めたんでしょ? 誰かに聞いてみようよ」
俺はその様子をぽかんとながめていた。
確かにほんとかなあって思ってたとこはあったけど、絶対部員はくるって信じていた。だけど、こんな遠足の日になんて、普通ありえないだろ? ちょっと目の前で起こってることが、信じられないでいたんだ。
女子三人組は恥ずかしそうにもじもじとして、俺たちの方をちらちらと見たり、見なかったりしている。
どうやら明らかにサヨカちゃんのことを、俺たちに聞きたがってる様子だ。よし。俺も占い部だ。ここはひとつ。
俺は思わず立ち上がっていた。
「おい。どうしたんだよ。アキオ」
とめてくれるな。ジュンちゃん。
「なんだよ。ナンパですかー? アキオー」
今はそんなことはいわないでくれ。ナオ。
「あの、すみません。もしかしてなんだけど、君たち、ひょっとして占い部に入りたかったりするのかなあ?」
ごく自然に声をかけられた。
自分でも知らない女子三人組に声をかけられるほど、勇気があったなんて知らなかった。今まででも、女子にこんなにも大胆に声をかけたのは、初めてだった。ちょっとドキドキしすぎてる。マジでヤバい感じ。
「あっ。もしかしてあなたが斎藤さんですか?」
「違う。違う。斎藤さんは女子だって、カヨちゃん」
「そうよ。この際だからこの人に聞いてみようよ。カヨちゃん」
「そのとおりなんだ。俺は斎藤さんじゃあない。斎藤さんは女子だ。それでもって、俺も実はさ。占い部の部員なんだ。だから斎藤さんのことも知ってるよ。俺はサヨカちゃんって呼んでるけどね。俺でよかったらなんでも聞くよ」
「そうなんですか? すごいですねー。ちょうどよかった。私たちできれば占い部に入りたくて。その。でも、興味はあるんですけど、私たちまだ何もできなくて。それでも大丈夫だったりするんですか?」
話を聞いてたらすぐわかったんだけど、この子がカヨちゃんって子か。真面目そうな子だなあ。
「全然大丈夫だと思うよ。俺もなんもできねーし。あそこに座ってるちょっとかしこそうな子が、斎藤さんだよ。まだ部長とか決めてないと思うけど、たぶん部長なんだと思う」
「そうなんですか? ぜひ紹介してもらえませんか?」
カヨちゃん以外の子たちは黙っていた。
そして俺は、その子たちに、ちょっと警戒した目つきで見られていた。一人の子は腕まで組んでいる。別にあやしいものでもなんでもないんだがなあ。
「うん。いいぜ。じゃあ、ついてきて」
俺たちはサヨカちゃんの元へと近づいていった。
女子三人組も緊張している様子だったが、俺だって顔を真っ赤にしっぱなしだし、ずっと緊張しながらしゃべっていた。胸のドキドキは止まらないし、なんで俺がこんな気分にならなきゃいけないのか、まるでわかんなかった。
サヨカちゃんも、なんだろというふうに、水筒のお茶を飲みながら、こっちを見てる。
「なんかアキオのやつモテてんなー。モテモテじゃあねえか」
なんか後ろの方から声がする。アッちゃんか。
「いやあ。ありゃあ占い部のなんかじゃあねえか?」
これはジュンちゃんの声か。
「ヒューヒュー。アキオ」
ソウタだな。ソウタはまだ声変わりをしていない。
「モテるなあ。アキオ。よっ! 色男」
ナオ、なんかおっさんみたい。
もう。みんなして俺をはやし立てやがって。俺は我慢できなくなって、後ろを振り向いて、大声で叫んだ。
「やめろよ! おまえら! そんなんじゃあねえから」
あいつら腹をかかえて笑ってやがる。なんてやつらだ。
俺は気を取り直して、サヨカちゃんの前に、女子三人組を連れて、そおっと立った。
サヨカちゃんも立ち上がった。だいたい何が起こったのかぐらいは、わかってるようだった。
「よ、よう。サヨカちゃん。あのさあ。この子たちさあ。なんと占い部に入りたいそうだよ」
「そうなの? それはぜひお願いしたいわ」
「あの……。一年四組の村山華世です。ぜひ占い部に入りたいと思ってます」
村山さんは、ショートカットをしていて、なにより背が低い。俺も背が低い方だが、それよりはるかに低い。
「私は同じ四組の藤原友海です。何も占いとかまだできないですけど、ぜひ占い部に入れて下さい」
藤原さんは、村山さんと同じようなショートカットだけど、少し刈り上げてある。目がぱちくりとして、大きくて、サヨカちゃんとはえらい違いだ。
「私も四組で、呑海奈美絵といいます。私も何もできないですけどいいですか?」
呑海さんは、髪を肩ぐらいにまで伸ばしてある。くせっ毛でパーマをかけたみたいになってる。たれ目なせいか、人なつっこそうに見える。
「そう。三人ともぜひ入ってもらえないかしら? 興味があるだけでいいのよ。それだけで資格はじゅうぶんだから。私は、二組の斎藤沙世香よ。一応、部長ってことになるかしら」
「えっ、いいんですか? 私たちほんとに初心者というより何もできないんですけど」
「ちょっと待って。同じ一年なんだから、敬語は使わなくていいわ。華世さん」
「そうだよ。俺は二組の堂島彰生っていうんだ。気軽に『アキオ』って呼んでくれていいよ」
「そ……そうですかあ。じゃなかった。そう? これでいいのかな。私は『カヨちゃん』って呼ばれてるんだ」
「私は『ナミちゃん』って呼ばれてるよ。よろしくね」
「私は『トモちゃん』かなあ。じゃあ、部長さんのことはなんて呼べばいいの?」
「私は……。こいつには一応『サヨカちゃん』って呼ばれてるわ。みんなそう呼んでくれていいから。ああ、そうそう。アキオなんてタロットカード持ってるだけで、何もできないぐらいだからね。みんな、できなくっても大丈夫だからね」
「バカ。俺だってちょっとくらい占いできるって」
カヨちゃんと、トモちゃんと、ナミちゃんの三人は、声を立てて笑った。
「でも、それだけですごいよ。タロットカード持ってるだけで。アキオもサヨカちゃんも持ってるんでしょー。それで占いとかもできちゃうんでしょー。すごいわー。アキオも、サヨカちゃんも」
カヨちゃんは、なんの気をつかうこともなく、俺たちを、「アキオ」、「サヨカちゃん」、と呼んだ。
そのことにちょっとびっくりした。まあ、それでいいんだけどさあ。
「いいなあー。ナミもほしいなあ。私もトランプ占いでいいかと思ってたけど、やっぱりタロットカードって雰囲気出るわよねー。いいなあー」
「そうよねえ。トモたちも買っちゃおうか? ねえ。どうしよっか?」
「おい。アキオ。おまえさっきから何てれてんだよ。おまえ持ってるだけだろー?」
「持ってるだけだなんて、何もそんなふうにいわなくても。だからちょっとくらいはできるんだって」
せっかく俺ってすげえのかあって気分にひたってたっていうのに、サヨカちゃんのやつ。
「あらそう? そりゃあよかったわね!」
サヨカちゃんがそういうと、また、カヨちゃんと、トモちゃんと、ナミちゃんの三人は、俺たちがおかしそうに笑っている。
女子ばかりの中で、どうしたらいいのかわからなくなってる俺を、サヨカちゃんは上手いこと仲間に入りやすいように、いじってくれている。おかげで俺はかなり助かってる。冷や汗をぬぐいたいくらいだ。
「まあ、そういうわけで、占いは、興味あるだけでもいいし、なんでも好きなのでいいのよ。タロットがいいなら、それでいいし」
「うん。興味だけはあるんだよ。私は何にしよっかなあ」と、カヨちゃん。
「ナミはやっぱタロットがいいなあ。トランプより」
と、ナミちゃんが少しだけ髪をかき上げながらいう。
「トモだってタロットがいいよ。やっぱ占いって雰囲気出るよ」
「うん。みんなタロットがいいのね。実はね。部はまだ正式には立ち上がっていないのよ。それだからこそ、あなたたちの協力が必要なの。だから、ぜひお願いしたいのよ」
「うん。わかった。私たちなんでもするよ。何かあったらいってね」とカヨちゃん。
「なんだ。まだ、立ち上がっていないんだ。でも、ナミたちにまかして。ねえ? トモちゃん」
「うん。トモもがんばるから。なんでもいってよ? 絶対だよ」
俺はそんな女子たちの会話を、黙って聞いていた。この中には、とても入っていけそうになかった。
「わかったわ。もう少し部員が集まったら、石田先生に相談してみるから、ちょっと待っててね。何か他に聞きたいこととかないかしら?」
「えーと。そのー。だ……男子は、アキオ一人しかいないんですか?」
「えっ。いきなり俺の話?」
カヨちゃん、俺のことは気にしなくていいからさあ。そんなに気になるのか!?
「大丈夫よ。心配しないで。こいつブサイクで変なやつだけど、アブナイことはしないから。アキオには何もできるわけないって。ふふ」
なんだよ。そっちの心配かよ。なんだよ。それ。てっきりもっといた方がいいんじゃねえかみたいな話かと思ったのに。
「だよねー。私も最初から親切な人だなあって思ってたから」とカヨちゃん。
「うーん。まあ、真面目そうだしねー」とナミちゃん。
「そんなにかっこよくないけどねー。大丈夫なんじゃあない?」とトモちゃん。
「えらいいわれようだな。俺は。なんもするわけねーだろー? 悪かったなあ。あんまりかっこよくなくて」
女子たちは大笑いしていた。特にナミちゃん。サヨカちゃんまで笑っていた。
ああ、俺はこれからこうやって、肩身の狭い思いをしていかなくちゃあならないんだなあ。女子の中に男子一人でさあ。まあ、仕方ないといっちゃあ、仕方ないんだけどね。
「じゃあ、何かあったら、こちらから連絡するわ。ええっと。一年四組の、村山華世さんに、藤原友海さんに、呑海奈美絵さんね。そっちからも何かあったら連絡してね」
「うん。わかった。ありがとう」とカヨちゃん。
「よろしく。サヨカちゃんにアキオ。そして占い部!」とナミちゃん。
「よろしく。気軽に声かけてね。いつもだいたいは四組の教室にいるから」とトモちゃん。
「あっ。よかったら俺にも声かけてね。みんな」
「アキオには気が向いたらだよ」
「ちぇっ。なんだよ。それ。トモちゃん」
女子たちはまた声を立てて笑っている。特にナミちゃんはよく笑うんだなあ。
しかし、いつから俺はこんないじられキャラになったんだ。まあ、俺のおかげで場が盛り上がってくれるのは、ありがたいけど。
カヨちゃん、トモちゃん、ナミちゃんの、女子三人組は、「じゃあね」とか、「またね」とかいって、自分たちの四組が集まっているところへと、かけ足で帰っていった。こちらを何度も振り返る姿は、まだ恥ずかしながらで、その笑顔もまた、どこかぎこちないとこがあった。
「やったなあ。サヨカちゃん。ほんとに部員きたじゃん。しかもいっきに三人だぜ」
「ええ。だからいったでしょ? 部員は必ず集まるって」
せっかく俺が大喜びしてるってのに、サヨカちゃんときたら、なんでこんなにさめた調子なんだろ? 当然だとでもいうようないい方してさ。
「じゃあさあ。この調子で部員は集まるんだな?」
「ええ。後、少しは集まると思うわ」
「サヨカちゃんのいうことだから、たぶん集まるんだろうなあ。信用してるぜ」
「アキオはなんも心配しなくていいのよ。そのうちなんとかなるわ」
俺はサヨカちゃんに「じゃあ」といって、ジュンちゃんたちのとこへ戻っていった。
「モテるなー。アキオ。おまえにちょっとだけ殺意を覚えたぞ」とアッちゃん。
「モテモテだったじゃあないか。アキオ。あのショートカットの子かわいかったよなあ」とジュンちゃん。
「そんなことないって。ただの部活だよ。部活」
「とかいっちゃって。アキオくん。俺たちにも少しわけてくれてもいいんじゃあない?」とナオ。
「そうだよ。アキオばっかずるいよ。ヒューヒュー。アキオ」とソウタ。
「みんな、頼むからそうちゃかすなって。ただの部活なんだから」
別にモテてるわけじゃねえのに。
でも、悪い気はしねえな。なんか自分がモテモテになったような錯覚を覚えるよ。これって、もしかして占い部に入ってよかったんじゃあねえか。
午後からは、展示室で、街の歴史を学ぶらしい。
部員がいつのまにか三人も増えた。最初は、サヨカちゃんと二人だけで、大丈夫なのかとも思ってたけど、これで占い部を立ち上げることがちょっと本格的になってきた。
俺も後から入ってきた三人に負けないように、ちょっと占いの勉強をがんばろう。学校の勉強は、あんまりがんばりたくないけど。
女子四人の中に男子一人ってえのが、少し気になるが、まあ、そこは仕方がない。さっきみたいに、みんなにひやかされちゃうけどなあ。
ジュンちゃんと目が合うと、ジュンちゃんはまだにやついている。
俺は、背中に感じるサヨカちゃんの視線を、ちょっと気にしながら、飛び立っていく二羽の白鳥のつがいを、目で追った。
どこまでも飛んでいく。どこまでも遠くに。空高く。そして、ついには見えなくなった。
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