第20話  ~⑳~

 ある朝、アオイちゃんが遅刻してやってきた。それだけなら別にめずらしいことはない。アオイちゃんは右足にギプスをして、松葉づえをしている。何があったんだ? 

 社会の持田先生は、そんなアオイちゃんに向かって、「早く座れ」と、怒ったようにいう。

 アオイちゃんは座りにくそうにして、ゆっくりゆっくり席に座った。右足がとても痛そうだ。

「いったい、どうしたんだよ?」

と、俺は小声でアオイちゃんに聞いてみる。

「ちょっとね。クラブでね」

とだけアオイちゃんは答える。

 すると持田先生が、「おい。そこ。うるさい」と、俺たちを指差して怒っている。仕方なく、俺たちは黙った。

 なんだよ。チビ、デブ、ハゲの三拍子そろったジジイのくせしてさ。授業じゃあもごもごはっきりしゃべらないのに、しかるときだけははっきりしゃべるんだなあ。

 休み時間になり、アオイちゃんが隣の席で、ぼそっと一言もらした。

「私、アキオの占い、もっとちゃんと聞いとけばよかった」

「えっ? 俺なんかいったっけ? 覚えてねえよ」

「いつかなんかころっと私が変わるみたいなこといってたじゃん。死神みたいなカードが出てさ」

「ええっ? そうだったっけかなあ」

俺はそのことをまったく覚えていなかった。

「私さあ。私にとってはっきりいって遊びだったんだよね。アキオの占いってさあ。遊びだったからバチが当たったんだよ。きっと」

「そんなことねえと思うよ。絶対そんなことねえって」

アオイちゃんが、こんなふうに落ち込んだように話すのは、初めてだった。よほどケガのことがショックなんだろう。

「私ね。これでもレギュラーだったんだよ。今度の大会にも出る予定だったんだ。なのにアキレス腱やっちゃってさ。もう絶望。マジ絶望だよ」

アオイちゃんは机に顔をうつぶせてしまった。

 そういや彼女は、一年生にしてテニス部のスター選手だった。一年生なのにそれだけですごいんだが。

 俺は自分の占いが、そんなに当たるとはちょっと信じられそうにないんだよな。しかも、人を不幸にまきこんじまうなんて。ただの偶然だと思いたいよ。でも、アオイちゃんにそういわれると、俺にも少しは責任があるように思えて仕方なかったんだ。

 今のアオイちゃんには、どんななぐさめの言葉もかけられそうになかった。

 それで、俺はつい「ごめん」と、聞こえそうにないくらいの声でいってしまっていた。

 アオイちゃんは体を起こして、だるそうに、「何が?」って、むっとしたような顔をしていった。

「だからさあ。アキオは何も心配いらないって。すぐに元気になるって、お医者さんもそういってたし」

「そうかあ? 大会には間に合いそうなのか?」

「わかんない。でも、できるだけのことはしてみるつもりよ。そのために松葉づえ借りてきたんだから」

「絶対間に合うって! 一年生なのにレギュラーってだけですげえじゃねえか!」

「ありがと。アキオなりに励ましてくれてるのね。うん。がばってみる」

アオイちゃんの仲のよい友達二人、立石さんと、辻さんが、「アオイ。大丈夫?」とかいって、集まってきたので、俺も、ナオでも誘ってトイレにでもいくかと、席を立った。

 昼休みになり、ジュンちゃんたちと弁当を食べ終えた俺は、自分の席に戻ってきた。

 隣では、アオイちゃんたちがぺちゃくちゃおしゃべりをしながら、まだ弁当を食べている。

「そうだ。アキオ。後でまた占いしてよ?」

と、弁当を食べ終わるなり、アオイちゃんはいった。

「別にいいけど。今度は何を占うんだ?」

「ちょっとやめときなよ。アオイ。堂島くんの占いなんて当たるわけないじゃん」

一緒に弁当を食べていた立石さんが、すごい嫌そうな顔をして、止めに入ろうとする。

「そうよ。アオイ。あんたそのせいでケガをしたようなもんじゃない?」

もう一人のアオイちゃんの友達、辻さんも、ものすごい目で俺をにらみながら、そんなことをいう。

「それは違うわ。あんたたち。絶対にそうじゃあないのよ。私のミスよ。ウォーミングアップをちゃんとしなかった私のミスなの。ただの占いでケガなんてするわけないじゃない」

「それもそうね」

と、立石さんと辻さんの二人は笑っている。

 アオイちゃんが俺をかばってくれたからまだよかったよ。ただの占いで、ほんとにケガなんてされちゃ困るに決まってるじゃん。

 そんなわけはないと、俺は自分にいい聞かせた。

アオイちゃんのいうとおりだよ。ただの占いでケガなんてするわけないさ。占いなんて、アオイちゃんのように遊び気分でやってもらってる方が、こっちとしては一番ありがたくていいんだ。

 彼女たちも食べ終わって、自分の席へと戻っていった。

「でさあ。アキオ。占ってほしいことなんだけど。今度のは結構マジなことだよ」

「ふむ。それでなんなの? やるよ。今から」

俺は鞄の中から、タロットカードと本を取り出そうとする。

「今度の大会に出られるかどうか占ってほしいんだ」

「よし。わかった」

教室のちょっと離れたとこからの、立石さんと辻さんの嫌な視線を感じながら、俺は大アルカナのカードを、机の上でシャッフルした。

 いつものように、一度まとめたカードをカットして、三つの束にする。それを、これだと思った束から順にまとめて、一つの束にする。そして、一枚、二枚、三枚、とめくる。

 カードは「過去」に『塔』、「現在」に『星』、未来に『悪魔』、と出た。逆位置が出ると、正位置に戻す。

 不吉そうな結果に、俺もなんだこれはと驚いたし、アオイちゃんだってうわあって様子で、どこかおびえているようだった。

「大丈夫だよ。アオイちゃん。ええっと。過去に大変なケガをしたけど、今は純粋に、真剣にしっかりと治そうとしていて、未来には楽しく、ずるがしこいプレーで、活躍していそうだよ。どんなことをしても大会には出ようって魂胆があるみたい。まあ、そんなとこかな。自信はないけど、大会にはちゃんと出れそうだよ」

今の俺は、本を見なくてもだいたいの意味はわかるようになってたが、わかんないとこは本を見ながら占った。

「やったー! 試合に出られるのね」

「まあ、たぶんだけどね」

俺はちょっと顔をひきつらせたような笑顔でいった。

「こんな悪魔みたいなカードなのにこんな結果なの?」

「うん。まあね」

喜んでくれてるのはうれしいけど、俺が単に調子のいいことをいってるだけなのかなあと、ちょっと疑っちまうな。

「でもあれだね。悪魔のカードってなんだか楽しそうだしね。アキオのいうとおりかも。マジありがと。アキオ」

アオイちゃんは松葉づえを使って、足を引きずらせながら、立石さんと、辻さんのとこへといった。

 ほんとに右足が痛そうだ。占いのとおりに、大会に出れるといいんだが。

占いで人が喜んだり、そのせいで不幸になったりすることもあるんだなあと、しみじみ思った。もちろんアオイちゃんのケガのことは、俺の占いのせいではないんだろうが。

 占いっていうのは、そんなどこか人を狂わしてしまうような怖さも、ふくんでるんだなあと、ちょっと怖く思いながら、タロットカードと、本を、鞄に直す。そういえば、うちの母さんも占いに狂っていたよなあ。

 遊び気分でいいんだがなあと、外の松林をぼうっとながめていた。

 すると、その下では、体操服で走っている女子が一人いた。息をはずませながらとおりすぎていった。

 彼女も何かのクラブのスター選手なんだろうか? 走れるだけでいいことなんだ。走りたくても走れない選手だっているんだ。

 その女子が見えなくなるまで、その背中をぼんやりながめていた。


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