第13話 ~⑬~
中学生になると、こんなのがあるんだなあ。中間テストの予定表が教室に張り出された。
俺は席に座って、遠くから、それをぼんやりとながめていた。
テストは二日間みっちりとあるらしい。やっぱり小学生のときとはなんか違うんだなあと、あらためて思った。そういや算数も、数学と呼ぶように変わっちまった。数学の杉原先生は「それは学問であるからだ」といってたけど、数学のどこが学問なのかわかんない。ちょっと算数より難しくなっただけじゃあないか。
一週間後かあ。「ナオ。おまえ勉強とかするのか?」と、席の近いナオ(俺の右斜め前)に聞いてみた。すると、ナオは、「やらない。観たいテレビもあるし、ゲームもやらなきゃならないからにゃあ。釣りだってしたいしにゃあ」と、机に顔をふせながら、面倒くさそうにいった。
いつからゲームは、勉強よりもやらなければいけないことになったんだろうか? そんなことを考えながら、俺は、「俺もやめとこうかなあ。他にやりたいことあるし」と答えた。
ナオはもう眠ってしまいそうな目をしている。
俺のは単にやりたいことだよなあ。別にやらなければならないことじゃあないよなあ。タロット占いを覚えることなんだが。
ついつい深く考えちまうよなあ。ナオのゲームのように、どうしてもやらなければならないことじゃあないから、勉強の方をしっかりとしなければいけないってことになる。でも、したいことはしたいんだ。そっちを優先しないと。
したいことと、しなければいけないことは違うよ。俺のタロット占いと勉強みたいなもんだ。
したくてやらなきゃいけないことと、それが嫌なのにどうしてもしなきゃあならないことも違うよなあ。こっちは、ナオのゲームと勉強といったとこか。
俺はタロットカードを手に入れて以来、一人でいろいろ勉強してきたし、特にサヨカちゃんにかしてもらった『できるタロット』という本は、めっちゃ役に立った。毎日のように自分のことを占いながら、本を見て、カードの意味を覚えようとした。まだ大アルカナだけだけど。しかも正位置だけ。
まだ部員は集まっていないけど、そのときまでやれることをやろうと思ったんだ。自分でもできることを探してやろうと思ったのさ。自分でできることといったら、タロット占いを覚えることぐらいだったけど。おかげでスリーカードスプレッドだって、少しずつ覚えることができたんだ。
遠足のときのことがあって以来、カヨちゃんと、トモちゃんと、ナミちゃんも、いつも三人そろって、二組に遊びにきてくれることが多くなった。
カヨちゃんたちは、「生徒指導の倉田先生って怖いよねー」とか、「石田先生って、でも、ほんとビネガーだよね」とか、先生の噂話をしたり、クラスのちょっと変わったやつの話とか、三人でいつも楽しそうに話していた。
俺と、サヨカちゃんは、あいづちをうったり、特に俺は、いっつも「ふーん。そうなんだ」を繰り返していた。
あるときの放課後、ナミちゃんが「アキオって、今、もしかしてタロットカード持ってたりする?」って聞くので、「うん。持ってるよ」って、鞄から出して、俺は三人にタロットカードを見せてあげた。
「これがタロットカード? すごいじゃん。アキオ」とナミちゃん
「うわあ。本物だ! すごい。いや、アキオじゃなくてカードがだけどね」とトモちゃん。
「私も初めて見たよ。これがタロットカードかあ」とカヨちゃん。
三人はとんでもなく珍しいものを見るような目で、俺のタロットカードを、見たり、触ったり、箱からカードを出してみたりしていた。
「な? すげえだろ? カードがな。カードが。はは」
俺も、三人のあんなキラキラした目で(あくまで俺のタロットカードをだけど)、見られると、どこか舞い上がっちゃうな。
ナミちゃんと、トモちゃんも、最初は抵抗あったみたいだったけど、今は普通に「アキオ」って呼んでくれてるし。
「そうだ。何か占ってよー。アキオ」
と、トモちゃんが興味あり気にいう。
「いいよ。ちょっとだけだけどな。本見ながらだし」
俺はサヨカちゃんの前に座り、得意のワンカードスプレッドを、いつものやり方ではじめる。大アルカナの正位置だけで、だけど。
トモちゃんはサヨカちゃんの席に座った。サヨカちゃんの俺を見る目が、まるでテストのときに見回っている先生みたいに、光っていた。
「それで。何を占うの?」
「ずばり。占い部はちゃんと立ち上げることができるか? これだね」
「よし。わかった」
俺はいつものとおりカードをシャッフルし、カットし、一つにまとめる。そして一番上のカードを一枚めくる。
その間は、三人は静かにしてたけど、ナミちゃんは、ぽそっと小さな声で「すげえー」とか、「うわあーん」とか、いってた。
「すごい! トモちゃん。『世界』が出たよ。これはそうだなあ……」
と、俺は本を取り出して、その意味を確認してみる。
「そんなに。すごいの? それ」
「でも、トモちゃんちょっとすごそうじゃん。ヤバいよ」とナミちゃん。
「うん。なんか上手くいきそうだよ。私たち」とカヨちゃん。
サヨカちゃんはふふと、ちょっと鼻で笑ったような仕草をしている。
「ええっと。成功とか、完成とか、目的は達成されますとか、書いてあるから、きっと大丈夫だよ。占い部は。俺たち絶対成功するって。心配いらない。どう? こんなんじゃだめ?」
「すごいよ。アキオ。いいのが出てよかったよ。やったー!」とトモちゃん。
「うーん。アキオもなかなかやるじゃあないの。ねえ。カヨちゃん」とナミちゃん。
「うん。そうだね。きっと上手くいくね。私たち。トモちゃん。ナミちゃん」とカヨちゃん。
「うん。大丈夫じゃあないの」とナミちゃん。
「まあ、占いもいいの出たから大丈夫だよ。カヨちゃん」とトモちゃん。
「ふー。なんか。喜んでくれたみたいでよかったよ。まだまだだけどさあ」
「ねえ。サヨカちゃんもそう思うよねえ? どう? 今の結果」とナミちゃん。
「うん。まあまあ幸先いいわよ。だいたいそれで合ってんじゃあない? 私たちはきっと大丈夫よ」
ふとサヨカちゃんの顔を見ると、ニコニコ笑っていた。
サヨカちゃんは、それを俺に見られて恥ずかしかったのか、すぐにぷいっと顔を後ろにそむけた。
「だろ? サヨカちゃんもああいってんだ。俺たちはきっと上手くいく!」
俺は正直、いいカードが出て、ほっとした。
もしだめなカードが出ちゃったらどうしようかと思ってたんだ。例えば『塔』とか、あの怖そうな感じのやつが。
カヨちゃんも、トモちゃんも、ナミちゃんも、よっぽどタロットカードを気に入ってくれたらしい。ウキウキした態度で、「私もタロットカード買うよ」とか、「私も早くタロットやってみたい」とかいって、「じゃあね」と、教室を出ていった。
俺はまた、自慢したくて、ちょっとテンションも上がってたから、「俺はネットで買ったんだぜ。すげえだろ?」とか、手を振って教室を出ていこうとする三人に、いってやった。
三人は、「うん。私も見てみるよ」とかいいながら、一応俺に答えたりして、教室を出ていった。
サヨカちゃんは、そんな俺たちを黙って見ていた。
サヨカちゃんとは、最近は軽く「よう」とかいって、挨拶したり、ニ、三語、「もうすぐテストだよな」とか、言葉をかわしたりするようになったりはしてきた。だけど、たいていのサヨカちゃんは大人しい。特別仲のよい友達とかは作らないらしい。でも、必要なこととかは、他の女子たちと、普通に話してるみたい。
学校でもタロットカードを見せたり、占ったりはしないことにしているらしい。ちゃんとタロットカードが、その鞄に入ってることは知ってるけど(たぶんだが)、占っているとこは見たことがない。俺が一度占ってもらったあのときだけだ。小学生だったときのことがあるからだろうか。
俺はもう帰ろうとしているサヨカちゃんの横顔を、バレないようにして見てみた。
そしたら、「何よ? あんたも早く帰りなさいよ」と、また母さんみたいなことをいわれた。
サヨカちゃんが教室を出るとき、サヨカちゃんの肩にかかるか、かからないかくらいの髪が、少しふわっと浮いたように感じた。そしてそれはすぐに視界から消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます